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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第4部 天下を継ぐ者
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104話 大坂謀議1

 大坂城――徳川屋敷。

 戦後の、旧安土方の領国配分は概ね終了した。

 思惑通りにいったところもあったし、思惑が外れたところもあった。

 それは、秀吉も同様であろう。


 いずれにせよ、領土配分(一つの戦い)は無事に終わった。


 それらの慰労を伴うべく身近な者達の間で宴を開いていた。

 出席者は、徳川家康、本多忠勝、本多正信、石川数正、榊原康政、井伊直政、鳥居元忠といった徳川軍を支える面々だった。

 この場にない有力武将は、領国にて秀忠や秀康を支えている。


「さ、皆の者。楽にやってくれ」


 家康の言葉から、皆は思い思いに酒を飲み、肴にも手を出している。

 和やかな雰囲気だ。


「それにしても、五大老制度とは奇怪なものを考えましたな」


 正信が言った。

 既に、その杯は空になっている。


「うむ。だが、丹羽殿はともかく。毛利、上杉は親羽柴だ」


 家康の顔は苦々しい。


「秀吉の意向が通り易くなるかもしれんな」


「では、もう一人の五大老である丹羽殿をお味方に取り込んでみては?」


「そうよな。丹羽殿とはさして親しくなかったが、これからは誼を深めるのも悪くないかもしれんな」


「といっても、丹羽殿――いや、長秀殿の方は病を患っていると聞きますぞ。それもかなり重いものだと」


 忠勝が口を挟んだ。


「嫡男の長重殿との仲を深めるべきか」


 康政である。


「それよりも、後見人の信雄様との誼を深めた方が良いのでは?」


「そうよな。秀信様はまだ幼いし、器量も疑問視されておる。信雄様との関係を深めた方が良いかもしれんの」


 元忠、数正である。

 普段、ここまで饒舌ではない彼らだが酒が入っているせいか、口数が多い。


「当面は、派閥の強化に努めるか。最上や伊達。それに、蒲生といった連中をがっちりと取り込みながら、こちら側につきそうなものは西国大名も口説く」


「そうですな」


 正信は頷いた。


「西国の九州の方は、概ね親羽柴で固められておるが付け入る隙はある。騒乱の兆しがあれば即座に介入したい」


「伊賀者に探らせておりますが、色々とあるようで……」


「佐々成政の旧領には、加藤清正と小西行長が入る事に決まったようだが」


 康政が杯を口元に運びながら言った。


「あの二人も色々と揉めておるようだな」


「そのようだ。ついでに言うと、あの二人だけでなく大乱の時に大陸にいた連中は名護屋城を包囲しておった秀次や三成の間に溝ができておるらしい」


 忠勝もそう言ってつまみとして用意された肴を、口に運ぶ。


「まあ、あまり九州で騒ぎを起こされても困るがの。朝鮮との和睦に支障が出るやもしれん」


 家康の顔に、苦いものが浮かぶ。

 明や朝鮮との和睦は、今の所対馬の宗義智を通じて行っている。

 和睦が流れるのは、家康としても秀吉としても望ましくないのだ。


「そういえば、島津は琉球に兵を出したいと言ってきたそうですな」


「うむ。信忠公との間で交わされた、琉球切り取り次第の約定を持ち出しての」


 かつて、九州を平定した際に島津が下る条件として琉球の切り取り次第という条件を取り付けた。

 それを理由に琉球に兵を出したい旨を伝えてきたのだ。


「ですが、御屋形様も秀吉も……」


「了承できんな。今のところ。変に騒ぎを起こされたくない。仮に許可を出すとしても、もっと先の事になるじゃろ」


 そう言って家康は酒を一気に呷った。


「九州といえば」


 康政が口を挟んだ。


「有馬晴信殿は減封のようですな」


「うむ。日和見を決め込んでいたゆえな。致し方あるまい」


 羽柴秀長率いる大陸遠征軍の一員として、騒乱の最中に朝鮮半島の地にいた有馬晴信だったが、帰国後は秀吉に同行する事なく、最後まで領国に引きこもったままだった。

 キリシタン大名である彼にとって、「キリシタンの保護」を大義名分の一つとして掲げている安土方に公然と戦う気にはなれなかったのだろうが、秀吉は容赦せずに晴信を領土の削減を提案した。

 家康も、それを容認した。


 晴信は召し上げられる領地に未練を残しつつも、それを受け入れた。

 容易く旧安土方の大大名が取り潰しを食らっている現状では、受け入れざるをえなかったのだ。


「気の毒ではあるが、有馬とは深く誼を結んでいるわけではない。庇う義理もなかろう」


 そう言って家康はぐい、と杯を飲み干した。






 一方の羽柴秀吉も、有力武将達を集めて宴を開いていた。

 出席者は、羽柴秀長、羽柴秀次、前野長康、浅野長政、黒田孝高らである。


 秀吉のみならず、幹部武将達の機嫌はいい。

 大半のものは、大幅に領土を加増されているのだ。

 特に、秀次などは要地・近江への加増である。


 最も、安土城は損傷が激しく、破却された城のような悲惨な状態だ。

 また、織田色の強い安土城を再建する気にもならず、新たに城を築かせる気でいた。さっそく近江を与えられた秀次に命じ、安土城跡からその石材などを用いてその築城に取り掛かっている。

 さらに佐和山城には、石田三成。長浜城には田中吉政と有力家臣を配置して近江支配を盤石にする態勢を作った。


 皆、愉快そうに杯を口に運んでいる。

 そんな中、弟の秀長が秀吉に話しかけてきた。

 朝鮮の地から戻ってきた当初と比べると、だいぶ顔色はよくなっている。


「……兄者」


 だが、その声の調子からあまり良い話ではない事はこれまでの付き合いからわかった。


「……何じゃ?」


「一つ聞いても良いか?」


「答えられる事ならばな」


「何故、あの連中を雇った」


 その言葉だけで、秀吉は理解したらしい。


「……旧安土方の者共か」


 大乱は終結したが、安土方に組した者全てが処罰されたわけではない。

 自害した者を除けば、切腹処分となった者もごくわずかだ。

 が、彼らに仕えていた者達は戦後浪人する羽目に陥ってしまった。


 が、勇名を惜しんで彼らを登用する大名も多くいた。

 無論、徳川家康と羽柴秀吉もそれに含まれる。


 真田信繁、徳永寿昌、不破直光らを中心とした旧安土方の有力武将達の一部は羽柴秀吉に仕える事になった。

 また、島清興も主君・筒井定次が減封された後、主君との諍いが原因で出奔。彼もまた、秀吉の元にいた。


 また、大坂方の有力大名の重臣でありながら浪人となっていた者もいた。

 伊達家の、鬼庭綱元である。

 天正大乱の際、安土方との内通疑惑をかけられた彼は、そのまま米沢城下で軟禁状態に置かれた。

 以後、彼の内通疑惑を証明する証拠品は出てこなかった。

 が、無実である事も実証できなかった。

 以後、再び出仕するようになったものも主・政宗との関係はぎくしゃくし、遂には逐電してしまったのである。


 それを惜しんだのが、羽柴秀吉だった。

 城下に礼を尽くした上で呼び寄せ、口説き落としたのだった。


「そうだ」


 秀長が、兄・秀吉に訊ねた。


「何故……と聞かれてものう。彼らほどの勇将猛将雇っておいて損はないではないか」


「いかに勇将猛将であっても、彼らに働き場所はもうないぞ。戦は終わったのだぞ」


「働き場所はもうない、のう。何故そう思う」


 秀吉の言葉に一瞬たじろぎつつも、秀長は口を動かす。


「しかし、明や朝鮮とは和睦工作が進んでおる最中だし、安土方の残党の討滅もほぼ完了しておる。戦う相手はもうおらんではないか」


「何を言っておる。それとも、分かったうえで言っておるのか?」


「……」


「敵ならおるではないか。大敵が」


 ふふ、と秀吉が笑う。


「……徳川殿か」


「さあ、な」


 秀吉は楽しげに笑い、杯を飲み干した。


「家康との格付けがもっとはっきりしておれば、あの者も儂に膝をついていた事であろう。だが、幸か不幸かあ奴は儂に匹敵する勢力。仮に、家康が儂に屈そうとも家臣共が納得せんよ」


「殿は徳川殿と戦う気か?」


「すぐには戦わん」


 小姓に新しい酒を持ってくるように秀吉は指示する。


「儂も、独自の基盤を固める必要がある。今のままでは、大老同士の揉め事にしかならん。儂が動く時は、儂の方が正義となるよう、もっとはっきりとした大義名分が必要になる」


 秀吉の表情が真剣なものになる。


「秀長よ、儂は関白になろうと思っておる」


「関白だと!?」


 秀長の顔に驚きの色が浮かぶ。


「うむ。儂では残念ながら将軍職には着けん。源氏の血を引いておらんからのう」


「それは関白とて同様じゃ。兄者の血筋では……」


 秀長が言いよどんだ。

 いかに、弟とはいえ主君でもある彼に対して言っていいものか悩んでいる様子だ。


 だが、そんな様子を秀吉は気にする様子はない。


「心配するな。手は考えておる」


 新たに酒が注がれた杯を手に取る。

 そして、ゆっくりと口元にまで運んだ。


「関白職に付き、帝の代理として官軍を率いて徳川を倒す。その時こそ、儂の描く天下が完成するのじゃ」


「……兄者に考えがあるというのであれば、儂は従うが」


 そんな弟を上機嫌そうに眺め、


「ほれ、儂自ら酌をしてやろう」


 秀吉が、小姓の持ってきた酒を直接、秀長の杯に注いだ。

 釈然としない思いを持ちながらも、秀長はそれを飲み干した。

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