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魔術師の庭

魔術師の庭 - 闇に開かれる扉 -

作者: 夕凪

「曰く、学院の屋上に通じる階段の十段目を午前零時に踏むとそこに既知世界への扉が広がるという」

 魔術学院〔魔術師の庭〕に昼休みを告げる鐘が鳴り響いて、既に三十分は経過している。多くの生徒で賑わっていた学食は鳴りを潜め、講義中の静けさを取り戻しつつあった。訪れる生徒達から注文を聞くカウンターには売り切れの張り紙がランチメニューの上に貼り散らされているが、その中の売れ残ったランチを頼む者も疎らだがいた。

 閑散とした室内の一角にある丸いテーブルで昼食を取る青年もその一人だ。黒髪黒目、制服である無地の黒のローブを身につける彼――オリジンは人混みを避け、いつもこの時間帯に食事をするようにしていた。注文をするまでに並ぶ列の争いや昼食を取るための席の取り合いを煩わしく思い、意図的に避けていた。注文可能なランチメニューはコッペパンサンドというコッペパンに売れ残りの食材を挟んだシェフオリジナルの一品だけだが、とりわけ好き嫌いのない彼にとって、何ら問題はなかった。

 問題があるとすれば、ふらりとやってきた同級生に対してだろう。彼女は喉をコクコク鳴らしながら牛乳を飲んでいる。その瓶をテーブルへ叩きつける様にして置き、言った。

「曰く、この学園の屋上に通じる階段の十段目を午前零時に踏むとそこに既知世界の扉が広がるという」

 彼女は先程と同じフレーズを繰り返した。見た目通りの強い声だ。動くのに邪魔にならないように無造作に切ってしまった黒髪が揺れ、野性的な瞳にかかる。瞼を閉じていれば可愛らしいその顔も、オリジンにとっては野獣以外のなにものでもない。

「貴方も聞いた事があるでしょう、オリジン?」

 その問いかけに返答すべきか、彼は口の中の物を咀嚼しながら考え、「ああ」と答えた。他に打開策が見当たらない。「学院七不思議だろう? 聞く人が違えば言う事も違う言葉遊び。どこでそんな物を信じてきた?」

「疑問に思ったのよ、真偽が如何か。誰もが謎を口にするばかりで、その結論を語らない。誰も語れない、結論を知らないから」

「語れないのではなく、知っているから語らないんだ」彼は拳大になったコッペパンサンドを口に頬張り、無理矢理飲み込んだ。「そんな所に既知世界の扉があれば、もっと別の事を語るだろう。誰もが悪ふざけの様に同じ噂を口ずさんでいるのは、噂に過ぎない事を知っているから、求められた結論なんぞ語らないんだ」

 オリジンは学院七不思議の話を聞くたびに感じていた事をそのまま言葉にした。

 彼女は特に気を悪くする事も無く、無関心な表情で「リアリストね」と言った。

「そんなんじゃない」オリジンは首を振った。「夢にさえならないってだけ」

「でも、私はそこへ行ってくるわ」

 彼女は間髪をいれずに切り返した。

 何を考えているのか分からない彼女の表情を、彼は一瞥すると直ぐに視線を外した。そのまま、苦笑いを浮かべて、席を立つ。

「そうか、頑張ってこい。きっとお前の前に既知世界の扉の代わりに現実の扉が開いてくれるぞ」

「そんなもの、無いわ」

 彼らの近くを通り過ぎようとしていた赤毛の女がボソリと言った。背の低い細身の女だ。知らない者が見れば、オリジンと同年齢とは思わないだろう。

 赤毛の女は片手にコッペパンサンドを、もう片手に牛乳瓶を持っている。彼同様に混雑を避けて食事に来たようだ。

「ニーモニック、貴女は知っているの?」彼女は赤毛の女――ニーモニックへ問いかけた。

「ええ、私も気になった事があったから」ニーモニックはオリジンが使っていた丸テーブルに腰をおろし、その小さな口でパンを頬張った。彼女からすると大きなコッペパンが見る見るうちに消えていく。

「お前のは何味だった?」オリジンは彼女のパンに挟まれている具材を興味ありげに覗きこんだ。

「うーん、コンソメかしら」ニーモニックは首を傾げながら、口の中に広がる味を解析していく。「脂っこいわ。それになんか煙臭い」

「もしかして、Aランチについているベーコンスープじゃないか?」

 羨ましい味だ。彼の口から本音がこぼれる。

 ニーモニックは黙って頷いた。

「そんな味なんてどうだっていい」彼女はバンッとテーブルを叩き、立ち上がった。「ニーモニック――小さなニック、もしかして貴女は見てきたの?」

 彼女の行動にニーモニックは驚いた様子も見せず、平然と「ええ」と答えた。

「暫らく前だけれども私も気になった事があって、寮を抜け出して見に行ってきたわ。けれども、我々魔術師が求める神秘は――既知世界への扉は無かった」

 教科書を読み上げるように淡々と紡がれる言葉に、彼女は腕を組んで赤毛の少女をじっと眺めた。ニーモニックが言い終えると、彼女は言葉の先にある真偽を見定めるように瞳を閉じ、凍りつく。深く息が吐かれる。

「それでも、君は行くのだろう?」ニーモニックがフフッと笑う。

「言わずもがな」彼女はカッと目を見開いた。「やはり今夜よ。オリジン、行くのは今夜よ。うたた寝なんてしないでね」

「おい、本気なのか」オリジンは苦情の声を上げた。「俺はいらないだろう。それに見えた結果の為に校則を違反する必要があるのか」

「あるわ」彼女は断言する「私は見た事が無いのだから、暗闇に包まれたベールを取らなくてはならない」

「――ご免被る」

 オリジンは早足にその場を離れた。

「ちょっと、オリジン」背中から彼女の声が聞こえてきた。

 彼は首を後ろに捻り、丸テーブルの近くにいる彼女へ言った。

「悪いが他を当たってくれ」

「貴方は必ず来るわ。もし来なかったら、貴方が早くこれるように部屋に大きな風穴を開けてあげる」

 彼女はウインクをしながら、指で拳銃の形を作って見せる。バァンと聞こえるはずのない炸裂音がオリジンの耳に届いた気がして、酷い鳥肌が立った。


 ショートボブの黒髪を頭に載せ、野獣のような黒目を二つばかし顔に嵌めこんだ彼女――ディアナはそういう奴だ。

 彼女にとって経緯や結果はどうでも良い。少しばかり退屈になったのだ。

 その退屈しのぎが学院の噂話で終わるか、学生寮を半壊させることで気が済むのかは、その時にならなければ誰にも分からない。


 既知世界の扉――我々魔術師が恋焦がれる神秘の一つである。その扉は我々が見知らぬ世界へ至る為の入口であり、我々が見知らぬ世界へ降り立つ為の出口である。不思議な事に我々はその世界の事を何も知らないが、その世界がある事を知り得ている。これが既知たる所以である。

 いつだったか、既知世界の扉について書かれた本に目を通した時、そのようなフレーズが綴られていたことを、オリジンは思い出した。その扉をくぐれば、いま現在の世界とは異なる世界へ――異世界へ行くことが出来るという。なんて子供騙しなと聞くものに感じさせてくる話だが、大の大人が何人も集まって白熱した議論を交わすほどの価値がある神秘――人知に解する魔術的事象によって到達し得ない事象の一つだ。

 そんな現実味に欠けたものが、はいどうぞと置かれていてたまるかと内心で悪態をつきつつも、彼は今晩どのようにして屋上へ続いている階段まで辿り着くべきかと悩んでいた。ディアナは――事の発言者はそこまで考えてなどくれない。無策であれば、それを一興とし前進するだろう。それでは問題が起きかねない。

 魔術学院〔魔術師の庭〕には学生寮があり、彼を含め殆どの生徒がそこを利用している。代表生徒が寮長として管理をしているが、学生寮内における夜間の外出は禁じられておらず、自由に行き来することができた。もちろん、男子寮と女子寮は明確に区別されており、互いが行き来することができるのはそれらを繋ぐ共同ロビーまでだ。ロビーは談話室を兼ねており、利用者が求める限り利用し続けることができる。ディアナとはここで待ち合わせる予定だ。

 ロビーから学院の校舎までは一本の連絡通路で連結されている。ここから先の夜間行動は学院の校則により禁じられている。ここ――〔魔術師の庭〕の設立は古く、魔術学院の名門とも呼ばれている。その代わりに可笑しな魔術道具を数多く収集、保管している為、外部からの侵入者を含め、それらを不当に学院の外へ持ち出そうと考えている輩は多い。それを防ぐ為に、夜間の活動を要する者以外は必要最小限の行動に制限されていた。

 学生寮と学院とを繋ぐ連絡通路には、二枚の扉によって隔てられている。そこは有事の時を除き施錠されることは無い為、問題にはなるまい。その扉の先、学院へ足を伸ばすと警備員及び宿直の講師陣が各々のルートで学院内部を見張っている。その警備網を如何にして突破し、屋上へ通じている一つの階段を登るか。ここが一番の問題点であり、オリジンには全くもって考えの及ばないところであった。

 魔術学院の講師は無能ではない。魔術大国リアの全土から集結した、魔術を扱える殺し屋の巣窟だ。静寂に身をこわばらせる校舎に響く、小さな鼓動の音を聞き取ることなど、彼らには呼吸をすることと相違無いだろう。

 彼らを出し抜く知恵が必要だ。それを得ねば、講師とディアナの双方から説教をされる自分が生み出される事になってしまう。

 詰る所、協力者が必要だ。校則など眼中に無い、夜間に出歩いて活動を行っている人物の力が――

 講義室に鐘が鳴り響く。二度目の音色の反響が終わる頃、教壇に立つ講師は講義の終了を宣言した。室内には徐々に言葉が飛び交い始める。教材を片づける音と席を立つ音が入り混じり、普段の学院生活が息を吹き返していく。

 オリジンは首を捻ったままの姿勢で、唸り続けた。今の鐘の音が本日の最終講義が終わりを告げさせたのだ。この後は、大方の生徒が学生寮へ戻るか、ないし課外活動を行うかのいずれかに分かれていくであろう。普段の彼であれば前者を選んでいた。

 一人また一人と講義室の扉から人が出ていく。彼はその光景をぼんやりと眺めながら、彼に手を差し伸べてくれそうな人を選定し続けていた。

 ポッと一人の名前が思い浮かぶ。同級生には見えない小さな少女――ニーモニック。彼女はオリジンが今夜成さなければならない課題を、既に行っていたのだ。

 オリジンは椅子を蹴飛ばして立ち上がり、講義室内を見回した。突然、動き出した彼に周囲の生徒たちが驚きの表情で眼差しを向けてきた。彼は彼らの視線なんぞ気にすることなく、人ごみに消えてしまうほどに小さい彼女を見つけ出そうとした。

「ずいぶん追い詰められているな」

 甲高い声がオリジンに投げかけられた。彼が椅子を蹴飛ばした席から数席離れた所にいる男が胸の前で腕組みしている。穂を実らせた小麦畑に似た癖の無い金髪と白目に入り混じりそうな灰色の瞳を持つ男――ユリアン・エンドランがオリジンの方へ歩み寄り、言った。

「聞いたぞ、オリジン。今夜、お前らは学院に忍びこもうとしているそうじゃないか」

 オリジンは舌打ちをし、顔を歪めた。

「誰に聞いた? まだ数時間も経っていない話なのに」

「周囲の囁き声だよ。災難だって言葉も聞こえたなぁ」

「ああ、その聞いた通りの内容だよ。嘘偽りがあるならば、この事実を否定してほしいものだ」

「お前がしなければ済む話だろう?」ユリアンはしれっと言ってくる。「大方、ディアナ辺りの暴言に付き合わされているのだろう。どうにか断ってくれば良い」

「簡単な風に言うな」オリジンは肺の底から息を吐き捨てた。「あの女に否定を投げかけた所で、それが理解されるという奇跡はもはや神秘に等しい。もし行かなかったら、学生寮に風穴を開けてまでして引き摺り出すと言っていたんだぞ、あの破壊の女神様は」

「今回は本気なのか」ユリアンは気の毒な眼差しを彼へ向けた。「夜間、学院内をうろつくのは校則で禁止されている。それを容易く容認するのは如何なものか。されど、確かロビーとお前の部屋の直線状に俺の部屋もある」

 ユリアンは乾いた笑い声を上げた。「つまりお前が説教されないと、俺は今晩、寮と一緒にけし飛ぶのか」

「笑い事じゃない」オリジンは真剣な表情で首を振った。「最悪の事態は回避しなければならない。ディアナを宥めて、部屋に戻す。それも誰にも気づかれないで、だ。俺がなすべき選択はたったそれだけだ」

 もはや猛獣使いだな――ユリアンが呟く。

「お前は夜の学院に詳しいか?」

 オリジンは本題を投げつけた。彼の目の前にいる男は講師からの信頼も厚い優等生だ。実質、学生寮の寮長には彼の名が記されている。

 ユリアンは半眼を閉じ、少し間をおいて答えた。

「ほどほど、だがな。以前は俺も学院の警護をしていた身だし」

「力を貸してほしい。この作戦は多くの協力者を必要としている」

「諸君の学生生活を守る為――とでも言うべきかな」

 彼らはどちらからもとめる事無く、握手を交わしていた。


 オリジンはユリアンを連れて、学院内を歩いていた。もちろん、ニーモニックを捜索する為だ。

 彼らが講義室を出る頃には既にひと気は無くガランとしてしまっていた。既にほとんどの者が自分だけの放課後を過ごし始めていた。

 彼らの知る限り、小さな同級生は学院内の各所に散りばめられている実験室に篭り、講義では触れる事さえない実験を繰り返してはその結果に首を傾げている。彼女が持つ物事に対する執着心からか、背丈が低くモノ創りが得意な種族――ドワーフ種族の血が混じっているのではと噂されるほどだ。

 学事課の受付で実験室の使用許可者を尋ねてみたが彼女の名前は無かった。全員が全員、校則に従って使用許可を求めてくれるものじゃないと受付で言われ、そこを追いだされる。彼らは悪態をつきながら、しぶしぶ足で情報を稼ぐ方法に切り替えた。

 あらかた新校舎を見回った後、彼らは旧校舎へと足を運んだ。空は既に夕焼け色に染まっている。学院の敷地の東側に位置している旧校舎は窓から差し込む明りも少なく、どこか薄暗く感じる。

 旧校舎を利用する学生は少ないようだ。もっとも、こちらにある設備は造りが古いせいか、専門的知識を要求される為に人が限られてしまうという。

 その外れに位置する実験室から、明りが漏れ出している。彼らは中の様子を窺うべく、ドアを少し透かした。

 室内はガス灯が燈され、通路とは打って変わって日中のような明るさが広がっていた。その部屋の片隅にある長机の前で小さな少女が一人、縮こまる様にして座っている。キンキンキンッという金属を叩くような甲高い音が聞こえてくる。

 なるべく音をたてないようにしてドアを開けていくと、彼女はビクッと肩を跳ね上がらせて、侵入者の存在に気付いた。彼女はしばし身体を凍りつかせるように静止させた後、両手に持っていた小道具を置いて、振り向いた。

「悪いな、ニーモニック」オリジンは苦笑いを浮かべながら、会釈した。

「本当よ。そう思っているのならば、今すぐ消えて」

 あどけなさの欠片も無い小さな少女から侮蔑の眼差しが向けられる。

「そんな冷たい事言わないでくれ。お前の力が必要なんだから」

「私の力? お昼の件でしょう? パスよ、君らで行きなさい」

 取り付く島も無いように彼女は話を終わらせると、再び長机に向き直って小道具を手に取った。ノミを小さなハンマーで叩き、金属を矯正していく作業を続行してしまう。

 キンキンキンッ――静寂が落ち込む室内に金属音が響く。

 その行為をじっと見つめていたオリジンは、彼女が手を止めるタイミングを見計らい、言った。「ニーモニック、俺は一緒に同行してほしいなんて誰にも言うつもりは無い。ただこの作戦を成功させる為に知恵を貸して欲しいだけだ」

「ずいぶんと大袈裟な物言いね」彼女は視線だけを彼に向け、口を歪めた。「私が既知世界への扉は無いと教えてあげたのに、他に何を求めていくの?」

「安息と言われる仮初の地かな」

 ニーモニックは鼻を鳴らした。

「何を言いたいのかよく分からないわ。でも似た所だったら、知っているかもしれない」

 彼女は小道具を長机に戻し、クルンと身体の向きを変えた。

「オリジン、君は何が知りたい? ユリアンも木偶じゃないんだろう?」


 あと三十分もすれば日付が変わるか。オリジンは学生寮のロビーにあるソファーへ腰をおろしながら、時計へ向けた視線を手元に戻した。彼の手には学院の見取り図が乱雑に描かれている小さな紙が握られていた。ニーモニックとユリアンの情報を掛け合わせた侵入経路を目で辿り、思考でその状況を再現する。

 彼らの意見を聴けたのは、オリジンにとってとても喜ばしい事であった。循環見回りのルートに始まり、各ポイントを経過して行く時刻や警備担当など、オリジンの知らない情報が彼らから知る事が出来た。その情報を元に、安全かつ最短となるルートを選び出す事が出来た。

 頭の中のイメージで無事に学生寮へ戻ってくる行為を数回繰り返していると、ロビーに一人の影が差した。オリジンを二人分詰め合わせたような体積を持つ巨躯の男が――同じ教室に通うボトムがノシノシと歩いてきた。

「どうした、こんな夜更けに」

 オリジンは時計をチラ見しながら言った。そろそろディアナと待ち合わせの時刻になる。出発するときには極力誰にも見られたくないと思い、早々に彼を追い返そうとした。

 ボトムはげんなりした表情でオリジンの向かい側のソファーに沈み込み、「お前と同じ用事だろうな」と言い返してくる。

「へぇ、知らなかったわ。いつ声をかけられた?」

 オリジンは苦笑いを浮かべながら、ボトムへお手製の地図を投げてよこした。

「課外活動へ向かう途中だよ。廊下でバッタリと出くわしたら、あれよあれよと……んっ、これは何なんだい?」

 悩み事を呟くように小さな声でブツブツと言っていたボトムはオリジンから投げられた紙を手に取り、首を傾げた。彼の大きな指で半分は見えなくなってしまっているだろうそれに目を走らせている。

「赤い線が引かれているだろう。今回の侵入経路だから、良く頭に叩き込んでくれ」

「お――おおぉぉッ!」

 陰の差していたボトムの顔が山の空のように急に澄み渡っていく。彼は立ち上がり、ガッツポーズをとった。

「お前は経験者だったのかっ! 真面目腐った振りをしてなかなか腹黒い奴なんだな」

「お前は人を馬鹿にしているのかっ!」

 オリジンは罵声を上げて、一喝した。

 そんな言葉は耳に届かぬか、ボトムは余裕のある笑みを浮かべてソファーに深く座り直し、不器用に足を組んでみせた。

「お前の御蔭で、俺は講師とディアナの双方から責め苦を受ける時間が無くなりそうだ」

 何処かで聞いたセリフだな――オリジンは肩をすかせた。

「悪いが即興だよ。俺も夜間の学院侵入は初めてだ」

「マジか」

「だが、その地図は学院に忍びこむ有識者から得た物。問題無く行けると思う」

 オリジンは自分自身に言い聞かせるように言葉を口にした。

 ほどなくして女子寮側の階段からディアナがやってきた。ショートボブの黒髪の隙間から怪しげに黒眼を光らせている。

「あら、もう揃っていたのね。結構楽しみにしてた?」

 ディアナはケラケラと笑いながら、言ってくる。その言葉に返答する気になれないオリジンは身体に反動を付け、一気にソファーから立ち上がった。

「ディアナ、質問があるのだが、その格好は何だ?」

「何って、見て分かる通りの荷物よ」

 オリジンの質問に彼女は当然のように胸を張って見せた。格好こそ学院のローブを纏っているが、腰にロングロードを帯刀し、背中には小さなリュックサックを背負っている。どこか近くの戦場を見学しに行ってきますと言わんばかりの姿だ。

「ほら、私たちはこれから既知世界への扉を目の当たりにするじゃない。きっと見てしまったら感極まって貴方達を中へ蹴りいれた後に私も一緒に行ってしまうと思うわ。これはその時の為に準備したのよ」

 ディアナは抜刀し、ガス灯の揺らぐ明りを白銀の刀身に映し出す。刃零れも曇りも無い、よく手入れのされた剣だ。

「扉の先に何がいるのか変わらないけれど、きっとこれがあれば誰とでも争えるわ」

「頼むから、戦闘準備は現地についてからにしてくれ。校舎内の帯刀はご法度だから」

 オリジンは妙に疲れた心地になり肩を落とした。やり取りを聞いていたボトムから不安を煽る様にため息が漏れ出していた。

 一人の女学生を二人掛かりで説得を続けた結果、しぶしぶだがディアナは武装を解除してくれた。身軽になったら彼らは連絡通路を抜け、静寂が帳を下ろす校舎内を進んでいく。

 カツーン、カツーン――誰かの足音が校舎内を反響している。静けさに麻痺してしまったように鼓膜は距離感を測る事が出来ない。彼らは要所で身を忍ばせながら、着実に上の階層へと進んでいった。

 何事も無く屋上へ続く最後の階段に辿り着く。オリジンは懐中時計を取り出し、時間を調べた。

「あと二分だ」

 暗闇の中でディアナが頷く。彼女はオリジンへ手を差し伸べてきたので、懐中時計を渡した。時計へ視線を落したまま、一歩一歩ゆっくりと階段を上がっていく。

 少しずつ進んでいく彼女の後姿を眺めていると、オリジンには針の動きが分かるような気がした。残り一分、残り五十秒、残り三十秒――彼女の音にならない心の声が聞こえてくる。

 いつしかオリジンは固唾を飲んで、その光景を眺めていた。有り得るはずの無いと考えていた言葉遊びが――有り得なかったと結論付けられた噂話が、あり得てしまうかもしれない。そんな幻想が知らぬ内に彼の心へ忍びこんでくる。

「ゼロ」

 ディアナの祈りにも似た声が発せられると同時に、十段目を登り切る。彼女の衣擦れの音が、静かな足音が、何度も何度も反響して、オリジンの耳に届く。耳鳴りのように繰り返していた音が消え、静寂が蔓延る。

 何も起きない。そこにはただ、学院の屋上へと続く階段が伸びているばかり。

 夜という広大な魔物に支配された静謐な空間は、朝という魔物に喰われぬ限り、ただひたすらに暗闇を保ち続ける。

「何も起きないじゃない」

 ディアナが不服そうに呟き、身を翻しながら横へ跳んだ。オリジンの視界にはそのように見えていた。

 彼女の細い体は壁に叩きつけられ、階段を転がり落ちてくる。ボトムがドスドスと慌しい足音を立てて、彼女の体を受け止めに行く。その間、オリジンは無意識のうちに戦闘態勢を取っていた。起こらせるべき事を――魔術を構成していく。

 視界の先――ディアナが立っていた位置辺りに何かが蠢いている。壁からすり抜けてくるように闇色の何かが飛び出してくる。錆びついた金属が擦れ合う音が静寂を壊し、蒸気に似た白い靄が薄らと立ち込めていく。それは酷く錆びついた鉄の香りがした。

 月明かりは無い。夜の魔物に護られるように、闇の中でソレが顕現する。闇に塗りつぶされたソレが駆動する。

「抜剣ッ!」オリジンは高らかに声を轟かせ、輪郭の見えぬソレへ躍りかかる。「虚ろな刀身」

 魔術を展開する。一個人の幻想にすぎぬ魔術構成が展開され、現実のものとなる。その手法は個人によりけりだが、彼は音声に出して展開して行く事を好んだ。

 空を掴むように握る手中に白き光が生え出て、一メートル長の白い刀身が形成される。

 魔術の刀身でソレを薙ぐ。白刃は不可視の結界に阻まれ、酷い火花を上げる。

 視界がフラッシュアウトする中、オリジンは闇のベールが剥がれたそれを視認した。表情の無い顔、人の体と酷似した無骨な四肢、金属を繋ぎ合せた強靭な装甲、オブジェのように伸びる長い筒。オリジンはそれらを持ち合せる存在を知識の中で知っている。

 かつて戦争の最中に、ソレは魔術師を滅ぼす為に開発されたという。人類最高の火力を持つ魔術師が恐れた対人兵器――奇械。彼の眼前にいるソレは、酷く似ている。

 歯車が鈍い音を立てる。鈍重な動きで黒塗りの長い筒がオリジンへと向けられる。筒の先端には穴が穿たれ、闇にも溶けぬ黒がある。言わずもがな――奇械の武装の一つ、鉄砲だ。

 オリジンは声にならぬ悲鳴を上げ、その場を飛びのいた。白刃の軌跡が線を描く。刹那――耳を劈く炸裂音とともに銃口から灼熱の火球が射出された。彼がいた所を――白の軌跡を弾丸が貫き、直線状の壁を見事なまでに撃ち砕く。

 無茶な姿勢で退いたオリジンは階段を数段転がり落ち、体勢を立て直した。手中にあった剣はとうに消えうせている。

 奇械が動く。ギリギリと歯車をけたたましく鳴らせて、銃身が狂ったように踊りだし、彼へと向けられていく。

「オリジンッ!」

 新たに魔術を構成し――ボトムの声で我に返った。彼は意識を失っているディアナを抱きかかえ、離脱の準備をしている。一方、下の階層から慌しい足音が鳴り響き、上を目指し駆けてきている。

 何より、自分たちの目標は眼前の対象を殲滅する事では無い。

「――撤退だ」

 オリジンは低い声で言うと、階段の手すりに手を当てて、下層へと身を投げた。後を追う様に灼熱の銃弾が彼の影を貫いた。


「ずいぶんとお楽しみだったようで」

 学生寮のロビーでユリアンは欠伸を噛み殺した。ソファーに横になる意識の無いディアナと埃まみれのオリジン、恐怖で表情を失ったボトムをそれぞれ眺めた後、口を歪める。

「怒りに堪え切れずに闇打ちしたのか?」

「それなら、今この場には俺の半身が転がっているよ」

 オリジンは疲れのあまりに感情の無い声で返答した。

 奇械との一戦から離れた彼らは、当初予定していたルートを進み、学生寮へと戻っていった。途中、予期せぬ所で足音が聞こえ、身を潜める事も多かったが誰にも気づかれる事が無かった。

 学生寮についたオリジンはディアナの事をボトムに任せ、ユリアンの部屋へ向かった。彼はこの学院で魔術と同格に医術を専門的に教え込まれている。学院には専属の医師がいるが事情を根掘り葉掘り聞いてくる為、正当な理由が無い場合には利用し辛い。今回のように正規のルートを通る事が出来ない場合には、彼の所へ話を持っていくのが最も賢明であった。

「死んでいたら、俺の出番は無かったな。検死できる人じゃないと」軽口を叩きながら、ユリアンは手慣れた手つきでディアナの容体を見ていった。「軽い脳震盪だろう。そのうち目覚めるだろうよ」

「そうか、済まない」

「なに、この程度の事はお安い御用だよ」ユリアンは近くの椅子に座りこみ、彼女の顔を覗き込む。「こうやって眺めていると、結構可愛い奴なんだなって思えてくるな」

「ユリアン」ボトムは叱責した。

「怒るな、悪い意味じゃない」ユリアンは真剣な表情だ。「何が起きた? この歩く大量破壊兵器が無様にやられるなんて、普通の事じゃないぞ」

「ああ、普通には終わってくれなかった」オリジンはディアナの埃を払ってやりながら、言った。「突如、敵が現れた。聳える銃身、廻る歯車を持つ奇械が」

「奇械? 学院に?」ユリアンは顔を強張らせて聞き返した。

「――だと思う」オリジンは自信の無い声で返答した。

 ボトムがデカイ図体を前のめりにして割り込む。「俺もそう思う。奴は普通じゃない。なんて言ったってオリジンの魔術を跳ね返す障壁と石壁を貫く鉄砲を持っていた。そうだろう、オリジン」

「ああ」オリジンは頷いた。「確かに魔術は通用しなかった。それに鉄砲も持っていた」

 興奮した声色でボトムは続けた。「それに、歯車の音だ! 骨を砕いていくような鈍い歯車の音が今も耳から離れない。俺は学院七不思議の一つで聞いた事がある。ここ最近、結構耳にするやつだよ。旧校舎に揺れる振り子時計の噂話だ。みんなも聞いたことあるだろう」

「振り子時計――ああ、あったなそんな話」ユリアンは記憶の底に淀む学院七不思議の話をくみ取る様に、躊躇いがちに言った。「確か、旧校舎にある一番古い振り子時計は奇械が擬態した姿だったか。そいつが夜な夜な擬態を解いては校舎内をうろつき回っているってやつ」

「そう、それだよ。奴こそがあの古ぼけた振り子時計の正体だ」

 雄弁に語るボトムとは打って変わって、オリジンは水を打ったような静けさであった。熱に取りつかれていたボトムは彼のそのような様子に気づき、我に返った。

「オリジン、気分でも悪いのか?」ユリアンが尋ねる。

「そう言う訳じゃない」オリジンは言葉を選ぶように間を置いてから言った。「本当に奇械だったのだろうかと考えていた。魔術師が恐れた殺人人形を相手に俺達が生き残れるものなのかなって」

「そうだな」ユリアンは背もたれに体重を預けて天井を見上げた。オリジンの視界には彼の視線の先が天井しか映っていないが、彼自身には別の何かが見えているのだろう。軍医として戦場への赴任経験のある彼だからこそ、見える何かが。

「争いは強い奴が生き残る場所じゃない。だからといって、逃げ惑う臆病者が生き残れる場所でもない」

「それじゃ、どういう奴が生き残れる?」

「もちろん、死なない奴だろう」ユリアンはしれっと言ってくる。「悪運が強くて、誰からも何処からも御呼びがかからない奴が生き残る。違うか?」

「極論だが、その通りだろうよ」

 オリジンは鼻で笑い返した。

 その時、意識を失っていた彼女が呻く様に声を漏らした。一同は会話をやめ、彼女の様子をじっと見る。

 数度呻く様に吐息を漏らし、身体の姿勢を変えた後、ディアナは弱々しげな瞳を見せてきた。突然、飛んでしまった記憶を補填するように瞼を瞬かせ、むくりと起き上がった。

「ねぇ、何があったの?」

 頭痛がするのか、彼女は側頭部を手で押さえ、軽く頭を振る。

 オリジンは彼へどのように言葉を返すのが、一番被害が少ないだろうかと考えているうちに、ボトムは声高らかに言った。

「奇械が――屋上へ通じる階段には奇械が居たんだ」

「へぇ、そうだったの」

 感情のこもらない彼女の声色とは別に、悪い目つきの目尻がさらに吊りあがり、その瞳に怪しい光が灯った。

 まるで尋問を繰り返す様に彼らへ質問を投げかけ続けた彼女はやがて満足するように頷き、立ち上がった。バランスが上手く取れないのか、重心が保てずふら付いている。

「オリジン」ディアナは言った。「明日、もう一度行くわ。お人形遊びなんて、久しぶり」

「ダメだ」彼女の言葉をユリアンは否定した。「脳震とうは軽い病気じゃない。脳にダメージが行ったから生じるものだ。最低でも一週間は――」

「――煩いッ!」

 彼女は感情のままに一喝した。その感情が、その声がキーとなり、彼女の周囲に形成された光弾がユリアンに襲いかかる。彼は身軽に飛び避け、避け切れない最後の一つはテーブルを盾にして凌いだ。

 視界がフラッシュアウトし、破壊音がロビーに鳴り響く。埃や木材が燃える匂いが立ち込める。

 ディアナはその様子を一瞥すると、女子寮への階段を上がっていた。その背中はどこか弱々しく、彼女らしくないようにオリジンには思えた。

 それもそのはずだ。瓦礫の中から這い出てくるユリアンへ視線を移した。

 なんせ彼が原形をとどめて、なおかつ生きて出てきたのだから。


 翌日、オリジンは屋上へ通じる階段を上っていった。

 どうしても昨晩の事が現実に思えなかった。自らが実体験をし、その痕跡も衣服に残っている。それだと言うのに、どこか現実離れをしたその記憶を信じ切る事が出来ない。

 十段目の階段へ足を付ける。ここは彼女が弾き飛ばされ、階段を転げ落ちていった場所だ。

 床を見る。手に触れて凹凸を探る。足跡が、何か痕跡が無いか入念に調べていく。

 振り返り、踊り場を見る。火球によって撃ち抜かれた石壁は無い。元々そうであったように、長方形の石が積まれた壁が何処までも続いている。

 何も無い。何もかもが綺麗に無くなっている。

 こんなひと気の無い場所にも関わらず、クモの巣はおろか埃一つ無くなっていやがる。


 あと三十分もすれば日付が変わるか。オリジンは昨日と同じ格好で学生寮のロビーにある焼け跡の残るソファーへ腰を下ろし、表面に罅が走る時計へ目をやっていた。どうやらここの修復までは早々にやってくれないらしい。

 昨晩と同じルートを通ってしまって大丈夫だろうかと、皺くちゃになった紙を眺める。昨日の騒動がどのように影響しているのかが全く未知数であった。少なくとも警備の強化が行われている事は視野に入れるべきである。

 程無くしてボトムとユリアンがそれぞれ顔を見せてくる。「お前らは御指名じゃないだろう?」と問うと、「何故か行かなければならない強迫観念に襲われるんだよ」とそっぽを向きながら答えてきた。

 ボトムはオリジン同様の学院の黒ローブだが、ユリアンの格好は違っていた。軽装で機能的な衣服に身を包んでいる。曰く、軍医としての戦場へ赴く際の制服らしい。

 最後に遅れて、ディアナがやってくる。格好は昨日同様のローブを纏い、腰には帯刀していない。代わりに肩で支えるように布で包んだロングソードを一振り握りしめている。

「ディアナ、学院内での帯刀は禁じられている。講師に見つかったら退学ものだよ」

 オリジンは宥めるように言う。

「そう。ならばその時には壊す対象が一つずつ増えていくだけよ」

 彼女は当然よと言わんばかりに切り返してきた。

 一行は静寂極まる夜の学院へと歩を進めた。昨晩と同じルートを通っていく。

 静かだ。まるで海の底のような静けさが学院内に広がっている。昨晩の様に靴底が床を蹴る音など聞こえてこない。全てが死滅してしまったようだ。

 予想ではもっと難航するだろうと推定していた。なんせあのような騒ぎがあった昨日の今日だ。生徒間では何ら語られる事の無い事件でも、学院側からすると問題以外のなにものでもない。その原因を究明すべく血眼になっていると、現実とは裏腹に、想定していた。

 別の形で解決してしまったのだろうか――淡い期待が脳裏をよぎる。

 先行するオリジンが背後から鋭い視線を感じ、後ろへ振り向いた。後に続くディアナのギョッとする表情が、ボトムが首を傾げる姿が視界に映り込む。灯りの無い暗い廊下を彼はじっと舐めるように眺めた。

「どうかしたの?」ディアナが囁く。

「――何でも無い」

 オリジンは振り返り、背筋に感じた悪寒を振り払った。

 警備員と出会う事も無く、屋上へ続く階段へと到着した。オリジンは懐中時計を取り出そうとしたが、昨日ディアナに渡したままだったのを思い出した。代わりにユリアンが懐中時計を取り出し時刻を調べた。時刻は十分前、昨日では考えられない早さだ。

 彼らは何も話さずにその場で待ち続けた。やがて、ディアナがユリアンから懐中時計を受け取り、隙の無い動きで階段を上がっていく。

 時間はそんなにもゆっくりしているものなのか。オリジンは焦るような心地で、ジンワリと足を進めるディアナの後姿を眺めていた。四段目、五段目――自分の体内時計が狂ってしまったのではないかと疑うほどに、彼女はゆったりとした足取りだ。

「ゼロ」彼女の声が響くと同時に、十段目の階段を上り切る。そのまま、早足で上の階の踊り場まで上がり剣から布を取り払った。

 十段目の階段の影が蠢く。ソレは歪むように爆ぜるように何も無いはずの壁から這い出てくる。

 ユリアンが動く。懐から紙飛行機を取り出すとそれを頭上へ向けて投げ飛ばす。ヒューンと甲高い音を立てて、紙飛行機は高く飛び上がると、天井に当たって爆ぜ、白い光を放った。それは非常に、考えられない程に緩やかな速度で降下する人工的な太陽か。闇のベールが引き剥がされ、夜の魔物が喰い殺される。

 顔とも言えぬ無機質な頭部と廃材を組み合わせたような無骨な四肢を持つ、幾多の長い砲身を備えた奇械が白日の下に照らし出された。

 奇械は咆哮を上げるように蒸気を高々と鳴らし、歯車を回し始めた。蒸気が靄とやり、辺りにうっすらと立ち込める。

「抜剣」オリジンは魔術を構成し、階段を駆け上がる。そして展開した。「虚ろな刀身」

 空を切り裂く光が刀身となって彼の手中に収束する。

 視界の先、奇械の背後でディアナが刀身に文字を綴る。流暢な筆記体で綴られた魔術が発動し、彼女の姿がオリジンの視界から消えた。突如、奇械の頭上から火花が散る。中空より現れたディアナが振り下ろす剣が不可視の結界により阻まれる。

 オリジンは彼女とは対極した位置から、下から腰の繋ぎ目に向けて白刃を閃かせた。結界を舐めるように軌跡が描かれる。

 地の底が呻く様に歯車が不気味な風と共に動き出す。黒々とした照りのある砲身が周囲の蒸気を吹き飛ばすほどに大きく動き、標的を見定める。十は下らない砲門が魔術師四名へ割り振られ、一斉に掃射される。度重なる銃撃音が一つに固まり、それは破壊音へと変わっていく。

 ボトムは自らの正面に多層の結界を張った。彼とユリアンを狙った五つの死を招く弾丸は一つ目の結界に阻まれその勢いを失い、二つ目の結界に取り込まれ緩やかな放物線を描き、三つ目の結界に辿り着く事無く地に落ち爆ぜた。

 石造りの建物が大きく揺れ動く。埃が立ち、奇械が生み出す蒸気と混ざり合い、視界を奪う。

 瓦礫の山を踏み台にオリジンは跳躍した。何かを担ぐように両手を左の肩へ寄せ、叫ぶ。

「飛翔。紫電の槍」

 肩に重みがかかり、同時にくすんだ光沢の槍が担がれる。

 彼は投擲しようとした時、敵へ躍りかかろうとしているディアナが視界に入りこむ。彼女は不敵に微笑み、何かを口ずさむ。何を口走ったのかオリジンには分からなかったが、何を言わんとしたのかを理解した。

 彼女が視界から文字通り消える。奇械の側面に潜む蔭から這い出て、その装甲の薄い脇の関節部分へと剣先を向ける。その動きに合わせて、オリジンは奇械の首元を目掛け、長槍を放った。二人の攻撃がほぼ同時に奇械の周囲に蔓延る結界へ突き刺さる。虹色めいた火花が花火の様に中空に散る。

「不思議だと思わないか」

 下層の踊り場でボトムは言う。

「ああ、対魔術師戦略兵器と言われるだけの事はある頑丈さだな」

「そういうことじゃない。奴の纏う結界の構造が、だよ」ボトムは自らの周囲を描く三つの結界を見る。「本来、結界は一つの空間の中に線引きをするために用いられる。その線引きとは外界と内海に隔てなく作用を及ぼす」

 ボトムは足元の石を拾い放った。石は一番手前の結界に阻まれ、真っ逆さまに落ちていく。

「だが、奴の結界は違う。外界より振り下ろされる魔術の刀身を、金属の刀身を拒みながらも、自らが撃ち出す弾丸だけは外界へと遮断することなく貫き通す。その理由は如何なものか?」

 ――歯車が廻る。吹き荒れる突風が、脈動する砲身が周囲の蒸気を吹き飛ばしつつ、荒々しく動き回る。その側面で剣を構えていたディアナが砲身の一部に巻き込まれ、壁へと吹き飛ぶ。剣が乾いた音を立てて、床を転がる。

 全砲門がディアナに向けて、収束する。壁に打ち据えられて身動きが取れない彼女に向けて、不気味なまでに歯車が笑いだす。

「クソヤロウッ!」

 オリジンは罵声を吐きながら生成した衝撃波を奇械の足元へ突き立てた。衝撃波が奇械の片足に着弾し、熱波を撒き散らしながら爆ぜた。悲鳴にも聞こえる金属の歪む音とともに砲身が天井へと傾き、弾丸が掃射される。

 ヒィィィイイインッ! タービンが高鳴りし、蒸気が立ち込める。

 己が頭上を撃ち抜いた奇械に向けて大小の石材が落下する。だが、その総てが不可視の結界により阻まれ、粉々に砕け散っていく。

「なるほどな」

 その光景を見ていたボトムはニヤリと笑ってみせ、そして叫ぶ。

「オリジン、奴の結界の隙をねらえッ!」

「分かっている! でもどうすればいい?!」

「蒸気だ。奴の蒸気が全ての運動作用を消し殺す。思い出せ、歯車の高鳴りからくる異様な風を。その後に走り出す砲身を! 死を呼ぶ弾丸を!」

 オリジンは奇械を見た。視界を悪くする蒸気の中で、ゴリゴリと歯車が動き出す。吹き荒れる風が蒸気をかき消し、砲身がその銃口を獲物へ定めていく。

 そのわずかな隙に攻撃する事は不可能だった。先程は総ての銃口がディアナへと向けられていたから――とっさな事もあり――魔術を叩きこむ事が出来た。だが、今は状況が違いすぎる。奇械が射出する必死の一撃を逃れることだけで精一杯であった。

 轟音。耳を劈く銃声が鳴り響く。オリジンは横へ飛び込むようにして高速に飛来する弾丸を回避する。

「そう――」彼女の声が聞こえる。奇械のはるか頭上、撃ち抜かれた上層からだ。「つまりは、蒸気の外へあいつを追い出せばいいのね」

 大穴から下層を見下す彼女は、握る剣の先端を奇械へと向けた。その刀身へ流暢な文字を描く。彼女の周囲の空間が歪みだす。それは空間そのものが歪んでいるのではなく、熱による空気の歪みであった。

 魔術付加――魔術師が用いる近接戦闘技法の一つ。自らの武器に魔術を付加させる事により、その威力を向上させる技法だ。使い手の武術により酷く効果が左右されてしまうが、手狭な室内などで有効打突を狙える可能性が高い。

 だが、彼女が望む事はそうではなかった。

 刀身が赤々と燃える。燃える。地獄の業火を抱く刀身が火を噴く。周りの石が溶けだし、奇械へ滴り落ちた。

 その力は魔術付加を超えている。彼女が手にしている剣は、魔剣だ。ドワーフ種族が自らの血肉を結晶化させた、生ける魔性の剣だ。

 ディアナは落下した。灼熱色に煌く剣で、奇械の脳天を穿つ。その試みは不可視の結界により阻まれた。

 ディアナはほくそ笑む。刀身が肥大する。内に秘める熱が炎となって漏れだす。踊り狂う炎は奇械を取り囲み、石床を舐めた。石が沸騰し、融解する。それは階段に沿う様に垂れていった。

 床を溶かしきった彼女は下層へと落ちていく。先の床も溶け落ち、さらに下層へ下層へ落ちていく。彼女の内なる感情を顕現させたような業火は決して冷める事が無く、どこまでも白い光を放ち全ての物を燃やしつくした。

 いつ奇械が溶け落ちたかは分からない。オリジンたちが彼女を追って階段を駆け下りていくと、一階で煤まみれになりながら眠りこけた彼女を発見した。

 オリジンは頭上を仰ぎ見た。丸い巨大な穴がいくつもの階層を穿つ。やがて穴の先は闇よりも暗い黒に塗りつぶされている。この穴が彼女の怒りが吹き出る火道か――脳裏にそんな思いが過ぎる。


 暗がりの中から、拍手が起こる。それは一人の男が成す音だ。相手をあざ笑うようでは無い、その行動を称えるように、四人の魔術師へ拍手を送っている。

「ようやく出てきてくれましたか」

 オリジンは疲れ切った身体に鞭を打ち、姿勢を正す。影の中から輪郭を浮かべてくる男へと視線を移す。

「いつから気付いていたのですか」

 男は意外そうなものを見た声で言った。年齢は三十半ばか。白髪交じりの頭髪を後ろへ撫でつけ、学院の講師の中でも限られた階級の者だけが羽織る事が許されるローブを纏っている。

「俺が後ろを振り向いた事、覚えていますか? あのときですよ、学院長――キリシマ先生」

 学院長――シズオ・キリシマは笑って頷いた。

「あの時か、確かにばれたかもしれないと肝を冷やしたが、まさか本当に見つかってしまうとは」

「先生、あれは――奇械は先生が用意したのですか?」ボトムは問うた。

「いや、私じゃない。むしろ私は君の、君達の行動を見ていた為にこの場にいると言った方が良いかもしれない」

 キリシマはオリジンに近づき、オリジンへ何かを手渡した。

「これは君のだろう?」

 オリジンはそれを受け取り、目を凝らして見ると自分の懐中時計だった。あの日の晩、ディアナに手渡して行方が分からなくなっていたものだ。

「初め、昨日の夜は君が問題を起こしたのではないかと考えてしまったよ。夜の学院内に響く銃声、破壊音、魔術の脈動。我々が辿り着いた時には誰も何も無く、破壊された傷跡と懐中時計だけが残っていた。だがどうしても妙に思ってね、他の講師諸君には退いて貰って、後を付けさせてもらったよ」

「そうだったのですか」オリジンは納得したように頷いた。

「ではどうして奇械が学院にいたのでしょうか?」ユリアンは訊ねた。

「そうだな、私の予言が的中するのならば、もうあの奇械は学院に現れないはずだよ」

「どうしてそう思うのでしょうか?」

 ユリアンの質問に、キリシマは笑って答えた。

「あの奇械は元々学院にいたものだからだよ。噂話であるだろう、この学院には」

 彼はディアナの側に落ちている剣を拾い上げた。

「所で、どうして私の部屋にあるはずの魔剣がここに落ちているのか、誰か説明できるか?」

 キリシマの質問に生徒達は苦笑いを浮かべ、言葉を濁した。

 彼はやれやれと言いたげに息を漏らす。

「またディアナが持ち出したのか。何度言ったら分かるのか」

 キリシマの声は当の本人には聞こえていない。魔力を大量放出し続けていた彼女は体内の魔力の過疎化により、深い眠りへと落ちている。煤だらけの姿で丸くなって寝ている彼女は、まるで子猫の様だ。

「一先ず、本件を終結させよう」キリシマは場を制するように言った。「今回の奇械討伐は私のエージェントとして君達に活動してもらい、それを達成してもらった事とする。よって、学院側からの叱責は無きものとする」

 生徒達は表情を変え、喜んだ。

 ただし――キリシマは続ける。「何事にも限度と言うものがある。私の部屋から無断で魔剣を持ちだし、あまつさえ学内にて帯刀。施設へ損害を生じさせ得る破壊魔術の連続行使、施設そのものの機能を著しく低下させた多大な被害、これには目を瞑る事は出来ない」

 その殆どはここで眠りこけている奴の仕業です。オリジンは喉まで出かかった言葉を飲みこんだ。

「その点に関しては、私から私的な罰を与えようと思う。少しでも損害を回収できるような罰を追って諸君らに伝える事にする。異論はあるかな?」

 皆が首を横へ振った。通常であれば学院の追放か裁判沙汰になりうる問題が、その程度で済むのならば願ったりかなったりだ。

「では、彼女を連れて医務室に行くと良い。明日も講義はあるから、早々に治療を受けて床に就く様に」

「先生、それはちょっと不味いかと」ユリアンは言った。「医務室を利用する際の理由が思い当たりません。夜間、学生寮を抜け出して、奇械を破壊していましたと怒られるのを覚悟で言うようです」

「ユリアン、君は何を言っている。君達は私のエージェントとして活動してくれたのだ。その理由が最も妥当に通用するだろう?」

 キリシマにしれっと言い返されてしまう。


 この学院には七不思議と呼ばれている噂話が後を絶たない。昔、この学院に学院長として赴任してきたキリシマは七つ以上あるその話を聞いて、呆れるのを通り越し、心躍るような感情を抱いた。聞けば、そのどれもが胡散臭く、笑い飛ばせるものばかりだ。だからこそ、とてもそれは魔術師が求める物に似ていたように感じた。

 学院長としての責務である書類仕事が回ってきても、それらを机上で熟成させながら、学院内を歩き回り、その噂の真偽を調べていった。どれもこれもが偽物だ。噂通りの物など、何一つとして存在しない。

 キリシマはディアナによって穿たれた大穴を飛び越して、屋上へ続く階段へと向かっていった。

 彼らが調べようとしていた七不思議も同様だ。たとえ狂いの無い時計を見ながら十段目を踏んだ所で、既知世界の扉など見つかるはずも無い。なんせ、他の扉があるのだから。

 以前、キリシマも同じ噂話を耳にして、調査した事があった。来る日も来る日も夜間警護に託けて石段を踏み続けていた。それが無駄だと知ったのは、明るい時にその周囲をじっくりと視てみようと気が向いたからだった。壁に、穴があるのだ。周囲の景色に溶け込むように結界が張られた隠し部屋が、屋上へ続く階段の十段目の壁にあった。

 この学院――[魔術師の庭]は戦争の際には要塞として機能するように建てられた経緯があるから、隠し部屋は有事の際の資材置き場なのだろうと、彼はシンとした空間で一人頷いていた。

 だが、彼には分からない事が一つあった。何故、あの扉の先から奇械が――紛い物の奇械もどきが現れたのか、理解が出来なかった。ガランドウのあの部屋には見つけた時以来、行っていない。

 闇に落ちた階段を上る。ユリアンが作り出した光源は既にその輝きを失っていた。破砕した石床を踏み、階段の十段目を踏む。壁に指を伸ばすと、まるで水の中に差し込むように彼の手が壁の中へと入っていく。

 ガランドウだった隠し部屋に、湿った空気が充満している。それは図書館の物に似ている。カビと埃と理知が混ざり合った、文明の匂いだ。

 石を積み上げた壁を覆い隠す様に、いくつもの本が並べられている。部屋の中央には燭台の上で蝋燭が揺れ、そまつな木の椅子に座った赤毛の女の子を薄闇の中に浮かび上がらせていた。

 その小さな女の子――肘掛けで頬杖を突くニーモニックは言った。

 悪びれる風も無い。驚きの声色も無い。一つの物事に対する結果を理解したような口調だ。

「先生もこの場所を御存じなのですね」

「ああ、古い話になってしまうけれどね。まさかこの部屋を私以外の人が知っているとは思わなかった」

「少し前に、私も彼らの様に噂話を聞いてここにやってきたの。火の無い所に煙は立たないから、調べていったらこの部屋を見つけてしまった」

「そこで君はあの奇械を――紛い物をここで組み立てたのか」キリシマはカツカツと音を立てて、室内を歩いた。追いやられるように置かれた長机にある工具を手に取る。「あの奇械もどきは、君のだろう?」

「ええ」ニーモニックはゆっくりと頷いた。「でも残念。組み立てたのは一階の実験室。ここでは彼らにやられて修理をしただけで、本来は保管場所だった。少し前に噂話になる程に苦労して運んだのですが」

「しかし、君はただ保管だけで済まさず、その創作物で彼らを襲わせた」キリシマは真剣な表情だ。「他者を殺める事が出来る、紛い物で」

 ニーモニックは動じない。その小さな身体を動かし、頬杖をやめる。人形にも似た感情の無い表情で言う。

「私は火を起こしてあげた。女王様が、その足元で迷える子羊が煙を焚いてきたからね。結果、火に巻かれちゃったのだけれど」

「ニーモニック――小さなからくり師。あの程度で人は殺せる。だが、あの程度では奇械に及ばない。私の教え子達の足元にさえ及んでいないぞ、君自身を含めてね」

「ならば、次は君達の足元へ跪ける様にしてみせるわ」

 キィと木の椅子が軋む。

 蝋燭の火が爆ぜる。少女はこれ以上話す事は無いと言わんばかりに手元に広げた本に視線を落とした。

 少女の影が揺らぐ。まるで小さな体の中に収まり切らない知識が溢れ出ているようだ。巨人の姿となって暴れようとしている様にキリシマには見えた。


 夜間の学院侵入から、数日が過ぎる。依然として学院長――キリシマからの通達も無く、オリジンは普段通りの学院生活を送っていた。

 奇械を破壊した事で、それに類した学院七不思議が噂されないようになった。奇械が扮していると囁かれていた古時計は、今では立派に時計として扱われ、着々と時を刻んでいる。

 その代わり、新たに噂話が囁かれ始めている。未だに戦いの爪痕が残る旧校舎と学生寮のロビーを見た者が唖然とした表情で、口をそろえて言葉を漏らしているからだ。

「――曰く、午前零時にロビーのソファーに座ると、亡き医学者の亡霊が現れると言う」

 昼下がりの学食にオリジンはやってきていた。混雑する時間帯を避け、待ち時間も無く受け取ったコッペパンサンドを片手に、手短なテーブルを陣取る。ひと気の無い学食には、彼の様に気ままなランチタイムと取る者がチラホラといた。

 そんな中、項垂れた男がオリジンの近くの席に座り、テーブルへと突っ伏した。ユリアンだ。頭をかきむしった様に金色の髪をボサボサにし、目には涙を浮かべている。

「午前零時にロビーのソファーに座ると、亡き医学生の亡霊が現れるんだとよ」

 彼は学院内で囁かれている噂話を呟く。遣る瀬無い思いを拳に込め、バンバンとテーブルを叩く。

「オリジン、教えてくれ。どうして俺を暗示するような噂が作られているんだ」

「確かに、俺も初めて聞いたときにやけにピンポイントだなぁって思ったよ」

「別に医学生じゃなくても良いじゃないか。魔術師でも学生でもいくらでもあったはずだ」

 ユリアンは頬に涙を流し、見知らぬ事の始まりを起こした者へ訴える。形も姿も無いそれに届く事無く、静かな学食内に消えていく。

 事の始まりを起こした者は、あの日のロビーの様子を知っているのだろう。そうでなければ、わざわざ誰かを名指しするような噂話など囁かれるはずも無い。とはいえ、オリジンは自分を含めあの場にいた四人がそれを口にするとは思えなかった。

 ユリアンも彼と同じ考えなのだろう。だからこそ、彼を責める事無く、愚痴をこぼす。

「ディアナだって酷いんだぜ。今朝なんて顔を合わせた途端、午前零時になっていないんだから出てくるなって公然と言いやがった。あまつさえ、午前零時にソファーで待っているから、宜しくね――なんても抜かしやがる。俺は不良にからまれた、いじめられっ子か」

「ほとぼりが冷めるまで耐えるしかないんじゃないのか。それで午前零時にはソファーの影で待つ予定なのか?」

「アホぬかせッ! どうしてわざわざネタを作りに行ってやらねばならない」

「ほら、お前の部屋の直線状に俺の部屋があるだろう。もし彼女の気が変わって魔術を撃ち込まれたら、俺も一緒に仲良く消し飛ぶんだなって思ってさ」

 オリジンは乾いた笑いを浮かべる。「誰も犠牲を出さずに事を終結させるのって、素敵だと思わないか?」

「皆の明日を背負って、俺は英雄になるのか」ユリアンは呟く。言葉同様、その姿に魂は宿っていないようだ。

「午前零時の亡霊じゃないか。どうしてこんな所で泣いている」

 片手にコッペパンサンドを、もう片手に牛乳瓶を持つニーモニックが通りがてら言う。

「その様子じゃ、近いうちに午後零時に泣く医学生等という噂話が出来るかもしれないね」

 ニーモニックはケラケラと笑った。

 ユリアンは頭をかきむしりながら、テーブルに頭突きを繰り返す。

 オリジンは居た堪れない気持ちになりつつも、噂話のネタにならないように静かに食堂を後にしていった。


夜に開かれる扉/了

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