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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第4部 天下を継ぐ者
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138話 徳川出兵

 徳川家康は、東海や関東の領国に動員命令を出す傍ら、最上領に不当な侵攻を行ったとして、上杉家を痛烈に批判。

 上杉征伐の正当性を諸大名に訴えた。

 これに対し、豊臣家、及び親豊臣大名は沈黙で答えた。

 家康の上杉への糾弾に対し、肯定も否定もしなかったのだ。


 そんな中、家康の諸大名に対する上杉討伐を呼び掛けたに答える形で、東国大名の親徳川大名が相次いで名乗りをあげる。


 家康が、近い内に大軍を引き連れて上杉征伐を行う――大戦は避けられない空気を朝廷は勿論、商人から農民に至るまでが感じ取っていた。



 ――伏見城。


 この地に、家康をはじめとして本多親子、榊原康政、鳥居元忠、それにこの日は平岩親吉も滞在していた。

 それ以外にも、上方にいる徳川家の主だった面も揃っている。


「上杉征伐に向け、最終的な軍議に入ろう」


「はっ」


 将達が頷く。


「上杉領周辺の絵図の用意を」


「はっ」


 家康を中心に、将達が集まり、そこに上杉領周辺の絵図が用意された。


「今回、上杉に直接攻められる事になった最上殿は勿論、伊達殿、蒲生殿、佐竹殿、戸沢殿、秋田殿――東国の主だった大名連中は皆、上様に味方すると言ってきましたな」


「うむ」


 正信の言葉に、家康は頷く。

 

「彼らが儂に槍を向けるとなれば、安心して本来の敵と戦えんからな。ひとまずは問題なかろう」


「本来の敵、というとやはり――」


「豊臣秀吉じゃ」


 家康の言葉に場がざわり、とざわめく。


「いよいよですな」


 康政が興奮気味の声をあげた。

 秀吉嫌いの彼からすれば、その秀吉を叩きのめす事のできる好機がようやく訪れたのだ。

 この場にいる誰よりも、気合いが入っているのだろう。


「伊賀者からの報知によれば、奴らは密かに軍備を整えておるようじゃ。儂が上杉征伐にたてば、秀吉も兵を動かすであろう」


「それにも関わらず、上杉征伐に向かうのですか?」


 質問の声があがった。


「向かう。上杉は大国だし、兵も精強じゃ。まとまりに欠ける、東国の大名連中では心もとないし、上杉征伐はあくまで我が徳川家が主導するという形を取る必要がある」


 家康の力強い発言である。


「仮に、秀吉が何も行動に起こさないというのであれば、それでも良い。その時はそのまま上杉征伐を実行する。さすれば、東国は完全に平定され、徳川の威信も高まる」


 だが、と続ける。


「秀吉が挙兵すれば、即座に取って返す。秀忠の軍勢も加えて秀吉の軍勢を撃破する」


「しかし、そうなると――」


 元忠が、不安そうな表情で言う。


「いったんであれ、上杉征伐に向かうとなればその間に上方にある我らの城を奪われることになりますな。当然、この伏見城も」


「そうなるな。秀吉も放置することはあるまい」


 元忠の質問に、家康は肯定してみせた。


「ならば、最初からこの辺りに兵を呼び寄せ、秀吉と一戦交えるのでは駄目なのですか?」


 元忠の言葉にいや、と家康は首を横に振る。


「主上のおわす都の近くで大戦をやらかすわけにはいかん。そのような事をすれば、徳川の名が穢れる。秀吉もそれは分かっておよう」


「では、やはりこの伏見の城は捨てると?」


「……そうなるな」


 家康も目を瞑る。

 この伏見城は、ここ数年家康が起居した城であり、秀忠に任せたままほとんど立ち寄らない江戸城よりも思い入れは深いのだろう。


「やむをえませんか。しかし、少しもったいない気もしますな」


「ですが父上」


 正信の言葉に、子の正純が反論する。


「城ならばまた築けば良いではありませんか。豊臣打倒が成った後に、今以上の規模で」


「その意気じゃ、正純」


 家康がそう言って笑った後、


「だが、本当に城を空にするわけにもいかん。ある程度の兵を残していく必要はあるし、それなりの地位の者を城代として置く必要がある」


「そうですな。それで、その人選の方は――」


「上様っ」


 ここで声を張り上げるようにしたのは、これまで黙っていた平岩親吉である。


「伏見城の留守居、何卒、某に!」


「其方がか――」


 家康は意外そうな表情で親吉を見る。


 彼は浅野長政らの造反の際、松平秀康と共に関与した疑いがもたれていた人物である。

 罪が問われることこそなかったが、危うい立場にいる事には違いなかった。

 そのせいか、今日の軍議でも発言することすらなく沈黙していた。


「何卒――」


「……」


 家康は、親吉の真意が読めずに黙り込む。

 もし万一、秀吉と内通しているのであれば伏見城をただで渡す事になってしまう。


 だが、


 ……元々、捨てる城だ。そうなったところで構わんか。


 家康はそう考え、判断を下した。


「預けてやれる兵は少ないぞ」


「承知しております」


 親吉は強い視線を、家康にぶつける。


「分かった。この城はお前に預ける」


「ははっ」


 家康の言葉に親吉が平伏する。


 こうして、留守居となるのは平岩親吉に決まった。その後、上杉征伐軍に向けて具体的な軍編成も決められていき、この日の軍議は終わった。







 大坂城――諸々の準備を滞りなく終えた徳川家康は、織田秀信と謁見した。


 名目上、織田公儀の頂点である秀信が上座に。

 正二位右大臣・家康が下座に座っての謁見である。


 実質的に、今の日の本は豊臣と徳川による二重公儀体制といってもいいし官位でも家康は秀信を上回っている。

 しかし、建前上は織田政権の枠組に家康はいる以上、秀信に許可を求める必要があった。


「――以上の事から、公儀に背きし上杉を成敗する次第となりました」


「……うむ」


 秀信が大げさに頷いている。


「賊軍の討伐の許可を何卒」


 家康が平伏して許可を求める。


「うむうむ」


 ……この御仁、本当に分かっておるのか。


 家康はそんな風に不安になるが、秀信はそのまま次の言葉を紡ぐ。


「分かった。上杉征伐を任せる。天下に織田の武を示して来い」


「ははっ」


 家康は頭を下げながらも内心ではあきれ果てていた。


 ……やはり、未だに天下は織田のものだと考えているのか。


 ……信長公や信忠公には悪いが、大変な暗愚を残したものよの。


 だが、そんな事は口には勿論、表情にも出さない。

 ひたすらに目の前の男を敬う忠臣を演じつつ、退室した。


 既に、秀信が見えなくなったところで、苦笑を浮かべる。


 ……まあ、良いか。これで上杉征伐を始める事ができる。


 知らず知らずの内に、手を強く握りしめていた。


 ……ようやくだ。ようやく、ここまで来た。


 自らの手で、天下をつかむと決意して10年近い年月が流れようとしていた。


 若い頃のように、今川義元や織田信長の天下取りを手助けしていた時とは違い、自らが天下を取り、諸大名に号令をかける。

 それが、信忠が死んだ時から家康に芽生えていた野心だった。


 そして、今、その願いに大きく近づいていた。


 ……ここまで来たのだ。手放さん。絶対に手放さんぞ。


 家康は、そう強く決意した。



 ゆるりと、伏見城へと数日をかけて家康は帰還する。


 帰還した時点で既に、軍備は整っていた。

 その翌日、主君・家康をはじめとする徳川家の主な将達が伏見城を経つ事となった。


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