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 土曜日の午後と日曜日、凰士と二人きりの時間を過ごした。大半は凰士の部屋で、だらだらと。お陰で月曜日は辛い。短いお昼寝をしたから寝不足ではないが、身体が重い。


「おはよう、白雪。」

 にっこり笑顔を浮べる凰士。朝から爽やかな事で。

「白雪と離れている時間は、やっぱり淋しいね。何度も辛くなった。」

 おぉい、凰士くん。私が帰ったのは、日曜日と月曜日の日付変更線間際。離れていた時間は、八時間位。

それなのに、淋しいはないでしょう。ほとんどの時間を寝ていたんじゃないのかい?

「一人寝は淋しい。」

 頭を抱え、小さく溜息。

あぁ、そういう事ですか。今度、抱き枕を買ってあげようか?

「あっ、約束を守ってくれているね。」

 私の左手に視線を落とし、にっこりと笑みを浮かべる。

「していなかったら、どうするつもりだったの?凰士。」

「自宅に取りに行く。それで、指輪をしてから、出社。」

「してきて、よかったわ。」

「何処に行くにも外しちゃダメだよ。」

「服に合わせるのが大変なのよ。」

「気にしない、気にしない。」

「それに、傷付けたら嫌だから、家では外しているのよ。」

「それもダメ。傷付いたら新しいのを買ってあげるから、絶対に外しちゃダメ。お風呂の時も寝る時も。」

「わかりました。」

 新しいのを買ってくれる、か。凰士にはどうってない金額の物かもしれないけど、新しいのを買うにも躊躇いがないんだろうけど、私には…。やっぱり、こういうところから、育ちの差が出るのかな?

「白雪?」

「さぁ、行きましょう。仕事よ、仕事。」

 心に刺さった小さな棘を飲み込みながら、大きく手を振って、歩き出す。

もう少しだけ、凰士といたい。

「おはよう。」

 事務所にはいつもと変わらない顔ぶれ。沙菜恵が大きな欠伸、美人はぼうっと頬杖をしたまま動かない。

「あっ、おふぁよう。」

「何、寝不足?」

「道路の寝相が悪くて、ね。」

「今日、お泊りのまま、出勤?」

「まさか。一回帰りましたよ、早起きしてね。だから、余計に寝不足。」

「ご苦労様です。」

 苦笑を零しながら、大きな欠伸を繰り返す沙菜恵を見ていた。いつもは何か言い出す美人がやけに大人しくて恐ろしい。

「美人、どうしたの?」

 焦点の合っていない瞳の前で手をひらひらさせるが無反応。

「美人ってば。」

 耳元で大きな声を上げると、驚きの声を上げ、意識が戻ってくる。

「あっ、白雪、凰士くん。おはよう。」

「おはよう。どうしたの?」

「えっ?何が?」

「何が、じゃないよ。ぼうっとして、もしかして、美人も寝不足。」

「寝不足は寝不足かな。」

「どうかしたの?」

「うん…。」

 歯切れの悪い返事をしたきり、黙り込む。今までに見た事のない行動。

「話くらい、聞くよ。」

「お昼休み、いいかな?」

「もちろん。それまで平気?」

「仕事はやるわ。それでお金をもらっているんですもの。」

「じゃあ、お昼休みにカフェエデンね。いいよね?」

「うん、ありがとう。」

 少し笑みを零すが、哀しそう。何があったんだろう?

「あっ、女だけの方がいい?」

「ううん、凰士くんと白雪は一心同体でしょう。別に一緒で構わないわ。」

 一心同体ではない。どうして、そういう考えに及ぶんだ?多分、潜在意識で、そう思っているのだろう。今日の美人がからかい目的でそんな事を言う余裕はなさそうだ。

「私も行くよ。」

「わかっているわよ。」

 チャイムが鳴り響き、ゾンビ部長の念仏を聞くために立ち上がる。

これじゃ、眠くなくても眠れるって。あぁ、沙菜恵なんて立ったまま、寝ちゃっているよ。器用だ事。

美人はぼうっと遠くを見たまま。何か波乱が起きそうな予感。嫌だなぁ。

「ガム、噛みっ放しだったわよ。でも、途中でこれ以上運転したら危ないと思って、少しだけ寝たら、すっきり。」

 お昼休み、エデンに集合すると、沙菜恵が一番先に口を開いた。

今日は、アンタの話を聞くために集まったんじゃないんだぞ。心の中で突っ込んだのは私だけだろうか?

「どうしたの?美人。」

「うん…。」

 注文を済ませて、三人の視線が美人に注がれる。美人は言い辛そうに、水の入ったグラスに口をつけながら、視線を落した。

「彼と別れちゃった。」

「えっ?あの、カリスマ美容師?」

 この場に、美姫がいなかった事に感謝したい。絶対にカリスマ美容師だけで切るはずがない。

まぁ、それで言い合いになってくれれば、少しは美人が浮上するのかな?

「他の子、妊娠させちゃったんだって。それで、結婚するって。」

「えっ、じゃあ、二股…。」

「うん。私も薄々感じていたんだけど、ほら、付き合いが長いと大丈夫って安心感があるじゃない。絶対に私の所に戻ってくる自信っていうか、そういうの。」

「美人…。」

「相手が笑っちゃうの。綺麗とか可愛いとか若いとか、そういうのなら、許せたかもしれない。でも、何と十歳も年上のバツイチ。値段の高い良い服を着ているけど、綺麗じゃない。ハデなマダムって感じの人。こういうのって、ちょっとショックじゃない。そんな人に負けたって思うと。」

「よっぽど趣味が悪いのね。」

「そうよ、美人みたいな綺麗な女性を振るなんて。ちょっと性格に問題あるけど。」

 沙菜恵が余分な一言。確かに私もそう思わないでもないけど、ここで口にするのは止めよう、ねっ、沙菜恵。

「彼女は、社長令嬢。三年前に銀行マンの彼と結婚。二年前に離婚。子供はなし。で、離婚後、何かにつけ、出入りしていたのよ。それで、彼曰くお色気作戦に填まったらしいわ。まぁ、隙がなければ、填まる事もないんでしょうけどね。」

 最後の美人の言葉には棘が生えている。

「ほら、美姫と美王くんの結婚式の後、彼の部屋に行くって言ったでしょう。その時、プロポーズしてくれたんだよね。俺達もそろそろって。その矢先よ。信じられる?」

 何て返事をしたらいい?凰士なんて、無言のまま、パスタを食べている。

「やっぱり、美姫が私にブーケをくれないのがいけなかったのよ。だから、ご破算になったの。まぁ、別にいいけどね。私なら、すぐにでも元彼より素敵な人を捕まえられるから。ただね、気に入らないのは、あんな女に盗られた事なのよ。私、綺麗よね?魅力的だよね?どうして、あんな女に負けるのよっ。そう思うでしょう?」

 あんな女と言われても、その人を見ていないし、困ってしまう。とりあえず、頷いておくか。

「そう思うでしょう?凰士くん。」

 おい、凰士に振るか?

「あっ、ごめん。凰士くんに振るだけ無駄ね。凰士くんには白雪だけしか見えないもんね。他の女を綺麗とは思わないわね。」

 それは嫌味か?確かに私は綺麗じゃないわよ。なんせ、時代遅れのかぐや姫。

「綺麗かどうかは、人それぞれ感じ方があるし、俺には白雪が一番だけど、最近の美人さん、生き生きしています。」

「凰士くん?」

「秘書課にいる時はケバイ人だなって嫌悪していましたけど、白雪や沙菜恵さん達といると、表情が生き生きしています。」

「あっ、ありがとう。」

 へぇ、凰士がねぇ。

「これも全部、白雪のせいなんですかね?昔からそうなんですよね。白雪の周りにいる人って、きらきらしているんです。多分、白雪の素晴らしさが周りにも伝染するんでしょうね。そう思います。」

「感動して、損した。結局、白雪なんじゃない。まったく、どれだけ好きなわけ?」

 美人と沙菜恵が呆れた溜息。

「世界で一番、いや、宇宙一、愛しています。」

 ここまで言い切れる凰士って、恐ろしい。

「それで、俺が言いたい事なんですけど、悪いのは彼です。美人さんの魅力に気付いていないんですから。さっさと忘れて、他の男性と幸せを掴んでください。」

 最後のトドメ、最高の笑みを零す。

「そうね、ありがとう。私の魅力をちゃんと理解していない彼に見る目がないのよね。私は、あんな女に負けていないわ。」

 あぁ、何か余計な自信をつけちゃった気がする。まぁ、少しでも元気になってくれさえすれば良しとしようか。

「ねぇ、凰士くん。」

「はい。」

 沙菜恵が凰士に真剣な視線を向ける。

「もし、白雪に振られても同じ事を自分に言い聞かせられる?」

「へっ?」

 なっ、何を言い出すんだ?

「もしもの話よ。」

「多分、ムリです。でも、絶対に白雪に振られません。いえ、振られても追いかけ続けます。白雪がいなければ、嫌ですから。」

「じゃあ、さっさと手を打っちゃった方がいいんじゃない?」

 あぁ、相変わらず、余分な事ばかりする人達だ。本当に友達?

「そうよ。安心していると、危ないわよ。」

「はい、ちゃんとそのつもりです。」

 そのつもりなの?冗談でしょう?私なら、ずっと凰士の傍にいるよ。このままの状態ならば…。

「それなら、安心ね。」

 何が安心だ。その反対じゃ。

「白雪と凰士くんには、しっかり幸せになってもらわないとね。会社全体が応援しているんだから。もちろん、先頭は、私達よ。」

 私の事を思ってくれるのなら、凰士を急かさないで欲しい。このままがいいのに。

「はい、ありがとうございます。」

 ご機嫌な凰士の笑み。

あぁ、誰も私の心境なんて考えていないわね。

「ねぇ、もしかして、その左薬指のリングは、婚約指輪。ダイヤじゃないのね。」

「違うわよ。凰士に買ってもらった事は買って貰ったけど。」

「ふぅん。そんな高そうな指輪がただのプレゼントな訳?羨ましい。」

 沙菜恵と美人が大きく頷き、意味深な表情。

「美人、もう、大丈夫?」

 無理矢理にでも話を変えてやる。いつまでもこんな話したくない。

「えぇ、お陰様で。立ち直りのきっかけさえ掴めれば、浮上は早いの。」

「じゃあ、よかったわ。さて、凰士。そろそろ仕事に戻りましょう。午後もしっかり稼がないとね。」

「はい。じゃあ、今日は俺の奢りで。」

「ラッキー。」

「ご馳走様。」

 最高の笑みを零す二人に軽く手を振り、さっさと歩き出す。凰士も軽くお辞儀して、私の後を着いてきた。

「はぁ。」

 車に戻ると大きな溜息が零れてしまう。

「白雪?」

「ご馳走様、凰士。悪いわね。」

「いいえ。白雪のためならいつでも。何なら、今夜も一緒にどう?」

「ごめん。今日は帰る。沙菜恵じゃないけど、眠りたい。ちょっと疲れているのかな?」

「わかった。二日間、ムリさせちゃったからね。ゆっくり休んで。」

 何をムリさせたと言いたい?まぁ、言わなくてもわかるけど。って、何、私、赤面しているわけ?


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