第三話
~某所 ×番地 坂松ビル4F 鬼原コーポレーション東北支社~
田舎町に不自然に佇む4階建ての建物。恐らくは此処が目的地だろう。しかしながら瞬間移動なんて芸当はドラゴンボールでしか知らなかった私としては、久々に子供の頃の好奇心が満たされた感覚がある。
「女の子でドラゴンボールってあんた何見て育ったんすか」
「うるせえ。てか知ってんのかよドラゴンボール」
「最近GTが入っていたので…あ、個人的にパンちゃんが」
「うるせえ」
サージを黙らせ、静かにビルのエレベーターに乗る。4階まではものの一分も経たずに到着した。
みすぼらしい社内にも関わらず受付嬢らしき女性は存在するようで、だらしなくこちらを見ている。
「あー………なんか用です?」
受付嬢がこちらを向いた瞬間、サージは瞳を輝かせて私よりも一歩前に踏み出した。
「君と無限の荒野を探しに来ました、御手を拝借」
「何してんだおめぇ」
サージがこの女を見た瞬間ここぞとばかりにナンパへと駆り出す。
「何って、据え膳食わぬは武士の恥っすよ?東北弁萌えっす。むしろ俺のエレキギターが燃えっす」
お前にやるような据え膳なんぞないわボケ、鏡見て出直せ。後下ネタもな。問答無用でサージの間抜け面を掴み、簡潔に用件を伝える。
「お宅のマシマカツジっつーオッサンに用がある、コンタクト取れるか」
「モリですか。現在仕事中ですが……連絡とかめんどいので直接会っちゃって下さい」
なんて受付嬢だ。強盗来たって通す売女でしかない、やめちまえ。
「……心ん中、丸見えっすよ。素直に美人がうらやましいと……ぐほぁ!!」
ありがとうございましたと一礼をし、ビルの中に入る。特にサージには手を加えてはいない。足は加えたが。
デスクの前でスーツ姿の男達がカタカタとPCのキーボードを叩く音。夜中故か、仕事場と言うには余りに静かな場所。
右方の隅に、私の見慣れた男とそいつのデスクが存在した。
人を憎むことを知らなそうな、純朴なままで育った様な、そんな表情で仕事に取り組む、白髪混じりの男。マシマカツジ。ババァの旦那であり、私の恩人。
私は迷いなくその男の方へと、その足で向かった。
おい、と呼び掛けると奴は振り返る。その瞳には一切の曇りなく、年齢よりもひどく透き通った色だ。
「君は……確か妻のアパートの………」
此処に来るまで勇み足だった私だが、いざこの男と対面すると強気で話すことが出来ない。久々の親戚のおじさんとどう話せば分からない、そんな感覚だ。
「そう……タブチ君じゃないか!はぁ、そうか……最初に会ってもう二年以上経つのか。立派なスーツ姿で……もしかして此処に就職するつもりかい?」
「いえ、そういうわけじゃあないんですが………」
「それにしても似合っているなぁ!元から男前だとは思っていたけれども、スーツ姿は凛々しさが際立つねぇ、うん」
これで今のバイトが『魔法少女(仮)』だとは口が裂けても言うまい。言うもんか。
「時に………妻は、元気にしているのかい?」
不意を突く質問だった。朗らかな雰囲気を示していた彼の表情に陰りが見えた。同時に、忘れかけていたやりきれない怒りが再び私の体中を駆け巡る。
「何故そんなことを聞くんですか?」
「え?」
「今までずっと奥さんをほったらかしにしといて、どうして平然とそんな偽善者みたいな言葉をのたまえるんだ?」
一旦出してしまうと、後はもう堰を切る勢いで次々と心の丈を放出出来た。
怒号とも言える声で次々と自分の感情をぶつけた。それはもう一方的に。
大家の涙を目にしたからなのか、ただの鬱憤晴らしなのかは自分でも定かではない。然しそれでも、例え鬱憤晴らしでも言わなきゃならない。自分でそう確信していたからだ。
「ずっとあんたの帰りを待ってる人が居る。にも関わらずこの一年半、一回も連絡を寄越さずにのうのうと遠方で暮らして。なんのつもりだよ。あの人がどれだけあんたのこと心配してると思ってんだ?答えてみろよ」
少し自分でも言いすぎだと思った。それでも後悔はなかった。
そしてしばらくの沈黙のを経て、カツジは重苦しい口振りで言葉を紡いだ。
「………ないんだ」
「え?」
「携帯電話の使い方が………分からないんだ」
「は?」
余りに予想の斜め上を突き抜ける回答だった。
「此処に赴任してからしばらくして、自分が機械音痴だということに気付いたんだ。電話をかけようにもボタンの用途が分からないし、変な画面ばかり出てくるし、仕舞いには何処かの飲み屋に置いていくし………」
呆れた。
「いやね………あんたね。会社のデスクとか公衆電話とか方法なら腐る程あるでしょうよ。アナログな方法で」
「それがね……此処の暮らしが長すぎて、向こうの電話番号忘れちゃったんだ」
更に呆れた。
「………それじゃあ原始的な方に立ち返って、手紙でも書いたらどうなんだ!!おっさんにはお似合いの方法だろうが!!!」
「いやぁ、実は住所も忘れてね」
「だったら郵便局にでも行って『マシマミドリ』の住所は何処ですかーとか聞いたら良いだろう!ダメならタクシーでも電車でもバスでも使って戻って『ハロー馬鹿な旦那は元気だよー』とでも一言行ってさっさと帰れよコルァアーーー!!!」
「ちょ、タブチさんストップ!!ストップっす!!!」
ほぼ殴りに掛かろうと身を乗り出していた私をサージが羽交い締めにする。いつの間に来やがったこいつ。テレポートか。どうでもいい殴らせろ。
「あんたただでさえ崖っぷちなくせに中高年殴って大学生の内に前科者になる気っすか!!パンクっすね!!」
「う……うるせぇー離せぇー!!!」
ちくしょうよりにもよってサージに正論を叩きつけられるとは。何と言う屈辱。
「………そうだな。君の言う通りだね、タブチ君。君の言う通り、何にしても手がかりを掴んで、ミドリの前に姿を現してあげれば良かったんだね。私は……旦那として、失格だ」
謝るとかいらねぇ。とりあえずむかつく殴らせろ。離せサージ。
「完全にジャイアン思考っすよ!落ち着くっす!当初の目的なんだったんすか!」
ちくしょうやっぱり正論を言いやがる。分かったよ。腕を振り回すことを止め、カツジに静かに話し掛ける。
「カツジ……あんた、今からでも奥さんに会うって気はあるか」
俯いていたカツジの首が少しずつ上向きになる。
「……会えるというのならば、今すぐにだって会いたい」
決まりだ。
「サージ、こいつを連れていこう。ババァの前まで引っ張り出すんだ」
「ちょっと待ってくださいよタブチさんよ。勝手に連れ出しちゃって良いんすか?仕事中っしょ?」
確かにそうか。社長は一体何処だろうか。
見つけた。会話を聞いていたのか分からんが、神妙な表情のまま、両手で大きな丸を作っている。どうなってんだこの会社。
「俺だったら絶対就職しないっすね此処……とにかく二人とも俺に掴まってください、すぐなんで」
「?電車で行くのではないのかい?というか君は誰なんだい?タブチ君の彼氏か」
「おらっ」
「ぶはっ」
私が殴るより先にサージがカツジの腹部にひざ蹴りを決めやがった。そんなに嫌だったか、私の彼氏に思われるのが。
何はともあれ、私は(少し手荒だったが)目的を果たすことに成功した。
~~
夜中、とある町のアパート。一人の男がとある部屋のドアをノックする。
小気味よい音に反応し、住人がドアを開けた。
「あのさ~こんな時間に押しかけるとかさ~人の迷惑とかちゃんと考えて………」
「久しぶり」
住人はその瞬間に口を押さえ、涙を零した。
そして訪問者は、その住人を静かに抱き寄せた。
幸せそうに。
~一週間後~
貴重な休みを中年夫婦の仲立ちの為だけに使うことがこんなにも虚無感溢れる行為とは。身体の疲れだけが身に押し寄せる。
なんだか分からないが急にカツジには異動辞令が出たらしく、再びこの界隈で仕事を行う様になった。
ババァもギャル系の見た目が一転、元の清楚な若々しい見た目に戻った。あれは目に優しいから良かった。
しかし今度は新しく問題も発生した。
「~でね、カツジさんたら、私に向かって『しばらくぶりだから、今夜はもう寝かさないよ……』だなんて耳元で囁いてくるの!それを聞いた私はもう興奮しちゃって………」
ウザいから省略。お分かりだろうか、惚気話をわざわざ私の部屋で聞かせに来るのだ。中年夫婦の淫らな話なんぞ誰が喜ぶというのか。
「分かったから帰れよ!!今度はお前を東北送りにするぞ!!」
「いやん、トキエちゃんのいけずぅ」
「死ね!!」
とまぁ朝っぱらからこんな調子でババァを追い出す毎日となったわけだ。
結局あのサージという男は私にバイト代だけをよこして、そのまま姿を暗ませてしまった。もう二度と会うことはないだろう。とは言え、私が何のためにサージという魔法使いと出会い、魔法少女(仮)というバイトを経験したのかは、一週間経った今でも深く考えてしまう。柄にも無い。
この先の山あり谷ありの人生で、奴と出会って良かった―――などと回想する日がやって来るだろうか。
一生来ないと思うが。
コン、コン
また、あの日と似たような小気味よいノックの音が聞こえる。
この前注文したライブDVDでも届いたのだろうか。そそくさとドアを開けた先には―――
「………久しぶりっす」
………前略、サージは一週間で帰ってきた。
「………お前、何しに来た」
「いやぁ……対価レンタルってやったじゃないすか………あれ、手違いで大分強い魔力がタブチさんに宿っちまったみたいっす。そしたら『お前のバイト先だからお前が責任負え』ってブラックな上司から言われて。レンタル分の社会福祉、続行せんにゃあかんみたいっす」
「………は?」
「つまり……
もっかい俺と、魔法少女(仮)、やりま―――」
「黄泉に帰れぇぇええええ!!!!!!!!」
サージへの飛び蹴りは、それは綺麗に奴の顔面へと直撃した。
前略、父さん、母さん。
私は現在、魔法少女(仮)です。
終