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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第4部 天下を継ぐ者
169/251

168話 九州勢力1

 九州――。


 本州で関ケ原合戦が行われた頃、この九州も各地で戦が行われていた。

 島津に反旗を翻した伊集院の抵抗はまだ続いていたし、大友や龍造寺の決起もすぐには鎮圧されなかった。

 いや、しなかったというのが正しい。


 ……本州の混乱は長引く。


 そう呼んだ福島正則の策の為、意図的に大友攻めを長引かせる気でいたが、大友義統はいずれ叩きのめす必要のある相手でもある。

 ある程度の打撃を与えるつもりで、義統を石垣原の地で黒田長政の軍勢と共に叩きのめした。

 結果はあっけないほどの完勝である。


 兵は逃げ去り、義統もまた、逃れようとしたところをかつての民であったはずの領民に捕らえられ、身柄を福島・黒田連合軍へと引き渡されてしまった。


 ……何とも情けない。これが九州に覇者として君臨した大友宗麟の後継者とはな。


 呆れよりも、どこか哀れみに似た感情が正則にはあった。


 ……結局、親がどれほど偉大な人物であろうとも子にそれが引き継がれるとは限らんのか。


 そしてそれは、豊臣秀吉にも同じ事がいえるかもしれない。

 子の秀頼は、いまだ器量は分からない。

 だが、もし救いようのない暗愚だとすればその時は。


 そこまで考え、正則は首を横に振った。


 ……いかんいかん、余計な考えだったな。今はそれよりもやるべき事がある。


 思いのほか勝ちすぎてしまった。

 これでは、あまりに長引かせてしまえば秀吉に不審を抱かれるかもしれない。独自路線を辿る気ではいても、秀吉に公然と歯向かう気のない正則からすればそれは避けたい事態だった。


 しかし、義統を捕らえた今、大友残党にこれ以上の組織的な抵抗は難しい。下手をすれば、すぐにでも本州での戦いに参戦を求められるかもしれない。

 どう対処すべきかと、正則が悩んでいる時に驚くべき知らせが届いた。



 ――関ケ原の地にて、豊臣秀吉率いる西軍と徳川家康率いる大軍が激突。西軍は破れ、秀吉は討ち死に。



 その知らせを、どう受け取るべきなのか正則は即座に判断できなかった。


 ……馬鹿なっ!


 誤報ではないか。

 そう何度も確認した。


 だが、何度聞いても返事は変わらなかったし、相次いで本州から入ってくる情報が西軍の敗北を確定させた。


 ……信じられん。


 そもそも数万の兵の集まるような野戦で、総大将の首がとられる事自体が稀なのだ。

 桶狭間や沖田畷のような奇跡は、そうそう起きない。

 だが、奇跡が起きてしまった。


 ……太閤殿下が。


 大恩のある秀吉の死は勿論、心が痛む。

 だが、今の正則に嘆いている暇などなかった。


 正則はまず、黒田長政と会った。


 長政もまた、関ケ原の結果を知っていたらしく、常に冷静なこの男にしては珍しく、顔面は蒼白だった。


「ふ、福島殿……」


「関ケ原の事は知っておるな」


「太閤殿下の軍勢が破れたと……」


「その通りだ。東軍は、遠くない未来にこの九州にまで来るだろう」


「……」


「そして、大坂城もいずれは開城する。太閤殿下亡き豊家に、徳川右府に対抗する力があるとも思えん。宇喜多殿などは分からんが、毛利殿や前田殿は保身の為に徳川に下ってもおかしくはない。そうなれば、今年中にもこの九州にまで徳川右府の軍勢は押し寄せる」


「うむ」


「そうなってからでは、遅い。我らがそれぞれ単独で抵抗したとはいえ、本州を平定した徳川右府の大軍勢には適うまい。我らであろうと、島津であろうと個別に撃破されるのは必定。1年も経たずに、九州は平定されてしまうであろうな」


「……そうなるであろうな」


 長政も頷く。


「徳川右府といずれは和睦するとしても、今のままでは足元を見られるのが目に見えておる。少しでも優位な条件で和睦すべきだ」


「それは儂も同意する」


「うむ。その為には、九州を一つにまとめる必要がある」


「九州を一つに、か」


「そうだ。そうなれば、東軍に十分な対抗可能な戦力になるし、徳川右府もそう無茶な要求はできんだろう」


「そうだな」


「具体的に話し合うとしよう」


「……うむ」


 正則と話しているうちに、長政も冷静さを取り戻したらしく顔色も落ち着いてきていた。


「しかし、さすがに落ち着いておるな。さすがは、太閤殿下の見込んだ男だ」


「その太閤殿下は既に亡い」


 正則は冷静に言った。


「我らは太閤殿下には恩がある。だが、その殿下がいなくなった以上、それぞれの道を歩むべきだ。我らはもう童ではない。養うべき家臣や民を持つ大名なのだからな」


「うむ」


 長政も同意した。

 彼としても、散華した太閤・秀吉に思う事はあるが、今は自分の築いた黒田家の事が重要だった。

 その黒田家が滅ぶどうかの瀬戸際に立たされているのだから。


「では、本題に入るか」


「そうだな。東軍は今どの辺りにいるのだ?」


「最新の報告では、八幡山城が囲まれておるらしい。今頃は近江が制圧された頃かもしれん」


 本州であった出来事が九州の地まで届くには時間がかかる。

 実際にはもっと事態は進んでいると正則は考えていた。


「だが、九州勢は八幡山城には入っておらんらしい」


「それは知っておる。父上は大坂に向かわずに九州に来ると言ってきておるからな」


「ほう、もう連絡があったのか」


 正則は感心したように、顎に手を当てた。


「うむ。小早川殿と島津殿、それに宗殿や寺沢殿もこちらに向かっておるらしい」


「……」


 それを聞いて正則は目を光らせた。


「なるほど」


「どうかしたのか?」


「いや、到着してから丁重に迎え入れる準備をしておくべきだと思ってな」


「その為の手筈は整っておる」


「さすがに準備が早いの」


「それで、どうするのだ。父上達が本州に連れて行った兵の多くは逃げ散り、数はあまり残っておらんらしいぞ」


「構わんさ」


 正則は不敵な笑みを浮かべて続ける。


「秀秋殿は太閤殿下の元養子だ。東軍と一戦する事になった時は良い旗頭になる。宗殿は朝鮮との貴重な交渉役、手元においておけば何かと便利だ。義弘殿には、島津の内乱の終結の協力してもらう」


「なるほど……だが、そううまく協力してもらえるのか? 父上はともかく、他は儂らの家臣というわけではないのだぞ」


「させるほかない。下手をすれば、彼らも終わり。最悪領土を全て失うだけではすまず首を刎ねられるかもしれんのだぞ。そして、鍋島殿にも協力してもらう」


 鍋島直茂の領国でもまた、龍造寺高房が挙兵しており、この対応に追われていた。

 大友の再興軍と戦った正則や長政と違い、直茂にとって龍造寺は元主家という事もあり、強硬策には出ず、交渉での解決を試みていた。

 その為に、高房の父である政家にも協力を要請した。


 結果、説得は順調に進んでおり、高房にある程度の領土と権限を返上する事と引き換えに和睦する方向に向かいつつあった。


「まあ、直茂殿の子の勝茂殿の方は納得しておらんようだがな」


 勝茂に、龍造寺に対する忠誠心はない。

 それも無理はなかった。

 何せ、彼が物心ついた頃には既に沖田畷の戦いが発生。この戦いで、当時の当主である龍造寺隆信が討ち取られた。

 以後、衰退していく龍造寺を実質的に差配してた父の姿を勝茂はよく見ている。それに対し、龍造寺政家は政の大半を勝茂に任せるだけだった。ならば、鍋島がその基盤を受け継いでも当然だと考えていた。


「まあ、幸い直茂殿の方は和睦に意欲的だ。問題はあるまい」


 それより、と正則は続ける。


「一つ、問題がある地があるな」


「小西領か」


 長政も頭の回転は速い。

 すぐに理解した。


「そうだ。小西殿は今、行方不明なのだろう」


「うむ。父上達とは同行しておらんらしい」


 この時点で、小西行長は東軍に捕らえられ、処刑されていた。

 だが、さすがにその事までは長政は知らなかった。


「小西殿は領国にそれなりの兵力を残しておるようだ。そいつらも取り込んでおきたい。だが、我らの言葉だけでは従ってくれんかもしれん。それどころか、虎之助辺りの謀略とでも思われる可能性もある」


 行長は九州の地を発つ際、残留する家臣達に不仲な関係である加藤清正を警戒するように言い残していったのだ。


「なるほど。そうなると、彼らが使えるかもしれんな」


「彼ら?」


「うむ。父上達の一行には、関ケ原で行方不明になった小西殿の家臣達が何人かおるらしい」


 小西行長の家臣の一部は、九州へと帰還を目指す孝高の軍勢と合流を果たしていた。

 最も、彼らも長政や正則同様に行長がこの時点で処刑された事は知らなかったが。


「なるほど。我らの言葉だけでは説得力がないかもしれんが、小西殿の家臣達の言葉なら納得するかもしれんな」


「小西殿の家臣達は、それで何とかなるじゃろ。それで、有馬殿はどうする?」


 話題が有馬晴信の事へと変わった。

 晴信は、今回の戦いでは中立を保っていた。

 彼はかつて、秀吉の裁定によって領土を削られており、豊臣家に良い感情を持っていなかった。しかし、西軍色の強い九州で東軍に着く危険性も理解していたらしく、中立に徹していた。


「戦いが長引いていたならばともかく、こんなにも早く終結してしまったとあってはな。有馬殿の中立宣言は裏目に出たのだ。このまま九州に徳川右府の介入を受ければ、大幅に領土を削減されるのは必定。我らに協力させる」


「うむ。そうだな」


 長政も納得したように頷いた後、改めて訊ねた。


「それで、福島殿」


「何かな?」


「今回、九州をまとめたとして――どの辺り目指すのだ」


「徳川右府との和睦の条件か」


「そうだ」


 長政が頷く。


「当然、優先すべきは我らの領土の安堵だ」


「しかし、我らは東軍に組した大友の軍勢と戦ってしまっておるぞ」


「あれは奴らが我らの領土で決起した故、やむなくじゃ。降りかかって来た火の粉はどうにかしなくてはなるまい」


「その理屈が徳川右府に通じるのか?」


「通じさせる」


 正則の断固とした口調である。


「九州が一つにまとまっておれば、本州を統一した徳川といえどもそう簡単にはいかん。平定するには、10万、いや15万以上。場合によっては20万の軍勢が必要だ。関ケ原で大戦があったばかりだというのに、そんな犠牲を払いたくはあるまい」


 それに、と続ける。


「さきほども言ったが宗殿や島津殿は、明との外交関係の改善に必要な存在だし、海外との交易に感心を示している徳川右府にとって有馬も有益な存在。彼らを取り込んでおけば交渉材料として十分に使える」


「なるほど」


「よいか、これはもはや太閤殿下の戦いではない。儂らの戦いじゃ。豊臣ではなく、福島の――そして黒田の家を守る為の戦いなのじゃっ」


 正則はそう、強く宣言するように言った。

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