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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第4部 天下を継ぐ者
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124話 上杉会議

 越後――春日山城。


 今、この城下はかつてないほどに賑わっていた。

 色鮮やかな甲冑を纏った浪人と思しきもの達が、城下町を闊歩している。

 商いも盛んだ。

 他国の者と思われる商人も数多く出入りしており、活気も良かった。


 そんな中での、春日山城での一室。

 上杉家の当主である景勝の元に、家臣の藤田信吉が対面していた。


「――御屋形様、また新たに浪人を雇われたそうで」


「うむ」


 景勝の言葉は短い。

 主・景勝に代わって傍らに控えている直江兼続が話し出した。


「前田利益と申したかの。なかなか勇猛な将。雇っておいて損はありまい」


 後世、前田慶次、あるいは慶次郎などの名で知られるようになる人物だ。

 つい最近までは加賀の前田家にいたが、主・利家と不仲になり出奔。諸国を放浪していたところを上杉が雇い入れたのである。


「一体、あのような者達を雇い入れて何をするつもりなのですかっ」


 主の前だというのに、信吉はつい声を荒げてしまった。

 だが、彼の立場からすれば無理もない。


 徳川家との取次の役目を任しておきながら、次々と主・景勝は徳川家との間で緊張を高めるようなことをしているのだ。


 まずは、今回のような浪人の雇い入れ。

 今回の件が初めてではない。天正大乱の際、主家が滅亡して浪人となったもの。あるいは、現在の主君と諍いを起こして諸国を放浪しているものなどを雇い入れ、景勝は戦力を増強している。


 それ以外にも、武器弾薬の買い占め。

 そして、庄内地方を巡り、関係の悪化している最上領に近い領土での兵の増員などだ。


「これではまるで、戦でも始めようといわんばかりではありませんかっ」


「ははっ、何を言われる。御屋形様は平和と尊ばれるお方。おかしな事を言わない

でいただきたい」


 はは、と兼続は薄く笑う。


「だが、何かきっかけでもあれば別。もし最上が何らかの理由で我が領内に入り込んだというのであれば、その報復の為に兵を出す必要がある。そうよな、遺恨を完全に絶つ為には山形城まで攻め入り、義光の首を取る必要があろうな」


「やはり、そのような事を……」


「何か問題でもあると言うのか」


「今や、乱世は終結しておりましょう。そのような勝手に領土を切り取る事など」


「許されん、とでもいう気か」


「……」


「再び乱世は来る。それは疑いようがあるまい。大坂の黄金の城で怠惰を貪っているだけの御仁に天下人たる資格はない。その資格があるのは、関白殿下か徳川右府という事になろうが、このどちらかが天下を取るにせよまだ当面は争いが続く」


 そこでニヤリと兼続は笑う。


「それまでに、できる限り領土を切り取る事ができる。だが、切り取った領土を維持するには兵がいる。兵を指揮する優秀な将もな」


「その為に、今以上に軍備の増強を続けると……?」


 目の前の主従の企みを察した信吉は、それを諫めるための言葉を口にしようとする。

 だが、それは兼続に止められた。


「弁えよ、新参者。貴殿のように次々と主を変える男の諫言など不要ぞ」


 兼続が、嘲るような視線を向ける。

 信吉は、生まれながらにしての上杉家臣というわけではなく、北条や武田などの間を渡り歩いており、兼続はそれを指摘したのだ。

 そして、一方の兼続は景勝の側近として、御館の乱をはじめとして数々の武功をあげており発言力には雲泥の違いがあった。


「……」


 その事を信吉も理解しているだけに、反論する言葉が出てこない。

 屈辱に唇を噛みしめるだけだ。


「話は以上か」


 景勝がようやく口を開いた。


「……はっ」


「では下がれ。徳川への対応は任せる」


「……」


 それだけを言うと、景勝は信吉を下がらせた。






「……で、現状のところはどうなのだ」


 信吉が下がらせた後、景勝が兼続に訊ねた。

 はっ、と頷き兼続が話し始める。


「最上領や徳川領には大量の忍を送り込んでおりますが、やはりこちらの動きを察知しておるようですな。どちらも、軍備の増強を進めております」


「まあ、最上はともかく徳川は我らではなく西の関白との決戦の備えておるのかもしれんがなあ」


 景勝が唇を薄く歪めた。


「最上も徳川もまた、我ら同様に諜報活動を盛んに行っておる様子。警戒を強めるよう指示を出します」


「そういえば、先日捕らえた賊はどうなった?」


「はっ、今朝方雇い主を自白しました」


 諜報活動は、今の時期どこの大名も盛んに行っている。

 この春日山城城下に忍び込む者も少なくなかったのだ。


「ほう、なかなか強情な賊だと聞いておったがよく吐いたな」


「はっ、我らもそのような相手から口を割らせる方法はよく知っておりますので」


 兼続はその瞳を薄く歪めた。

 おそらく、ありとあらゆる手を用いて口を割らせたのであろう事が景勝には想像がついた。


「それでその賊は」


「始末しました」


「左様か」


 もはや、景勝はその名前も知らぬ賊などに関心を示さない。

 景勝にとって大事なのは、


「それでどこの手の者だった?」


「御屋形様は、どこからだと思いますか?」


「じらす事はあるまい。早く教えよ。最上か? それとも徳川か?」


「伊達でした」


 兼続の言葉に、景勝は驚いたように目を見開かせた。


「伊達じゃと、あの若造がか?」


「はい。どうやら、あの男、我らが全軍を持って最上領に侵攻した際、隙があれば我が領内に兵を進める気のようです。 ……全く忌々しい」


 嫌悪の色も露わに兼続は吐き捨てた。

 上杉と伊達の仲以上に、兼続は伊達政宗との相性は良くない。


 先代の時代はそうでもなかったが、政宗が家督を継ぎ伊達家を仕切るようになると問題が起き始めた。

 政宗がその野心の片鱗を見せ始め、領土を拡大しはじめると、上杉との関係が悪化しはじめる。

 両家で交わされる書状も、敬称の抜かれたものが増えてきた。


 そんな中、織田信忠による北条征伐が始まる。

 小田原城を囲み、関東中の北条の支城を攻撃している間、最上や佐竹といった北関東や奥羽の大名が次々と参陣していく中、伊達はかなり遅れての参陣だった。

 何故遅れたのか理由を問われた際に、「上杉が国境を脅かす可能性があり、心配だった」と政宗は答えている。


 一方の兼続も、政宗を嫌悪していた。それは政宗が自慢の小判を諸将に見せびらかした場に立ち会った時の事だった。政宗は兼続にも、とそれを渡そうとした際、「そのような不浄なものをこの采配を振るう手で触れるわけにはいかない」と拒絶した。

 政宗の面子を潰す行為であり、当然ながら政宗は憤った。


 そんな因縁のある相手だけに、兼続には敵対するのであればむしろ願ってもいない。

 まとめて叩き潰すと考えていた。


「伊達か……」


 ちっ、と小さく舌打ちするような音が景勝から聞こえた。


「これもいい機会かもしれんな」


「はい」


「我が今後、東国に覇を唱えるとすればあの忌々しい若造が邪魔だ」


「御屋形様。それでは……」


「勘違いするな」


 景勝は小さく首を横に振った。


「確かにあの若造は邪魔だが、当面の問題になるのは最上だ」


「それでは、伊達の始末は後にすると……」


「そういう事だ。あのような小物、最上を、いや徳川を倒せばどうにでもなる相手だ。そちらを優先する」


 そこまで言うと景勝はすっ、と腰を浮かせて立ち上がった。


「伊達など、当面は捨て置いて構わん。最上を我らが滅ぼし、徳川が関白に倒された後で十分対処できる相手だ」


「はっ」


 兼続は納得したように頷いた。

 政宗とは確かに因縁があるし、始末したい相手だが当主の決定とあれば異を唱えるわけにはいかなかった。


「関白も徳川も、衝突の時期はまだ先。我らが動くのは、その時だ。関白と連携する形でとなろうが、関白と共同で軍を動かす。 ――その時こそ、最上と。そしてあの伊達の若造の最期となろう」

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