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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第4部 天下を継ぐ者
178/251

177話 西国平定6

 ――広島城。


 伊達政宗は、この日もまた片倉景綱を伴い、謀議の最中だった。


「大坂城にいる黒脛巾組から連絡があった――榊原康政が死んだらしい」


「ほう、それはそれは」


「勇将である康政の死の公表は、西国遠征軍の士気を下げる恐れがあると思ったらしく、公表するのはもう少し後にしたらしい」


「まあ、大した影響があるとは思えませんがな」


「そうよな。だが、我らにとって吉報には違いない」


「殿、そのような事を……」


「おっと、上様が忠臣を失ったというのに吉報などといってはいかんな。嬉しい凶報とでもいうか」


 政宗がわざとらしく笑った。


「ともかく、これで上様は勇将をまた一人失った。それに対し、我ら自慢の家臣団はまだまだ健在。徳川軍団と伊達軍団の差はどんどん縮まっていくであろう」


「そうですが――成実殿は」


「あ奴の件か」


 ちっ、と政宗が小さく舌打ちする。


「茂庭綱元殿の件を気にしておられる様子ですし」


 茂庭綱元は、関ケ原合戦で東軍の勝利に大きく貢献した。

 偽りの出奔劇において、豊臣秀吉を欺き、関ケ原での寝返りだけでなく、秀吉の間近でなければ手に入らない情報等の多くを政宗に流して来た。


 それを、成実は快く思わなかった。

 卑劣な策、などと詰るつもりはないが、自分も政宗の重臣だという自負が成実にはあった。だが、その成実に無断で今回のような策をとった事により、成実との間に溝ができてしまった。


 不満を溜めた成実は、隠居するとまで口走っているようだった。


「第一、あ奴に子はおらん。隠居するにせよ、家督をどうするつもりじゃ」


「殿から、養子を迎え入れてもよいと」


「全くあ奴は……」


 呆れたように政宗は言う。


「しばらく様子を見る。今は頭に血に上っておるだけなのであろう。時間が経てば、いずれ考え直す」


 政宗はそういうと、強引に話題をそれより、と変えた。


「秀忠様は大層お怒りのようじゃな」


「九州との和睦ですか」


「うむ。潰したくて潰したくて仕方がないらしい」


 くく、と小さく笑う。


「まあ、理想を言うならば我ら伊達家、あるいは親伊達を除いた外様大名連中をできる限り取り潰してもらっておいた方が良い。今後の為にも、な」


 軍事的に徳川家を打倒する、というのも選択肢には入っているが、ここまで徳川家が力をつけた以上、そう簡単にはいかない。

 むしろ、その徳川家を乗っ取るつもりで政宗は策をたてていた。


「しかし、その秀忠様も我らもそのうち、潰そうとするやもしれませんぞ」


「何故、忠臣である我ら伊達を潰すというのだ」


 そういってふふ、と不敵な笑みを政宗は浮かべる。


「まあ、万が一、徳川家が力尽くで我らを潰そうと目論んだ場合の事も考えておく必要はあるがの」


 それに、と続ける。


「仮にそんな時が来るにせよ、10年以上は先の話じゃろ。この時点で親徳川派の筆頭である伊達を潰すような愚かな真似を、上様も秀忠様もするはずがない」


「そうですな」


 景綱も頷く。


「それはそうと、仮に成実殿が出奔でもするようになれば勇猛な家臣を一人失う事になりましょう」


「うむ」


「代わりといってはなんですが、実績も十分な良い人材を見つけております」


「ほう」


 景綱の口にした名に、政宗が興味を示した。


「仮に成実殿が留まったとしても、良い人材は多いにこした事はありません」


「分かった。登用するとしよう」


 ふっふっふ、と政宗は笑みを浮かべる。


「やはり、天は儂に味方しておるらしい。儂が天下を奪う日も遠くないぞ」






 大坂城。

 九州の地から第一回の交渉から戻った本多正信が、徳川家康に報告を行っていた。


「――うむ。ご苦労であった」


 一通り聞き終えた後、家康が言った。


「福島正則も、黒田長政も条件次第では和睦を受け入れると思います」


「今のままでは、受け入れんか」


「はい。ある程度、緩和しなければ……」


 和睦に向けての、新たな条件を二人は話し合う。

 暫しの話し合いの後、条件は決まった。


「今度はこの条件で交渉せよ」


「はっ」


 正信は頷く。

 だが、すぐに立ち去ろうとしない。


 ……上様の機嫌は悪くない。ならば、この機に。


 正信は決意する。


「どうした?」


「一つ、よろしいでしょうか」


「何じゃ?」


「此度の戦いの恩賞としてぜひ、松平秀康様にご加増を。さすれば、関ケ原で散った秀康様も報われましょう」


 不意に出た言葉に、家康も驚きに目を見開く。


「秀康? しかし秀康は?」


「はい。ですが、秀康様には」


「子の仙千代(松平忠直)がおると?」


 家康が正信の言葉に先回りするように言った。


「はい」


 秀康の忘れ形見である仙千代は、この時4歳。

 器量云々以前に幼過ぎる。

 現時点の、下野30万石ですら維持するのは厳しいと考えられた。


「何卒。秀康様の関ケ原本戦での奮戦、上様もよく知っておられるはず」


「うーむ……」


 家康は顎に手を当てて考える。

 後継者候補から外したものの、秀康に対しては大きな期待を抱いていた。それだけに、その子にも相応に報いてやりたいと考えていた。


 さらに、まだ正式には決めていなかったが、此度の戦いで清州城に入っていた四男の松平忠吉は織田信雄が返上する予定の尾張と伊勢の一部を与え40万石ほどに、江戸城の留守を守っていた武田信吉は、常陸25万石ほどに加増する予定だった。

 関ケ原本戦に参加していなかった二人にこれだけの恩賞を与えるのだから、秀康の忘れ形見にはそれ以上の恩賞を。


「正信は秀康を買っておったからのう」


「はい」


 不意の提案に家康は驚いたが、秀康を高く買っていた正信ならおかしくはないか、と一人で納得する。

 正信も首を縦に振ってそれを肯定するが、理由はそれだけではなかった。


 ……もし、あの時儂の命を狙ったのがあの御方ならば。


 疑惑でしかなかったが、九州で正信を襲った刺客の黒幕が秀忠ではないか、という危惧を正信は抱いている。


 そうでないにせよ、秀忠に好印象を持たれていない事を正信は気づいていた。


 ……最悪の場合、あの御方を止めるだけの対抗馬がいなければ。


 さすがに、家康の存命時に家康の右腕ともいえる自分を排除するとは思えない。しかし、家康の死後――その時は正信も相当な高齢であろうが――まではわからない。

 万一に備え、秀忠と不仲だった秀康の子をその対抗馬にという思いがあった。


「わかった。考えておこう。儂の後継者は秀忠と決めておるが、仙千代も可愛い孫じゃからのう」


「ははっ」


 正信は満足したように頷いた。

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