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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第5部 天下安寧への道
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194話 新織田家

 ――大坂城。


 かつて、天下一の名城として知れ渡り、織田信忠の覇業の中心となり、彼の死後は豊臣秀吉が事実上の支配者として、天下統一の中心として使っていた城だ。

 だが、彼らの死後にこの城の価値は低下。


 徳川家康が江戸に幕府を開いた事により、日の本の中心は江戸という事になりつつあった。

 無論、大坂も決して不要な城というわけではない。

 だが、信忠・秀吉時代と比べるとどうしても見劣りする状況だった。

 自然と、城下の活気もなくなってくる。


「この城に来るのも随分と久しい気もするが」


 その大坂城に、一人の男が訪れていた。

 黒田家の前当主、黒田如水である。

 傍らには、後藤基次の姿もあった。


「だいぶ変わったの」


「はい」


 基次も答える。


「城内にも見慣れぬ顔が増えた。10年という年月はやはり長かったか」


「それだけではありませぬ」


 と続けた。


「某が調べたところによりますと、元々織田家に古くから仕える家臣達を秀信様は次々と除外していっているようでして」


「何故だ」


「どうも。秀信様にとって、煩わしい事を言う事が多いらしく」


「幕府にしっかりと従え、などか」


「大体は」


「その変わりに、勇ましい事を言う事が多い浪人連中が増えたか」


 くく、と如水は笑う。


「成人した秀信様とは長らく会っておらんかったが、だいたい噂通りのお人のようだな」


「殿」


「そうよな。さすがに、周りに人はおらんようだが、大坂城内でこれ以上は語れんか」


 如水はそう言うと、通された部屋を見渡した。


「良き部屋じゃな」


「はい」


「最初は、もっと雑な扱いでもされると思っておったが、この分ならうまくいきそうじゃの」


「ですな」


 基次も頷いた。


「――黒田様」


 ここで、部屋の前に小姓がやってきた。

 そして、声がする。


「上様がお呼びです」


「おお、分かった。今いく」


 如水は頷くと、すっと立ち上がった。


「殿。お足が……」


「何、ここは変に同情される事を狙うよりは、壮健なところを見せておいた方が良かろう」


 と、あまり動かない足を触って笑った。




 当主・織田秀信との謁見となった。


「おお、待ちかねたぞっ」


 思いのほか、上機嫌な様子で秀信は出迎えた。


「上様。お久しゅうございます」


 如水、基次は平伏する。

 そして、頭を上げるが秀信の周りにいる側近達の顔ぶれも見た事がないもの、見知った顔であっても以前はこのような位置にいなかった者が目立つ。


「予は、そなたのような義に厚い将が参じてくるのを一日千秋の思いで待っておった」


「身に余るお言葉――」


 如水も恭しい態度を取る。


「何せ、予の周りにいるものは、不忠の者ばかり。ゆえに、こうして織田に対して義の心を持つ者を集めるのに苦労したぞ」


 そう言って秀信は、周りの顔ぶれを見る。

 その中には、かつての四国の領主だった長宗我部盛親、宇喜多秀家の家臣だった明石全登などといった姿もある。


 ……織田に対して義の心を持つ者、か。徳川幕府に怨みを持つ者、の間違いではないのか。


 如水は内心でそんな事を思うが、顔には出さない。


「それはまた。心中、お察し致します」


「そうであろう、そうであろう」


 そんな如水の内心など察せない様子で、秀信は頷いている。


「それで、なのだが」


「はい」


「そなたも予に仕えたいと」


「はっ。某、織田家に対して最後の奉公をと思って黒田家から出奔致しました。ですので、末端の席にでも加えていただければと思いまして」


「何を言う。其方のような勇将に末端などとんでもない。できる限りの高禄で召し抱える事を約束しよう」


 秀信は相変わらず笑みを浮かべている。


「ははっ」


 ですが、と如水は懸念を示す。


「某が上様に仕える事になれば、幕府の不興を買うのでは、と危惧しておりますが」


 もちろん、ここでいう「上様」は秀信の事だ。


「この天下の名城と、この織田秀信がおる。幕府如きには手出しはさせんよ」


 そう言って、秀信は快活に笑った。


「頼もしいお言葉です」


 現在の織田家と徳川家の立場の差。

 そして、家康・秀忠親子と秀信の力量の差。

 これらの事情を知らなければ、如水も本心から頼もしく思えたかもしれない。

 だが、実情を知る如水からすれば、頼りないなどといった印象を通り越して、哀れにすら見える。


 それを如水は口にする事はなく、他の側近達も指摘する事はなかった。




「あっけないものじゃの。あれで織田の当主か」


 基次共々、無事に登用された如水は用意された部屋に入ってから言った。

 無論、部屋の近くに誰もいない事は確認済みだ。


「それだけ、秀信様――上様も殿の事を買っておられるのでしょう」


「まあ、それならばそれで良いがの」


 ふふ、と小さく笑った。


「無事に、織田に取り入る事ができた祝いに酒でも飲むか」


「良いですな」


 如水の提案に、基次は頷く。

 やがて、酒肴が用意された。二人は気分良く盃を口元に運んだ。


「やはり、あの中津城の寝所よりも、この大坂城での戦場の方が儂の最期の舞台としては相応しいの」


「ですな。それでこそ、殿」


 追随するように基次は言うと、基次も盃を口に運ぶ。

 それから、ですが、と続ける。


「本当に幕府との戦になるのですかな」


「なるな」


 如水は断定気味に言う。


「幕府との仲は修復不可能なほどに、悪化しておる」


「ですが、大御所は織田家に義理立てする気だという噂ですぞ」


 如水は、間諜達の報告により、徳川幕府内部の大御所と将軍の派閥争いなどに関しても情報を仕入れていた。


「天下人、などといったところで好き勝手にできやせん。大御所ですら、倅の将軍や狗のように忠実などと揶揄されるような、家臣達の機嫌をとる必要がある。そしてそれは、この大坂の織田家も同じ」


「そう考えると、余計に無理ではありませんか。秀信様が独裁的に振る舞って幕府の戦を考えたところで、家臣達が着いていきませんぞ」


「それはどうかな」


 ここで如水はニヤリと笑う。


「その肝心の家臣共はどう見えた?」


「どうと、言われましても」


「いつの間にやら、純粋に織田家の存続を望む者達は姿を減らし、幕府に怨みを持つ盛親やら全登やらが台頭した。ああいった連中が上様の近くで侍るようになっておるのじゃぞ。辿り着く先は目に見えておろう」


「なるほど。確かに」


 納得したように基次は頷く。


「必ず、幕府との戦がおきる。いっその事、儂がその先端を切っても良い。時折来ておる幕府の使者を斬り殺しでもすれば、きっかけになるじゃろ」


「殿……」


 さすがにまずい発言だと思ったのか、咎めるように基次は目を細める。


「案ずるな。近くには誰もおらんよ」


「ですが、大坂城内でそのような事は」


「心配性じゃな。まあ、以後は気をつけるとしよう」


 そう言って如水は、盃の中身を飲み干した。

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