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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第4部 天下を継ぐ者
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114話 大坂城下

 ――大坂城。


 天正大乱終結後、徳川家康と羽柴秀吉は大坂に留まり、公儀の為と称して事実上織田家を牛耳り、大半を大坂城で過ごしていたが、傘下の大名達は原則的には国許に戻り領国の統治に励んでいた。

 しかし、定期的には上坂し、大坂城に留まっていた。

 この時は、肥後の大名である加藤清正と豊前の大名である福島正則の大坂在留期間が重なっていた。


 たまたま空いた時間があった為、清正は正則を自身に宛がわれた屋敷へと招く事にした。


「土産を持ってきた」


 そう言って正則が差し出したのは、彼らの故郷である尾張の酒である。


「おお、さすがは市松じゃ。儂の好みを良く知っておる」


「感謝するのじゃな。この日の為に、津島とも交易を行っておる商人に頼んで持ってこさせたのじゃからな」


 ふふ、と正則は軽く笑った。


 清正は小姓に軽食を用意するように指示を出し、囁かな宴が開かれた。

 二人の杯に酒が注がれ、それを飲み干したところで、清正が口を開いた。


「お主の新領国の統治も、順調のようじゃの」


「まあな」


 正則はそう言って、新たに酒を注いだ。

 そしてそれを、飲み干す。


 彼は酒豪でも知られる男なのだ。

 酒ではなく、水でも飲んでいるかのようだった。


 再び酒を注ぐ。


「……」


 黙って、正則は三杯目を口にする。

 そんな正則を見て、清正が訊ねた。


「……今日は何か用があったのではないのか?」


「……うむ」


 言いづらそうに正則はすると、杯に再び酒を注ぐ。

 それを飲んでから、ようやく切り出した。


「お主、最近は蜂須賀家政殿や浅野幸長殿と親しくしておるらしいの」


「うむ。朝鮮の地で、共に死線を潜るうちにそうなっての」


 うむうまい、などと呟きながら清正も新たな杯を口にした。


「……何か問題でもあるのか?」


「蜂須賀殿や浅野殿に問題があるわけではない。彼らは親の代から秀吉様に仕える、羽柴家の重鎮。親しくしておいて問題があるわけではないのだが……」


 正則は言い淀んだ。


「何を言いたいのだ。はっきりと申せ」


「最近、派閥のようなものができあがっておるのが気になってのう」


「何を言う。そんなものは、どの大名家でもあるもの。当家が特殊なわけではあるまい」


 清正はそう言い、肴として用意された新鮮な魚を口に運んだ。

 それはそうだが、と正則は言ってから、


「お主や蜂須賀殿、浅野殿らといった朝鮮の地に取り残されていた連中を中心とする、秀長様の派閥。そして、名護屋城を取り囲んでいた秀次様や、石田三成や田中吉政らを中心とした派閥」


 正則は肴にほとんど手につける事のないまま、新しく杯に酒を注ぐ。

 それを飲み干してから続けた。


「この二つに当家は分かれておる。そしてこれは、決して好ましいものではない」


「あ奴らか」


 ふん、と清正は不快げに鼻を鳴らした。


「あの無能連中のせいで、儂らは朝鮮の地に取り残された。その点に関して怒りはある。いずれ排斥してやるつもりだ」


 だがな、と話を続ける。


「儂は20万石の大名にまでしていただいた恩が秀吉様にはある。その秀吉様が存命な限りは羽柴家を割るような事はせぬつもりだぞ」


「お主はそのつもりでも、他の者も同じ考えとは限るまい。特に浅野殿は、お前に力を借りたがっておった」


「幸長か」


 親の浅野長政ではなく、子の幸長だと清正は察したようだ。

 親の長政とはそこまで親しいわけではないが、子の幸長は朝鮮の地で死線を共に戦い抜いた事もあり、親友ともいえる関係になっていたのだ。


「最近、父親の方は秀吉様から遠ざけられているようだの」


「黒田殿が、その代わりを務めておるしな」


 正則の言葉通り、長らく側近として傍に置かれていた羽柴秀長や浅野長政に代わり、黒田孝高が側近として侍るようになっていた。

 その間、領国の豊前中津は子の長政が統治しており、豊後に領国を持つ正則とは親しくなっていた。


「父親の復権でも儂に頼む気か?」


「分からん。だが、あまり近づきすぎるのは危険かもしれんな」


「……そうよの」


 そう言って、清正は自慢の髭を整えるように触った。


「だが当分の間は、儂にそんな余裕はないわ。熊本城の築城作業もあるし、丹羽征伐の為に兵を出す必要もある。今日のように暇な日の方が珍しい」


 秀吉は、丹羽征伐の為、北九州の大名達にも動員命令を出していた。

 とはいっても、中国・四国の大名と比べて負担は軽かったが。


 また、「隈本」から「熊本」と名を改めた熊本城の築城工事も行っている最中だった。

 後に、築城名人として知られるようになる清正が精魂込めて築く城である。

 未だ未完成ながら、それを視察した者からは「間違いなく西国一の城になる」と絶賛を受けるほどだった。


「……そうか」


 そう言って、正則は新たに注がれた酒を飲む。



「……そういえば」


 ここで、ふと思い出したように正則が言った。


「秀吉様は側室を一人増やすらしい」


「今更何を言っておる。珍しい事ではあるまい」


 秀吉の側室は多い。


 最も、当時の常識から言って側室が多いのは大大名の当主として不自然な事ではない。

 どこも、御家の存続と安泰が第一だ。

 どれだけ家を大きくしようとも、跡を継ぐ子がいなければそもそも話にならないのだから。


 秀吉にはその子がいない。

 そして、子を作る事は男だけでは不可能だ。

 少しでも確率を上げる為に、側室を増やすというのはごく当たり前の発想ではある。


 だが、秀吉がどれだけ側室を増やしても未だに子はできないままだった。


「それがだな。相手はあの信長公の姪の茶々殿らしい」


「……ああ」


 ここで思い出した、というように清正は軽く顎をさすった。


「そういえば、秀吉様が保護しておったのだな」


 北庄城陥落後、上杉・前田・金森連合軍によってお市の方の子である子供達は保護された。

 連合軍は、一時的にその身柄を前田家の領内で預かっていたが、大乱終結後に秀吉の元に引き渡された。


 とはいえ、秀吉は彼女らに親の責任を追及する気はなかった。

 また、信長の姪でもあり、絶世の美女と織田家中で持て囃されていたお市の方の娘である彼女らに興味を抱いていた秀吉は側室にと誘った。


 その結果、長女である茶々はその提案を受け入れ秀吉の側室となったのである。


「今度こそは後継者をとはりきっておるらしい」


 苦笑気味に正則は言った。


「とはいえなあ。秀吉様には悪いが、望みは薄いのではないか」


 秀吉は既に50を超えている。

 年齢的にかなり厳しくはあった。


「何、毛利元就の例もある」


 ふふ、と正則は小さく笑う。

 元就も70の時に子を作っている。

 今は、小早川隆景の養子となっている秀包である。


「まあ、それはそうだが」


 清正も納得したように頷いた。


「まあ、後継者ができるのであれば、それはそれでめでたいではないか。そうなれば、家が割れる事もなくなるであろうしな」


「……そうよの」


 清正の言葉に、正則は思う。


 ……その言い方だとそのうちに、羽柴の家が割れるような物言いよの。


 まあ無理もないか、と思う。

 曲りなりにも主君・秀吉の養子である為、三成達と違って露骨に非難する事はないものの、名護屋城での一件以降、清正は秀次にも好感情を抱いていない様子だ。

 それよりも、寧々の甥であり清正が個人的にも可愛がっている羽柴秀俊の方を後継者にしたがっている様子だった。


 現状、秀俊はまだ少年だし実績もほとんどない。

 名護屋城での失態があったとはいえ、領国経営そのものは順調にこなしている秀次の方が、秀吉の後継者に近い位置にいるといえよう。


 だが、秀俊が成長しそれを支える者が増えて行けば分からない。

 かつての上杉家のように、秀俊こそを後継者に、と考える家臣団との間で羽柴の

家は割れてしまうかもしれない。


 ……まあ、秀吉様の御子さえいれば解決する問題なのだがな。


 そう思いかけて、正則はそれを否定する。


 ……いや、そうでもないか。


 そうなると問題となるのは、秀吉の年齢だ。

 例え子が生まれても、秀吉がすぐに死んでしまえばその基盤は危ういままだ。少なくとも、元服するまでは秀吉が健在である必要があるだろう。


 いや、そもそも。

 実質的に公儀を運営しているのは秀吉だといっても、建前上の立場は、織田家の大老でしかない。

 羽柴と織田の格付けをはっきりさせ、天下をしっかりと羽柴家のものにしてしまう必要があった。

 当然、最大の障害となるであろう徳川との決着をつける必要もある。


 ……秀吉様が天下に一番近いといっても、まだまだ問題は多そうじゃの。仮に天下を取っても、いとも容易くそれは揺らぎかねん。


 改めてそう思う福島正則だった。

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