122話 美濃大垣
美濃国――大垣城。
美濃大垣城の城主となっていた金剛秀国は、この城にいた。
今、彼が対面しているのは、竹中重門である。
彼の父は、竹中半兵衛の名で知られる竹中重治。
その重門は、天正大乱の際、大坂方の重鎮である豊臣――当時は羽柴姓だったが――秀吉に近い立ち位置にいながら地理的な問題などから不本意ながらも安土方に属した。
徳川家康・織田信包連合対織田信孝との戦いになった小牧の戦いや、大垣城攻防戦などに参加している。
小牧の戦いで、部隊の大半は全滅してしまいその後は大垣城防衛隊に編入された。
が、大垣城は大坂方の攻撃を受け、開城。彼は、そのまま身柄を大坂方に拘束された。
既に、この時点で大局は決まっており、咎めなしというわけにはいかなかった。そして、彼の所領は没収された。
が、しかし新たに美濃大垣城主となった秀国は、地元の地理に明るい彼の存在を欲し、豊臣秀長などの仲介もあり彼は金剛家に仕官する事になっていたのである。
「大坂では、右府様と関白殿下で政争の真っただ中のようじゃのう」
「――はい」
重門も応じる。
「最後まで、政争だけですむと思うか」
「いえ。そのような事はないでしょう」
「ほう?」
「関白殿下も、右府様もこの時代を生き抜いてきた戦国大名。仮に政治上の駆け引きに負けたとして、それですごすごと諦めるような御方ではあるますまい。仮に、羽柴様達がそうだとしても、家臣団が納得しないでしょう」
「すると、再び大乱が起きるという読みか」
「はい。殿もそうお考えなのでしょう?」
「まあな」
そう言って秀国は笑った。
「となると、だ。儂も大名になったなどと浮かれているばかりではいかん」
「そうですな。殿も天下人を目指すのですか?」
「……冗談はよせ。儂にそれほどの器量はないわ」
苦笑してから、秀国は続ける。
「織田秀信に天下人の器はない。天下を取る可能性があるのは、右府様か関白殿下となろう」
「そうですな」
「それで、今現在はどちらの可能性が高いと思う?」
「関白殿下ですな」
身贔屓抜きに、重門は答えた。
事実、この段階ではどちらかというと秀吉派の方が優勢なのだ。
「そうよな」
秀国は頷く。
「儂の読みもそうじゃ。じゃが、だからこそ関白殿下につく旨みは少ない。こういう時は不利な方に肩入れした方が見返りは大きい」
「とすると、殿は徳川様に?」
「そうなる。殿下と近い関係にいたお主には悪いがのう」
「そのような事はお気になさらず。某とて、武士です。主君が戦えといえばかつてどのような恩のある相手といえども関係はありません」
そう力強く重門は言った。
「そうか。 ……では、早速で悪いが」
「何ですか?」
「もし、仮に右府様と殿下が衝突するとすれば、この地は間違いなく最前線となる」
「……でしょうな。殿の領国よりも以東は右府様と親しい者で固められております」
「そして、儂の領国よりも以西は豊臣秀次殿の領地、というわけじゃ。徳川派と豊臣派で衝突が起きれば、儂がこの地で果たす役目は重要になろう」
「……」
「儂は、この地で関白派の軍勢を止める。そうすれば、右府様に儂の実力を売り込む好機となろう」
ふふ、と秀国は笑う。
「決戦地は、できる限り右府様の本貫の地よりも遠い方がいい。となれば、理想は濃尾の国境よりも美濃領内となる。天正大乱の時のように、木曽川を超えるのは骨じゃ」
「そうですな。 ……とすると、やはりこの大垣に?」
「いや」
と秀国は首を横に振った。
「この城では、無理じゃ」
「何故です? この大垣城は堅城。そう簡単に開城する事はないかと……」
「だが、この城は平城じゃし、規模もさして大きくない。10万の大軍に囲まれれば長く持たん」
秀国は軽く手を叩いた。
すると、それに合わせて小姓はこの周辺の絵図を持ってくる。
「もっと規模が籠城戦に適しており、敵の侵攻を食い止めるのに相応しい城じゃ」
「そうですな……」
重門は暫く考え込んでいたが、
「では、松尾山城は如何ですか?」
絵図のある部分を指して、そう言った。
「松尾山城じゃと? もしや、松尾山のか?」
「はい」
重門が頷く。
「かつて、浅井長政公が織田信長公と交戦していた際にかの地で織田軍を食い止めようと城を増築した事があります。あの辺りで織田軍を食い止める事ができれば、濃尾と畿内の織田軍を分断する事もできますし」
「しかし、あの辺りが戦場になったなど聞いておらんぞ」
「はい。予想以上に浅井家内部から内応者がでてしまい、その計画は破綻したそうですが」
そう言って重門も軽く苦笑した。
「なるほど……」
と秀国は顎に手を当てて考える。
「父も長政公に仕えていた際、斎藤家と一戦交えるとすれば、かの城を拠点にすべきと考えた事があるそうで」
彼の父・重治は、斎藤家と諍いを起こして出奔し浅井長政の食客になっていた時期があるのだ。
「では今度、実際に検分してみるとするか。本当に立て籠もるのに相応しい城だと分かれば、松尾山城を本陣として関白軍を食い止める」
「しかし殿、まだ殿下と右府様の間で衝突が起きたわけではありませんぞ」
「分かっておるわ」
「それに、あの城は今は廃城同然だと聞きます。それなりの規模で、修繕工事を行う必要があるかと……」
「それも分かっておるわ。右府様にもその許可をいただくとしよう」
やがて、松尾山城に曲輪や土塁が築かれるようになっていき、その城郭が築かれていった。
食糧や水の備蓄も可能なようになっていく。
そしてこの城が完成するのは――これから、3年後の事となる。




