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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第4部 天下を継ぐ者
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157話 決関ケ原5

「松平秀康様、御討ち死に!」


 徳川家康の本陣にその報告が持ち込まれると、さしもの家康もぴくりと眉を動かした。


「何?」


 家康の傍らの近習達も、ざわめく。


「間違いないのか?」


 家康の問いに、報告に来た使番も黙って頷く。


「はっ」


「詳しく申せ」


 使者が、詳細を話し始める。

 その間、家康は一度も口を挟む事はなかった。


「……そうか」


 じっ、と家康は無表情のまま無言になる。

 おそろしく、冷静な様子だ。

 表情からは何を考えているのか、本多正信・正純ですら読み取れない。

 だが、これまで休む事なく矢継早に指示を出し続けた家康から表情が消え、言葉もしばらく発さなくなった。


 家臣達も、口を挟みにくい様子だ。

 だが――。



「上様」


 本多正純が、最初に口を開いた。


「次の御下知を」


 正純にとっても、秀康の死は思う事がないわけではない。

 父・正信同様に秀忠ではなく秀康にこそ徳川家の家督を、と思っていたのだ。


 だが、ここは戦場である。

 いつまでも、このままというわけにはいかない。


「……うむ」


 家康も頷く。

 とほぼ同時に、秀忠からの使番が訪れた。


 崩れかけた秀康の部隊の救援に榊原康政の部隊を出したらどうか、という内容だ。


「了承した、と秀忠には伝えい」


 は、と指示を受けた使番が家康の本陣から立ち去った。






「森勢、後退!」


 そんな中、伊達政宗は森長可の部隊をほぼ壊滅させており、満悦状態だった。


「鬼武蔵も案外大した事なかったのう」


 にやり、とした笑みが浮かんでいる。

 傍らの片倉景綱も同意する。


「まさしく」


 人数差もあったとはいえ、鉄砲騎馬隊の勢いもあり、森軍はあっけないほど簡単に壊滅した。

 予想以上の完勝といっても良い。


 森勢は散り散りとなっている。


「例の仕込みはどうされますか?」


「まだ使う必要はなかろう」


 小声で訊ねた景綱に、政宗も小声で返す。


「ですな。では、ここは……」


 と景綱が言いかけた時、



「死ねぇっ」



 不意に、森勢の兵がこちらに向かってきた。

 既に森勢は崩壊しており、完全に政宗もその配下も油断していた。

 護衛の兵を潜り抜けるかのように、一直線に政宗のところに向かってくる。


 ――ガキィッ!


 政宗は、咄嗟に振り下ろされた刀を自らの刀で受け止める。

 思わず出た、武人としての反射的な行動だった。


「ぐぬぅっ」


「糞っ」


 相手は罵りの言葉を吐き捨てると、次の行動に移ろうとする。

 政宗も、戦闘態勢をとる。


「ぬぅっ」


 相手の刀と政宗の刀が交差する。


 が、敵の力の方が強かった。

 敵の攻撃を受け流す事ができず、政宗の態勢が崩れかける。

 その隙をついて、相手は政宗を切り捨てようとする。


「死ねいっ」


「殿!」


 しかし、驚きから立ち直った景綱がその相手を切り捨てる方が早かった。


「がっ――」


 苦悶の表情を浮かべた相手に、政宗の護衛の兵達が槍を突きつける。

 やがてぴくぴく、と動いていた体の動きが完全に止まった。


「殿、ご無事で――」


「う、うむ。気を抜き過ぎたか」


 政宗は冷や汗をかきながらも、先ほどまでやりあっていた相手の顔を確かめる。


「こ、この男は――鬼武蔵ではないか」


 何と相手は、この森隊を率いていたはずの森長可だった。

 長可は、撤退したと見せかけながら雑兵に紛れて政宗の命を狙ってきたのだ。


 驚くと同時に、政宗はため息をもらした。


「気に食わん男ではあったが、そうまでして儂の命を狙う執念だけは恐れ入るわ」


 森長可。

 かつて、織田信長から寵愛を受け、敵からも味方からも恐れられた男。そして、朝鮮での戦いの時から政宗との因縁があった男。

 その男の命もここで尽きたのである。




 当初、劣勢だった真田信之の部隊が今では中村一氏の部隊を押し返していた。


「やれ、やれーっ」


 信之自ら声をはりあげ、戦っている。

 家臣達も負けずに戦う。


 この時、松平秀康が討ち死にしたという報告が信之のところにも流れてきていた。

 とはいえ、今は戦闘のただなかであり様々な情報が飛び交っており、誤報という事も十分にありえる。


 ……だが。


 誤報でないとしたら。


 ……よくやった、などと言える立場ではもうない。


 かつてのように、同じ陣営に立っていた時期ならばともかく、今は徳川、豊臣と対立する家に仕えている。


 ……儂の立場が悪くなるかもしれん。


 既に袂を分かったとはいえ、家康の次男を信之の弟である信繁が討ち取ってしまったのだ。

 どうしても、徳川家臣達からの感情的な問題は残るだろう。


 ……やはり、手柄をあげるしかないか。


 譜代の家臣であろうが、文句のつけようのない手柄を。

 だが、と内心で続ける。


 ……まあ、仮に儂が討ち死にしたとしてもそれはそれで良いかもしれん。


 徳川家に仕える信之の立場からすれば、秀康を討ち取った信繁の行動は迷惑でしかないが、豊臣家に仕える信繁からすれば大手柄だ。


 その場合、信之の真田はなくなっても、信繁の真田は残る。

 しかも豊臣が勝てば加増は間違いなく、戦後の繁栄は約束されたようなものだ。


 ……だからといって負けてやるわけにはいかんがな。


 力を込めて信之は馬腹を蹴る。


「いけ、いけーっ」


 強く声を出し、それに鼓舞された兵も勢いをつけて中村一氏の部隊を押していく。

 序盤優位だった中村勢も、じりじりと後退を迫られていった。




 笹尾山――豊臣秀吉の本陣。

 全体的に西軍が押され始めてきたが、それでも太閤・秀吉の顔には余裕の色が強く残る。

 扇を優雅に弄びながら、戦況を眺めている。


「さすがは、東海一の弓取り。家康も、配下の大名どももやるではないか」


 ……この高揚感。やはり、予は戦がしたいのだ。


 この戦を、いつまでも続けていたい。

 できる事ならば永遠にでも。


 ……このような大規模な戦、信長公や信忠公も経験がない。黄泉路に旅立った後に自慢できる。


 いや、織田親子に限った話ではない。

 10万同士の激突の総大将を務めたものなど、大陸や南蛮でもそうそういないだろう。

 それだけでも、十分に偉業といえよう。


 ……やはり楽しいのだ、予は。家の存亡がかかっているというのに。


 改めて実感する。

 天下の平定など二の次。

 この戦の独特の空気。これこそ、長らく秀吉が共に生きてきたものであり、太閤として過ごしたこの数年では実感できなかったものだった。


「……殿下」


 傍らから黒田孝高が口を挟む。


「そろそろ、例の大筒を使うべきでは?」


「そうよの」


 孝高に思考を中断された事に、特に不快な気分にはならなかった。

 寛大な気分で受け流す事にした。


 口髭にさわりながら、秀吉は続ける。

 勝利の為に、次の指示を。


「大筒の準備をさせい、この戦局を変えるぞ」

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