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乖離戦国伝  作者: 藍上男
第3部 天下の分裂
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99話 安土決戦4

 広大な琵琶湖が、安土城攻めの本陣からも視界に入る。

 その琵琶湖を睥睨するように、巨大な城も見える。


 安土城だ。

 安土方の象徴ともいえる城であり、現在は織田信孝が籠っている。

 天下不武を志した織田信長が築いた城であり、本能寺の変の後に織田信忠が落ち延びたのもこの城だ。

 他の城とは大きく外観が異なり、まさに天下人としての風格が城からも漂っている。


 ――本来であれば。


 だが、色彩鮮やかな旌旗の軍勢に取り囲まれた状態では、どうしても悲壮感が漂ってしまう。


 徳川軍、尾張戦線にいた大坂織田軍、上杉・前田・金森・丹羽ら北陸軍、それに羽柴秀吉らの軍勢。

 合計15万にまで膨れ上がり、巨大な軍勢となっていた。


 この圧倒的な戦力差から、これまで信孝を支援し続けて来た堅田衆も遂には大坂方に屈した。

 これにより、籠城する安土方は大きな退き口を一つ失ってしまった。

 最も、湖上に逃れたとしても長浜城や大津城といった近江の主要な城は全て大坂方の手に落ちているが。


 囲む大坂方はこの軍勢で取り囲むだけでなく、意図的に囲みに隙をつくっていた。


 籠城する安土織田軍から、逃亡兵を出す為だ。


 安土方の幹部達はともかく、末端の兵までは決死の覚悟を決めているわけではない。

 落城が確定的となった、この城に留まり続ける義理もなければ義務もないのだ。


 引き留める幹部武将達の制止を振り切り、大坂方の陣営へと逃げ込み、積極的にそれを籠城する安土方の兵に見せつけるかのように受け入れた。


 また、織田信雄と羽柴秀吉の軍勢が合流した事もあり、不足していた武器弾薬の類の補充はできた。

 かつて柴田勝家らが大坂城攻めに使い、撤退する際に大坂方が鹵獲した大筒の類も安土城に向けて盛大にぶっ放した。

 それもまた、籠る安土方の精神面に大きな影響を与え、逃亡兵がさらに続出した。


 もはや、雑兵に至るまでが安土方の敗北を確信しているのだ。



 信雄や秀吉の軍勢が加わってから、籠城する安土方の士気はさらに落ちていた。


 だがそれでも、即座に城攻めを再開とはいかない。

 細かい配置替えや、担当箇所の変更。

 さらに、武器弾薬の補充が終わり、準備が万全となってから、改めて城攻めが再開された。


 安土城まで攻め寄せる部隊は、主に3手に分けられた。

 東の搦手道、南の大手道、そして西の百々橋だ。


 搦手道から攻め寄せるのは、上杉景勝、前田利家、金森長近、丹羽長重ら北陸勢だった。

 大手道からは、徳川家康、織田信包、松平秀康、森長可らこれまで安土城攻めを続けて来た家康を中心とする面々だ。

 無論、本多忠勝や井伊直政といった徳川家臣団もここに属する。


 そして、百々橋。

 羽柴秀吉の軍勢だ。

 黒田孝高や福島正則の軍勢だけでなく、羽柴秀次をはじめとする田中吉政、石田三成ら名護屋組、それに加藤清正ら大陸遠征組もここに属する。


 加えて、湖上からも調略したばかりの堅田衆が側面支援する手はずになっている。



 かくして、安土城攻めが再開された。


「撃ち方、用意」


 安土織田軍の鉄砲隊の隊長が、鉄砲を構えた射手達に言う。


「撃てーっ!」


 一斉に、銃弾が放たれる。


 ――ダダダダッ!


 数千もの鉄砲を擁する、羽柴軍の支援による大射撃だ。


 当然、雑賀衆を中心とした城内の鉄砲の射手達も射撃を始める。


 ――ダダダダッ!


 こちらからも、大量の鉄砲を用いた集中砲火だ。


 羽柴軍の用いた鉄砲隊だけではない。

 大量の硝煙が手に入った事による、ただの鉄棒と化していた徳川軍や尾張にいた大坂織田軍の鉄砲隊も息を吹き返した。


 ――ダダダダッ!


 羽柴軍からも支援射撃が来る。

 鉄砲の数では、今や大坂織田軍が完全に上回っていた。


 今や、大坂織田軍の射撃音の方が圧倒的に多い。



 この日の攻撃は終わった。

 だが、結局はこの日に安土城を落とす事はできなかった。

 しかし、大坂織田軍は安土織田軍に大きな精神的・肉体的疲労を与える事に成功していた。

 その日のうちに、安土織田軍で討ち取られた者こそ少なかったものの、さらに逃亡兵が続出したのだった。


 安土城の、自慢の石垣が崩れる。

 今の所、安土城自慢の天守は無事だが、それもいつまで続くかは分からない。

 夜間に紛れた、逃亡兵はさらに出続けた。


 ばかりか、彼らをまとめなければいけない大将格の武将までが一緒になって逃げだす始末だ。


 卑怯と罵る事は簡単だが、彼らにも言い分はある。

 そもそも、この決起は織田信孝をはじめとする柴田勝家や滝川一益ら幹部武将達が図り、決めた事。

 下っ端の兵士達は勿論、知行持ちの武将達でも知らない者がほとんどだったのだ。


 そもそも彼らは、「織田家」に仕えているわけであって、信孝に忠誠を誓ったわけではなく、信長や信忠の命令によって配下に着かされた者も多数おり、忠臣揃いというわけではなかったのだ。


 いずれにせよ、脱走兵は出続け、大津城を抜け出した滝川一益らが合流した際には4万にまで回復した兵は大きく減じた。

 攻城戦によって、討ち死にしたものも含めて3万数千ほどになってしまったのである。






「……」


 百々橋口の担当となった、羽柴秀吉ら。

 その配下に、金剛秀国はいた。


 名護屋城包囲組に加わっていた為、当然といえば当然の事だった。


 ……この大乱ももうすぐ終わる、か。


 冷静に分析を進める。


 ……残念ながら、名護屋城を包囲していた私に大した見せ場はなかった。


 名護屋城包囲組は、全体的に割りを食らっているし、大陸遠征組から激しい憎悪をぶつけられた。


 ……とはいえ、名護屋城攻めにはそれなりに貢献できたしいくらかは加増される

だろう。


 しかし、問題は主家だ。

 大坂城も織田家も、未だ健在ではあるが。


 ……だが、残念ながら秀信様で織田はまとまらない。そうなれば、徳川と羽柴が権勢をふるうようになるのは必定。


 織田という大木は、直に腐る。

 ならば、これから新たに育つであろう大木の下に着くしかない。


 ……秀吉様か、家康様か。


 残念ながら、両雄は並び立たない。

 今は共に戦っているが、いずれは衝突する可能性が極めて高い。


 ……その時、どちらにつくべきか。


 そしてこれは、秀国のみならず家康や秀吉子飼の武将を除いた織田系列の武将全員の共通した思いだった。


 先細りの見えた織田宗家にいつまでも仕える気はない。

 さらなる繁栄を目指すのであれば、秀吉か、家康か。

 いち早くに取り入るほかないのだ。


 時間はかけられない。

 一早く、どちらに着くべきかを示さねばならない。


 ……ま、今は安土城攻めに集中するか。


 どちらにせよ、生き延びなければ。

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