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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第5部 天下安寧への道
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188話 伊達政宗4

 山形城の一室に、二人の男が対峙していた。


 最上家当主である最上義光と、伊達家当主の伊達政宗だ。

 義光は親子や兄弟の間での殺し合いが珍しくないこの戦国の世で珍しく、家族を大事にする大名として知られていたが、目の前の甥を相手に警戒心を隠そうとはしなかった。


「今日は一体、何の用で来たのだ」


 突然の訪問に、義光の表情は険しいままだ。


「これは手厳しい」


 政宗は苦笑しながら、続ける。


「久々に叔父上の顔が見たくなりましてな。今日は、酒でも飲み交わそうではありませんか」


「儂は別にお前の顔など見たくもない。何故、酒など飲み交わす必要がある」


「叔父と甥ではありませんか」


「妹が生んだ子というだけじゃ。儂の子ではない」


「ひどい事を。私はその叔父上の、愛する娘の恩人でもあるではありませんか」


「……」


 その言葉に、義光は黙り込む。

 それは事実でもあった。


 義光にとっての娘であり、政宗にとっても従妹にあたる駒姫は、かつて関白だった豊臣秀次の側室だった。


 8年前、豊臣秀吉が徳川家康と親徳川大名の討滅を決断した際。

 義光も、それまで駒姫を秀次の側室として送り出すなど、豊臣とも繋がりを持とうともしていたが、豊臣と徳川が秤にかけられれば、徳川の方に傾く。

 当然、徳川方として挙兵した。


 だが、当時八幡山城で起居していた駒姫の救出などをしている余裕は、当時の状況で最上家にあるはずがなかった。


 そんな中、駒姫を救出したのは伊達家の黒脛巾組だった。

 結果、戦乱に巻き込まれる事なく、人質として利用される事もなく、戦後に秀次が高野山にのぼった後は、最上家に戻る事ができた。


「ふん。その件は確かに感謝はしておる。だが、本当にお前は善意だけで従妹を助けたのか?」


「どういう意味ですかな?」


「結果的に、あの関ケ原の戦いは一日で決着がついたし、八幡山城もすぐに開城した」


「私の奮戦があってのこそですな」


 政宗の言葉を無視して、義光は続ける。


「だが、もし戦いが長引いておれば、この山形城、そして出羽や陸奥の状況も変わった」


「……」


「その時、お前は我が娘を取引の材料に使う気だったのではないか?」


 そう言って、鋭い視線を義光は政宗に向ける。


「これは妙な事を仰る」


 政宗はここで不敵な笑みを浮かべ、ふてぶてしく言ってのけた。


「叔父上ほどの御方が、人が善意だけで動くと本気でお思いですか?」


「……」


 それが答えだ、と言わんばかりの様子で政宗は笑う。


「やはり好きになれん男じゃ」


 小さく舌打ちするように、義光は顔を背けた。

 

「ところで」


 不意に、政宗は話題を転じた。


「両家の絆をさらに深める気はありませんか?」


「何?」


「伊達と最上の両家で、さらなる縁組を、と思いましてな」


 政宗の言葉に、義光は一瞬驚いたように目を見開く。

 が、次の瞬間には不快そうな顔つきに変わり、


「断る。今の儂にその気はない」


 きっぱりとした口調で言ってのけた。


「これは心外ですな」


 さぞ驚いた、と言わんばかりの表情で政宗は言う。


「何故ですか」


「簡単な事よ。今の伊達と縁を深めねばならん理由はない。それに、儂はお前が信用できんのよ」


「これはこれは。冷たいですな」


「これまでの行動を省みればよかろう」


 憮然とした様子で義光は吐き捨ててから、


「……政宗よ」


 ギロリ、と政宗を睨みつけた。


「もしやとは思うが、良からぬ事を企んでおるのではなかろうな?」


「はて。良からぬ事、とは……?」


「とぼけるな。野心の塊のようなお前の事じゃ。儂を篭絡して、何かする気ではないであろうな」


「そのような事は。私も叔父上同様、今後も誠心誠意、幕府の為に尽くす気でおりますぞ」


「ならば良いがな」


 義光はそう言って立ち上がり、話はこれで終わりだと言わんばかりに政宗に背を向けた。


「ようやく、儂が待ち望んだ平穏がこの最上に訪れたのじゃ。それを壊すような真似をするな。もしお前が良からぬ事を企むというのであれば、儂自らお前に誅を下すぞ」


「……」


 そんな義光の頑なな態度を見て、政宗もやむなく退室した。




 山形城を去り、自身の居城である仙台城に政宗は戻った後、片倉景綱を呼んだ。


「如何でしたか?」


「無理だな、あれは」


 政宗の隻眼が怪しく光る。


「叔父上は、現状に満足しておる。無理に誘ったところで逆効果じゃ。幕府に密告されかねん」


「やはりそうですか」


 景綱の顔に驚きの色はない。

 むしろ当然、といった様子だった。


「ではどうなさるのですか?」


「どう、とは?」


「義光様は、我らに加勢する気はない。それどころか、我がが幕府に背けば幕府方として我らを攻撃してきましょう。その場合、50万石を超える大大名で、しかも伊達領のすぐ近くにある最上は大きな障害となります」


「そうよな」


 政宗は顎に手を当てて考え込んでいる。


「確かに、叔父上は優れた大名だし、人望もある。が、息子どもの方はどうかの」


「義康様も聡明な方だと聞いておりますが……」


「そのようだな。太閤と親しかった。一方、次男の家親は大御所様と親しく、『家』の字を貰い受けたぐらいじゃ。関ケ原合戦の時には、上様と同行しておる。叔父上も、太閤と親しかった義康よりも幕府の覚えの良い家親の方を家督にと思っておるようだしの」


「なるほど」


 政宗の言わんとする事を理解した様子で、景綱はニヤリと笑う。


「火種が燻っておりますな」


「うむ。うまくいけば火事になるやもしれんな。最上家を焼き尽くすほどの、な」


 政宗も笑い返した。

 そして、冷酷な表情で続ける。


「我ら伊達にとって、味方になる可能性が乏しく、幕府に忠実な大大名など邪魔でしかない。叔父上にも母上にも悪いが、最上の家は潰れてもらうとしよう」


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