15
最終話です。
後で凰士に聞き出したのだが、あのゾンビ部長が、私が退職願を提出した翌日、それを凰士に相談したらしい。で、その凰士はそれを見るなり破り捨てた。
そして、部長に言い切ったそうだ。
『俺が白雪を説得して、退職をないものにさせますから、部長も忘れてください。』って。
随分、勝手な事を言い除けられたよね。部長も安堵の表情で大きく頷いたらしい。
そして、たった一言。
『凰士さんに一任します。』って。
一体、私は何なの?
それで、私はちゃっかり退職を拒否られ、一週間の休み明けも会社に通勤している。
ただ、変わった事と言えば、凰士と私の関係が復縁して、今度は恋人から婚約者になった事だ。
凰士ってば、さっさと私の家と自分の家に挨拶をすると言い放ち、翌日、無理矢理、押し掛けた。
でも、両家とも何を改まってと言わんばかりの態度。
おぉい、自分達の可愛い子供が結婚を言い出したのに、その態度かと突っ込みを入れたいのは私だけではないはずだ。
それから二週間後、飲み会じゃなかった、結納が交わされた。大上さんが号泣して、大騒ぎになったけど。
疲れ果てているのに、美人や沙菜恵達が、お祝いだと称して、飲み会が開催される。メンバーは、沙菜恵と道路くん、吹雪に明那、美王と美姫、美人。
あぁ、いつの間に、このメンバーが成立したんだろう?
「婚約おめでとう。乾杯。」
九個のジョッキが音を立て、ぶつかる。乾杯の飲み物が生中って、どうなのだろう?
「本当に時間が掛かったわよね。」
「凰士がぐずぐずしているからだろう。」
「白雪が強情なのも関係しているわよ。」
「いや、凰士が付き合ってすぐにプロポーズしていれば、こんなに面倒な事にならなかったんだよ。」
「あぁ、確かにそれは言える。白雪、思い悩むのに到達するまで結構時間が掛かるからね。付き合ってすぐなら、舞い上がっている間に決着したわね。」
「あっ、でも、それはムリだよ。だって、関係するまで四ヶ月も掛かったんだよ。」
「あぁ、確かに。」
この人達は、私達のお祝いに来てくれたんじゃないのか?それなのに、この傍若無人な態度。
本当に友達なんだろうか?特に吹雪、アンタ、私の弟でしょう。姉を敬うという事を知らないのか?
「見守られているって、幸せだね。」
私の隣でにっこりと笑みを見せる凰士。
あぁ、コイツの頭も浮かれている。
「見守られているって、可愛いモノ?どちらかというと、晒し者?何度、邪魔されて、振り回された?」
「それはそうかもしれないけど。」
凰士も言葉を詰まらせる。思い当たる節が多過ぎるのよね。
「遅くなった。」
何処かで聞いた声が、ドアが開くと同時に聞こえた。誰か来たの?
「まぁくん?」
短く切り揃えた髪に触れ、苦笑を零す。
「ど、どうしたの?」
凰士は私の隣で身構えている。私の右手をきつく握り締めて。
「いや、俺も誘われて、さ。」
視線が違う方向に向く。てっきり、吹雪かと思ったら、方向が違う。
「誰に?」
「いや、あの。」
まぁくんが焦った表情で髪に触れていると、その腕に自分の腕を絡める女が一人。
「遅かったねぇ、征規。待っていたのよぉ。」
なっ、何?美人がどうして、征規って馴れ馴れしい呼び方をするわけ?
「あっ、白雪と凰士くんには話していなかったっけ?」
二人同時に横に首を振る。振り過ぎて、頭がくらくらする。
「私の恋人の竜頭征規さん。」
「こ、恋人?」
まぁくんに視線を戻すと、だらけた笑顔。
「吹雪!」
私の声に一瞬だけ背筋を伸ばす吹雪。
別に怒っているわけじゃないのよ。ただ、差し金はコイツしかいないから、追求しようとしているだけ。
入れ違いに、身体を寄せ合った美人とまぁくんが消えていく。
「何だよ。」
「あれ、どういう事?」
まぁくんと美人を指差す。
「あぁ、俺が紹介したんだ。と、言うか、合コン。そしたら、二人がフォーリンラヴッ。」
何でヴのところだけ発音がいい?まぁ、そんな事はどうでもいい。
「いつから?」
「あっ、そのヘンは抜かりないよ。凰士と白雪が復縁してから。ほら、白雪に振られて、まぁくんが可哀想だったから。だから、もし、あの当時、まぁくんが白雪に手を出していたとしても、二股じゃないよ。」
「なっ。」
「美人さんは、まぁくんが白雪を落そうとしていた事は知らないから。知っていたら、まぁくんの趣味の悪さが露呈して、印象悪くなるだろう。」
「趣味の悪さって何?印象が悪くなるって、どういう事?」
私の睨みは何処吹く風。気にも留めていない様子。
「で、本当にまぁくんとしちゃった?」
「何を?」
「凰士には内緒にしておくから、正直に言ってみぃ。」
「し、してないわよ。何も。」
「怪しいなぁ。」
「うん?何の話をしているの?」
吹雪の横から顔を出す凰士。
「何でもないよ、何でも。」
「白雪が浮気したか確認しているんだ。」
「吹雪。」
「あぁ、浮気とは言えないか。一応、別れていた事になっているからね。」
「えっ、白雪。本当に?あの期間に誰か他の男に抱かれたの?う、嘘だぁ。あっ、わかった。あの、幼馴染の…。」
凰士が自分の掌を握り締める。
ちょ、ちょっと本気で怒りで震えていない?
「何にもないわよ、何にも。もう、吹雪も余計な事を言わないでよ。」
「凰士、やり直すと決めた日に確認していないのか?キスマークついていなかったか?」
「隅々まで見たけど、なかった。」
「もう、凰士、何の話をしているのよっ。」
あぁ、血圧が上がって、倒れそう。どうして、私の周りはこうなの?
「じゃあ、大丈夫だろう。」
「何が大丈夫なのよっ。もう、いい加減にして。未遂よ、未遂。何もなかったのよ。」
「未遂?」
吹雪と凰士の声が綺麗に重なる。
あぁ、私、何、余分な事、口走っているのよっ。
「この際、しっかり確認しておいた方がいいよ。そうだろう?凰士。」
確認したいのはアンタでしょう。何て、心の中で毒付いていると、まぁくんを呼び寄せる吹雪。
止めてぇ、あんな恥ずかしい事を聞き出さないでぇ。
「あぁ、駅で凰士くんに会ってから、ホテルに行ったよ。でもさぁ、白雪ってばさ、凰士ぃとか泣き出しちゃって、そこで終わり。本当にどうしようもないよな。」
「じゃあ、まぁくん、お預け?」
「そう。可哀想だろう。」
「その気持ち、わかります。」
凰士まで大きく頷いて、まぁくんに同情。
吹雪はいいとしても、どうして、凰士まで?
「付き合い出してから、四ヶ月もお預け食らったもんなぁ。凰士も。」
「四ヶ月?」
「そうそう。その間に、二人きりで密室の事が何度あった?」
「数え切れないくらい。」
凰士と吹雪、まぁくんまでがどうしようもない話で盛り上がり始めた。
あぁ、私、間違ったのかな?
自信喪失なので、お手洗いで気分転換と思い、立ち上がると、腕を掴まれる。
「うん?」
振り返る間もなく、腕を引っ張られ、凰士の膝の上。
「えっ、あっ。」
「でも、今は俺だけの白雪です。毎晩のように、白雪を抱き締めながら、眠る幸せを噛み締めていられる。」
「なっ、何を言い出すのよ、凰士。」
「白雪の意外と大きな胸の中で。」
「そう。ぷにぷにの胸の中だろう?」
「意外と着痩せするタイプ?」
凰士ってば調子に乗っちゃって、私の両胸に手を乗せているし。
「凰士。」
「いいなぁ。俺にも触らせて。」
「ダメです。俺の白雪だから。」
そのまま、手を動かし出した。プチンっと頭の中で音がしたのは気のせいじゃないと思う。
「凰士!吹雪!まぁくん!いい加減にしなさい!人を何だと思っているの?」
私の怒鳴り声で、身体を縮める三人。
「白雪の爆弾に火を点けちゃったのね。」
「バカね、引き際を覚えなさいよ。」
「本当に。まぁ、良い薬じゃない?しばらく放っておきましょう。」
「そうですね。」
女達は呆れた目で怒鳴られる三人を見ていた。冷静な判断です。
で、残された男達、道路くんと美王は、頬に冷たい汗が流れるのを感じていた、らしい。
「話に混ざらなくてよかった。」
「いや、今回は難を逃れただけだ。こっちの女性陣もいつそうなるか、わからない。四人とも似ているからなぁ。」
「あっ、そうですね。気を付けます。」
「俺も気を付けよう。」
そうやって、女の怖さを噛み締めていた。
「ねぇ、でも、見て。凰士くん、嬉しそうじゃない?」
「えぇ、それって、M?」
「白雪だからじゃない?」
「それは最低条件よ。」
「白雪なら何をされても嬉しいのかもね。」
「あっ、あり得る。本当に惚れ込んでいる証拠よね。本当に白雪の何処がそんなにいいのかしら?謎が深まるばかりだわ。」
「白雪お姉様は最高に素敵な女性です。私、凰士くんの気持ち、わかります。だって、怒った顔も美しいし、声も歌姫と言われるシンガーより綺麗じゃないですか。」
「女版凰士くん。」
明那の言葉に呆れる三人。
「美人、明那。」
私の声で、姿勢を正す二人。
「この二人、引き取って。」
「はぁい。」
言いたい事を言い終え、まぁくんと吹雪を解放してあげる。この二人は形だけは反省の色が見えるが、凰士には見受けられない。
「凰士、わかったの?」
「うん、白雪の言いたい事はわかったよ。これから気を付ける。」
「じゃあ、何で笑っているの?」
「白雪はどんな表情も綺麗だなって思って。」
「あぁ、そうですか。」
身体中の力が一気に抜ける。
もういいよ。
違う意味で不安になってきた。私、この凰士のペースで生活をしていけるんだろうか?
「俺、白雪と結婚出来る事が凄く嬉しくて嬉しくて仕方がないんだ。絶対、一生、幸せにするから。愛し続けるからね。」
「凰士…。」
胸の奥がほんのりと温かくなる。
あぁ、こんな事くらいで流されてはいけないと思うけど、やっぱり嬉しい。
「あぁ、熱いわね。」
「本当、この周りだけ熱帯地方みたい。」
「赤道直下?」
大人しくなった男性陣と入れ違いに、煩い女性陣が登場。
「お姉様、おめでとうございます。」
「ありがとう。明那。」
明那だけが本来の目的を理解している。
もしかして、他のヤツ等は忘れている?
「私もそんなに愛されてみたいわね。」
「私も。」
「あら、貴方達、恋人がいるのに、そんなに愛されていないの?可哀想に。」
「美姫は美王くんに愛されている自信があるのかしら?」
「もちろんよ。」
「ふぅん。でも、美王くんも物好きというか、趣味が悪いわよね。」
「ちょっと、どういう意味よ。」
「あら、自分の性格の悪さを知らないのかしら?顔はよくても中身がこれじゃねぇ。」
「そんな人と友達している美人も人の事を言える性格じゃないと思うわよ。」
「じゃあ、沙菜恵だって同じじゃない。」
「そうよ。文句ある?」
「はい、はい。そこまで。」
誰かが止めないと、いつまでも口論に似たじゃれ合いを止めないんだから。
「あっ、白雪は違いますよ。白雪は、性格が良過ぎるから、歪んだ性格の人も受け入れられるんです。」
「その通り。」
凰士と女版凰士が同意見。こっちが恥ずかしくなるから止めて欲しい。
「白雪は味方がいていいわね。」
「本当に。」
「あばたもえくぼなのね。」
「あっ、そうだ。」
美姫が瞳を輝かせ、凰士と私に視線を向ける。嫌な予感。
「せっかくだから、誓いのキスをしてもらいましょうよ。」
「えぇ、そういうのって結婚式にすれば、いいんじゃないの?」
反論に出るが、この人達が素直に引いてくれるとは思えない。
「予行演習よ。」
「そうね、いいわね。」
「賛成。」
「私も見たいです。」
「俺も。」
「白雪が蕩けるほどのキスを一度拝んでみたいね。」
「蕩けるのか?どんな技術?今後の参考のために、見せて欲しいね。」
「そういうのって、天性じゃないか?でも、一度見てみたいね。」
皆が勝手な事を言い出した。溜息が零れるばかりだ。横目で凰士を見ると、照れ笑いを零すばかり。
戦力外?
「キス、キス。」
キスコールが始まった。
これって、しないと納まりつかないわけ?
「減るもんじゃないだろう。」
「そういう問題じゃないでしょう。って言うか、アンタ達、悪趣味よ。」
「ドラマでもキスシーンがあるのよ。」
「海外じゃ、挨拶よ。」
「それに全社員にあんなにデカデカと写真で見られているんだから、今更よ。」
「そうよ、そうよ。駅前で、キスシーンしている人達が照れる必要ないでしょう。」
「あれは違うでしょう。」
「白雪。」
凰士が私を納得させようと、諦めさせようと、肩を抱き寄せる。
「仕方がないわね。」
溜息混じりに言葉を吐き出す。
本当にコイツ等は、どうしようもない。
でも、見られていると思うと、緊張してしまう。ドキドキする心臓を抱えたまま、凰士を見上げた。ゆっくり顔が近付いてくる。唇が触れ合う少し手前で、そっと瞳を閉じた。
「うっ、うっ。」
軽く唇を合わせるだけでいいのに、凰士ってば、本気のキス。
不平を漏らしたくても言葉が出ないし、逃げる事も出来ない。ちゃっかり、抱き締められている。
「あっ。」
掠れた吐息が零れてしまう。ヤバイ、身体の力が抜けてしまいそう。凰士の肩を握り、どうにか自分を支える。でも、もう、限界。そう思った瞬間、唇が離れた。
「ふぅぅ。」
長い息を吐き出し、テーブルに手を着く。
「すげぇ。」
「こんな濃厚なキス、見た事ない。」
「エッチなビデオでも見ないぞ。」
「何が起こっているのか、見えないのが残念よね。きっと口の中では凄い事が巻き起こっているのよね。」
「本当に、白雪、蕩けているし。」
「素敵。」
それぞれが感嘆の声を上げた。
一体、何?
「あのね、凰士。」
抜け掛かった魂を引き戻し、私は凰士に視線を向けた。
この余裕な表情、ズルイ。
「誓いのキスは、軽く唇を重ねるだけでいいのよ。わかっている?」
「いや、せっかくだから、味わっておかないともったいないと思って。」
「年がら年中しているんだろう。」
「飽きないの?」
「四六時中でも飽きない。」
キス一つで、ここまで騒げるのも凄いと思う。ある意味、才能?
「一度でいいから、私も凰士くんとキスしてみたい。」
「あっ、私も。」
「私も。」
「白雪お姉様、ごめんなさい。私も。」
女性陣が手を挙げている。
「ダメ!絶対ダメ!」
「けちぃ。」
不満顔で頬を膨らませている。
「ひでぇ、俺のキスじゃ、不満なわけ?」
「美姫までそんな事を言うなんて…。」
「満足してくれていないんだね。」
「俺が一番って言ってくれていたのに。」
男性陣には悲壮感が漂っている。
「じゃあ、もう一度、キスしてもらって、勉強しましょう。お互い。」
「あっ、それ、いいわね。」
「な、何を言い出すのよ。」
「四六時中していても飽きないんでしょう。いいじゃない。ねぇ。」
「そうだよ。これが原因で四組の恋人が別れたら、どうしてくれるんだ?」
確かにキスは大事だけど、これくらいで別れるのなら、さっさと別れた方がいいんじゃないかって、これ、他人事?
「お願い。」
八人が同時に頭を下げる。
そんなに緊迫した状態なの?
「白雪、こう言っているんだし。」
「仕方がないな。」
もうどうでも良いと言うか、少し平気になった気がする。どうせ、目を瞑っているんだし、私からは見えない。
なんて思っていたら、横から眩しい光が飛び込んできた。それもかなりの数。
でも、それを気にしている余裕はない。凰士は気にならないの?
「あっ。」
掠れ声が零れると同時に唇が離れる。そのまま、凰士の腕の中へ。
「ご協力ありがとうございます。」
皆が携帯を片手ににっこり。
「えっ、もしかして、写真?」
「しっかり撮らせてもらいました。今後の参考に何度も見て、勉強させていただきます。」
「えぇ、悪趣味。」
「いいじゃない。白雪はいつでも好きな時に、蕩けるようなキスをしてもらえるんだから。」
「そういう問題?」
「そうなのよっ。その上、征規を振ったくせに生意気なのよっ。」
私は無言のまま、吹雪に視線を向けた。
「あっ、ばれていた?」
「最初からわかっていたわよ。でも、いいの。私、征規の事、好きになっちゃったんだもん。」
「俺だって、美人の事、好きだよ。」
「征規…。」
二人で両手を握り、見つめ合っている。
「写真なんて、意味なくない?」
安っぽいドラマを無視して、美姫が口を開く。偉そうに腕組して。
「へっ?」
「私、ムービーで撮ったわよ。」
「さすが、美姫だわ。」
「甘いな。俺はデジカメのムービーだ。」
「あっ、DVDに焼き付けて。」
「私も。」
わいわいと騒ぎ出す人達。
やっぱり、美王はここの中で一番の曲者。
「俺にも。」
「えっ?凰士?」
ちゃっかり手を挙げている男を発見。
「だってさ、俺、キスしている時の白雪、見られないじゃん。」
「だったら、エッチしている時、デジカメ回しておけば?」
「あぁ、なるほど。」
妙に納得している凰士。
「そういう問題じゃないでしょう?どうして、私の周りは悪趣味な人ばかりなの?」
大きな声で叫ぶと、呆れた視線が向けられる。
ちょっと痛い。
「自分一人が悪趣味じゃないなんて、思っているんじゃないんでしょうね?」
「えっ、いや、あの。」
「白雪お姉様は、趣味がいいですよ。」
「そうだよ。白雪は完璧な趣味だ。」
「凰士、意味わかんないから。」
賑やかなまま、会場を後にした。
「じゃあ、またね。」
駅前で美人と沙菜恵と道路くん、美王と美姫が、それぞれの方向に歩き出した。残された私達は視線を合わせる。
「じゃあ、白雪、帰ろう。」
凰士はちゃっかり私の腕を掴み、自分の部屋に向かい歩き出す。
「ちょ、ちょっと、凰士?」
「またねぇ。」
残された三人に手を振り、私を引き摺るように歩き続ける。
「私、自宅に帰るわよっ。」
「帰らなくてもいい。甘い夜を過ごそうよ。」
「そういう問題じゃなくて。」
「気にしない、気にしない。」
「気にするのっ。」
凰士が立ち止まったので、私の言葉に納得したのかと思ったのも束の間、私の身体が宙に浮かんだ。
「えっ、あっ?」
お姫様抱っこされ、歩き出す。
「あぁ、強引だな。」
「でも、仕方がないんじゃないですか?だって、あんなキスしちゃったら、凰士くんの欲望に火が点くでしょう。」
「明那ぁ。」
三人が呆れた会話をしているのが耳に届く。
「凰士、いかにもこれからしますと宣言しているみたいじゃない。恥ずかしい。」
「だって、事実、これから楽しい事をするんだろう。恥ずかしがる事ないだろう。」
「そういう問題じゃなくて。」
「白雪だから抱きたい。白雪を愛しているから少しでも近付きたい。それって、いけないのか?ダメなのか?」
「そうじゃなくて…。」
「白雪、俺の事、愛していないの?」
「そういう問題じゃないでしょう。」
哀しそうな表情が目の前にある。
「そんな事、聞かなくてもわかるでしょう。」
凰士の首に腕を回し、身体を寄せる。
「白雪の口から聞かせて。」
「愛、しているよ。」
「俺も白雪を一番愛しているよ。ずっと、この気持ち、変わらないからね。」
嬉しそうな凰士の声を聞きながら、凰士のぬくもりを噛み締めていた。
あぁ、私だけの白馬のおうじ様を捕まえた。絶対に離れないからね。
なんて、幸せを噛み締めた私って、もしかして、ちょっと浮かれている?
でも、幸せなんだもん。一生続く幸せだよね?凰士。
白馬のおうじ様シリーズ完結です。ご愛読、ありがとうございました。
連載中の涙空もよろしくお願いします。