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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第4部 天下を継ぐ者
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125話 西国情勢

 伏見城――。


 その大広間に、徳川家康を中心とする徳川家の幹部達が集まっていた。

 本多正信・正純親子、榊原康政、井伊直政、鳥居元忠らである。


「……というわけで、若殿は滞りなく領国を統治できているようです。今のところ、大きな問題は発生しておりません」


 正信の報告から、この日の会議は始まった。

 彼は家康の子である秀忠の目付として、しばらく江戸にいたのだ。


「そうか。儂が長らく上方にいてももう問題なさそうじゃの」


「はっ、さすがは上様の子。これからの徳川を継ぐのに相応しい御方かと」


 正信の子の正純が追随するように言う。


「うむ」


 家康も満更でもなさそうに頷いた。


「それで」


 康政が口を挟む。


「東国の様子はどうなっておる」


「まま、そう急かさずとも良いではないですか」


 正信がはは、と小さく笑った。

 彼は、江戸に立ち寄ると同時に東国で情報収集を行っている伊賀者達からの報告も受け取ってきていたのだ。


「やはり、上杉は軍備を増強しておりますな。いずれ兵を動かすでしょう」


「そうか」


 家康の顔に驚きの色はない。

 これくらいは予想の範疇だった。


「といっても、今すぐにいった様子ではありませんな。おそらく実際に動かすのはまだ当分は先でしょう」


「だからといって油断はできんな。 ……それにしても、予想以上に上杉は軍備を増強しておるようだが、その資金はどこから出ておるのか目星はついたのか?」


 上杉は、異常ともいえるほどに軍備を増強していたが、その資金源には謎が多かった。

 その調査も家康は伊賀者に命じていたのである。


「はい。おそらくは、佐渡かと」


「佐渡じゃと?」


 康政が怪訝そうに聞き返した。

 佐渡は、上杉が織田に従属した後、信忠の許可を得た上で景勝は佐渡征伐を行っていた。結果、佐渡は平定され現在は上杉領となっていた。


「はい。あの地は金の産地として上杉の収入源となっているのですが、どうやらその産出量を誤魔化して報告しているようでして……」


「なるほど。上杉もこすい真似をする」


 家康が納得したように頷いた。


「いずれ上杉を征伐した暁には、我らがいただけば良いではありませんか」


「うむ」


「ところで、上様」


「何だ、康政」


「西国方面の調略も順調なのですか?」


 当然ながら東国の情報収集をするだけでなく、西国大名の様子も探らせていた。

 無論、取り込めそうな大名は取り込み、排除できそうな要因がある大名家はそれを理由に潰す為だ。


「うむ。 ……そうよな。ここで今の西国の様子もまとめておくか」


「はい。ここは某が」


 正純がすっ、と前に出た。


「それでは絵図を用意させる」


 家康はそう言うと、小姓を呼んで指示を出した。


「まずは九州――」


 九州の絵図が用意される。

 そして、正純は指をその南端部へと動かした。


「この九州で最大の勢力となるのは、島津でしょう。1万を超える軍勢を動員でき、抱える兵も精強です。ただ、家中の統制と兵站能力に難がありますが」


 続いて、と絵図の上の方へと指を動かす。


「肥後は、加藤清正と小西行長ら二人が統治しておりますが、この二人は朝鮮で遺恨があり、不仲です。暴発の種はあるかと」


「その不仲に付け込んで清正を取り込めんか。あのような武士、是非とも欲しい」


「関白子飼いの将ですゆえ、難しいかと」


 家康の言葉に、正信が首を横に振って続ける。


「龍造寺家の旧領は、そのまま鍋島直茂が相続する事になりました。とりたて問題もなく領地を継承できた様子。筑前の小早川領は関白の養子だった小早川秀秋が相続しております」


「そういえば、その養父である隆景殿の体調も最近重わしくないようだの」


 元忠が口をはさんだ。


「うむ。歳も歳ゆえな。毛利三本の矢と例えられた三兄弟も全滅か」


 他の毛利三本柱のうち、毛利隆元、及び吉川元春は既に故人だ。


「毛利元就殿の子といえば――」


 元忠が思い出したように言った。


「末の子である秀包殿は、別家となるそうですな」


 本来、隆景の後を継ぐはずだった秀包は今は毛利秀包と名乗り、別家を新たに創

設している。


「うむ。隆景時代の小早川家臣の一部も、そこに流れておるらしい。それを補う為、関白は自分の子飼いを補佐に送り込んでおるようじゃが、それが旧小早川家臣との間で余計な対立を招いておるらしい」


「なるほど、それは付け込む余地がありそうですな」


 家康の言葉に正信の目がギラリと光った。


「うむ。だが何といっても、秀秋も関白の養子だった男だ。関白に子ができた事により、秀次同様に立場が危うくなったとはいえそう簡単に取り込めまい」


「そうですな。続きまして――」


 正純の指が動く。


「大友家の旧領である、豊後は福島正則が入りうまく統治している様子。これといった問題は起きておりません。黒田長政が統治している豊前も同様です」


 黒田家の家督は依然として孝高のものだったが、孝高は大坂は姫路に出仕する事が多いため、実質的には子の長政が領国をまとめていた。


「対馬の宗家は、依然として明や朝鮮との関係修復を目指しておられるご様子。まあ、ここは少し特別な家ですゆえ関白も迂闊に手は出せないでしょうな」


「徳川も同様じゃがな」


 家康の言葉に正純も頷いた。


「そうですな。それで――」


「次は四国、じゃな」


 家康の言葉と共に小姓が今度は四国の絵図を持って来た。


「讃岐は仙石秀久、阿波は蜂須賀家政、土佐半国は山内一豊――いえずれも、関白子飼の者達です」


「こいつらを取り込むのは難しいな」


「はい。残る土佐半国は長宗我部ですが、現在の長宗我部は関白の後押しで再興できたようなもの――我が陣営に組するのは難しいと思われますが」


「何か手があるのか?」


「はい。それは津野親忠です」


「確か、盛親の兄だったな。その者がどうかしたのか?」


「天正大乱の際に長宗我部信親や香川親和が討ち死にした以上、四男の盛親ではなく三男である彼が家督を継いでもおかしくなかったはず」


「しかし、実際にはそうならなかったと」


「はい。他家の養子になっている事が問題だったとも、親忠が豊臣秀長家臣の藤堂高虎と親しい事を父の元親に嫌われたとも言われておりますが、実際には御しやすかった彼を当主にと関白が推したのが真相のようです」


「なら親忠は不満を持ってもおかしくないの」


「手を出さないでいるのはもったいなかと」


「そうよな」


 家康も軽く頷いている。


「それでは続いて伊予は、毛利領となっている部分を除けば大半は加藤嘉明の領国。淡路は脇坂安治殿の領国です。彼らも関白子飼い。取り込むのは難しいですな」


「中国は――」


「大半が毛利領。毛利本家は今のところ安泰。付け込む隙はないな」


 正信の言葉を康政が遮って答えた。

 が、正信は気にする事なく続けた。


「ですが、毛利家は関白子飼の連中とは違い、時世を読んで関白についたにすぎませぬ。状況次第で我らの陣営に組する事もありえない話ではないかと」


「うむ」


 正信の言葉に家康は頷いた。


「それで、宇喜多はどうなのだ?」


「家が割れる兆しがありますな」


 正純が説明を始めた。


「古くからの重臣である、岡利勝と戸川達安が秀家のお気に入りの側近である、中村次郎兵衛なる者の排斥を訴えているようです。まあ、秀家は退けたようですが」


「元々、宇喜多は一枚岩ではないようだしの」


 宇喜多秀家の父は、戦国の梟雄と恐れられた宇喜多直家。

 その直家は、中国地方の覇者であり西へと勢力を拡大していた毛利と、畿内を制し、中国地方へも版図を拡大せんとしていた織田に挟まれていた。

 そんな中、直家は織田側につく事を決意。


 従属の証として、まだ幼かった秀家を秀吉の元へと送り込んだ。

 当然、人質としてである。


 その秀家は、秀吉から――宇喜多の当主として利用しようとする思惑もあったにせよ――寵愛を受け、秀家もまた秀吉に懐いた。


 時は流れ、直家が没して秀家もある程度の年齢に達した為、宇喜多の当主として宇喜多の領国である備前に戻した。


 が、ここで問題が起きる。

 秀吉に懐いていた秀家は、宇喜多の当主という自覚よりも、秀吉の元養子という思いの方が強かった。

 家臣団としても、直家の没後、自分たちで宇喜多家を動かしてきたという思いが強い。

 この辺りのずれが、家臣団との軋轢を生んでしまう。


「付け込む隙はあるかと」


「うむ」


 正純の言葉に家康は頷いた。


「――上様」


 ここで、これまで黙ってやり取りを聞いていた直政が口を開いた。


「最近、妙な噂が流れている事をご存じでしょうか」


「妙な噂?」


「はい。何やら秀康様を旗印にして一部の家臣達が、上様に反旗を翻すという噂です」


「……そんな噂があるのか?」


 元忠が驚いたように目を見開く。

 彼にとっては初耳だったらしい。


 だが、家康や本多親子、それに康政の顔に驚きの色はなかった。


「……確かに、そのような噂は知っておる」


 家康が口を動かした。


「確かに、宇喜多や島津は家中がまとまっているとは言いがたい状況。ですが残念ながらそれは我らにも言える事かと。上様の求心力があれども、残念ながら巨大化した今の徳川家は一枚岩とは言い難い状況かと」


 結束力が固いと言われる徳川家臣団だが、三河一向一揆や信康事件の時のように家臣団が割れかけた事は何度かある。


「上様を裏切る輩が出るというのか」


 元忠の瞳に強い侮蔑の色が浮かぶ。

 彼は、家康が幼年期から付き従ってきた忠臣だ。

 それだけに、家康に背こうとする家臣に強い嫌悪感を持っているのだろう。


「はい。その警戒をするのにこした事はないかと。それに上様を狙撃した下手人も未だに見つかっておりませんし……」


「直政」


 家康は顔を敷き締め、じっと直政を見つめた。


「確かにお前の気持ちは分かる。だが、今は動くべき時なのじゃ」


「……」


「それに、な。確かに臣下に叛意を抱くものが出ぬよう警戒するのも大事じゃが、行き過ぎた警戒は信頼をなくす。お主も家臣を疑ってばかりの君主になど仕えたくはなかろう」


「御意。お言葉の通りです」


 直政がじっと頷く。


「余計な事で口を挟んでしまい、申しわけありませぬ」


「何、諫言のできる家臣は儂にも必要よ」


 ふふ、と家康は顎に指をあてて小さく笑う。

 そして、改めて絵図へと視線を戻した。

 皆の視線も、再び絵図に注がれる。


「それでは次に――」


 と言いかけた時に、小姓が家康を呼んだ。


「――上様」


「どうした?」


「吉川広家様がお出でです」


「――そうか」


 その言葉に、元忠が不思議そうに首を傾げた。


「吉川殿が? 一体何の用なのだ」


 その言葉に答えたのは小姓ではなく、家康だった。


「大した用ではない。ただ儂に会いに来ただけであろう」


「はあ……」


 解せぬ、といった様子で怪訝そうな表情を元忠は浮かべる。


「何、毛利本家は親豊臣の路線と言えども、秀吉の犬ではないという事よ。関白と運命を共にする気はなく、関白ではなく儂が天下を取った時の保険として徳川とも誼を結んでおきたいのよ。それに、広家は元々秀吉嫌いでもある」


「そうでしたか」


 納得したように元忠は頷いた。


「そういうわけだ。これから広家と会う故、この話はまた今度にするぞ」


 そう言って家康はこの場から去り、この日の評議はこれで終わった。

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