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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第4部 天下を継ぐ者
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139話 大坂評議

 ――最上領に、理不尽な理由で侵略を開始した上杉に誅を下す。


 徳川家康の呼びかけに応じ、東国の大名の多くが上杉征伐への参加を表明。上杉領へと、兵を向け始めた。


 一方、それらの行為に対し、豊臣秀吉及びに親豊臣の西国大名は沈黙した。が、徳川家康が伏見城を発し、東海の兵をまとめた上で関東へと兵を向けた辺りで大々的に挙兵。


 ――大老職を私物化し、上杉征伐を開始した徳川を叩く。


 そう諸大名に呼びかけた。

 秀吉と親しい西国大名も、その呼びかけに応じる形で相次いで兵を大坂城へと向ける。

 同時に、大坂城から徳川の兵を追い出し、完全に占拠してしまう。

 この行為に、一部の織田家の者から非難する声が出たが、秀吉は無視して強引に制圧した。


 その大坂城に、相次いで兵が集まり始める。

 毛利輝元、宇喜多秀家といった大大名は勿論、蜂須賀家政や仙石秀久といった秀吉子飼いの武将達も集まり始める。

 乗っ取り騒動の首謀格と見なされた豊臣秀長と浅野長政自身は、直接赴く事はなかったものの、子の秀保と幸長に兵を預けた上で派遣した。

 さらには、近江の豊臣秀次も陣触れを発した。


 この時点で、およそ10万の大軍勢が集まった。

 九州勢を加えれば、それ以上にもなる。


 豊臣の動きを知った徳川は、一旦動きを止めた。

 だが、いずれ反撃するべく西上を開始するのは間違いないだろう。


 その対応をめぐって、軍議が開かれた。

 だが、秀吉の頭の中で結論は既に出ている。

 残るのは、諸大名がそれを了承するだけだと思っていた。


「畿内にある徳川、そして徳川に協力する輩の城を制圧し、その上で軍勢を西へと向ける」


 軍議の席で秀吉は言った。


「かねてからの予定通り、計画は順調に進んでおる」


「しかし」


 ここで、傍らから黒田孝高が苦々しく口を挟んだ。


「当初の予定通りにいかなかった事もありますぞ」


「……忠興の正室の件か」


 秀吉は、軽く舌打ちしたい気持ちを抑えた。


 この大坂城を制圧する際、各大名の妻子が住む屋敷も同時に制圧した。

 当然、その中には徳川家と縁の深い親徳川大名の妻子も含まれている。


 秀吉としては、天下を取ろうとするこの戦いを無駄に汚す気はなかった。人質に取る気も、交渉材料として使う気もない。

 ただ保護するだけの気でいたのだが、細川忠興の正室はそうとらなかった。

 夫である忠興に迷惑をかけない為、屋敷に火を放ち――彼女はキリシタンであり自害は許されない為――家臣に自らを討たせた。


 彼女を愛していた忠興は、これに激怒。

 秀吉への不信感から領国に閉じこもってしまったのだ。


「あれは、手痛い失敗であった」


 秀吉の顔にも、苦々しいものが浮かんでいる。


「我らは、諸大名の妻子達を害する気はなかった事を伝えてはいますが……」


「結果は芳しくないのか」


「はい」


 孝高は頷く。

 忠興の石高は父・幽斎のものを含めて30万石弱。これだけでも、1万近い軍勢を動員する事のできる有力大名ではあるが、それだけでなく名家である細川の名前も欲しかったのだ。


「――玄以」


 次いで、秀吉は前田玄以の方へと視線を動かす。


「信雄殿の方はどうなっておる」


 秀吉は織田信雄を懐柔させるべく、交渉を行っていたのだ。

 味方した場合の報酬として、従来の所領を安堵したうえで、美濃一国の加増、さらに子の秀雄にも官位を与える事を条件としていた。


「はい。現在、富田一白殿に交渉を任せておりますが、今のところ――」


「予につくとは言っておらんのだな」


「はっ。しかし、徳川に味方するとも――」


「では、そのまま交渉を続けい。今約束しておる、美濃一国の恩賞で納得できんというのであれば、三河一国をつけても良い」


「しかし、三河は徳川の領国では――」


「予が勝てば、予の領土じゃ。何を遠慮する必要がある」


 そう言って秀吉は、薄く笑う。

 そして、視線を玄以から増田長盛へと移す。


「それで、秀信殿の方は?」


「――それが」


 織田秀信との交渉を担当していた、長盛が眉間にしわを寄せる。


「あの御仁の反応も芳しくないのか」


 秀吉の眉間に青筋が浮かぶ。

 明らかに、気分を害している様子だ。


「はい。どうやら、大坂城を強引に制圧した事を憤っておられる様子で――」


「あの若造がっ」


 ちっ、と秀吉が舌打ちする。

 名目上に過ぎないとはいえ、織田家の当主に対して無礼ともいえる言動だったが、この場にいるのは秀吉に近い者ばかり。

 咎めるものはいなかった。


「幸先が悪い」


「ですが」


 不機嫌そうな秀吉を、諫めるように石田三成が口を挟んだ。


「我らにとって、幸運な事も起こりましたぞ」


「そのような事があったか?」


「石川数正の死」


 この時、長らく徳川家を支えた重臣中の重臣だ。

 家康がまだ、松平元康と名乗っていた頃から酒井忠次――こちらも既に没している――と共に活躍し、徳川家の勢力拡大の為、尽くしてきた。


 その数正が没した。

 だが、彼は徳川家の重臣だったといっても乗っ取り騒動の際、松平秀康と共に関与が疑われ、隠居に追い込まれていた。

 事実上の失脚である。

 今回、数正が没したのはその失意の為とも、自暴自棄になっての自害とも噂されていた。


「確かにそうかもしれんが……」


 だが、それを聞いても秀吉の機嫌は良くならなかった。

 数正から権威は既になく、彼を失ったといっても徳川家にとって大した痛手ではないのではないか。

 しかも、子の石川康長の器量は、父と比べてと見劣りすると言われている。


 とはいえ、失脚したとはいえ家康を支え続けた石川数正の名前は徳川家にとって大きい。彼の死という衝撃は決して小さくないだろう。


「それでは」


 話題を元に戻すように、孝高が軽く咳払いをする。


「我らの方針も決めましょう」


「うむ」


 秀吉が頷く。


「まず、大坂を制圧した次は京の都を守る。主上のおわす京に戦の匂いを近づけるわけにはいけませんからな」


 そして、と孝高が続ける。


「上方を完全に掌握した後、近江の関白殿下の軍勢と合流し、美濃の大名達に太閤殿下の御旗に集うように呼び掛ける。それと並行し、内府(信雄)様の交渉も進める。この頃には、今は動員の遅れている九州勢も揃う頃でしょう」


 秀吉は無言のまま先を促した。

 既に、事前に話し合っていた事であり、特に口を挟む必要はなかった。


「そして、美濃衆や内府様の軍勢を取り込んだ後、右府(家康)の本貫ともいえる三河へと攻め入り、一気に徳川領へと攻め込む。右府が兵を戻した場合はこれを迎え撃つ――基本はこの流れでよろしいですな」


「問題ない」


 秀吉は鷹揚に頷いた。


「まずは、徳川領から切り離された上方にある徳川の拠点の制圧だが、大した手間はかかるまい。問題は、伏見城ぐらいか」


「はい。といっても、平岩親吉ら2000ほどの軍勢しか残っていないようで

すので大した問題はないでしょう」


「そうよな」


 秀吉も頷く。


「宇喜多秀家を主将とし、3万の兵で攻め寄せよ」


「はっ」


 秀家が、秀吉の命を受けて平伏した。


「予は当面、京で公家連中との交渉をする。その間に攻め落とせ」


「承知致しました」


 自信満々といった様子で頷くかつての養子である秀家を、秀吉は頼もしそうに見つめる。


「伏見城攻めに加わらぬものは、予に同行せよ。そして」


 と言葉を続ける。


「留守居として大坂城に残るのは、豊臣秀保、蜂須賀家政、浅野幸長……」


 秀吉が次々と名をあげていく。

 主に、例の乗っ取り騒動に関与したと思われる者達が中心である。


「この大坂城の守護も立派な役目じゃ。心してかかれよ」


 秀吉の言葉に、名を呼ばれた武将達も従う他なかった。


「ないとは思うが、万一細川忠興が攻め寄せてきた場合はお前達の力で追い返せ。 ……期待しておるぞ」


「ははっ」


 秀保らが頷く。

 それを見てから秀吉は、


「ここまでじゃな」


 軍議を締めくくるよう、ふう、と小さく息を吐いて言った。


「まとめるが――まずは畿内を制圧する。その後は、徳川に味方する大名共のおる美濃じゃ。美濃を制し、信雄殿を取り込んだ後、秀次や、九州の軍勢とも合流して徳川と一戦する。異論のある者はおらんな」


 口を開く者はいない。

 秀長や長政が失脚して以降、秀吉に忠言できる存在はいなくなった。元より、秀吉の判断のみが豊臣家の意向となる。

 その秀吉が判断を下した以上、異議を唱える事ができるものはいない。


「では決まりじゃ、これは予の覇業の総仕上げとなる一戦じゃ。こころしてかかれっ」


 宣言するように秀吉の声により、この軍議は締めくくられた。


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