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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第4部 天下を継ぐ者
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169話 東北勢力

 関ケ原の戦いは、豊臣秀吉と徳川家康が10万もの兵を動員しての天下分け目の戦いとなったが、そもそもこの戦いの切っ掛けは上杉だった。


 上杉景勝が、最上義光の領土の侵攻した事が全ての始まりだった。


 家康率いる東軍本隊の西進以降から関ケ原の戦いに至るまでの、上杉家の経緯はというと。


 家康本隊が三尾の国境を越えた後、反転する可能性はないと見て、本格的に最上領へと侵攻する。

 その一方で、東軍に組した東北勢も上杉領へと攻め込む構えを見せた。

 だが、景勝は限界を超える動員を行い5万もの兵を用意しており、その大軍を分散させる事によって対応していた。

 伊達(政宗本隊は家康に同行)、秋田、戸沢、南部らの軍勢に対して2万の軍勢を分散させて対処させ、残りの3万で最上領侵攻を行った。


 大軍の優位を用いて、義光の支城を一つ一つ落としていき、遂には義光の本拠である山形城の足場ともいえる長良堂城にまで攻め入る。

 篭る兵は2000ほど。というよりも、それくらいしか篭らせる事ができないのが現状だった。

 他の戦線から援軍を要請しようにも、どこも余裕がないのだ。


 が、わずか2000ほどの長良堂城であっても守るのは最上家の名将・志村光安であり、3万の大軍であってもなかなか攻め落とす事ができなかった。

 逆に上杉軍の猛将・上泉泰綱が討ち取られるなど、多くの損害を出した。


 それでも、人数では圧倒しているのだ。

 いずれは落とせると考えていた景勝主従だが、驚くべき知らせが届いた。


 ――関ケ原にて、豊臣秀吉率いる軍勢が徳川家康率いる軍勢に敗北。秀吉は討ち死に。


 それは、上杉の戦略を根本から覆す絶望的な知らせだった。

 さらなる凶報が届く。


 ――前田利家、丹羽長重ら北陸勢、越中に兵を動員中。


 西軍を見限った北陸勢が、越中に攻め入る姿勢を見せたのだ。


 景勝は直江兼続と相談するが、とても最上攻めを続けられる状況ではないと結論を出し、本国である越後にまで撤退する事を決断。

 最上義光の激しい追撃にもあい、多くの損害を出す事になったものの、春日山城に辛うじて戻る事に成功する。

 だが、景勝主従の表情は青ざめたままだった。

 もはや、東国平定どころではない。逆に滅亡の恐れすら出てきたのだ。


 かつて、本能寺の変で織田信長が討たれた際の事を景勝はふと思い出す。

 あの時は織田家によって、上杉家は滅亡の危機に追いやられていた。景勝自身、それを覚悟していた。

 しかし、信長の横死により急死を免れた。


 だが、あんな幸運は二度は続かないだろう。


 大坂城を制圧し、畿内が落ち着けば必ず東軍は大軍を上杉領に送り込んでくる。そうなれば上杉は終わりだ。

 いや、家康自らが兵を送る必要すらない。


 家康からの命がなくとも、最上義光は報復の為に兵を送るだろうしその時は秋田や南部ら他の東国勢も同様だろう。

 しかも、北陸勢まで西軍を見限っており、いずれは越中方面から北陸勢を攻め込ませてくるだろう。


 それだけではない。

 上杉家は、今回の戦いで国力を超えた大動員を行っている。

 新たに領国を得られないとあれば、この大軍を維持する事すらできなくなる。そうなれば、上杉は自然に崩壊していく。


 味方を求めようにも周りは皆敵ばかりだ。

 上杉に好意的な小大名もいるにはいたが、大した力にはならない。

 辛うじて九州の勢力のみ東軍の影響力が薄いが、遠く離れた九州とでは連携を取る事すら難しい。


 もはや、上杉家は詰んでいる。


「糞っ!」


 景勝は立ち上がり、抜刀して振り回そうとする。

 目は血走っており、荒々しい仕草だ。


「お、御屋形様、何を……」


「決まっておる! こうなれば、最後まで抗い、一人でも多く徳川の軍勢を道連れにしてやるまでだっ」


「おやめくだされ! そのような事をしたところで、もはや我らに勝ち目はありませんっ」


 兼続は必死に止めようとするが、景勝は唾を飛ばして怒鳴り散らした。


「勝ち目のあるなしの問題ではない!」


「ここは和睦を! もはや、徳川と和睦するほか道はありませんっ」


「和睦だとっ」


 ギロリと血走った目を景勝は向ける。


「いったいどんな条件じゃ! 儂の命と引き換えにか? それとも全ての領土と引き換えにか?」


「そんな条件では断じていたしませんっ」


 兼続も必死だった。

 このまま景勝を放置すれば、かつての北条家のように徹底抗戦をして上杉家を潰されかねない。


 兼続は陰湿な謀略家ではある。だが同時に、上杉家に対する忠誠心は誰よりも高かった。

 その上杉が滅亡するような未来は何が何でも回避する気でいた。


「もはや、我らは四方が敵なんじゃぞ! このような状況で条件など突きつける事ができるものか! 儂が徳川ならそれくらいの要求はするわっ」


「それでも、我ら上杉は大国! そう簡単に潰す事はできません。交渉の余地はあるかとっ」


「……一体、どの程度の条件が引き出せるというのじゃ」


 散々怒鳴り散らしたせいか、いくらか冷静さを取り戻したらしい。

 景勝も、先ほどと比べて多少は落ち着いてきている。


「問題になった庄内の地は当然として、越中も手放さざるをえないでしょうな」


「……」


「それに、おそらく佐渡の地も」


「……ぬ」


 予想の範疇にはあったようだが、改めて言われた事により景勝の表情が歪む。


「さらには」


 兼続は続ける。


「この越後一国も安堵は難しいかと。最低で半国は差し出す必要があるかと」


「越後半国か」


「はい。我らは、徳川右府を挑発する形でこの大戦の原因となりました。それだけの咎めがあっても当然かと」


「咎め、か」


 その言い方が景勝には気に食わなかったらしい。

 眉間によった皺が大きくなる。


「敗者となった以上、罪は我らにあります」


 景勝に、そして自分に言い聞かせるかのような口調だ。


「……」


 景勝は無言だ。

 だが、先ほどまで激高していた様子とは違い冷静さを取り戻してきているようだった。


「……兼続」


「はい」


「儂だけでなく、家臣共の命。越後半国の安堵を条件に交渉せい」


「御意」


 兼続もほっとしたように頭を下げる。


「では、その方向性で徳川右府と交渉して参ります」


「うむ。任せたぞ」


「御屋形様も、留守中に我らの越後に攻め入らんとする輩もおるやもしれません。御注意を」


「分かっておる」


 景勝は力なく頷く。

 上杉と東軍が和睦すれば、上杉領を好きに切り取る事はできなくなる。そう考えた大名が上杉領に攻め入ってきてもおかしくはないのだ。


「それでは」


 兼続も頷き、城を発った。


 まずは、上杉の牽制を担っていた関東徳川軍との交渉だった。家康や秀忠と交渉するのはその後になる。

 上杉の本当の戦いはまだこれからだった。






 ――山形城、大広間。


 上杉軍撤退の知らせを受けた義光は、いったんこの城に戻り有力家臣を集めていた。


「家親から知らせが届いた」


 最上義光が言った。

 家親は、義光の次男であり、徳川秀忠と共に関ケ原の戦いに参戦していた。

 これには当然、人質としての意味合いも含まれている。


「ほう。それで……?」


 義光家臣の、鮭延秀綱が訊ねた。


「東軍の大勝。太閤は討ち死に。それ以外にも、有力武将を多く失ったらしい」


「おおっ」


 家臣の間から、軽いざわめきが起こる。

 皆、顔に喜色を浮かべている。


「やりましたな、殿」


「うむ。これでもう、上杉などに怯える必要もない」


 義光自身も、強い安堵の色が顔に浮かんでいる。


「では、こちらから上杉に攻めかかりますか?」


 秀綱が提案する。

 その発言に、多くの家臣達が同意する。


「そうですな。今であれば、上杉を一気に叩く事ができますぞ」


「確かに。これまでの恨みを晴らす好機」


「一挙に春日山城まで攻め寄せましょうぞっ」


 それらの声に、義光は首を横に振った。


「いや、無理に上杉領は攻めん」


「何故ですか?」


 家臣達の疑問に義光は答える。


「こうなった以上、徳川右府殿の天下はもはや決まったも同然。そうなれば、東国の混乱を望まないであろう。下手に上杉領に我らが侵攻すれば、右府殿の機嫌を害する可能性がある」


「ですが、このまま得るものなく終わってしまえば……」


「それはない」


 義光は断定するように言う。


「全てが終わった後、相応の恩賞をいただく事ができよう。何せ、我らは上杉の大軍を引き受ける役割を果たしたのだからな。庄内の地は当然として、上杉から召し上げるであろう領地から10万石、あるいは20万石はいただけるはずじゃ」


「そのように期待してよいのでしょうか……?」


「期待できるだけの恩賞がいただけるよう、徳川右府殿に我らの功を訴え、働きかけるしかない」


 よいか、と義光は続ける。


「もはや、自らの力のみで領地を切り取る時代は終わったのだ。これからは、天下人となる徳川家を支えるのみ――お前達もそう心得ておけ」


 そう家臣達に説得するように言った。

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