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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第4部 天下を継ぐ者
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178話 九州勢力4

 中津城の一室に、黒田長政と福島正則が向かい合っていた。


「どうしたのだ。今日は」


「良き知らせがあってな」


 現状、九州勢は本州統一を果たした東軍と和睦交渉の只中にあり、それ絡みの事だろうか。

 だが、この日は第二回の交渉に来た本多正信が帰国したばかりでもあり、緊急の知らせでもあったのか、と長政は怪訝そうな顔をしている。


「対馬の宗義智からの書状じゃ」


 一通の書状が正則から渡される。

 それを長政が読み進める。


「おお」


 思わず、長政の顔にも笑みが浮かぶ。


「これはいい材料になるであろう」


 正則の顔も緩む。


「確かに。徳川右府も明や朝鮮の事を気にしていたしな」


 この時、徳川家と豊臣家が中央で争っている中でも、明や朝鮮との国交復旧に向けて交渉を続けていた。

 かつて大陸から、織田軍は撤退したものの、明や朝鮮とは特に休戦協定は結べておらず対馬へと逆侵攻される可能性もあった。

 とはいえ、明も朝鮮も疲弊しており、とても国外に兵を出す余力はない。それが分かっているからこそ、秀吉は宗義智に東西決戦への出兵を命じていたのだ。


 現状を考えれば、明や朝鮮も和睦に応じたいと考えていた。

 だが、彼らにも面子があり、なかなか応じる事ができずにいた。


 しかし、そんな中で遂に朝鮮側が和戦交渉の為に使者を送って来たと書状にはあった。


「これまでなかなか進展しなかったというのに」


「まあ、太閤殿下に悪役になっていただいたら、うまくいったようだ」


「太閤殿下に?」


「うむ。大陸出兵軍の事実上の総大将として振る舞っていた太閤殿下を大陸出兵を信忠公に唆した首謀者という事にして、徳川右府はそれを討ったという事にした」


 秀吉には恩があるとはいえ、交渉に有益に使えるならと、その秀吉を貶める事もやむなし、と正則は冷静に判断していた。


「そんな事を朝鮮は信じたのか?」


「いや、それはどうかな」


 正則は黙って首を横に振る。

 いくら朝鮮がこちら側の事情に疎いとはいえ、見え透いた嘘だ。秀吉と家康の争いは、朝鮮の事情などとは無関係の派閥争いなのだから。


「あちらも、もう手打ちにしたかったのであろう」


 釜山から織田軍が撤退して以降も、明は再度の大陸出兵を恐れ、大軍を朝鮮半島に留めていた。

 当然、出費も馬鹿にできず、その多くは朝鮮側の負担となっている。

 もう和睦したいと考えるのは、朝鮮も同じだった。


「だが、それには面子が邪魔をしていたと」


「うむ」


「難儀なものだな」


「全く」


 二人は頷きあう。


「しかし、これで大きく前進した。朝鮮と我が国との和睦だけでなく、九州と徳川右府の和睦に関してもな」


「ではこれを交渉材料に」


「うむ。我らに優位な条件で和睦できる日も近いぞ」






 対馬が朝鮮との国交を回復させる中、福島正則らも急速に徳川家との和睦を進めていった。


「この辺りが潮時だと思うのだが」


 何回目かの交渉の後、黒田長政が言った。

 中津城の一室に、九州の大名達が集っての合議の席での発言である。


「そうよな」


 正則も応じる。


 この時の徳川方が出した条件は九州の大名の多くは所領安堵、あるいはわずかな削減。

 西軍との関わりが薄かったとはいえ、本州の大名達と比べると明らかに甘いといえる条件だった。


 とはいえ、例外的に本戦に参加していた小西行長――既に行長は斬首されていたが――は所領の没収、小早川秀秋は本州へと減転封処分となっていたが。

 秀秋の所領である筑前には、交易都市として魅力的な博多があり、海外との交易拡大を目論む家康はこの地を直轄に加えたいという思いもあったのだろうと思われた。


「私はそれで構わない」


 だが、秀秋はそれを受け入れる気のようだった。


「良いのか?」


 長政は遠慮気味に言った。

 彼は、秀秋とは所領が近い事もあって親しい関係にある。

 小早川家と違い黒田家の場合は本家が関ケ原本戦には参戦せず、父の如水が一部の兵を率いていただけだ。その黒田如水が責任を取って隠居したという事もあり、ほとんど責任を問われていない。

 それだけに、秀秋に対して後ろめたさが長政にはあるのかもしれない。


「その代わり、転封先は姫路に近い地にはしてもらえないだろうか。これからは、太閤殿下や関白殿下に代わって豊臣を支えたい」


 太閤・秀吉は既に亡く、関白・秀次は高野山へとのぼっている。

 秀勝も既に故人。宇喜多秀家はこの時点で流罪になる事が決まっていた。


 他にも秀吉の親族はいるにはいたが、ほとんど力はない。

 秀秋は、親族の中で残された秀頼を支える事のできる数少ない存在だった。


「分かった。右府殿には伝えておこう」


 長政も頷いた。


「各々方もそれでよろしいか」


 他の諸大名を見渡す。

 彼らとしても、不満はない。

 いや、あったとしても小大名などがこの状況下で言えるはずがない。


 この時、秀忠をはじめとして徳川家の一部の者が九州出兵を強く家康に進言していた。

 正則もその情報は掴んでおり、この条件でも拗らせるようでは本当に第二の九州征伐が始まりかねないと危惧しており、それを諸大名にも強く訴えていた。


「まあ、我らとしても文句はないが」


 島津忠恒が言った。


 島津家は、現所領から2万石ほどの削減ですんでいる。

 わずかな兵とはいえ、本戦に参加していた事を考えればこの処罰は明らかに軽い。


「しかし、琉球征伐の許可を早いところいただきたいのだがな」


 ぼそり、と呟くように続けた。

 島津は和睦条件の中に、琉球征伐の容認を求めた。

 琉球出兵案は、かつての織田信忠の九州征伐の頃からあったのだが、大陸出兵が決まり、一度は流れた。織田信孝の決起の後、家康と秀吉が実権を握るようになってからも、琉球は明の冊封国である為、朝鮮や明との国交回復の障害になるかもしれないと判断され、なかなか許可がおりなかった。

 今度こそ念願の琉球征伐を、と考えるのは島津としては当然かもしれない。


「まあ、それは今後の明の出方次第であろう」


 正則の顔に、苦いものが混じる。

 せっかく話がまとまりかけているというのに余計な事を言って話を拗らせないで欲しい、といった様子だ。


「そうよな。ここは福島殿の顔を立てるとしよう」


 しかし、意外にも忠恒は意見をあっさりとひっこめた。


 ……ま、機会はいずれあるであろうしな。


 そう思い、内心で小さく笑う。

 今は疲弊した国力の回復に専念するとして。


 ……あの男も、ほとぼりが冷めた頃に。


 忠恒は今回、やむなく和睦した伊集院忠真の抹殺まで目論んでいた。


「では、島津殿もこの条件で賛同という事でよろしいな」


 そんな忠恒の内面までは分からないが、ここまでまとまりかけた和睦をぶち壊すような愚物ではないと正則も信じていた。


「無論だ。この条件なら上出来ではないか」


 そう言って忠恒はかっかっか、と笑う。


 他を見渡すが、反対意見を口にする者はいない。


「では、この条件で――我らは徳川家と和睦する」


 正則のこの言葉で締めくくられた。

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