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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第4部 天下を継ぐ者
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152話 東西激突

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 徳川家康率いる本隊は、東山道を西へと進み本陣を桃配山に置いた。


 この地は、1000年ほど前、壬申の乱の際に大海人皇子が本陣を置いている。その大海人皇子が激励の為、兵に桃を配って鼓舞した事が由来になったと言われる地だ。


「上様っ」


 慌ただしく兵達が本陣を駆け回り、本陣が築かれていく中、報告がきた。

 斥候達によれば、相当な数の軍勢が待ち構えているようだ。


 ……やはり、秀吉も決戦を覚悟したか。


 だが、引く気はない。

 打ち破って松尾山城を救援。

 そして、近江へと乱入し、京を秀吉の手から奪い返す。

 そうなれば、仮に秀吉が生き残ったとして徳川と豊臣の力関係は逆転し、名実共に家康が天下人となる。


 ……その為にも絶対に負けられん。


 桃配山から、じっと先の方角を見つめる。

 ここからでも、凄まじい数の軍勢が戦闘準備に入っているのが分かる。


 場合によっては、この本陣も戦場になるかもしれない。


「……」


 だというのに、気持ちは落ち着いていた。

 不自然なほどに。


「上様」


 そんな中、本多正信が傍らから話しかける。


「新たに送った斥候が戻りました。やはり、敵勢は布陣を終えているようです」


「うむ」


 予想の範疇だったらしく、家康は小さく頷いただけだ。


「笹尾山にて、秀吉の馬印も確認できたそうです」


「やはり、間違いないか」


 こちらも確認に近い。

 家康は小さく頷いただけだ。


「……井伊直政に指示を」


 今回の天下分け目の大戦。

 その先鋒を、井伊直政に家康は任じていた。

 直政は家康からの信頼も厚く、将としても有能な男だ。

 何より、既に井伊の赤備えの名は全国に轟いていた。


 家康の指示を受けた使番が、去っていく。


 ……始まる、か。


 家康は小さく呟いき、秀吉の本陣があるであろう方角をじっと見つめた。




 総金の軍旗が翻っている、笹尾山の豊臣秀吉の本陣。

 太陽が昇っているにも関わらず、まだ肌寒くはあったが秀吉の心は火照っており、興奮は収まらなかった。

 気分は異様なまでに高揚している。

 最近の体の不調が嘘のようだった。

 いつ死んでもおかしくないと言われていたはずの体なのに、秀吉にとってはまるで20年以上は昔の若い肉体のように感じていた。


 ……太閤だ天下人などと言われても、やはり予は武人という事か。


 10万の軍勢を指揮して10万の軍勢を破る。

 それは、何と痛快な事であろうか。


 武人として、これ以上の栄誉はない。


「孝高よ」


 傍らの黒田孝高に訊ねる。


「東軍の動きはどうなっておる」


 それを受け、はっ、と孝高が答える。


「先ほど斥候から報告がありました。東軍の先鋒とみられる部隊が前進。おそらくは、井伊の赤備えかと」


「井伊直政か」


 秀吉はふむ、と頷く。


「関白の軍勢を押し出させて対応させい」


「既に伝えてあります」


「ならば良い」


 秀吉は頷く。




 秀吉からの指示を受けた、豊臣秀次の軍勢が動き出した。


「田中吉政の部隊を前に出せ」


 秀次の指示を受け、秀次配下の田中吉政の部隊が前進を始めている。

 まもなく、東軍とぶつかり、この大戦の先端が開かれるだろう。


 そんな中、秀次は自陣で腕を組みながら考え込んでいた。


「……儂も動かねばならんか」


 家康や秀吉とは異なり、これから戦に赴く事に対しての高揚感はあまりないようだ。

 どこか気が重そうにすら思える。


 秀次も、今回が初陣というわけではない。

 戦場の経験は既に何度もあるし、戦に物怖じる人物でもない。

 だが、それでも今回の戦いは特別なのだ、という思いが強い。


 笹尾山の方角をちらりと見る。


 ……珍しい事だ。


 自身に関白職を譲って以降、太閤を名乗り何かと政治に口を出す事が多かったものの、それでも秀次にはかなりの権限を与えられていた。


 だが、今回の戦いに関しては秀吉がほぼ一人で指示を出して取り仕切っていた。


 天下統一の締めをあくまで自分でやりたいのか、あるいは。


 ……儂を信用していないか、じゃな。


 乗っ取り騒動で秀吉に不信感を持たれたのではないか、という不安は依然としてある。

 それでも――少なくとも表立って――処罰される事はなかったし、関白職もそのままだった。


 だが、これはあくまで最大の敵である徳川家康が健在だったからではないだろうか。

 余計な火種を持ち込んで家康に付け込む隙を与えたくない。

 そんな思いからだったのではないだろうか。


 その家康が倒れれば、それも一変する。

 用済みと判断され、自分は――。


「……」


「関白殿下――大丈夫でしょうか」


 秀次の傍らから、不破万作が不安げに声をかけた。


「いや、何でもない」


 自分の不安を断ち切るかのように、秀次は首を横に振る。


「ですが顔色が」


「大事ない。それより、各部隊にいつでも戦にうつれるよう準備を怠るなと伝えい」


 それだけを言うと、腕を解く事もなくじっと、敵勢のいる見つめ続けていた。




 秀次と対照的に松平秀康は、今回の戦にかける意気込みは凄まじいものがあった。


 ……今度こそ、父上や家臣達に儂の力を示すっ!


 傍らに控える本多富正が不安そうにこちらを見ているが、それを気にする余裕など秀康にはなかった。


 かつて、大坂方と安土方に日の本が割れた際、秀康は自ら兵を率いて真田昌幸の軍勢と戦っていたが、秀忠は江戸城に留まっていた。


 だが、今回は違う。

 秀忠も自ら出陣している。


 これまで、秀忠に対して優位に立てていた点の一つが大戦の経験の有無だった。

 秀忠は形ばかりの参戦をした事があっても、本格的な戦に加わった事はない。


 しかし、今回初めて戦に参戦している。

 ここで、そこそこでも武功をあげられてしまえば、二人の差は決定的なものになってしまい、父・家康のみならず家臣達も秀忠を当主と認めてしまうだろう。


 そうならない為には。


 ……秀忠の些末な活躍などかすむだけの結果を出してくれるっ!


 そう強く秀康は念じるように思った。




 それに対し、徳川秀忠は実に静かなものだった。

 10万同士の兵がぶつかる戦場だというのに、普段通り秀麗だかどこか冷たい顔立ちそのままで戦場を眺めていた。


「これが戦場か」


「はい」


 傍らから、立花宗茂が答える。


「某も、戦の経験は幾度もありますが、これほど大規模なものははじめてでございます」


「そうか」


 ふふ、と秀忠は小さく笑う。

 九州や朝鮮で多くの経験があるはずの宗茂よりも、落ち着いた仕草だ。

 馬を乗りこなしているものの、どこか武人といは懸け離れた印象がある。


 まるで、兄・秀康に家康にもあった荒々しい面の全てを受け継がせてしまったかのようだ。


「殿は緊張しておられないのですか?」


 秀忠との付き合いの長い土井利勝も訊ねる。

 彼からしても、これほどまでに秀忠が戦場で落ち着いていられるとは思っていなかったのだ。


「うむ。幸か不幸か、な。どうやら私には武人としての血はまるで引き継がれていないようだ。お前は違うのか?」


「……はい」


 利勝が少し恥ずかしげに返す。

 だが、秀忠は特に気にしていないようだ。


「やはり、そうなるのが正しい反応なのであろうな。私に戦場の空気はあわん。兄上はよく似合っておるがな」


 それは、皮肉で言ったのか。それとも、素直な称賛か。

 どちらなのか宗茂には判断がつかなかった。


「しかし、それでも上様は殿が後継者に相応しいと考えておいでです」


「そのようだな。私も武人とはいえないかもしれんが――指名されたからには答えるほかあるまい」


 秀忠はそう言って前を見据えた。


「だが今だけは武人になるしかない。戦場での経験は宗茂の方が豊富だ。私の補佐をしっかりと頼むぞ」


「はい」


 宗茂が答える。


 ……やはり、この御方は大物かもしれんな。


 そう思い、改めて秀忠を見つめた。


「殿」


「どうした?」


 利勝が秀忠に話しかける。

 いつの間にか、伝令と思しき男から報告を受け取ったようだ。


「井伊直政殿の部隊が西軍の部隊と衝突した模様」


「そうか。 ――いよいよ始まるか」


 秀忠が戦場を見つめながら言う。

 宗茂の手にも自然に力が込められる。


 遂に、天下分け目の大戦が開始されようとしていた。


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