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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第5部 天下安寧への道
188/251

186話 織田秀信1

 ――大坂城。


 黒と金を基調とした、巨城であり、織田政権の天下の象徴だった。

 この地を訪れる大名達も、この遥か遠くからでも見えるこの巨大な城を見て織田家の偉大さと、それに逆らう事の愚かさを思い知らされていた。


 だが、それも過去の話でしかない。

 大坂城そのものに変化はない。

 依然としてその巨大な城のままだし、焼け落ちたわけでも、攻め滅ぼされたわけでもない。


 だが、この城を見て恐れおののく大名などもはやほとんどいないだろう。

 天下は、既に徳川家の手に委ねられている。

 今の織田家の当主である秀信は、ただの一大名でしかない。


 だが、未だに天下には織田家こそが相応しいと考えていた。

 というよりは、未だに天下は織田家のものなのだと思い込んでいる。


 その為、この時、徳川家から持ち込まれた要求を聞いて激怒した。


「なんじゃと!? どういう事じゃ!」


 大坂城にて、幕府からの使者として訪れた土井利勝に唾を飛ばして秀信は怒り狂っていた。


 対する利勝は、飄々とした表情のままだ。


「申し上げた通りでございます」


 言葉を淡々と吐き出す。


「松平忠吉様が、那古野に新たに城を築きますゆえ、秀信様にその資材と人員の」


「黙れ!」


 言いかけた利勝を秀信は怒鳴りつけた。


 幕府はこの時、松平忠吉の拠点を清州城から那古野に移す気でいた。

 その城を新たに築く為、諸大名にも協力を要請――というよりは命令を――をしていた。

 そしてその対象は、かつての天下人である織田秀信ですら例外ではなかったのだ。


「一体、幕府は何様のつもりじゃ。那古野に城を築くので金を出せじゃと! 第一、清州城はどうなるというのじゃっ」


「清州城は廃城となります」


「何!?」


 その言葉に、秀信の目尻が吊り上がった。


「ご安心を。解体した清州城の資材は、新城の築城にと使われる事になります故」


「そんな事はどうでもよいわっ」


 秀信は、幼年期からこの大坂城で過ごしている。

 そのため、清州城に対する思い入れは薄いが、それでも織田家にとって特別な城である事は理解していた。


「清州城は織田家にとって特別な城。それを、徳川が勝手に壊そうというのかっ」


「これは妙な事を」


 さも心外、と言わんばかりの様子で利勝は言った。

 表情に変化はないが、秀信は内心で失笑しているように見えた。


「尾張が織田領であったのは、もはや10年近くも前の話。今は松平忠吉様の統治下の元、民もなついております」


「それ自体、儂は認めておらんぞっ」


 かつて、織田信雄は徳川家に対する従属の証として、尾張と伊勢の地を返上していた。

 信雄の領土も織田領の一部だと思っていた秀信は、それを認めなかったが、もはや秀信の発言にそれを覆す力などない。

 秀信の意見は無視される形で、尾張と伊勢は徳川家に接収された。


「ともかく」


 利勝はそんな秀信を無視するように、言葉を続ける。


「これは幕府の決定ですゆえ」


「納得できるか! 第一、何故儂がそんなものに金と人を出してやる必要があるっ」


「そうは言われましても。駿府城の普請の際に、織田家はその負担をしていないではありませぬか」


 江戸城の普請は東国大名が、駿府城の普請の際は西国大名がその為の資金を負担した。

 だが、その際に織田宗家は免除されていた。

 それを秀信は、天下人である自分に対して徳川家が遠慮しての事だと思っていたのだ。


「それに、駿府城の普請の際に免除された豊臣家や九州の大名も対象となります」


「他所の事など知った事か!」


 駿府城普請の際は、関ケ原合戦の直後という事もあり、混乱の大きかった豊臣家や最後まで粘った九州の大名達はその対象から外れていた。

 だが、今は徳川幕府の元、諸大名達もまとまってきたという事もあり、彼らも対象となった。


「第一、何故、大御所の倅なんぞの城の為に、我ら織田家が金を出してやる必要がある。徳川の城は徳川が金を出して勝手に築けば良かろうっ」


「……」


 す、と利勝の瞳が細められる。

 無言ではあるが、妙に威圧感のある表情だった。


「な、何じゃ……」


 気圧されるように、秀信が視線をそらす。


「これは、徳川家の為ではなく、天下安寧の為の普請でござるぞ」


 利勝は秀信から視線をそらさないまま、続ける。


「まさか、とは思いますが。上様からの要請を拒絶すると言われるのですかな?」


 挑発するような口調だ。

 利勝は――というより、秀忠の本音を言えば、織田家にはむしろ歯向かって欲しい。

 そして、徹底的に叩きのめして遺恨になりそうな織田などという存在は大坂城ごと消し去りたい。

 それでこそ、天下安寧となる。

 大御所である家康は、かつての同盟国である信長や信忠・信雄兄弟への義理立てから織田家を残す気のようだが、織田家の方から挙兵すれば、さすがに討伐せざるをえなくなるだろう。

 今回の命令を秀信が従わなかったとなれば、いずれ起こす大坂攻めへの布石にする事ができる。

 もちろん、大人しく受け入れるというのであればそれはそれで構わない。


 そんな利勝や、背後に控える秀忠の心中など秀信が察せるはずもなく、


「何……」


 眉間に青筋を浮かべ、口を開きかける。


「お待ちくだされ」


 だがそれは、秀信家臣の百々綱家が遮った。


「秀信様は、どうやら今日は体調が優れない御様子。話の続きは我らが聞いておきますゆえ、別室でゆるりとお休みを」


「な、何をする!?」


 綱家が目配せすると、不意に近習達が立ち上がり秀信の体を抑えるように引きずっていった。


「離せ! 話はまだ……」


 なおも吐き出すように、話を続けるようとする秀信を無理矢理、広間から追い出した。

 後には、綱家を始めとする織田家臣団。

 そして、何事もなかったかのような表情のままの利勝が残された。


「大変ですな」


 利勝がぽそりと呟いた。

 大変、というのは何に対してなのかは敢えて言わない。


 綱家もあえて問い詰める事なく、苦々しい表情を浮かべてそれをすぐに消し去ると話を続けた。


「那古野城普請の件、承諾致しました。幕府の為、織田家は協力を惜しまぬ所存でござります」


「ほう、よろしいのですかな。秀信様は反対の御様子でしたが」


 利勝の言葉に、綱家は首を横に振った。


「秀信様も、織田家にとって縁の深い清州城が取り壊されると知って少しばかり動揺しただけかと。一度、気を落ち着かせる事ができれば賢明な判断が下せるものと我らも信じております」


「ならばよろしいのですが」


 それ以上、追及する事なく利勝は広間から立ち去った。


 取り残された中、綱家は考える。


 ……幕府はやはり、織田家を目障りに感じてきているのか。


 ……かつての天下人の子という称号も、この天下の名城である大坂の城も今の秀信様には大きすぎる。


 ……正直、一番良いのは信雄様のように領土を返上して織田にはもう野心がない事を徳川家に示す事だが。


 ……残念だが、今の秀信様にそれを望むのが無理だ。


 大坂城を出て、代わりにどこか適当な田舎の領地でも貰う。石高も半分、いやそれ以下になっても構わない。

 それが織田家にとっても、秀信にとっても最良の道だと綱家は思うのだが。


 しかし、今日の様子を見ている限り、進言したところで秀信が聞き入れるわけがないだろう。


 ……まずは、那古野城の件からどうにかするか。


 綱家は嘆息した後、とりあえずは、今回の件を秀信に納得させる為の説得方法から考えはじめた。

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