第一話
窓から差し込む太陽を浴びて目が覚めた。時計を見れば12時。せっかくの休日を無益に過ごすことに身体が慣れてしまって、既に覚醒している脳はそれでも私の身体に『起きろ』なんて信号を送ろうとはしない。くそったれ起きろ。
部屋にはビールの空き缶やつまみの袋が散乱している。二次会を家で行おうなんて抜かしたのはこの口か、畜生。酔いのせいか、この状況に至った経緯もあやふやだ。
両親に頭を下げてまで入学した大学生活は、年がら年中サークル活動に費やした。おかげで落とす寸前で泣く泣く教授に情けをかけてもらいながら単位を取得し、成績だとか資格だとかその辺りの概念はボロボロだ。勿論土下座が通用しないで落とした単位だってある。
そうしてなんやかんやで大学三年生の夏を、どうしようもない友人達と遊びほうけながら暮らしている有様である。
顔も洗わずに、真昼の太陽が照らすアパートのポストに向かって、情報調達。またインターンシップの連絡か。
インターンシップなんてものは、有名私立や国公立、この大学でも健康的にキャンパスライフを謳歌している、『お高くとまった』連中ならいざ知らず、私達の様な面汚しだとか吹き溜まりだと形容される人間は藁をも掴む思いで参加する。職業体験なんて宣って結局雇いもしないんだ。だったらバイトでも何でもやってた方がマシだろ。
今通っている大学ははっきり言って馬鹿の巣窟だ。証拠といえば私が生粋の勉強嫌いだからだ。
タイジは国公立大に行ける頭があった癖に恋人と離れたくない、という反吐が出る理由で此処に進学した。しばらくして恋人に「お前の×××はエノキみてえなんだよ!!」と言われて別れ、この大学に入ったことをソッコーで後悔した。今や廃人も同然の生活だ。×××は想像を巡らせてほしい。
そんなクソが幾人か集まって自堕落に浸って、お互いの傷を舐め合ったり広げたり時には増やしたり。
馬鹿で空虚な毎日を過ごしている二十歳の夏。
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「あ~んたさ~ま~たどんちゃん騒ぎしてたでしょ~?」
「はぁ」
「アパートに住んでる人ってさ~はぁんた一人じゃないっつ~か~。マジ迷惑なんですけど。いい加減にしてもらわないと~強制退去とかもぁるんで覚悟しとイてね。それじゃバィビ」
「………はぁ」
部屋へ戻る途中に大家さんに出くわしてしまい、浴びせ掛けられた一連の言葉がこれだ。
隣の赤ん坊の泣き声だとか、その隣のレズカップルの夜中のベッドのギシギシの方が喧しいってんのにあのファッキンクソババァは何故か私にばかり注意を促しにくる。一昨日は下の階の奴もどんちゃん騒ぎしてたろ?そいつには注意したのか?
まずあの喋り方が有り得ない。息子か娘に「金」と書いて「ゴールド」だとか、「敦子」と書いて「センター」だとか、「大魔王」と書いて「ピッコロ」だとかそんな名前を付けているに違いない。どっちにしろあんな親を持つ子供は哀れだ。
ババァについて考えることはやめにして、部屋に戻り先程ポストからひん剥いた広告一覧をぺらぺらとめくる。
今日のスーパーの特売は大根と卵、こんにゃく、半片。今日はおでんか。パチスロの新台入れ替えは……また北斗か。私が小学生の頃から出してんのに良くネタが切れないな。
そういった善良な広告に混じってホステスや風俗業じみた広告が何枚か大量に混じっている。
とは言え暇潰しに何枚かを眺める自分もいる。決していかがわしい目的ではない。どう考えてもヤクザ絡みのサービスやどの層に向けて呼び込んでるのか分からないイベントに一人でツッコミを入れていくだけだ。
楽しいのかって?人間本当にやることがなけりゃ輪ゴムで30分も時間を潰せるのさ。
しかし今回のイベントはコスプレか。おっさんどもの妄想掻き立てる為に毎度毎度ご苦労さん。
にしたって子供も住んでるこのアパートでこうもいけしゃあしゃあとランドセル謝肉祭だとかスクール水着交遊会とか名付けられた広告を、遊ぶ金もない大学生のポストにぶち込む連中の気がしれない。今時こんなあからさまに風紀を乱すもんはお巡りさんに渡せば即効で御用だと言うのに。
というか何よりこんなもんあのファッキンクソ大家に見つかったらまたうだうだ言われるわ、御近所さんに誤解が広がるわで間違いなくヤバい。
はっきり言って迷惑だし、堪忍袋もパンパンに膨れ上がっている。
そして完全に尾をぶちきってしまったのは今日の広告名だ。
『貴方も魔法少女になりませんか?』
どこからツッコめば良いのやら。
今までも下手な広告はごまんと見てきたつもりだが、今回は取り分け酷い。多分私達学生にやらせた方がまだ綺麗なレイアウトになる。そして推測の範囲内でも性的嗜好がレッドゾーンの連中に向けて宣伝しているに違いない。
ふざけるな。私はロリコンなんかじゃない。バイの気は若干あるが断じてロリコンじゃない。実妹がいるから尚更だ。嬉々として「ピカチュウ食いてぇ」と口走るサイコだからな。話が逸れた。
閑話休題。
私は一言文句を言う為に一発申し込みをしてみようと考えた。何、別に如何わしい目的等ではない。その魔法少女とやらに立候補して、面接官をこの部屋まで呼び込んで説教でも食らわせてやる。そして迷惑な広告もストップさせてもらう。一石二鳥だ。
思い立ったが吉日、私はその風俗宛に切手を貼った申し込み用紙をポストにぶち込み、枕を高くして寝た。
さあ来るが良い面接官。こっちには法治国家の守護が付いているんだ、ヤクザでも雷でもいくらでもかかってくるが良い………
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「どーもー、タブチトキエさんいらっしゃいますかー?」
用紙を送ってから実に10分足らずで面接官は我がアパートに到着した。
ドアの覗き穴から覗いてみると、やけに高価そうな漆黒スーツにハットを被った若い男が怪しげな黒革バッグを片手に立っていた。髪型も私の通う大学にゴロゴロいる昼行灯達に良く見られる、茶髪×パーマネントの組み合わせ。服装以外はチャラ男道まっしぐらと言った感じか。
もっと中年の二丁目のカマ臭いおっさんが現れるものかと考えていたが、若い内からこいつも真っ当な生き方が出来てないな。私も似た様なもんだと思うが。
ドアを開けて、茶髪のチャラ男を部屋に迎え入れる。
「凄いな、ゴキブリとヨネスケが住み着きそうな場所だ」
汚いって言うにも言い方があるだろ。ヨネスケを何だと思ってるんだこいつ。
「面接っつうことでまずは我社への就職希望理由を……めんどくせえや、どうしてこの仕事やろうって思ったんすか?」
なんで会社の面接みたいなこと言うんだこいつは。というかいかがわしい職業の面接と言えば、大体私が思い描く通りの身体の検査………まあスケベな想像を膨らませると良い。それが正解だ。
まずは経歴でも探るつもりだろうか。初っ端から文句を浴びせ掛ける予定の私には更々関係の無い事柄だが。
「早速だが私はあんたのところで働くつもりなんて全くないね。今日は文句だけ言いにきた」
「あー大丈夫っす。すぐここで働きたくなるっす。てかそうならないと困るっす。こちらも不況なもんで」
何言ってんだこいつ。冷やかしじゃねえかとか怒ると思ったらなんか私の言葉流しやがった。
「あのさ、コスプレ風俗の面接だろ?やらないぞ?身体売る位ならコンビニ72時間バイトの方がマシだぞ?」
「……頭ぶつけましたか?」
なんで頭の心配されなきゃいけないんだ。こっちの台詞だ。
「え、じゃあ何?これ何のスカウト?」
「何って……決まってるじゃないすか。
魔法少女、っすよ」
~20分後~
「納得してくれたっすか………ゼェ………ゼェ………」
なんともクレイジーな奴だ。
20分前のの一言を耳にして、私はすぐにこいつの喉笛に手刀を噛まし、怯んだところで外につまみ出した。誰だってあんな電波なことを言われたら同じ行動を取ると思う。
その際こいつは20分ずっと外で粘り強くドアを叩くわ開けて下さいとわめきちらすわで、一体どっちが面接官なのか分からない有様だった。最終的に『栄養ドリンク一ダース』という口約でドアを開けた。
「話だけでも聞いて下さいよ、見限んのは一ヶ月やってみてからでも遅くないじゃないすか」
「厚かましい奴だな、一ヶ月ておい。どうせデリヘルかAV勧誘だろ、しかも私みたいなブスとかマニア向け狙ってんのか?最近じゃAVに出るとも思えない美人ばっか出てるからなんか感覚麻痺しちゃって逆に『ブス出したら売れるんじゃね?』という考えに至ったのか?」
「すんませんとりあえず話聞いて」
なんか諭された。
「まずは自己紹介っす」
そう言って奴は営業マンお約束の名刺とかいう紙切れを差し出してきた。見た目の割に丁寧な手際だ。
『タンキアン魔道機構
営業部庶務二科副業誘致係
サージ』
内容は痛かったが。
「その『自分をファッション通と思わせたくて自慢気に話すけど影でモグラって言われてる人』を見る目やめてくださいよ、悲しくなるじゃないすか」
具体的だな。そんな目で見られたことがあるんだろうか。首を差し向けて説明を促すと、男―――サージは畏まった様子で口を開いた。
「そうっすねー、まず俺はあんた達の住むこの世界とはまた別の時空からやって来た人間でして……仮にあんた達の今現在住んでるこの時空をα時空として………」
省略。
要は魔法の存在する世界があって、サージはそっから仕事で来た。そして魔法少女とか言う仕事を快く承ってくれる心優しい少女をスカウトする目的なんだと。
ここまで要約すればまともに義務教育を受けてきた人間なら分かるだろう。係わり合いになっちゃならんということに。
「魔法少女っつっても名目だけっすよ。別に世界を混沌に陥れる巨悪に立ち向かうわけでもなく、世界中に散らばったカードを集めるわけでもなく、一人前の魔女になるためにパン屋に居候するわけでもなく」
「OK死ね」
「はもつっっっっっ」
間髪入れず私はサージの股間に蹴りをかまし、再度部屋の外へ引っ張り出した。
「そこでしばらく悶絶してろよ電波男」