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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第5部 天下安寧への道
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191話 黒田如水

 徳川家康が天下人となり、幕府が開かれて10年近い年月が流れた。

 ここ、九州の地もようやく落ち着きを取り戻そうとしている。


 九州の地は、福島正則や黒田長政らの粘り強い交渉もあり、徳川家からの影響を最低限に抑える事ができた場所だ。


 そんな中の、肥後国――宇土城。

 金剛秀国は、この城の城主となっていた。


 宇土城は、元々は小西行長の居城だった。

 だが関ケ原の戦いで西軍が破れ、その西軍の一員として戦った行長は斬首となり、この地も幕府に接収される事になった。


 その後、福島正則や黒田長政らの粘り強い交渉により、西軍に着いた大名であっても、九州の大名達は概ね所領を安堵された。

 しかし、斬首された小西行長、旧宇喜多領へと移封された小早川秀秋などの領土は空白となり、その地に幕府は改めて人を配置したのだ。


 ……まあ、石高の上では加増されておるからいいがな。


 中央から遠い九州の地に国替えになったとはいえ、単純な石高は大垣時代と比べて遥かに増えている。


 これも、松尾山城を守り切った功績を買われての事だ。

 決して悪い条件ではなかった。


 ……九州の大名共を見張れ、という意味もあるかもしれんがの。


 九州の地には、火種が多い。

 最後まで抵抗の姿勢を崩さず、大幅に譲歩した上での和議となった福島正則、黒田長政は言うに及ばず、今なお大勢力を維持している島津もいる。

 朝鮮との窓口になっている対馬の宗義智、かつて取り上げられた旧領に執着を見せる有馬晴信、将軍・秀忠の後押しもあり大名として復帰したばかりの立花宗茂、鍋島直茂・勝茂親子といった曲者もいる。


 太平の世になりつつあるとはいえ、情報収集を怠るわけにはいかない。

 九州各地に散らばる間者からも、様々な報告が来ていた。


「キリシタンか……」


 ふと、口から声が漏れていた。

 現状、彼を悩ましているのは旧織田、豊臣勢力というよりもキリシタンだった。

 この地は、かつて小西行長の領土だったという事もあり、他の地よりも教徒が多い。

 幕府からも禁教令は出ている。だが取り締まりを強化してしまえば、反発を買い、その結果、大規模な反乱でも起きてしまえばたまらない。

 責任を追及され、最悪、改易もありえる。


「どうすべきか……」


 思わず秀国は呟く。


 厄介な問題に頭を悩ましつつも、領土の統治に励んでいた。




 こちらも同じく九州にある豊前。

 そこの、とある屋敷にてある主従が酒を飲み交わしていた。


「この地は、穏やかで良いのう」


 そう呟くのは、黒田家の元当主である黒田如水だ。


「はい。まさに殿の隠居の地として、相応しい土地かと」


 向かい合うように座り、如水の前にある杯に酒を注いでいるのは如水の子である黒田長政の家臣である後藤基次である。

 彼は、現当主である黒田長政に仕える身だ。

 にも関わらず、既に隠居した如水の元を度々訪れていた。


「長政のところに顔を出さんで良いのか?」


 如水がその事を尋ねた。


「いえ」


 基次が黙って首を横に振った。


「某は、若殿に嫌われておりますゆえ」


 長政が正式に家督を継いで10年近い時間が流れているし、長政自身も既に40近くになっている。

 にも関わらず未だに「若殿」と呼ぶのは彼への反発だった。


 長政もそんな彼を冷遇しており、出仕しても最低限の会話しか交わさない。そしてそれは他の家臣達にも徹底させていた。


 ただし、これは長政に一方的に非があるわけではなく、当主であるはずの長政ではなく如水を優先するような行動を基次が度々とってきた事にも原因があった。


「そうか」


 如水もそれ以上、何も言う事なく杯を口に運んだ。


「……最近、元々悪かった足がさらに悪くなった気がしての」


 足元を見ながら、如水は言った。

 有岡城幽閉時代の影響もあり、如水の足の状態は良いとはいえない。


 それだけでなく、如水はこの時既に60になる。

 体の方にも明らかに衰えが見え始めていた。


「儂は、儂の戦をしてみたかった……」


 老いを実感しつつ、如水はぼそりと言った。


「何か?」


 あまりにも小さな声だった為、基次は如水が何を言ったのか聞き取れず、怪訝そうに訊ねた。


「もう一度、戦がしたい」


 今度ははっきりとした声で如水は言う。


「結局、儂がしてきたのは、太閤殿下の為であり、黒田家の為の戦。儂の望むような戦などやれなんだ……」


 ぶつぶつと、どこか狂気すら見える瞳で如水は呟き続ける。

 顎に手をあて、暫しの間、何やら考え込んでいたが。


「……基次」


「はい」


「長政には儂から話しておく。共を連れて大坂へ迎え」


「は?」


 唐突な如水の発言に、基次は呆けたように口を開いた。


「大坂は今、戦に向かって火種が燻っておる。もしかしたら、幕府と戦になるやもしれん」


「そのような噂が確かにありますが……」


 幕府と大坂の織田家の中にできた溝が日に日に大きくなっている事は、幕府内部や織田家だけでなく、外様大名の間でもよく知られていた。


「あと一度――天下を揺るがすような大戦が儂の存命中にあるとすれば、おそらくは大坂での戦のみ。ならば、これに出遅れるわけにはいかんのだ」


「と、殿。よもや、殿はその時、大坂に組する気なのでは……?」


「よくわかったの」


 にやり、と如水は皺の増えた顔を愉快そうに歪ませる。


「幕府側では、長政に無理を言って加わる事ができたとしても、あくまで外様大名の元当主。発言力に大した重みはない。だが、大坂方ならばどうだ」


「確かに殿の意見は重視されるでしょうが……」


 大坂城には今、多くの浪人が次々と雇われている。

 だが、名の知られた者はあくまでも一部。大半は、太平の世に馴染む事ができなかった者や、仕えるべき主君を間違えたような者達だ。

 有能かつ実績のある人材は乏しかった。


「しかし、それでは若殿に迷惑がかかるのでは?」


「その為に、時期が来れば儂の方から出奔する。長政にも黒田家にも迷惑はかけん」


「それで、若殿や幕府が納得するでしょうか……?」


「してもらう他ないな」


 如水が強い口調で言った。


「儂にとって、今度こそ最後の戦になる。間違いなく、な。誰にも邪魔はさせん。お前の方こそ良いのか?」


「某が?」


「この先、黒田家に仕え続けたところで先は暗いぞ。当主に嫌われ、家中で孤立した者の未来など知れておる」


「それは……」


 基次の顔が曇る。

 如水はかつて小寺政職に仕えていた頃、毛利色の強かった小寺家で織田信長を支持しており、家中で孤立した。

 その結果、最後は有岡城で幽閉される羽目になった。

 そんな経緯を基次も知っているだけに、如水の言葉には重みがある。


「言っておくが、他家に仕えようとしても無駄だぞ。長政はお前が考えている以上に執念深く恐ろしい男じゃ。間違いなく、他家にお前の仕官ができんよう手を回すに決まっておる。そんな中で、お前を登用する大名などおらん。大坂の織田家を除いて、な」


 如水の顔に不敵な笑みが浮かぶ。


「このままいけば、冷や飯を食わされて一生を終える事になる。それで良いのか?」


「某、は……」


「お前は儂と共に来い。そして、最後にもう一花咲かせようではないか」


「……」


 基次は無言になる。

 どう答えるべきか、何をするべきか即座に考える事もできない。


「これは当面の活動資金だ。とりあえず持っていけ。追加も後で出す」


 そう言って、如水は用意した金子を基次に差し出した。


「……」


 一瞬、判断に迷った基次だったが結局は受け取った。


「分かりました。大坂に向かいます」


 それだけを言い残し、基次は屋敷を去った。


 ……最後の、戦か。


 そして、如水の言葉が頭を駆け巡っていた。

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