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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第4部 天下を継ぐ者
122/251

121話 婚姻関係

 仙台城。

 伊達家の本拠として普請作業の終わったこの城に、伊達政宗はいた。


 この日、徳川家から使者として本多正信が訪れていた。


「遠路はるばるご苦労であった。右府(家康)殿はいかがしておられる」


 まずは、当たり障りのない雑談から始まった。

 正信が切り出したのは、雑談が一区切りついてからだった。


「此度は、姫君を授かったそうで。誠にめでたきこと」


「おう、五郎八の事か」


 この時、政宗は正室・愛姫は長女を出産していたばかりだったのである。


「生憎、女子であったがな」


 政宗が苦笑気味に言う。

 彼としても、後継者になりえる男子の方を望んでいたのだろう。


「何、むしろ姫君だからこそ良かったといえるでしょう」


「どういう事だ?」


 政宗は怪訝そうに訊ねる。


「五郎八姫様と辰千代様との間で婚儀をと、某の主君はお考えでしてな」


「何だと?」


 政宗の顔に驚きの表情が浮かんだ。


 辰千代というのは、家康の六男。

 この時、3歳だった。


「年齢的に申し分ないかと」


「年齢的には確かに関係はないが……」


 この時代でも、生まれたばかりの赤子との間で婚姻を交わすというのは珍しい。

 それだけに、政宗も正信の提案に驚いていた。


「……」


 暫し考え込むように顎に手を当てた後、探るように言った。


「確かに、右府殿の子であれば、当家との釣り合いもとれる。何せ、当家は400年にも渡り、奥州国を治めてきた由緒正しき家柄ゆえな」


 しかし、と政宗は続ける。


「疑問がある。辰千代殿は本当に、右府殿の血を引いておるのか?」


 無礼とも言える発言である。

 だが、正信は淡々とした様子で答えた。


「間違いありません。辰千代様は上様の血を引く御方であり、秀康様や秀忠様の弟君です」


「そうか。しかしのう……」


 政宗の言う通り、辰千代は家康に疎まれているという噂が密かに流れていた。

 次男・秀康同様に、そもそも自身の子だと認めていないという噂もあれば、長男・信康に顔が似ている為嫌われているとも。


「右府殿は捨てろとまで命じられたと聞くが」


「根も葉もない言いがかりですな」


 正信は小さく笑った。


「何としてでも、上様と辰千代様との間を切り裂こうとする者がいる様子。そのような些末な噂に動じる者など、器が知れます」


「うむ……」


 正信の言葉に、政宗は眼帯の近くを触る。


「――なるほど。確かに、些事であった。そのような御子であるなら、この奥羽の名家である伊達家に出すはずないしの」


 ふふふ、と不敵な笑みを政宗は浮かべる。


「――分かった」


 ぱん、と両手を叩いて政宗は続ける。


「縁談の件――承知した。さすがにすぐにとはいかんが、適正な年齢となれば右府殿のところに五郎八を送り出そう」


「それはいつ頃になりましょうか」


「適正な年齢は適正な年齢じゃ。確約はできんな」


「……左様でございますか」


 正信は政宗の意図を察したのだ。

 いつまで、徳川家が大勢力を維持できるかどうかまだ分からない。

 豊臣家を倒し、天下を掌握してくれるのであれば、そちらの方が良いが、逆に豊臣家に滅ぼされる可能性もある。

 そうなれば、その徳川家と婚姻関係があるのは何かとまずい。


 徳川の天下に賭けた政宗だが、全ての財を賭ける事なく、最悪の場合は豊臣に取り入る事も選択肢に入れていたかったのだ。


「ま、そういった話はこの辺で良かろう。今宵はゆるりと寛がれよ。宿所はすぐにでも用意させる」


「いえ、某はこの足で戻る予定でおりますゆえ」


 それだけを言うと、正信は仙台城から去っていった。


 それを見届けた後、政宗は側近である片倉景綱を呼んだ。



「どう思う」


「誠にめでたき縁談かと」


 景綱の最初の一声がこれである。


「めでたき縁談か」


 口元の端をニヤリと政宗は釣り上げる。


「殿の野望の為にこれほどの良縁はありますまい」


「良縁か」


「はい。右府殿は、殿が織田秀信(大坂の御仁)に代わって次代の天下人になられると見込んだ御方。辰千代様はその右府殿の血を引き継ぐ御方」


「本当にそうだか怪しいものだがな」


「そうでないとしても、右府殿は自身の子と認知しております。問題はないかと」


「それもそうか」


 政宗はそう言って小さく笑った。


「しかし」


 と続ける。


「露骨に婚姻をしてしまうと、関白の機嫌を損ねるかもしれんと思っての。一応、延期するように言っておいた」


「意外ですな」


 政宗の言葉に景綱は本当に意外そうなものでも見たかのように、目を見開く。


「ま、そういうな。儂はこう見えても小心な面もあるのよ」


「確かに、関白と右府殿の中央での争いは関白優位と評判ですからな」


「うむ。黒脛巾組もそう報告してきておる」


「それでも殿は右府殿の勝利に賭けると」


「無論」


 政宗はそう言って隻眼を光らせた。


「勝てる可能性の方に高い方に賭けたところで、得るものは小さい。今から関白に取り入って関白の天下が決まったとしても、おそらくは所領安堵程度で、良くても微増。下手をすれば、四国や九州辺りに飛ばされるかもしれん」


「四国や九州辺り、ですか?」


「うむ。関白め。天下を平定したら、日の本を再編成する気でおるらしい。しかも忌々しい事に、既に上杉が関白と昵懇の関係だ。関白は上杉に東国の盟主の座を任せる気でおるらしい」


「それはもう決まっておられるのですか?」


「いや」


 政宗は首を横に振る。


「黒脛巾組が、それらしい話をつかんだというだけだ。上杉は先代の反動か、領土欲が旺盛ゆえな」


 はっ、と吐き捨てた。

 政宗は大の上杉嫌いなのだ。


「忌々しい事に、会津を狙っておるらしい。あの地の主には儂こそが相応しいというのに」


「会津もですか。上杉はてっきり、最上殿の領地に涎を垂らしていると思いましたが……」


「いや、叔父上の領地にもだ。上杉は、関白が天下を平定した暁に200万石以上の領土を得る約定になっておるらしい」


「200万石ですか。それはまた相当ですな」


「全くよ。儂ですら、右府殿が天下を平定した暁にはせいぜい100万石ほどで我慢しておこうと思っておるのに」


「それはまた、殿にしては慎ましい願いですな」


「一言余計じゃ」


 ふふ、と政宗は笑う。

 景綱とは、幼少期から親しい間柄であり多少の無礼は許していた。


「そういえば」


 と景綱は話題を転じた。


「最上殿も、関白との繋がりを模索しているようですな」


「うむ。叔父上も、親徳川を公言しておきながらな。後継者候補の筆頭格である豊臣秀次に自分の娘を側室に、と申し出ておるらしい」


 秀次や秀長もまた、この時既に豊臣姓を与えられていた。


「秀次殿ですか。関白は実子が生まれたばかりと聞きましたが」


「まだ赤子だ。本当に育つかどうか、分かったものではないわ」


 医療もさほど発達していないこの時代、確実に成人するまで育つ保証はない。

 歴史に名を刻む事なく、早世した子供も多いのだ。


「仮に育ったとしても、10年、いや15年は必要だ。関白の体は決して思わしくないらしい。そこまで生きられるとは限らん」


 この時点で、秀吉もこの時代の平均寿命を既に過ぎていた。


「少なくとも、当面は繋ぎとして秀次が差配するじゃろ。そうなれば、実質的な天下人じゃ。取り入って損はないと考えたんじゃろ、叔父上も」


「それで子を――」


「うむ」


 政宗は頷く。


「まあ、叔父上は関白とあまり相性が良くないと聞く。やはり、右府殿に天下を取って欲しいと考えているのじゃろう」


「それは殿も同じでしょう」


「まあな」


 政宗は黙って立ち上がった。

 いくらか、その動作は重い。

 天正大乱終結後、戦らしい戦が減った事により、政宗が運動する機会はだいぶ減った。

 しかも、彼は美食家でもあり食事の量が多く、腹の肉が重くなってきているのを感じていた。以前はそれ以上に運動量が多かったのだが、今はそうでもないのだ。


 だが、今日はそんな腹の重みなど気にならなかった。


「いずれ儂の時代は来る」


「はい」


 景綱もそんな主君・政宗にはっきりと向き合って頷く。


「五郎八と辰千代は、その為の布石じゃ。いずれ役立ってくれるぞ――必ずな」


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