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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第1部 天下人の誕生
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17話 関東征伐6

 海路沿いに進軍した、徳川軍1万は順調に北条家の支城を落としていき、現在は武蔵の江戸城にまで到達していた。

 この城は、北条家に仕える遠山直景が守っているが小田原城の方にも兵を出していた為、籠城兵の数は少なかった。


「それにしても……」


 江戸城を包囲する徳川軍の本陣。

 包囲軍の司令格である、榊原康政が言った。


「なんとも、小田原城と比べると寂しい城じゃのう」


 それは、侮蔑というよりも憐れむような口調だった。

 事実、江戸城は城というよりは館だ。

 ただし、この時代の城のほとんどは後世の人間がイメージするような天守閣があるような城ではない。そのほとんどが、防備の堅い館といった程度の代物だ。

 だが、それを差し引いても江戸城の居館は安土城や岐阜城の絢爛な天守を見慣れている康政からすれば脆弱というほかなかった。

 城の規模という点でも、小田原城と比べればはるかに劣る。


「これでは攻めるのが気の毒になるわい」


「放っておいても江戸湾の波にさらわれるかもしれんの」


 本多忠勝が冗談めかして言った。

 場に軽い笑いが起こる。


「まあ、こんな小城に時間をかける事はあるまい」


「手早くすますか」


 忠勝も同意する。


「……」


 だが、本多正信のみは特に意見を出さずにじっと江戸城を眺めていた。


「どうかしたのか?」


 康政が訊ねた。


「いえ、この地はなかなかのものと思いましてな」


「何?」


「港に近く、地理的にも交通の要所です。整備すれば、商業も発展するでしょう。そうなれば、南蛮や明との貿易も可能になるかもしれません」


 正信は続ける。


「巨費を投じれば、日の本を代表する巨大都市となるのも夢ではありませんぞ」


「ふん」


 興味がない、と言わんばかりに康政は鼻を鳴らした。


「そんなにこの城が欲しいのであれば、後で御屋形様にでもねだってみればどうだ? そうすれば、信忠様を通じてこんな城の一つや二つ、くださるかもしれんぞ」


「そうよの。本多殿は、御屋形様のお気に入りでもあるし」


 忠勝も追随するように言う。

 が、正信はそんな二人に首を振り、


「ご冗談を。某から御屋形様に領地をねだるような事はありませぬ。何せ、某の財は徳川の財と同意なのですから。わざわざ請う必要などありますまい」


 欲のない清廉な姿勢ともとれるし、傲慢な態度ともとれる発言だった。

 が、康政と忠勝は後者で受け取ったようだ。


 さらに不快そうな顔をする。


「無駄話はこれまでだ。城攻めの話にうつるぞ」


 こうして、江戸城攻略戦が始まっていった。





 一方の、織田信孝を大将としたもう一つの別働隊も動く。

 順調に相模や武蔵の支城を落としていく。だが、その快進撃も八王子城で止まった。

 八王子城は、深沢山に築城されており、城主は北条家氏政の弟である氏照の城。


 さらに、氏照自身が籠っているということもあってその抵抗は強かった。


「どういう事だっ! こちらの率いている軍勢は2万だぞ、2万!」


 軍議の席で信孝が喚くように叫んだ。


「しかし、思ったより敵勢が多かったようです。少な目に見積もっては5000はいるようで……」


 応えたのは、池田恒興だ。

 重鎮・氏照の籠る城という事で、守る兵はそれなりに多い事は予想していた。

 だが、その城兵は予想以上に多く5000を優に超えていた。無論、織田軍2万と比べれば少ないのだが。


「この城に割ける兵は、大して多くないはずだと兄上は言っていたではないか。なぜ5000もの兵がおる」


「それが、どうも領民達の多くが志願したようでして……」


「何じゃと?」


「領民の多くが、それも老人や女、子供までもが、北条を支援するべく城に籠っているようでして」


 善政を行い、民からの信頼の強い北条家の危機とあり、近くの領民も侵略者である織田軍に立ち向かうべく八王子城に入っていた。

 その数は数千にもなり、とても侮れる数字ではなかったのだ。


「それではなおさらではないか、なぜ落ちん。相手は女子供や老いぼれ共だぞっ!」


 当然ながら、その戦闘能力は正規兵と比べれば劣る。

 だが、相手は本来は非戦闘員であり、守るべき対象であるはずの女子供や老人とあって織田軍はなかなか攻撃できずにいたのだ。


「殿」


 そんな中、発言をしたのは、「鬼武蔵」こと森長可だった。


「何じゃ、長可か」


「どうも。相手が女子供、老人とあって戦闘を躊躇する者がいる様子。ここは、某にお任せくだされ。某に任せていただければ必ずや、そのような者共の目を醒まさせみせましょう」


「おぬしが何とかするというのか?」


「はっ」


「よかろう。やってみるがよい」


 かくして、森長可が先陣となり、八王子城攻めが再開される。


 長可の部隊が城門にとりついた。

 中から、いっせいに北条軍の兵達が出撃する。


 相変わらず多くの女子供や老人などの、非戦闘員が含まれている。

 先頭を走るのは、武士であってもまだ元服前であろう年齢の少年だった。


「死ねいっ!」


 が、それを部隊の先頭にいた長可はばっさりと切り捨てた。

 続いて、その少年の近くにいた女が手製なのか、作りの拙い槍を長可に向ける。が、その女もばっさりと長可は殺した。

 その動作には、何の躊躇もなかった。


「何をやっている、お前達も続けっ!」


 後方にいた兵達は二重の意味で驚いた。

 本来は非戦闘員である女子供をあっさり殺した事はもちろん、一軍を率いる大将であるはずの長可が部隊の先頭にいる事にだ。


 しかし、こうなっては止められない。

 長可の家臣達も、切る、突く、撃つ。


 森隊による、殺戮が始まった。


 長可自身も槍をふるった。

 60を超えているような老人もいた。

 年端もいかない子供もいた。

 本来であれば、城ではなく家庭を守るような女もいた。


 だが、長可は容赦する事なく切り捨てた。

 長可の家臣達も同様である。


 まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

 八王子城に死体の山ができあがる。

 戦闘要員といえる若い男の死体よりも、本来は非戦闘員であるはずの女子供の死体の方がはるかに多い。


 それを見て、火がついたかのように他の織田軍団も続く。


「わ、我らも森勢に続けっ!」


 それは、人間の狂気という名の小さな炎に長可が盛大に油をぶちまけたかのようなものだった。

 一度、こうなってしまうともはや歯止めはきかない。


 織田軍はひたすらに殺戮を続けた。

 相手が女子供、老人であろうと彼らに容赦の文字はない。

 城門が破られ、城内に突入してからも同様である。


 最終的には、城主の氏照が討ち取られるまでこの殺戮は続いた。

 北条勢はほぼ全滅。織田軍も、1000を超える犠牲者を出した。


 だが、先頭を切って突っ込んだはずの森長可は無事である。

 全身が血まみれだが、ほとんどが敵からの返り血であり、長可自身は無傷に近い。


「ま、こんなもんじゃろ」


 長可の顔に恐怖の色はない。

 ただ一仕事をやり遂げたという達成感だけがあった。


 いずれにせよ、これにより八王子城は陥落。

 そして、北条家の要である北条氏照も討ち取られたのである。


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