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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第4部 天下を継ぐ者
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145話 松尾山城

 ――松尾山城。


 かつて、浅井長政は織田信長との決別を決断した際、対織田の重要拠点として松尾山の城を中心に信長を封じ込めようと策を立てていた。

 だが、信長の切り崩し工作により、城ごと織田側に寝返えられてしまう。長政の戦略はあっさりと瓦解した。

 その後、この城は信長家臣の不破光治に預けられたものの、その光治が越前へと移封して以降は廃城となった。


 だが、この地の重要性に目をつけた金剛秀国は、いずれ来るだろう東西決戦の為にこの城を中心とした防衛線をはるべく、密かに修繕工事を開始した。

 今では城郭も築かれ、立派な要塞となっている。


 この松尾山城を中心に立て篭り、豊臣方の東進を阻む気でいた。


 秀国傘下の兵だけでなく、徳川家から援軍としての兵も送られており、その数は合計1万ほど。


 美濃攻略を目指す西軍としても、ここを放置するわけにはいかない。

 この松尾山城に、秀吉は豊臣秀次を総大将とし、4万の兵で取り囲んだ。

 同時に、大垣城にも宇喜多秀家を大将とする3万の兵に攻めさせ、自身は佐和山城にて残りの兵と共に待機していた。




 そして、松尾山城攻略に取り掛かった西軍だが、思いのほか城の守りは堅い。数の差で何となかなると楽観していた西軍首脳陣だが、その認識を改めざるをえなかった。


 最新の攻城兵器である大筒を用いても、なかなか攻め入る事ができない。


 そんな中、佐和山城にいる秀吉がわずかの護衛と共に松尾山城攻めの本陣へと訪れていた。


「どうじゃ、城攻めの様子は」


 戦時とは思えないほど、煌びやかな駕籠が本陣へと近づき、その駕籠から公家風の装束を纏った秀吉が現れる。


「難しいですな」


 返したのは、秀次の補佐として派遣されていた黒田孝高である。

 秀次に代わって答える。


「秀国はにわか仕込みではなく、かなりの規模で修繕工事をしていたようです。敵の数も、1万。我らの数に劣るとはいえ、決して少なくない。食糧や武器弾薬も、大量に運び込んでいたようです。これならば、長期戦でも対応できるのではないかと」


 しかも、と孝高は続ける。


「松尾山そのものが、天然の要塞となっています。これを攻め入るには、相当な犠牲を覚悟する必要があるでしょうな」


「そうか……」


 秀吉は、顎に手を当てて考え込む。


「予の目的は、金剛秀国如き一武将ではない。あくまで、徳川家康だ。そして、その為には家康の本隊を壊滅させる必要がある」


「はっ……」


「予は、10万を超える兵を引き連れて来たが、家康も10万近い兵を引き連れて来るじゃろう。決して楽な戦にはならん。となれば、犠牲は少ないに越した事はない。大垣城の攻略も岐阜城の攻略もこの先に控えておるのじゃぞ」


 大垣城には徳川家から援軍として菅沼定盈が、岐阜城には鳥居元忠が入り城を守っていた。


「……では、松尾山城の攻略を諦めると?」


「いや、そんな事はない。秀国に使者を送れ。予に組して松尾山城を明け渡すのであれば、望みの国で30万石の大名にしてやるとな」


「それは奮発しましたな」


 孝高が感嘆した様子で言った。


「秀国が如き小物に時間はかけられんのよ。それに、家康との決戦に勝てば関東も東海も予のものとなる。それを考えれば安いものよ」


 ふふ、と秀吉は笑った。


「では、早速使者を送れ」


 秀吉の命を受け、使者が松尾山城へと送られた。






 松尾山城の本陣。

 ここで、秀国は秀吉からの書状を見ていた。


「ふん。太閤も出し惜しんでいるわけではないようだのう」


「殿。太閤は何と?」


 傍らに控える家臣の一人が言った。


「松尾山城を開城するのならば、儂を30万石の大名にしてくれると言っておる」


「30万石、ですか……」


 家臣達の顔がわずかに動く。

 秀国が30万石もの大名に出世すれば、彼らの禄も当然増える。中には、小大名級の扱いを受けれる者も出るかもしれない。


「信用できんわ、こんな紙切れ」


 だが、秀国はばっさりとそれを切り捨てた。


「これまで、徳川右府様に肩入れしてきた我々ぞ。太閤がその約定を守って30万石を寄越したとしても、豊臣の公儀体制では冷遇されるのは目に見えておる」


「そうですな」


「そんな怪しげな30万石よりも、右府様の約束しておる20万石の方がはるかにいいわ」


 家康の後詰が来るまで、持ちこたえていた場合は20万石。仮に陥落しても、最後まで敵に下る事なく抵抗を続けていれば15万石を戦後に与えると家康は約束していたのだ。

 無論、東軍の勝利が前提となるが。


「我らは、既に親徳川で一貫しておる。このような文など、議論するに値しない」


 その書状を乱雑に破ると、それに火をつけた。


「今後は、お主ら個人に送り付けてくるかもしれん。儂を裏切り、松尾山城を落とすのに協力すれば恩賞は望みのまま……などと言ってな」


 家臣達にじっと視線を注ぐ。


「そのような事は!」


「某は、殿に仕える身、太閤に寝返る事はありませぬっ」


「心配はご無用です、殿!」


 口々に、太閤への否定と秀国への忠義の言葉を口にする。

 だが、それを鵜呑みに出来るほど秀国も人が良くなかった。


 ……何人かは、既に通じておるかもしれんな。


 そう思いつつも、秀国は唇を動かす。


「お主らの言葉を聞いて安心した」


 はは、と家臣達がかしこまる。

 その家臣達にところで、と切り出した。


「実は、徳川右府様からも書状が届いておる」


 その言葉に家臣達の瞳も真剣なものへと変わる。


「徳川右府様は東海道を通ってこちらに向かっておる。その軍勢は15万にもなるというし、右府様は既に尾張に入っておるらしい」


 その言葉に、場が軽くざわめく。

 確かに、家康からの書状に急ぎこちらに向かうという内容があったのは事実だが、今の時点ではまだ吉田城の辺り――最も、徳川秀忠は既に尾張に入っていたが――であり、この地への到達には時間がかかる。

 軍勢も、15万といったが、実際には10万前後といった程度。


 だが、家康と秀吉の間で心が揺れている家臣達に釘を差す意味でも、ここで多めの数字を言う必要があった。


「それほどの軍勢で……」


「では、この籠城戦も長くはありませんな」


「さすがは徳川右府様……」


 などといった声が聞こえ始める。


 ……これで良い。


 少なくともしばらくは、秀吉に寝返ろうなどと考えるものはいなくなるだろう。

 そう考えた秀国は、鼓舞するように言う。


「当然だ。当初の予定通り右府様に味方する。右府様が着くまで儂らは松尾山城を守り抜くぞ」


「ははっ」


 家臣達は頷き、それぞれの持ち場へと散って行った。

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