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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第4部 天下を継ぐ者
142/251

141話 伏見合戦

 豊臣秀吉の決起後、畿内は騒然たる騒ぎに陥った。

 その混乱を治める為、秀吉は各地に配下の武将達を送り、徳川方の拠点を攻めた。

 だが、どの城も無理に抵抗しないよう家康に言い含められていたのか、ほとんど無抵抗のまま城を放棄。

 城代達はそのまま、安全圏である徳川方の領国へと撤退していった。


 そんな中、唯一伏見城だけは抵抗した。

 守るのは平岩親吉。

 徳川家康に、城代としてこの城の守りを任されていた。


 秀吉本人は、城攻めに加わらず宇喜多秀家を大将、小早川秀秋を副将とした4万の軍勢を派遣した。

 親吉も多くの戦を経験している経験豊富な武将だが、伏見城に籠る軍勢はわずか2000といったところ。攻め手の20分の1にすぎない。

 徳川方にどう考えても勝ち目はなく、豊臣方にとって勝って当然の合戦となるだろう。そんな伏見城攻めに、元養子であり今でもお気に入りの存在である秀家と秀秋に武功という箔を着けようと思惑からの両名の派遣だった。その秀家と秀秋配下の将の他、毛利秀元、島津豊久、長宗我部盛親らもこの城攻めに加わる。


 まずは伏見城包囲した後、開城を促す使者として木下勝俊を城に送り込んだ。




「平岩殿、もはや伏見城の落城は必定でござる。降参なされ、城を明け渡すのであれば平岩殿も城兵達の助命のみならず、此度の大乱終結後も平岩殿の所領を変わらず安堵すると関白殿下は仰せでござる」


 型通りの挨拶が行われた後、早速に切り出された。

 だが、平岩は首を横に振った。


「このような老骨に誠に有難い申し出でござる。しかし、このような仕儀に至ってはそのような真似はできかねる。申し訳ないが、御引き取り願いたい」


 明確な拒絶である。

 だが、勝俊も使者として来た以上、これで引き下がるわけにはいかない。


「しかし、平岩殿。この伏見城の攻防戦に関しては、既に結果が出ているも同然でござろう。ならば、勝ち目のないこの戦、城を放棄したとしても恥ではありますまい」


「申し訳ないが、この城は我が主から預けられた信頼の証。それを放棄して逃げ去ったとして、どの面を下げて主の元で働けよう」


「そのような事は……」


「くどいですな。お帰りくだされ」


 この城を枕に討ち死にする事を決めているのか、親吉の心が揺れる事はなかった。

 勝俊も、それ以上降伏を促す事なく退城した。




 伏見城攻めの本陣にて、それが報告される。


「やはり無理か」


 秀家が開口一番に言った。

 宇喜多秀家を中心に、小早川秀秋、毛利秀元、長宗我部盛親ら若い武将達が中心となって軍議を開いている。


「親吉も徳川右府の覇業を支えた老臣。一度籠城すると決めた以上、それを覆すような事はなかろう」


 盛親の言葉に他の諸将も頷いた。


「しかし、伏見城は畿内に孤立しておるのだぞ。援軍の当てでもあるおか?」


「ないでしょうな」


 秀元が断定気味に言った。


 美濃の諸将は未だに去就がわからないままだし、尾張・伊勢・伊賀・大和四ヶ国を領する織田信雄の動向も不明のままだ。

 徳川本隊は、関東におり徳川領から比較的畿内に近い三河や信濃にほとんど兵は残っていない。

 仮に動かす事ができても、数千がいいところだろう。


「では、落城は間違いないというわけか」


 秀秋の言葉に、秀家も頷く。


「そうまでして、この城を守るとは平岩も頑固な男よのう」


「しかし、無理に攻めずとも良いのでは? 2000ほどの兵では大した事はできまい」


 そんな意見が出るが、それに秀家が反論する。


「いや、この城に徳川の兵が籠る限り、我らは安心して軍勢を西に向ける事ができん。それに……」


「それに?」


 言葉の詰まった秀家に、秀秋は怪訝そうな顔になる。


「いや、何でもない」


「左様ですか」


 秀秋は特に気にした様子はなかった。

 そんな秀家を横目に秀家は内心でぼやく。


 ……儂の将としての器量を示す。そうすれば、家臣共も私を慕うようになろう。


 宇喜多家は相変わらず一枚岩とは言い難い状態であり、秀家は自らを認めさせる為に、武功を欲していた。


 何が何でも武功を。

 強い思いが、秀家の内心を支配している。


「義兄上?」


 黙り込んだ秀家に、かつて義弟という立場だった秀秋が心配そうに声をかける。


「何でもないといっておろう、即座に城攻めの準備をせい」


「承った。何故、某は初陣となる故、色々と緊張しておりましてな。義兄上は大丈夫なのか」


「何、十分落ち着いておるではないか。私もまともな戦は朝鮮での戦いがはじめてだったが、あの時は采配を振るう事すらできんほど震えておったわ」


 そう言って秀家は、義弟・秀秋に小さく笑った。




 かくして、城攻めが始まった。

 が、要所要所に兵を巧みに配した親吉は、攻め手の猛攻をしのぎ続けた。

 圧倒的な兵の差で攻め寄せる豊臣軍を、徳川軍は凌ぐ。


 それでも、守勢である徳川軍が不利なのは城内にいる親吉達も悟らざるをえなかった。


「……」


「殿……」


 家臣達が、不安そうに親吉を見ている。


「無念ながら、落城は時間の問題。ここは、城から逃れるべきではないかと」


「我らが時間を稼ぎますゆえ」


「いや」


 そんな家臣達の申し出に親吉は首を横に振った。


「何故です?」


「敵前逃亡はせん」


 断固とした口調である。


「ですが、板倉殿などは既に城を明け渡しております。殿が逃れたところで咎め

る者などおりませぬ」


 家康不在の中、上方での政務を担っていた徳川家家臣の板倉勝重は、既に安全圏の美濃へと退避していたのだ。


「板倉殿の力は、まだ上様に必要だ。しかし、儂は違う。この老いぼれの命で秀吉の足止めができるのであれば、喜んで捨石になろう」


 親吉の強い言葉に、近臣達も何も言えなかった。

 重苦しい沈黙が、広間を支配する。


「だが……」


「何か……」


「いや、何でもない」


 親吉は言葉を濁す。


 ……一つだけ。一つだけ心残りはある。


 親吉にとって、唯一不安だったのは養子の仙千代だった。

 仙千代は、お亀の方を母とする家康の八男。


 婿養子として家康から預けられた子だった。

 しかし、未だ4つと幼くしかも病弱だ。

 まだまだ、支えが必要だった。


 ……その為には、儂がここで死んでいいものだろうか。


 だが、と内心で親吉は続ける。


 ……儂が生き延びたところで、徳川家が潰えれば意味はなくなる。


 ……何より、儂は石川殿に加担してしまった。このまま、名を汚したまま死ぬわけにはいかん。


 ……死ぬのであれば、この城を枕に討ち死にする。さすれば、平岩の名は確固たるものとなる。儂に対する上様の疑心も晴れよう。


 信康事件、そして今回の秀康騒動で親吉は徳川家を割りかねない騒動に少なからず加担してしまった。

 家康からの信頼も損ねたかもしれない。

 その為には、それを補ってあまりあるだけの忠誠を示すしかなかった。


 結果、自分の命が犠牲になるとしても。

 平岩親吉は、そう強く決意した。




 翌日、城攻めが再開された。

 太鼓や法螺貝の音が、伏見城に響く。


 豊臣軍は豊富な鉄砲や大筒を持つが、今後行われるであろう決戦を想定し、使用を渋った。

 その為、それほどの数は使われていない。


 だが、守っている徳川軍はもっと少ない。

 留守兵は2000ほど。

 そのうち、鉄砲の保有率は1割ほどであり、200程度に過ぎなかった。


 しかし、その200を巧みに配置し、広大な伏見城で豊臣軍の攻撃を防いだ。

 それでも、銃撃は散発的だ。

 攻め手の豊臣軍が、損害を度外視して大軍の利点を生かし、一気に攻め入れば話は別だっただろう。だが、武功を示したいという思いの強い秀家にとって、そのような攻め方をする事に戸惑いがあった。


 できる限り、犠牲を少なくして城を攻め落とし、


 ――さすがは宇喜多秀家、戦上手だ。


 そう評される結末に持ち込みたいのだ。


 そして、秀家を支える若き大名達は、今回の大戦にやる気は十分だった。だが、やる気は十分だからこそ、この伏見城攻めにやる気がなかった。


 ――こんな戦で、戦力を削がれたくない。


 本戦はまだ先だと考える若き武将達にとって、序章に過ぎないであろう、こんな戦いで戦力を消費したくないという思いが、消極的な城攻めに繋がってしまった。


 そんな思惑などから、城攻めは長引いた。


 徐々に、秀家に焦りが混じる。

 名護屋城で失態を犯した秀次の姿が脳裏をかすめる。

 あの時、現関白の秀次は城攻めを長引かせた挙句、大陸遠征軍の帰還が遅れた。

 その為、将達から信頼を失い、戦下手と失笑された。秀家もまた、その秀次を笑った一人だった。


 ……くそっ。


 内心で激しく秀家は憤る。


 ……これでは関白殿下を笑えんではないかっ。


 このままではまずい。

 宇喜多家をまとめるどころか、逆に当主としての器量を疑われかねない。


 ……やむをえんか。


 秀家も、決意せざるをえなかった。




 翌日から、壮絶な城攻めが開始された。

 これまでのように、損害を惜しんでの戦いではない。


 兵も武器も惜しみなくつぎ込んだ。


 和泉堺や近江国友にて、作られた大筒や大鉄砲から放たれる砲弾が、伏見城を攻め立てる。


 このような最悪の事態に備え、伏見城は固い作りになっている。

 だが、惜しみなく使われた大筒がその伏見城の城壁もいとも容易く破壊する。


 朝鮮での戦い以降、大筒の研究は急速に進められた。

 明で鹵獲したものの構造も調べられ、その性能は急速に高められ、攻城兵器としての価値はさらに高まっていったのである。


 さらには、丸太を持った兵達によって、城門を打ち壊しにかかる。

 その動きを妨害しようと、城内から鉄砲が放たれるも、多少の犠牲が出ようとも、攻め手となる豊臣軍は損害を恐れずに兵を投入してくる。


 また、この伏見城は広大な城だが、いや広大な城だからこそ、2000ほどに過ぎない軍勢で守るには、広すぎた。


 一方、攻め手は4万。

 攻め寄せる場所はどこからでもあった。


 ついに、城門が破られる。

 どっ、と大量の兵士が突入する。


 当然、城兵も迎撃してくる。

 鉄砲を持たない兵は弓矢で、弓矢を持たない兵は投石で豊臣軍の侵入を阻んだ。


 だが、人数で圧倒する豊臣軍は次々と新手を投入してくる。


「ひるむな! 戦えっ」


 平岩親吉も、抜刀して前線に立って戦った。

 城主自らが顔を晒していると知り、歓喜して突撃をしてきた豊臣軍の兵を切り捨てながら、指揮を執り続けた。


 だが、それも多勢に無勢。


 いかに徳川軍が奮戦しようとも、それを宇喜多、あるいは小早川の兵は多人数で囲み、槍で突き刺し、首を刎ねる。

 徳川の兵が二人を倒す間に、豊臣軍は一人の徳川の兵を倒す。

 だが、20倍の豊臣軍相手では、その調子でも先に兵がいなくなるのは徳川軍の方となる。

 一人、また一人と徳川の兵が倒れていく。

 豊臣が徳川の倍の犠牲者を出そうとも、3倍、4倍の新手を投入してくる。


 少しずつだが、確実に徳川の兵は押されていった。


 劣勢を悟った親吉は、本丸への撤退を決断。

 だが、そこも大量の敵勢が押し寄せる事になった。


「そろそろか」


 ぼそり、と呟く。

 既に城内には、大量の豊臣軍の侵入を許している。


 見渡しても、徳川軍である事を意味する、葵の旗はほとんど見えない。その大半は宇喜多や小早川のものである。


 銃弾をかすめた頬、槍でつかれた右足、返り血を浴びて真っ赤に染まった鎧といった状態の自信の姿を親吉は確認する。

 周りにいる家臣達も血まみれだ。

 自らが流した血なのか、返り血によるものなのかもわからないような状態だ。


「ここまでじゃな」


 その言葉に、古くから仕える家臣達も悟ったのか、親吉に道を開ける。

 奥の部屋に消えようとする親吉を、豊臣の兵が追う。


「待たれよ! 平岩殿、その御首級頂戴――」


 そう言いかけた兵を、親吉の家臣が刺し殺す。

 その親吉の家臣も、豊臣の兵に始末された。


 追いすがろうとする豊臣の兵を、必死に親吉の家臣が抑える。


 やがて、奥の部屋から小さな呻き声が聞こえてくる。


 ――おそらくは、腹を切ったのであろう。


 それを悟った親吉の家臣達は、城に火を放つよう兵に指示を出した。


「火だ! 燃えておるぞ!」


「ええいっ! 何をしておるか、とっとと消さんかっ」


 豊臣軍の兵達の怒鳴り声が響き渡るが、炎の勢いは凄まじい。

 まるで、親吉の魂が乗り移っているかのように、各地が炎上していき、豊臣の兵達の悲鳴が聞こえてきた。




 豊臣軍の消化活動が終わるころには、全てが終わっていた。


 壮絶な玉砕である。

 徳川軍は、文字通りの意味で全滅に近かった。

 しかし、豊臣軍の被害も大きい。

 三日程度で落とせると考えた伏見城攻防戦だが、結局二週間も費やす羽目に陥った。

 豊臣軍の大将格の者に、死者こそ出なかったものの、足軽達の犠牲者の数は決して少なくはなかったのである。

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