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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第4部 天下を継ぐ者
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105話 羽柴徳川

 この日、大坂城内の一室にて羽柴・徳川両家による会談が行われていた。


 だが羽柴秀吉も徳川家康も多忙な身であり、全てを自身でのみ担っていたわけではなく家臣達にも仕事を分担させていた。


 この日、家康は羽柴家対応の取次である石川数正を。秀吉は、徳川家対応の取次である浅野長政らに会談を任せてあった。


 今回の議題は、豊臣領となった近江と徳川領となった信濃。その緩衝地帯ともいえる美濃。その美濃の領土の配分についてである。

 小牧の戦い以降に大坂方に寝返った者は、おおむね所領を安堵されたがその後の戦いでも安土方に組した者はその所領を没収されている。それに、信孝の直轄も当然空き領となっている。

 この土は当初、羽柴にも徳川にも近い大名が配置される予定だった。そこで白羽の矢が立ったのは、細川忠興だった。

 彼は、旧織田時代からの有力武将であり美濃を任せられるだけの器量があった。

 が、現在の領国から離れたくないと忠興はそれを拒絶した。


 結果、美濃は小大名達が分割して統治する事になった。

 池田輝政、真田信之、金剛秀国らである。

 特に輝政は、北条再興軍との戦闘で北条氏邦を討ち取るなど武功をあげており、要所である岐阜城を与えられた。


 そんなような事が大まかには既に決められていたため、さして時間がかかる事なく会談は終わった。


「それでは、主にはそのように伝えておきます」


 話し合いは終わり、数正は立ち上がろうとする。


「……」


「どうかされましたか?」


 だが、不自然な沈黙を保つ長政を怪訝に思った数正が問うた。


「……浅野殿?」


「某に提案があるのだが、聞いていただけませぬか?」


「……何ですかな?」


 長政の言葉に怪訝そうな表情を、数正は浮かべる。


「その前に、前もって言っておきますがこの一室は今日は誰も立ち入らない事になっておりますし、部屋の周囲は信頼できる者に警戒させております」


「……それで、提案とは?」


 何か、重要な用件だと感じ取った数正の声に警戒の色が混じる。

 長政の表情も真剣そのものだ。


「我らは今後、(織田秀信)様の元でいっそう結束し、公儀を運営していく必要がある。そうは思いませぬか?」


「……無論。改めて問われるまでもない」


 ですが、と長政は続ける。


「某の主君と、貴殿の主君は別の形で公儀を動かす事を考えているのではござらんか?」


「……」


 数正は思わず黙り込む。

 確かに、羽柴秀吉と徳川家康は別の形で公儀を動かす気でいる。


 それは、数正のみならず羽柴・徳川両家の重臣達が薄々は感づいていた事だ。いや、両家の人間だけではない織田家傘下にある大名家達も両者が天下を狙っているのではないか、と察していた。


「それは」


 ごくり、と一度生唾を飲み込んでいるから数正は続ける。


「どういう意味でござろう」


 あえて、数正はすっとぼけた。

 薄々察してはいても、実際に口にするかしないかは大きな違いになるのだ。


 だが長政はにっと笑い、


「そのままの意味でござるよ」


 そして続ける。


「我が主君である羽柴秀吉は、織田家を盛り立てようという気など既にない。自らの力で天下を動かそうとしておられる」


「……」


 切り込むように秀長は言い、数正は黙り込む。


「貴殿の主も同じではないのか?」


「……」


 数正は答えない。

 無言のままだ。


 即座に答えられる問題でない、という事もあるがそれ以上に長政が何を考えて

このような事を聞くのかが分からず、ただ不気味だった。


「そう固くならずに」


 緊張をほぐすように、長政は笑みを浮かべて見せた。


「……」


 だが、数正の表情は硬いままだ。


「……」


「……」


 沈黙が場を支配する。

 数呼吸するほどの間があってから、数正がようやく口を開いた。


「……浅野殿」


 ごほん、と自分自身が落ち着けるようにか咳払いをしてから数正が言った。


「仮に……仮に、その主張が正しいとして貴殿は何を言いたいのだ」


「簡単な事でござる」


 長政は、間をおかずに言葉を続ける。


「某は、もはやこれ以上の戦は不要であると考えている。無用な血を流す事なくこの日の本は治めていける」


「……」


「某の構想を聞いてはいただけぬであろうか」


「……構想?」


「東国の経営は、徳川殿が。当家は、西国を。そして、畿内一帯の経営を織田家に任せ、この三家で日の本を動かすという構想でござる」


「それはまた……」


 その構想に、数正は驚いたように目を瞬かせた。

 ところで、と長政は続ける。


「石川殿、秀信様を信長公や信忠公と比べてどう思われますかな?」


「……御立派な御方かと」


 かすかに、数正の眉間のしわが深くなる。

 明らかに、その答えに満足していないのだ。


「本当にそう思われているのですかな?」


「……いくら人払いをしているとは、それをこの大坂城では言うのは」


 その答えに、長政は軽く微笑む。


「まあ、そうでしょうな。ここで某の評価が、石川殿の評価と同じだと判断して話を進めさせていただきます」


 長政は話を続けた。


「あれほど、強大な力を誇っていた織田家は既に綻びつつあります。信長公や信忠公が聡明でも、その子までがそうとうは限りませぬ。それは、今後徳川殿や我が主君が生む可能性のある子に関しても同様。現在は、羽柴家と徳川家の力は拮抗しておりますが、これがわずかでも崩れれば一気に関係は変わるでしょう」


 そこで、と長政は続ける。


「このような連鎖を断ち切る為にも、三家の力が拮抗させて尊重しあう、その状態を創りたいと考えております」


「それで織田・羽柴・徳川三家の連合でござるか……」


 その提案に、思わず数正も考え込む。


「しかしそれは、一歩間違えば収容のつかない混乱に陥りかねませぬぞ」


「その通りでござる。だからこそ、数正殿に徳川家を取りまとめておいていただきたい。そうすれば、徳川殿が亡くとも、徳川家は健在になる」


「うーむ……」


 数正も、思いのほか真剣な様子の長政の剣幕に押されたかのように黙り込む


「しかし、それを羽柴殿は納得しておられるのか?」


「しておりません。というか、話してもおりませぬ。徳川殿とてそれは同様なのでは」


「……」


 数正も黙り込む。

 家康に天下取りの夢を諦めさせ、三家による安泰を提案するべきか。


 しかし。

 数正は、確かに徳川家の繁栄期を支えた重臣中の重臣だ。だが、徳川家が勢力を拡大し、岡崎派と浜松派に割れるようになってしまうと家康との間に溝ができはじめる。

 信康事件以降はそれがさらに深まった。


 家康の側近としての地位は本多正信やその子の正純に奪われた。

 さらに、最近は以心崇伝やら角倉了以などといった武将ですらない者も側近として重宝され始めており、数正の発言力はかなり低下していたのだ。


「……それでどうすべきだというのだ。御屋形様も、羽柴殿も貴殿の言う三家によ

る連合など認めない。ならばどうしようもないではないか」


「簡単な話でござる」


 長政は、一呼吸するほどの間を置いてから続ける。


「当主がその気にならないのであれば、他の御方に当主になっていただくほかない」


「……なっ!」


 一瞬で数正の顔が強張った。


「それは」


 謀反ではないか、と言いかけた。

 だがそれを長政は遮った。


「謀反などではござらん。某に、殿を害そうなどという気は微塵もない。ただ、羽柴家の長らく続く天下を考えているだけでござる」


「……む」


「それは石川殿も同じでござろう。このまま、どちらかが倒れるまでの泥沼の戦いをするよりも、羽柴・徳川両家、それに織田を加えた三家で繁栄する道を模索するべきなのでは」


「むぅ……」


 数正が唸る。


「某の話は以上でござる。 ……どうか、一考を。もしも某の話をもっと聞く気が

あるのであればこの話の続きは次に会った時にでも」


 失礼いたす、と数正は退室していく。

 見送りの言葉すら出てこないまま、数正は人払いのされた部屋でじっと座ったままだった。


「……」


 すぐに、言葉が出てこない。

 行動にもうつせない。


 ただひたすらに、長政の言葉、家康への忠義、徳川家に対する忠義といったものが頭の中を駆けまわっていた。


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