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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第4部 天下を継ぐ者
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147話 織田内府

 伊勢――長島城。

 織田信雄は、この地にいた。

 徳川家康による、上杉征伐が宣言された後、信雄は大規模な動員をし、兵を集めた。

 当初は、家康を支援する気での動員だった。


 だが、豊臣秀吉が家康打倒を唱えて決起――さらには、大坂城を強引な方法で占拠してしまった。

 これにより、織田宗家の当主である秀信を実質的に人質に取られてしまった事により、迂闊な行動が取れなくなった。


 しかも、一部の信雄傘下の家臣や妻子も大坂城にはいるのだ。

 まさか手を出す事はないだろうが、細川家の前例がある。絶対に秀吉が害する事はないとは断言できないでいた。


 何より、秀吉は名実共に天下人に最も近い男。

 家康をこの戦いで倒せば、もはや対抗できる存在はいなくなる。


 これまでは、織田家が名だけの存在になったとはいえ、それでも対抗する大敵・徳川家に対する抑止として価値があった。

 しかし、その家康が打倒されれば抑止としての価値もなくなる。


 故に、最悪の場合は邪魔者の排除という事で織田秀信の殺害という手に出ないとも限らないのだ。


「……」


 暗鬱な表情のまま、信雄は腕を組んでいる。

 傍らには、村瀬重治、佐久間信栄、土方雄久ら信雄の家臣達も暗い表情のまま控えている。


 何度か、評議を開いたものの、有力な意見は出ない。

 大坂城の救援に出ようという意見も出たものの、天下の名城である大坂城に蜂須賀家政や浅野幸長らの留守居組の1万を超える兵がまだ残っているのだ。

 これを落とすのは並大抵の事ではない。


「――それで」


 重治が、暗い表情のまま唇を動かす。


「太閤は何と?」


「相も変わらず、西軍に組せ、じゃ」


 不快そうに信雄は吐き捨てる。


「我らが拒否した場合は、秀信様を――?」


「うむ。さすがに直接は言ってきておらんが、それを仄めかすような事をな」


 それに、と信雄は続ける。


「尾張の城をあっさり手放させた事について、色々と文句を言ってきおった」


「やはりですか」


 予想していた事だけに、雄久達の驚きも小さい。


「それで何と?」


「尾張での件は、倅に任せておいたゆえ、儂は預かり知らぬ事――そう答えた」


「太閤は納得したのですか?」


「さあ、の」


 皮肉げに信雄は顔を歪ませる。


「必要以上に儂を刺激してしまえば、儂が自棄になって東軍に着く事もあの男は分かっておるのだ。それゆえに、あまり強くは出れん」


「そうですな。しかし――」


「分かっておる。いつまでもこのままでは、まずい」


 そう言うと、信雄は手元から秀吉からの書状を取り出すと、それを放るように投げ落とした。

 家臣達は一瞬困惑したが、「読め」と信雄が小さく呟くと重治がそれに目を通し、読み終えるとそれを信栄に渡した。


「秀吉は兵を美濃に出し、大垣城攻めを支援しろといっていきておる」


「そのようですな」


 読み終えた正勝が、今度は雄久に渡した。


「まるで命令ですな」


 重治が苦々しげに言った。


「左様。太閤も、かつては信雄様などとは比べるべくもない小物だった癖に……。それを信長公や信忠公の恩も忘れてこのような――」


 信栄も苛立つのを隠す様子もなく吐き捨てた。

 彼の父は、かつて織田信長の重臣中の重臣だった佐久間信盛だ。それだけに、秀吉に対して格下の存在だという意識が強いのだろう。


「しかし――」


 雄久も読み終えたらしく、書状から目を離す。


「無視をするわけにもいきませんぞ。豊臣秀長配下だった軍勢の大半は、美濃の戦場には出ておりませんゆえ、彼らの軍勢を我らに差し向ける可能性があります」


「うむ――」


 家臣達のそれぞれの言い分を聞きつつ、信雄は顎に手を当てる。


「いずれにせよ、このままではまずいな」


「はい」


「……」


 信雄は、しばし考え込むと、


「兵は出す」


 結論を出した。


「はい。 ……ですが、よろしいので?」


「構わん。いつまでも兵を出さんと秀吉からの催促も収まらんじゃろう。だが、兵は出すがゆるりとだ」


「ゆるりと、ですか? しかし、そのような事をしていれば徳川右府殿の軍勢

が――」


「それが狙いだ」


 信雄は続ける。


「良いか。このままでは我らに選択肢はない。実質的に西軍の――秀吉の元で戦う以外の道は選べんのだ。そして、一度西軍に加わってしまえば、完全に取り込まれてしまう。秀吉も儂らを逃さんであろうし、それで西軍が敗れる事になれば、いかに友好的な徳川右府といえども、儂を許すまい」


「確かに――そうなるでしょうな」


 信栄達が頷くのを確認してから、信雄は続ける。


「だが、儂らが到達するよりも先に徳川右府が美濃の戦場に到達しておれば、選択肢が増える」


「東軍に――寝返るというのですか?」


 雄久の言葉に、信雄は首を横に振る。


「寝返るなどと人聞きの悪い事をいうな。儂は秀吉などに着いた覚えはない」


 元々秀吉に対して良い感情を持っていない家臣達も、信雄の言葉に納得したように頷いた。

 が、


「なるほど。ですが、そうなると大坂の上様は――?」


 結局、大坂城に実質的な人質として確保されている織田秀信の問題はまるで解決しないままとなる。


「それに、先ほどの話にも出たように、秀長配下の軍勢を我らの領土に侵攻させる策もありますぞ」


「美濃で秀吉が大敗し、敗走するような事態になれば、そのような余力はなくなるであろう」


「それはそうですが――」


 雄久は返答に詰まった。

 その雄久に代わって、重治が訊ねる。


「そのようにうまくいくでしょうか。両軍の睨み合いが続くようになれば、太閤は秀信様の命を盾にしてくる可能性もあるのですぞ」


「うまくいくかは分からん。だが、このままでは儂らは間違いなく西軍に取り込まれる以外に道はない。徳川右府が西軍を叩きのめしてくれる事を祈るほかあるまい」


 最後はやや投げやりになりながら信雄は言った。

 家臣達も、結局それを覆すような案を出す事もできず、信雄の言う通り、家康の着陣が早い事に期待しての、ゆるりとした出陣となった。


 実にゆっくりとした行軍だ。

 そして信雄の軍勢が伊勢街道を北上している間に、目論見通りに徳川秀忠の軍勢は濃尾の国境を越え、岐阜城へと到達してしまったのである。

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