3
本日、二話目の投稿です。
「もうすぐ、待ち合せ場所だよ。少し、早かったかな?」
車は知らぬ間にショッピングセンターの駐車場。入り口に近い場所に駐車して、辺りを見回した。吹雪の車も姿もない。
「何か思い当たらない?」
「何が?」
「吹雪の彼女よ。久しぶりに凰士に会いたがっているって言うのよ。」
「もしかして、ヤキモチ?嬉しいな。白雪が俺にヤキモチを妬いてくれるなんて。」
「違うわよ。何か嫌な予感がするだけ。」
「大丈夫。俺には今までもこれからからも、ずっと白雪しかいないから。」
あぁ、人の話、全然聞いちゃいないよ。呆れた溜息を車の窓に吐き捨て、振り返ると、凰士の嬉しそうな顔がアップ。
「可愛い、白雪。」
最高の笑顔を零し、私の言葉を待つ事なく、唇が重なる。もがく私を丸ごと抱き締め動きを封じる、こんなやり方、一体誰に教わった?
「ふうぅ。」
それでも凰士のキスは心地良い。身体中の力が抜けそうになるのを堪える事は出来るようになったが、吐息は抑えきれない。
「あぁ、ダメだ。もっと白雪を感じていたいけど、そうしたら我慢出来なくなる。」
長い口付けが終わると、凰士が苦悩のポーズ。
私は、大きく息を吐き出し、幽体離脱しそうになった魂を引き戻す。
「いつも言っているでしょう。公の場所で、こういう事をしないでって。」
「白雪が悪い。」
「何が?私、何もしていないわよ。」
「だって、白雪が可愛過ぎるから。まぁ、敢えて俺のせいにするなら、俺が白雪を愛し過ぎているからなのかもしれない。でも、その原因を作ったのも白雪だから。つまり、白雪のせいだ。」
お世辞にしてもここまで言うのもどうかと思うが、凰士の場合、本気でそう思っているから、余計に始末が悪い。でも、本当の事を言うと、今は嬉しい。だって、私も凰士が好きだもん。あっ、言っちゃった。って、誰に話している?
「ねぇ、白雪。」
耳元に唇を寄せ、囁く凰士。耳に掛かる息に、再び魂が抜けていきそう。
「今日、泊まっていかない?」
無言のまま、頷いていた。
あぁ、魂を引き戻しきれていなかったのね。まぁ、いいわ。
「やった。」
小さくガッツポーズをする凰士。子供みたいで可愛い。
「さて、今夜の約束も取り付けたところで、お時間です。行こう、白雪。」
「うん。」
車から降りると、小走りにこちらに来る二人。吹雪の隣にいるのは、美姫には劣るが、可愛いと評価を受けるタイプの女性。軽くカールの掛かった髪を垂らし、薄化粧。こう見ると、吹雪の趣味の良さを感じる。
「あれ?浅岡さん。」
「久しぶり、凰士くん。始めまして、白雪お姉様。私、吹雪くんとお付き合いさせていただいています、浅岡明那と申します。ずっと、お姉様にお会いしたくて、吹雪くんに頼み込んでいたんですよ。」
「それはありがとう。吹雪をお願いね。」
「はい、お姉様。でも、私、お姉様とも仲良くなりたいんです。明那とお呼びください。」
「敬語じゃなくてもいいわよ。明那ちゃん。」
「明那です。」
「じゃあ、明那。」
うぅ、圧されてしまう。何なの?この子は?
疑問の視線を吹雪に向けると、苦笑を零している。ちなみに凰士も苦笑。
あぁ、凰士も何が起こっているのか正しく判断しているな。
「あのさ、白雪。」
「はい。」
吹雪がおどおどした口調で話し出す。
「明那は、ずっと、白雪のファンで、会いたがっていたんだ。」
「私のファン?」
「はい、私、白雪お姉様が大好きです。」
瞳を輝かせる明那。
余計に頭の痛い展開になってきた気がするのは、私の気のせいであって欲しい。
「お姉様が中学二年生の時、凰士くんが一目惚れされましたよね。その時、私の友達が凰士くんファンクラブの会員でお姉様を見に行くツアーに参加したんですよ。私も興味本位で着いて行ったんですね。そして、部活動をしているお姉様の姿に一目惚れしてしまいました。だって、漆黒の綺麗な御髪を揺らし、ボールに立ち向かう御姿。眩しいほど神々しく、この世のモノとは思えませんでした。」
恋する乙女を見ている気分だ。隣にいる男共は苦笑交じり。
あぁ、女子高で先輩に憧れる子もこんな感じなのかな?
「それで、弟の吹雪くんと私と同じくお姉様に心奪われた凰士くんに、お姉様の性格を伺い、絶対に私の理想の女性だと確信しました。それから憧れの女性です。」
「あのぉ、どのヘンが?」
「全てです。女性らしさを損なう事なく、強さも兼ね備えている。間違っているモノをはっきり口に出来、相手を思いやった助言が出来る。その上、運動も勉強も出来るなんて、素晴らし過ぎます。そんな白雪お姉様に相応しい男になろうと努力する凰士くんにも感動しました。そして、そんなお姉様の素晴らしさを正しく理解し、相応しいと証しても良い男になった凰士くんとお付き合いを決めた白雪お姉様の趣味の良さにも感服です。」
凰士の女版ですか?
「だから、お二人には絶対に幸せになって欲しいんです。私、真剣に応援しています。」
「はぁ。」
吹雪はどうして、面倒な子を私の周りに連れてくるのだろう?凰士の時も、今も。
「で、そんな明那がどうして、吹雪と?」
上手い切り返しだったよね?
「吹雪くんは、二人を応援しているのを知って、前から仲良くしてもらっています。そして、そんな二人を理解している吹雪くんなら、と思って、お付き合いを申し込みました。」
そういう理由かい?それでいいのか?吹雪。
「でも、今はそういう事も含めて、吹雪くんが大好きです。やっぱり、白雪お姉様の弟さんなんだなって。考えもしっかりしているし、優しいし、凄く素敵です。」
まんざらでもない笑顔を零す吹雪。
まぁ、二人が良ければ、それで良いけどね。
「じゃあ、自己紹介も終わったし、食事に行こう。ここで適当に探せば。」
「そうですね。」
一歩下がり、吹雪の横を歩き出す明那。
ちゃんとわかっているのね。
で、私は隣にいる凰士を見上げると瞳が合う。凰士の顔は、ちょっと膨れっ面。
「どうしたの?」
「俺だけの白雪だからね。」
「もしかして、ヤキモチ?」
「そう。あんまり浅岡さんと仲良くしないでよ。俺と仲良くして。」
「沙菜恵や美人と仲良くしても何も言わないのに、明那は別格?」
「美王とも仲良くするなよ。」
「何よ、それ。美姫はいいの?」
「美王は前科があるし、浅岡さんは明らかに白雪に友情以上のモノを持っている。だから、余計に嫌なんだ。本当は、白雪が他の人と仲良くしているのを見るだけで悔しいのに、それは我慢しているんだから、これくらいは許されるだろう?」
「凰士ってば。」
やっぱり凰士は独占欲の強い男。でも、それを心地良く思うのって、毒されている?
「何にしようか?」
レストラン街の入り口で立ち止まる四人。廊下の隅に移動し、店を見ている。
「白雪お姉様は何がいいですか?」
明那が私に微笑みかける。
「そうねぇ、中華料理なんてどう?」
「俺、とんかつが良い。」
私の意見に不満を漏らすのは吹雪。
もしかして、ヤキモチを妬いている?
「凰士くんは?」
「俺もとんかつより中華だな。」
「じゃあ、三対一で中華に決まりました。多数決だもん、いいよね。吹雪くん。」
この子、吹雪より上手だな。
「じゃあ、仕方がないな。」
素直に納得させてしまう。
もしかして、明那って、凄い?
「ねぇ、白雪お姉様。」
席に着き、注文を済ませると、前に座った明那が、真っ直ぐ私に視線を向ける。
「何?」
「結婚式には、呼んで下さいね。」
「はい?」
「惚けないでくださいよ。凰士くんとの結婚式ですよ。もう決まっているんでしょう?」
「誰がそんな事を?」
「えっ?違うんですか?私、てっきり、もう結婚が決まっていると思ったんですけど。」
「吹雪。」
明那の横にいる吹雪に睨み付ける。
「俺、何も言っていないよ。確かに、さっさと結婚しちゃえばいいと思うけど、無実の罪で罰せられるのは可哀想だろう。」
「あっ、ごめんなさい。私が一人で勝手に想像を膨らませてしまっただけなんです。」
『想像』ではなく、『妄想』だろう。
「だって、お二人、凄くお似合いだし、白雪お姉様の花嫁姿、綺麗だろうなと思って…。」
本格的に頭が痛くなってきた。
本当に私の周りには、自分だけで突っ走っちゃう人が多いわけ?まぁ、何人かは吹雪が連れ込んだんだけど。
「もしかして、凰士くん、プロポーズもまだなの?白雪お姉様ほど素敵な人を長い間待たせると、他の人に盗られちゃうわよ。」
待っていません。それに、誰も私なんかを欲していません。誤解もここまで来ると、重症の部類よ。
「ぐっ。」
凰士が短く唸り、両手で頭を抱えている。
あぁ、やっぱり、バカだ。
「そうなんだよ、俺もわかっているんだ。白雪みたいな素敵な女性は、いつも他の男に狙われている事を。でも、白雪はそんな浮気な女性じゃないから。」
「確かに白雪お姉様は、浮気をされるような女性ではないけど、世の中には凰士くんより素敵な男性がたくさんいるのよ。何より、そんな男達が強引な手で白雪お姉様と強制的に結婚してしまうかもしれないでしょう。」
おぉい、この二人の妄想を止めてくれ。
そこで明那の横に座る吹雪と目が合う。吹雪も呆れた顔で肩を竦めるだけ。
「わかった。」
凰士が短く言葉を吐き、顔を上げる。
何がわかったんですか?でも、これ以上、二人を妄想の世界に浸しておいたら、良からぬ方向に行くのは目に見えている。止めなければ。
「もう、二人とも何を言っているのよ。私はそんなにもてないし、凰士と付き合っているだけで充分よ。ヘンな事を考えるのはやめて欲しいわね。」
上手に誤魔化せたはずだ。
私、いつから、結婚って言葉に怯えるようになったんだろう?前は憧れていたのに…。
「そうね。そんなヘンな男が現れたら、凰士くんがやっつけちゃえばいいんだもんね。もう、白雪お姉様が素敵過ぎるから余分な心配しちゃった。」
明那、やっぱり、女版凰士ですか?
「お待たせしました。」
料理が届いた事で、その話は打ち切られた。
酷く疲れていて、安堵の溜息が零れてしまう。あぁ、何をそんなに疲れるの?
「白雪お姉様、お昼を食べ終わったら、何処に行きましょうか?」
えっ、お昼だけじゃないの?その後も一緒?冗談でしょう?そう吹雪に目で訴えかける。吹雪も頷いている。
「こら、明那。お昼だけの約束だろう。これ以上、白雪と凰士を邪魔したら、後で俺が絞められる。」
「あっ、そっか。じゃあ、白雪お姉様、携帯番号を交換しましょう。今度、私とも遊んでください。約束ですよ。」
「そうね。」
あぁ、面倒が増える。この子の目的は何?まぁ、吹雪の恋人だから、そんなにヘンな子じゃないと思いたいが、ちょっと苦手。
「明那は、俺より白雪が好き?」
「もう、吹雪くん、ヤキモチ?嬉しいけど、白雪お姉様は特別。本当は私が吹雪くんにヤキモチを妬いているんだよ。だって、こんな素敵な白雪お姉様と実の姉弟なんだもん。」
「別にヤキモチじゃないよ。」
「男性で一番好きなのは、吹雪くんだけ。女性で一番好きなのは、白雪お姉様。ほら、お父さんとお母さん、両方好きと一緒よ。」
ちょっと違うんじゃないかな?そう突っ込みたかったのは、吹雪も同じらしい。
お昼を食べ終わると、別々の車に乗り込む。明那は名残惜しそうにこちらを見ているが、私には心残りなんてない。
「さて、白雪、これからどうしようか?」
「もう疲れた。何かDVDでも借りて、凰士の部屋でゆっくりしよう。」
「賛成。」
精神的に疲れている私は、だらっとシートに身体を沈めた。落ちそうになるバッグを抱えると、左手の薬指でさっき買ってもらった指輪が光る。そう、これは私が凰士の恋人の証拠。
ねぇ、いつまでこれをしていられる?凰士の横顔に無言で問いかけるが、返事はあるはずがない。
女版凰士、明那、強いですね。もしかしたら、凰士より強いかも…。