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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第5部 天下安寧への道
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195話 旧天下人

 播磨姫路城。

 この一室で、豊臣家の当主である豊臣秀頼と、石田三成が話し合っていた。

 他に人はいない。


「織田秀信殿は何といってきておるのだ?」


 秀頼が訊ねた。


「はい。いずれ、幕府と一戦交えるつもりでいるゆえ、その時は背後で兵をあげて幕府に組する西国大名達を食い止めて欲しいと」


「それは随分と虫の良い要求じゃな」


「はい。ですが、大坂の織田家が勝利した暁には、播磨より以西の統治を認めると」


「……」


 秀頼は黙り込む。

 大名としての経験の乏しい秀頼であっても、秀信の言っている事が明らかに無茶である事は理解できた。


 仮に織田家が幕府との戦で勝利できたとしても、徳川幕府との地位が逆転するわけではない。

 万が一の奇跡が起きて大御所・家康、そして将軍・秀忠が討ち死にしたとしても無理だ。

 今の織田家から、西国の統治権など認められてもどうしようもない。

 第一、島津や毛利だって今更、豊臣を主家とは認めないだろう。親豊臣といえる福島や加藤ですら怪しいものだ。


「その誘いに乗れというのか?」


 秀頼の言葉に三成は首を左右に振った。


「いえ。ですが、大坂との繋がりは持っておいても損はないかと。いずれ、幕府と戦う時があるとすれば、頼りになる味方になるかと」


 三成は未だに、豊臣の――ただの一大名としてでなく天下人としての豊臣家の――再興を諦めていない。

 その為にはいかに当主が頼りなくても、かつての天下人である織田家の力は侮れない。

 それに、地理的にも姫路に近い大坂が味方でいてくれれば、万一幕府との間で争いになったとしても防波堤として役立ってくれる。

 そんな思惑もあった。


「……うーむ」


「秀頼様は、太閤殿下の血を引き継ぐ尊き御方。いかに幕府の力が強くとも、必要以上に遜る必要などありません」


 秀頼は、どちらかといえば幕府恭順派だ。

 天下人としての地位や関白職などに対しても、そこまで強い執着を抱いているわけでもない。

 だが、それでも父が手にしていた天下というものに対し、全く執着がないかといえば嘘になる。


「しかし。母上が何というかのう……」


 ここで、秀頼が母と呼ぶのは浅井長政の娘であり、織田信長の姪であり、豊臣秀吉の側室である淀の事だ。

 秀頼の産みの親は淀である。だが、当時の常識として秀吉の正室である高台院の方が母とされるはずだ。


 だが、高台院は今は豊臣家とはほとんど繋がりを断っており、徳川家に保護された状態から儀礼的な手紙を何通か寄越すだけだった。

 その為、未だに自分を支え続けてくれる淀の方に秀頼の気持ちは傾いていた。


 その淀は、豊臣が徳川に遜る事を望んでいない。

 だが、それ以上に豊臣の崩壊も望んでいなかった。

 幕府への敵対となれば、豊臣家の破滅へと繋がりかねないだろう。


「秀頼様」


 三成は、正面から秀頼を見据えて言った。


「今の豊臣の当主は秀頼様です。その秀頼様が決めた事とあれば、この身を犠牲にしてでも、豊家の為に力を尽くす所存」


「うむ……」


 秀頼は考え込むように顎に手をあてる。


「何卒」


 三成の熱心な言葉に、秀頼は腕を組みながら考え込んでいる。

 この場には、恭順派ともいえる大野治長らの姿はない。なので、この機会にと秀頼に訴えかけていた。


 ……無理、ではないかもしれんな。


 三成は内心でそう呟く。

 秀頼は、三成の言葉に頷きこそしないものの、強く拒絶もしない。

 内心では揺れてはきているのだ。


 ……これはまだ諦めるのは早いかもしれんな。


 豊臣の独立を強く望む三成にとって、この秀頼の変化は望ましいものだった。




 その姫路城の城下。

 ここにも、黒田如水と同様に、鬱屈とした毎日を過ごしている男がいた。


 かつて、関ケ原の戦いで松平秀康を討った真田信繁である。


 豊臣家が弱体化してからも、この姫路城で秀吉の子である秀頼に仕え続けていたが、彼は根っからの武人だった。


 戦の世が終わりつつあり、太平の世に向かいつつある現状にうまく適応できずにいた。


 その為、自棄になって酒を飲み続ける日が続く。

 そんな生活を続けていたせいか、体は肥満ぎみになってきた。


 この日も、酒を片手に月を眺めていた。


 ……あの時から、もう10年ほどか。


 関ケ原の戦い。

 豊臣家にとっては、秀吉を討ち取られ、大きく勢力を縮小する羽目に陥った、悪夢の出来事ではある。


 だが、信繁にとってあの時ほど気分が高揚した事はなかった。


 ……一歩間違えば、儂も討ち取られておった。


 あの時、わずかな幸運が信繁に味方しなければ、間違いなく秀康に討ち取られていた。


 ――だが。


「その武功も、西軍が負けた以上は大した意味がなくなった。いや、むしろその逆」


 くい、と盃を呷る。


 戦での事とはいえ、大御所の子であり、将軍の兄を討ったという信繁を、幕府への手前、豊臣家としても重用するわけにはいかなかった。

 

「糞……」


 飲み干した盃を乱雑に畳の上におく。


「このまま終わってよいものか……」


 真田の家名を残す事に関しては、心配していない。

 それは、兄がやってくれると考えていた。


 兄・真田信之は故・本多忠勝の娘を妻としているし、大御所・家康からの信頼も厚い。

 現在も父である故・昌幸の領土だった、信州上田を治めている。


 なら、自分は家としての真田ではなく、真田信繁個人としての名を残したいと考えていた。


「だが、このままでは」


 再び酒を盃に注ぐ。

 そして、それを口元に運ぶ。


 ……その機会すら訪れんかもしれん。


 内心でそう呟くと、まだ中身の残っていた盃を置こうとする。

 だが、酔いが体に回っていたせいか、うまく持てずにその中身がこぼれる。


 畳の上に染みができる。


「ちっ……」


 片付けるのも面倒になり、小さく舌打ちした。


 ……何もかもが嫌になってきた。いっその事、このまま大坂にいってみるか。


 そう思うが、やがて首を横に振った。


 ……だが、太閤殿下には恩もある。


 真田昌幸が切腹し、自身も浪人となった際、故・豊臣秀吉に拾ってもらっている。

 あそこで取り立ててもらえなかったら、徳川色が強くなっていく他家で生きていく事は難しかっただろう。

 そして、織田ほどでないにせよ豊臣も決して楽な状況ではない。こんな窮地に出奔してよいものかどうか。


 ……どうする?


 真田信繁もまた、悩み続けていた。

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