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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第4部 天下を継ぐ者
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167話 大戦終結2

 豊臣秀次が、八幡田山城の明け渡しを決断した頃、他の西軍残党も動いた。


 八幡山城に入らなかった毛利軍は、そのまま大坂城にまで撤退した。

 一方、小早川秀秋、黒田孝高、島津義弘ら九州勢は大坂城にも立ち寄らず、領国である九州へと撤退していった。


 一方、徳川家康も動く。

 既に、西軍に組織的な反抗はもはや不可能と見た家康は軍勢を幾つにも分けて西軍の主要な城を攻撃させる。


 自らは佐和山城に入ったまま、子の秀忠に八幡山城攻めの総大将に任じた。

 秀次が開城を決断した後は、その接収作業を担う事になる。


 同時に、大津城の攻略を伊達政宗に任せ、板倉勝重と奥平信昌にも一軍を与え、京の奪還を命じた。

 京の守護は、京都所司代の前田玄以が担っていたが、あっけなく降伏し、身柄を東軍に委ねた。


 また、大坂城にいた正室を殺された件で西軍に対して遺恨のあった丹後の細川忠興も正式に東軍に加わり丹波へと侵攻する。

 丹波は名目上小早川秀秋の領国ではあったが、秀秋が小早川家に養子に入って以降は実質的な秀吉の直轄となっていた。


 亀山城に前田玄以の子である茂勝が入っていたが、忠興の勢いを見て抗えないとみて逃亡した後、玄以と共に東軍に身柄を拘束された。

 福知山城に入っていた小野木重勝は最後まで抵抗したが、討ち死にし、城も陥落した。


 ほぼ同時に、大津城の城主である京極高次も秀吉の死、八幡山城の開城といった事が重なっている事から抵抗も無意味と判断して城を明け渡した。



 そんな中、近江の村に隠れ潜む事になった西軍の残党達も落ち武者狩りによって首をとられるか、拘束されて東軍に身柄を引き渡される者も現れはじめた。


 その中でも、特に大物だったのが九州の大名である小西行長だ。

 しかも、よりにも捕らえたのが松倉重政の家臣だった。


 父である松倉重信は、小西行長の部隊によって討ち取られてしまっており、戦の出来事とはいえ、怨みがあった。


「……随分と無様な恰好じゃな」


 嘲るように、重政が言った。


「……」


 全身を縄で縛られ、服も泥に塗れている。

 そんな恰好でも、強い視線で重政を見返している。


「今はどのような気分じゃ」


 重政の声には、見下す色があった。


「最悪じゃな。このような下卑た男と対面させられておるのじゃからな」


「何!」


 行長の挑発するような言葉に、重政は思わず詰め寄ろうとする。


 だが、辛うじてそれを止めた。


「とにかく。儂個人としては、すぐにでもお主の首を刎ねてやりたい。だが、上様は此度の件はあくまで元凶は太閤。太閤に組した者であっても、極力その罪を許す気でおられる」


「……」


「その罪を心から詫びるというのであれば、許されるかもしれんぞ」


 そんな重政の言葉に、行長は黙って首を横に振った。


「悪いが、儂は右府に詫びる気はない」


「そうか。ならば、腹を切れ」


 重政が見下すように言った。


「いや、腹は切らん。教えに反する事になる」


 行長はキリシタン大名でもあり、その信仰心は強く、自害は許されない事だと考えていた。

 最も、こういった点も、日蓮宗である加藤清正と激しく対立する原因の一つでもあったのだが。


「そうか」


 はっ、と軽蔑するように重政は笑った。


「儂はキリシタンは好かん。儂がもし、此度の戦の褒賞でお主の領地を任される事になったら即刻、取り締まってやる。幸い、上様は禁教令を強化する方針のようだしの」


「お前のような者が領主になったところで、一揆でも起こされるのがおちじゃと思うがな」


 行長もまた、侮蔑するように重政を見た。

 重政もその行長に何か言い返そうとしたものの、これから殺される者に何を言ったところで逆に自分の格が下がるだけと考えたのか、それ以上の会話を打ち切った。


「連れていけ」


 それだけを命じ、行長の身柄は佐和山城にいる家康の元に送られる事になった。その後もあくまで、謝罪を拒んだ為、行長は打ち首にされた。

 関白の秀次を含め、多くの西軍武将達の命が安堵された中、異例ともいえる処分となった。



 そんな事があったものの、東軍の畿内制圧は順調に進んだ。

 尾張・伊勢・伊賀・大和の織田信雄が東軍につき、山城・近江が制圧された今、大坂城への道は開かれたも同然となった。


 道が確保されたと確信した家康は、八幡山城の秀忠と共に西進を決意。

 大坂城へと進軍を始めた。


 そんな中、大坂城内は大騒ぎになっていた。

 豊臣秀吉の死、西軍の敗北、東軍の接近。どれもが西軍にとっては凶事には違いないが、それよりも前にある事件が起きていた。


 豊臣秀保の死である。

 秀保は、大坂城の留守を任せる為、秀長が派遣していた。

 だが、元々体が丈夫ではなかった秀保は、重圧の為か、病が悪化し、そのまま亡くなってしまった。


 慌てて秀長が自身も病にかかっているにも関わらず、大坂城にまで駆けつけた頃には既に関ケ原での決着がついていた。


 今後の方針をめぐり、慌てて軍議を開いたものの妙案は出なかった。


「……」


 秀長の表情は暗い。

 元々病の為、顔色は悪かったが今はさらに悪く感じる。


 浅野幸長、藤堂高虎、蜂須賀家政、仙石秀久、生駒親正らの姿がある。

 関ケ原から脱出に成功した毛利輝元の姿もあった。

 かつて、秀吉の覇業に貢献した毛利家の外交僧であり、その功績から領国を与えられた安国寺恵瓊もいる。


 この大坂城在住組で、抗戦論を唱えているのはこの恵瓊ぐらいだった。


「この大坂城は天下の名城。さらには、我々毛利勢を含めて3万ほどの兵がまだ残っております。さらに、我ら毛利家や各々方の領国からも兵をかき集めれば5万は超えます。そうなれば、東軍が10万を超える大軍といえども十分に対抗は可能ですっ」


 そう強く主張するが、皆の視線は冷たかった。


「何の為に東軍に対抗するのだ」


 ぼそり、と言ったのは浅野幸長だった。


「決まっております。豊臣家の為」


「そうは言うがな」


 秀長が口を挟んだ。


「太閤殿下は散華され、関白殿下は東軍に下った。この状況でなお、豊臣家の為にと言ったところで従う者がどれほどおる」


「秀長様がおられるではありませんか」


「儂か、儂はいつ太閤殿下の後を追ってもおかしくないのだぞ」


 自嘲するような言葉だ。

 その声には力が入っていなかった。


 病に加え、秀吉の死という知らせで、肉体的にも精神的にも秀長は衰弱していた。

 もうこの瞬間にも、一度目を瞑れば二度と目を覚まさないのではないかと思えるほどだ。


「秀長様」


 彼に仕える藤堂高虎が、痛ましげに声を出す。


「分かっておる。東軍との和睦に目途が立つまで逝く気はない。太閤殿下の――兄者の忘れ形見も姫路におるしのう」


 ふふふ、とどこか疲れたような声を秀長は漏らす。


「秀長様の言う通りであろう」


 蜂須賀家政が秀長に同意するように言った。


「これからは、秀頼様の御命を最優先に行動すべきであろう」


「蜂須賀殿……」


「それに、だ。我らに義があるとでも?」


 す、と家政の目が細められる。


「この大坂城は、織田の上様の――織田秀信様の城。それを我らが勝手に占拠しているような状況なのですぞ」


 もはや、ほとんど力のない存在ではあるが、一応は織田公儀は存在している。にも拘わらずこのような暴挙ができたのは、豊臣秀吉という絶対的な巨人の存在があったからだ。

 その秀吉を失った今、豊臣家は不当に大坂城を占拠した逆臣という事になりかねない。


「蜂須賀殿の言う通り、放っておいても大坂城は自壊する可能性が高い。このような状態で籠城戦など正気の沙汰ではない」


 仙石秀久も、秀長や家政の意見に同意するように頷く。


「で、では東軍と、徳川と和睦するとでも……?」


 恵瓊の言葉に秀長は頷いた。


「そのつもりで既に交渉を始めておる」


「毛利家もその意見に、同意する」


「お、御屋形様……」


 自身の主である輝元から思わぬ発言を挟まれ、恵瓊も唖然とする。


「悪いが、元々徳川家と誼を通じておった吉川広家に命じてあったのだ」


「吉川殿に……?」


「もし、太閤殿下が破れた場合に備えて徳川右府と交渉しておけとな」


「な!?」


 その言葉に恵瓊はさらに驚く。


「そ、そのような事、拙僧はまるで聞いておりませんぞっ」


「それはそうであろう。親豊臣のお前に明かしては、まとまる話もまとまらなくなるからな」


 輝元の言葉は素気なかった。


「一応ではあるが、既に徳川方から条件は提示されておる」


「それでその、条件は……」


「かなり不利な条件である事に違いはない。関ケ原まで出っ張ってしまったのは事実だからな」


 口には出さなかったが、西軍への参戦を強く勧めたのは恵瓊であり、暗にお前の責任でもあると輝元は言っていた。

 とはいえ、親豊臣色の強かった毛利だ。恵瓊の存在がなくても西軍として参戦した可能性は高かった。


「四国や九州にある飛び領は没収。本州でも安堵されるのは、安芸、長門、周防の三ヶ国のみだ」


「安芸、長門、周防、という事は石見は……」


「残念ながら没収される事になる」


 この時、毛利領である石見には石見銀山があり、毛利の重要な収入源にもなっていた。

 本国である安芸は安堵されたとはいえ、この地を失う事は毛利家にとってかなりの痛手となる事に違いなかった。


「そこまで譲歩せざるをえないのであれば――いっその事この大坂城で」


「それはならんといったはずだぞ」


 輝元は強い口調で拒絶する。


「第一、籠城戦ともなればこの場にいる皆が納得した上で一丸とならねばならんのだぞ」


「……」


 恵瓊の顔には絶望的なものが浮かぶ。

 このまま東軍との和睦がまとまれば、これまで親豊臣として築いた自分の地位が危うくなる。


 事実、輝元は場合によっては恵瓊の身柄を東軍に引き渡そうとまで考えていた。

 輝元含め、毛利軍が関ケ原まで出っ張ってしまった以上、誰かに責任を押し付ける必要があり、親豊臣として内外に知られた恵瓊はまさに適任でもあった。


「……」


 そんな輝元の思惑までは知るよしもないが、この場に自分の意見に賛同する者はいないのだという事を悟った恵瓊の口から、これ以上の言葉が出てくる事はなかった。


「……結論は出たようだな」


 秀長が、そんな恵瓊に宣告するように言う。



「大坂城は東軍に明け渡す。我らの戦いは――もう終わったのだ」

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