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 穏やかで心休まる休日を過ごせた。翌日もまぁくんが外に連れ出してくれて、何気ない気遣いと優しさを吸収して、少しずつ浮上していける。そう確信を持たせてくれた。本当にまぁくんには感謝の言葉は言い尽くせない。後で食事でもご馳走しなくちゃね。


「はぁ。」

 駅前で大きく溜息。また心の戦場みたいな会社に行かなければいけない。煩い美人と沙菜恵、就業時間のほとんどを一緒に過ごさなければいけない凰士。凰士は何も悪くないんだけど、やっぱり辛い。

朝から強い風が吹き抜け、薄手のコートの襟を合わせた。

「さぁ、仕事、仕事。」

 自分に言い聞かせ、一歩を踏み出す。仕事にプライベートを持ち込む事はしたくない。

「いた、白雪。」

 首から腕が生えてきた。驚きで短い悲鳴を上げ、両手両足をばたつかせる。

「もう、そんなに驚かないでよ。私よ、私。」

 落ち着いて声を聞けば、美姫。あぁ、また、煩いのが登場したよ。

「何?」

 朝からげっそり。それを隠さずに、顔に表してしまった。

「そんなに嫌な顔しないの。凰士と別れたんだって?」

「だから?」

「で、美人もフリーになったって。」

「みたいね。」

「で、優しい美姫様が、独り身の淋しい二人に嬉しい話を持ってきました。」

「何?」

 多分、かなりぶっきら棒になっていると思う。でも、気にするヤツじゃない。

「合コンしましょう。」

「えぇ?そんな事したら、美王がヤキモチを妬くわよ。」

「大丈夫。美王の友達を集めてもらったから。ほら、美人は見た場は良いから男に不自由しないと思うけど、白雪はどう見ても自力で男をゲットするのは不可能でしょう。」

「放っておいて。」

「で、お優しい美姫様は、情けをかけてあげようと計画したわけ。」

「別に情けなんて必要ないわよ。」

 美姫、アンタってヤツは、人の話を全て流しているでしょう?

「午後七時に、ここで集合ね。美人と沙菜恵にも連絡済だから。」

「えぇ、冗談でしょう?」

「煩い。絶対に来なさいよ。まぁ、美人と沙菜恵が引き摺ってでも連れて来てくれると思うけど、一応、連絡だけね。じゃあ、私、これから用があるから。またね。」

 嵐が手を振りながら、人混みに紛れていく。

あぁ、月曜日の朝からハードな始まりですね。帰ろうかな?そう思っても仕事だからと会社に足が向かう。つくづく自分の性格がイヤになるわ。

「おはよう。」

「おはよう。」

 凰士、美人も沙菜恵も席に座っている。何か話をしていたが、私の姿を見た途端、静まり返る。

これって、凄く気分が悪い。

「白雪。」

 自分の席に座ろうとすると、美人と沙菜恵、両側から抱えられるように、寸止めされる。そのまま、引き摺られ、廊下へ。

「何よ。」

「美姫から聞いた?」

「はい、はい。聞きました。」

「美姫も優しいところがあるのね。美王くんの友達なら期待が持てるわ。」

「うん。だから、今日、気合入れてきちゃった。それなのに、白雪のその格好は何なの?気合が足らないわよ。」

「今朝、知りましたから。」

「あぁ、そうなんだ。」

「その前に、沙菜恵。アンタ、道路くんがいるでしょう。許されるの?」

「えぇ、理解ある彼氏ですから。」

「あぁ、そう。」

 本気で頭痛がしてきた。本当に帰ろうかな?もう仕事もどうでもいい感じ。

「今日は定時に上がろう。何処かでお茶しながら、作戦会議よ。」

「はい、はい。」

「投げ遣りね。乗り気ないの?」

「ない。」

「未だ、凰士くんに未練たらたらだもんね。でも、若くないんだぞ、私達。」

「特に美人はね。」

「煩い。」

 勝手にやっていて。そんな気分だけど、事務所に戻るのはイヤ。仕方がなしに、二人の会話の傍観者になろうと決めた。が、すぐにチャイムが鳴る。

「さっさと仕事を終わりにしましょう。」

「そうね。気合が入るわ。」

 事務所に戻り、ゾンビ部長の念仏を聞き流す。毎日感心するが、よくこんなに同じ事を繰り返せるものだ。

「白雪、行こう。」

 ゾンビの念仏が終わると、天使のような笑顔の凰士。

あぁ、胸が痛い。

「はい。」

 凰士の運転する営業車に乗り込み、お得意様の所に。相変わらず、凰士を迎えるのは、最高の笑顔。瞳がハートマークになっていますよ。大丈夫ですか?

「白雪、痩せたね。」

「ダイエットしているから。」

「嘘ばっかり。」

「何よ、嘘って。」

「食べられないんだろう?吹雪から聞いている。食事もほとんど口にしないって。」

「あぁ、そう。でも、関係ないでしょう。」

 自分で言っていて、胸の痛みで蹲ってしまいそう。

ごめん、こんな風に言うつもりなかった。でも…。

「あの、幼馴染の人と…。」

「別に付き合っていないわ。友達よ。何か問題ある?」

「どうして、そんな風に言うの?」

 凰士が哀しそうな瞳で私を見つめる。息が詰まる。急いで視線を逸らしたけど、瞼の奥に凰士の顔が消えない。

「ごめん、なさい。」

「ねぇ、白雪。もう一度、チャンスをくれないか?やり直したいんだ。」

「最初から、ムリだと言ったでしょう。そんな事を考える時間があるなら、新しい人を探した方がいいわね。あっ、ごめんなさい。凰士なら、探さなくても言い寄られるわよね。」

「白雪…。」

「そんな事はいいけど、仕事をしましょう。白馬くん。」

 どうして、こんな棘が生えた言葉ばかり口から出てしまうんだろう。本当はもっと優しくしたい。哀しませたくないのに…。

「ずっと、白雪の事、待っているから。」

 消えそうな声で呟き、車を駐車場に入れる。私は聞かなかった事に決め、車を降りた。


 昼食はコンビニで済ませた。凰士は、お弁当を食べたが、私はコーヒーだけ。何度も凰士に食べないとダメだよと言われたが、食べたくない。食べる気力がないから、仕方がない。そんな風に言えるはずがなく、微苦笑でどうにか誤魔化し続けた。

「さぁ、行きましょう。」

 終業のチャイムが鳴ると同時に、美人が勢いよく立ち上がる。続いて、沙菜恵。私は溜息を零し、椅子から立ち上がる気力さえない。このまま、帰りたい。

「行くのよ。」

 美人と沙菜恵に引き摺られ、更衣室経由でカフェに。

どうしようもない二人の会話を聞きながら、ミルクティーを口に運ぶ。

集合時間間近になると、美人と沙菜恵は化粧室へ。念入りに化粧を直し、気合の入れ具合に、またまた溜息。疲ればかりが増大する。

「遅い。」

 待ち合わせ場所に行くと、不機嫌な美姫。十分前に着いたにも関わらず。

どの位前から待っていたのだろう?

「時間前よ。」

 軽口を叩きながら、足を進める。私は一番後ろで仕方がなしに着いていく。

今、どんなに素敵な人と出会っても御破産するのは目に見えている。何でも凰士と比べてしまうから。

「こんばんは。」

 男性が美王の他に三人。どの人もルックスも良いし、性格も良さそうな人。

「こんばんはぁ。」

 甘い声を出す美人と沙菜恵を横目で見ると心底呆れてしまう。美姫までわくわく楽しそうな顔。私はテーブルの隅に座り、烏龍茶を口にするだけ。美王も今日は出番がないらしく、片隅に座り、六人を見ている。

「白雪は参加しなくていいの?」

「うん。」

「やっぱり、凰士じゃないとイヤ?」

「別れたのよ。」

「知っている。でも、白雪は凰士を探している。違う?」

「違うよ。」

 美王のこの見透かした言い方。やけに癪に障る。いつもなんだけど。

「二人で抜け出す?ここにいたくないって顔をしているよ。」

「美姫はどうするのよ?」

「平気だよ。あっちはあっちで楽しんでいるんだし。少し違う場所で話をしよう。」

「抜け出したいけど、美王と話はしたくない。もう、帰りたい。」

「じゃあ、俺と話すか、ここにい続けるか、どっちか選んで。」

「仕方がないから、前者を選ぶわ。」

「じゃあ、行こう。」

「うん。」

 無言のまま、その場を離れた。六人はそんな私達に目も向けずに、楽しんでいる。

美王は無言のまま、歩き続け、一軒のカフェに入った。今の時間はレストラン化しているけど。

「何か食べるだろう?」

「いい。紅茶だけで。」

「そう。」

 美王が片手を挙げ、店員を呼び寄せる。

やっぱり、その仕草は凰士とは違う。やだな、私、何を考えているんだろう。

「大体の事は聞いている。」

「一体、どんなネットワークが出来上がっているわけ?私の行動は全て筒抜け?」

 美王は楽しそうに笑って、答えてはくれない。

大体わかるけどね。吹雪から始まり、美人と沙菜恵の二人に渡り、美姫と美王に繋がるんでしょうね。

「で、白雪はそれでいいの?」

「私から言い出したのよ。」

「そうだったね。」

 意味深な頷き方。

心を見透かされているようでイヤ。

「今頃、あの六人もあんな風に盛り上がっているんだろうね。」

 美王の言葉の先を見ると、凰士と吹雪、道路くんに明那までいる。見た事ない女の子も二人。

「ふぅん。これを見せて、私にヤキモチを妬かせるのが、今日の作戦?」

「それだけじゃないよ。美人さんに新しい恋のチャンスを作ってもらうのも目的。」

「あぁ、そう。」

 投げ遣りに返事をして、届いたばかりの紅茶を口に含む。

「あぁ、あんなにしがみ付かれて。腕にぎゅうぎゅうと胸を押し付けて。」

「露骨なやり方ね。一番分かりやすいんじゃない?」

 美王はわざと私にヤキモチを妬かせるために、視線を向こうにしようと誘う。

でも、興味がないわ。ううん、違う。本当は気になって仕方がない。

「嫉妬しない?」

「別に。」

「ふぅん。」

 つまらなそうに頷き、ピザを口に放り込んだ。絶対に本音は言わない。

「ねぇ、凰士とやり直してよ。」

「どうして?」

「凰士はそれを待っている。」

「今の内だけよ。時が経てば、他の女性に興味が移るわ。」

「本当にそう思っている?」

 美王が真っ直ぐに私を見つめる。そこで睨み付けるような視線を返せたら、きっともっと器用に生きられただろう。

「多分、いつまでも白雪を追いかけるだろうね。凰士には白雪以外の女性は女性じゃないから。女性と見ようとしていないから。」

「今まではそうかもしれないけど、これからは変わるわ。きっと、素敵なお嬢様と結婚して、幸せな家庭を作れるわ。」

「それが幸せ?」

「そうよ。自分のサイズに合ったモノを身につける。それが一番なのよ。」

「白雪は、これからどうするつもり?」

「さぁ、考えていないわ。でも、いつかは自分に見合った男性と結婚して、子供を産んで、そんな平凡でありきたりな人生を歩むでしょうね。」

「凰士じゃ、それは叶わないの?」

「白馬家の跡取りと結婚した時点で、平凡でありきたりな人生じゃないでしょう。」

「確かに。玉の輿だからね。」

 美王は笑った。理解していないけど、わかったフリをした笑み。

「俺も玉の輿かな?」

「美王は禿山家の跡取りでしょう。」

「もう養子じゃないから、俺は美姫の婿という立場だけだよ。」

「それでも同じ環境で育った。それが持続されていくんだから、玉の輿じゃないわ。」

「なるほどね。」

 美王は何が言いたいの?本当に読めない人。

「じゃあ、もし、凰士が白馬家の跡取りじゃなかったら、結婚する?」

「ありえないでしょう。凰士しか子供がいないんだから。」

「白馬家を捨てたら?」

「凰士にそれが出来るはずがないわ。それに、そんな事するほど、私に価値はない。」

「凰士にとっては、その価値がある女性だと思うよ。白雪は。」

「ううん。そんな事をさせない。凰士に、苦労して欲しくないの。まして、私のためなんかに。だから、私は…。」

「白雪は、結局、凰士を愛しているんだね。自分が辛い想いをしても凰士の形だけの幸せを願うなんてね。」

 微苦笑で全てを誤魔化す。

本当は、それを逃げの口実に使っているのかもしれないけど。

「でも、本当は白馬家の跡取りと結婚する重圧に逃げているだけじゃないのか?」

 本当に嫌な人。図星を突くなんて。

「何か問題がある?」

 こうなったら、開き直り。これが一番の逃げ道かもね。

「あんまりに綺麗事だったから、確認したかっただけだよ。」

「それで、美王はどうしたいの?何が言いたいの?」

 強気に出ないと、美王は引き下がらないし、遠まわしな言葉で苛立つだけ。

「美姫の時に、相談に乗ってもらったから、恩返しが出来ればいいと思っただけだよ。」

「助けて欲しい時には、私から声をかけるわ。だから、安心して。」

「それはどうも。」

 おどけた笑みを零した。

「なぁ、白雪。」

 美王が真顔に戻り、真っ直ぐ視線をぶつけてくる。

逃げる事は出来ないよね?

「運命の赤い糸って信じるか?」

「昔は信じていたかな?でも、ようはその人達の思い込みもあるんじゃない?だって、見えないんだもん。確認の仕様がないじゃない。そうでしょう?」

「見えなくてもわかるもんだよ。」

「じゃあ、美王と美姫は赤い糸で繋がっていると言いたいの?」

「そうだよ。」

 しらっと言い切るヤツだ。さすが。

「で、俺は凰士と白雪も運命の赤い糸で繋がっていると思っている。だから、二人は必ず結ばれる。どんな事があってもね。」

「見えない、つまり存在しないのと同じモノをどうわかるのよ?」

「上手く説明する事は出来ないけど、ね。だから、白雪と凰士は必ず結ばれる。」

「もう終わっているの。現実離れした事をさも説得力があるように語らないで。さて、私、そろそろ帰るわ。」

「あぁ、そうだな。送って行こうか?」

「平気よ。美王は美姫を迎えに行った方がいいんじゃない?お持ち帰りはないと思うけど、同じ家に帰るんだからね。」

「そうか。じゃあ、わかった。」

 カフェの前で別れ、私は駅に、美王は先ほどのお店に向かい歩き出した。

「運命の赤い糸、か。」

 両手を翳して見たが、そんなモノ、見えなかった。私にはそれさえないのかもしれない。それか、自分で切っちゃったかな?


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