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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第1部 天下人の誕生
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18話 関東征伐7

 早雲寺――小田原城を包囲する織田軍の本陣。


 各方面から織田軍優位、の報が小田原包囲軍にも届いている。

 そのため、小田原城包囲軍の雰囲気は和やかだった。


 各地からの勝利の報告を祝って宴が催されていた。

 酒も肴も十分にある。


「意外なほどにうまくいくのう」


 信忠が、杯を口に運ぶ。


「まことに……」


 この時期には、羽柴秀吉もこの地に到着していた。


「さすがは、精強ぶりを全国にしられる徳川軍じゃ。徳川殿不在でも、徳川軍強しという事を見せつけてくれるわい」


「いやいや、勝家殿こそさすがでござるよ」


 信忠だけでなく、家康や秀吉の顔も和やかだった。


「しかし、こうなってくると我らだけが何もしておらんように見えるのう」


 ぽつり、と信忠がつぶやくように言った。

 わずかではあるが、不満そうな響きがある。


「そのような事は……。少なくとも、氏直をはじめとする北条一族の有力者と数万の軍勢を封じ込めているではありませぬか」


「それはそうじゃがのう」


 信忠の顔は、なおも不服そうだった。


「いくら、北条の連中が城から出て一戦する様子もないし、少しばかり緩んでおるのではないか、我が軍は」


「そのような事は……」


 秀吉は言いよどむ。

 実際、そうではないと言いきれない面もあった。

 この小田原包囲軍は戦闘らしい戦闘もせず、小田原城を囲んでいるだけだ。


 兵達の士気も下がりつつあった。

 しかも酒も食糧も大量にあるのをいいことに、博打などを始める者もいる始末だったのだ。


「それでは、ここは某にお任せを」


 家康が口を挟んだ。


「おおっ、徳川殿か」


「はっ、我ら徳川の軍勢を押し当てて見せましょう。さすれば、この弛緩した空気も引き締まるかと」


「徳川殿だけで大丈夫なのか?」


「はい。本格的に攻め寄せる気はありませぬ。強襲に成功すれば、すぐに兵を引かせます」


「しかし、徳川家中の戦上手の者どもは皆、別働隊に編入されておるのではないか?」


「ご心配には及びませぬ。我が家中には、他にも人材が揃っております」



 やがて、徳川軍による小田原城への攻撃が開始される事になった。

 小田原城攻撃部隊の、指揮を執るのは井伊直政だ。

 その軍勢に、徳川軍のみならず織田軍の将兵達の視線が釘づけになった。


 甲冑も防具も指物も、見事なまでに赤一色なのである。


「赤備えだ……」


 長篠や三方ヶ原といった武田との戦を経験したらしい、織田や徳川の兵達がぽつりという。

 それは、まさにかつての武田軍の山県隊の赤備えを彷彿させるものだったのだ。


 ……どうやら、度胆を抜く事ができたようじゃの。


 直政は、内心でほくそ笑む。


 ……だが、問題はここからじゃ。ここで無様な姿をさらしては大恥をかく事になる。わし一人が恥をかくのならばともかく、わしを指名した御屋形様にまで迷惑をかける事になる。気を引き締めていかねば。


 さっそく、井伊隊による攻撃が始まった。

 赤一色に統一された、井伊の赤備えによる猛攻だ。


「赤備えの力、御屋形様だけでなく織田の御偉方にも見せつけてやれっ!」


 直政が先陣に立って吼えた。


「おおーっ!!」


 旧武田家臣団を中心とした、直政の部隊もそれに倣う。


 北条軍は狼狽した。

 これまで、鉄砲や大筒を用いた攻撃は何度か行われていたが、槍を持っての突撃はほとんどなかったのである。

 が、それでも攻めてくるならば対応をせざるをえない。


 北条軍が出撃する。

 城内からも、鉄砲による擁護射撃があった。


 攻め手の鉄砲隊も応戦する。

 城内の鉄砲の数より、攻め手の鉄砲の方がはるかに多い。


 北条が鉄砲の威力を軽視して数を揃えなかった、というわけではない。

 ほとんどの戦国大名は、長篠以前から鉄砲の威力を重視し、一丁でも多くの鉄砲を手に入れるべく四方に手を尽くしていた。


 が、上方と比べて東国では、どうしても鉄砲は手に入りにくい。

 その為、北条や武田などは高い金を出して遠方の商人から購入するほかなかった。そのため、北条が大国といえども、揃える事のできた数は少なかったのである。

 それに対し、堺を支配下に置く織田は十分な数が揃っている。同盟国の徳川軍も同様だ。

 しかも、織田の使っている鉄砲は最新式のものだ。

 威力や射程距離にもかなりの差が出ていたのである。


 味方の擁護射撃を受けつつも、精強な井伊隊が奮戦する。


「やれいっ!」


「おおっ!」


 直政自らが先陣をきっているだけあって、井伊隊の士気は高い。

 逆に、不意の襲撃ということもあり北条軍の士気は低かった。


 北条兵の指物が倒れる。

 北条兵の悲鳴が聞こえる。

 北条兵の首をとった事を宣言する、徳川兵の声が聞こえる。


 完全に徳川優位でこの戦いは進んだ。


「ま、こんなもんじゃろ」


 辺り一面が北条軍の死体の山で埋まった後、直政は満足そうに言う。

 すでに、北条軍は500人近い犠牲者を出している。

 片や味方の犠牲者は、100にも満たない。


 井伊隊の完勝といっていい。


「そろそろ引くとするか」


 城内から、本格的に北条の援軍が出てくれば、いかに精強な赤備えといえども窮地に陥る。

 家康が見込んだ将だけの事はありそのあたりの判断は、鋭かった。


 かくして、井伊隊は北条軍に打撃を与えつつ引き揚げたのであった。

 そのまま早雲寺へと直政は赴き、討ち取った首級を提出。

 信忠や家康から賞賛を浴びた。




 井伊隊の襲撃に加え、支城が次々と攻略されるのは、当然氏政・氏直親子にも届いているはずだ。

 だが、依然として籠城を続けていた。


 戦の最中に、同行の気になっていた北関東や奥羽の諸大名が相次いで挨拶に訪れていた。

 予想以上の織田の力を見せつけられた大名達が、織田に下る気配を見せ始めたのだ。最上や佐竹、伊達、といった東国の有力大名達が次々と訪れる。元々彼らは、信長の生前から誼を通じていた先見性のある者達だ。

 また、東国の短期間での平定を望む信忠としても彼らが従属するのは悪い事ではない。

 多くの大名達に所領安堵を約束し、今後の東国平定の協力を求めた。


 もはや、北条家は東西南北が敵となり、完全に孤立無援の状態だ。


 北条家の降伏は近いと考えた織田軍首脳部の考えによって、開城を促す使者が送られる事になった。

 使者は、秀吉家臣の黒田孝高である。


 酒と、糠漬けを持参しての小田原城訪問である。

 北条氏政・氏直親子との間での対談は始まった。


 形ばかりの挨拶がかわされた後、本題に突入する。


「多くの言葉は必要ありますまい。もはや北条家の命運は風前の灯でござる。これ以上、抵抗を続けたところで勝ち目はございませぬ」


「……」


 氏直は無言だ。

 それに構わずに孝高は続ける。


「ですが、上様は、関東に覇を唱えた北条殿を潰す事をよしとしてはおりませぬ。過去に遺恨は御座いますが、北条殿が下るというのであればそれらの過去は清算し、相模・伊豆の二ヶ国を安堵いたす。さらには、今後行われる予定の東国仕置の働き次第では武蔵も考慮いたす」


「……御断りする。申し訳ないが、上方者の言葉はもはや信用ならんのだ」


 氏直に代わって答えたのは、氏政だ。

 次いで、氏直も答える。


「我ら北条家が下る事はない」


「しかし、関東の大半はすでに織田の制圧下。このまま籠城を続けたところで、勝ち目はありませぬ」


 孝高の言葉に、氏直は黙って首を横に振った。


「御断りする」


 今度は、氏直の口からの拒絶の言葉である。


「そちらの差し入れは、ありがたくいただいた。代わりに鉛と玉薬を進呈いたす。それを織田殿への土産とされるがよかろう」


「……」


 孝高もこうなっては説得を諦めるほかない。

 成果なしのまま、むなしく小田原城を辞した。

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