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『白馬のおうじ様』シリーズ、最後です。
強い風が吹き抜け、横殴りの雨が窓を叩き付ける。川の水も反乱しそうな勢いで増え、濁流を作り出している。
どう考えても結婚式には向かない日。まぁ、前以て予約してあるのだろうから、仕方がないのかもしれないけど。
「結婚式の日にこんな天気になるなんて、美姫らしいわね。」
「そうね。でも、そのお相手の美王は関係ないって口調ね。」
「それはそうよ。ルックス、性格共に文句のつけようがない美王くんは関係ないわ。」
「こんな天気にさせたのは、美姫の性格の悪さしかないじゃない。」
私は、姫野白雪。今、この会話に出てきた美姫でも美王でもない。でも、主人公は私だ。
今日は、その禿山美王と美姫の結婚式。なのに、今世紀最大級の台風が上陸したとニュースでは伝えている。きっと、この会話を聞いたら美姫は、出席者の行いが悪いんじゃないかと逆切れするかもしれないけど。
「そんなに美姫は性格悪いか?あっ、わかった。美姫が可愛いから嫉妬しているんだろう。ヤダね、女の嫉妬は。」
非難の集中攻撃を受けるべき言葉を吐き出したのは、私の弟、吹雪。バカだ。
「あら、その中に私も入っているのかしら?元モデルの私が。」
ぬけぬけと自分は綺麗だと自己主張しているのは、森美人。多分、私の友人。
「その言い方って、私達が綺麗じゃないって事?失礼しちゃうわね。」
その横で頬を膨らませたのが、鎌倉沙菜恵。同期入社で友達だと信じてきたが、最近少し自信喪失気味。
「仕方がないよ。吹雪は美姫のファンだから。あばたもえくぼだよ。」
吹雪のフォローに入ったのが、綾瀬道路。吹雪の同級生で、今は沙菜恵の恋人。
「一番綺麗なのは、白雪だよ。」
ちょっと抜けた言葉を吐き出したのは、白馬凰士。一応、私の恋人。私が中学二年の頃から追い掛け回され、結局好きになってしまった相手だ。ルックスは極上、家は企業家。性格もお褒めの言葉を貰えるだろう。昔は、格好良いだけの男の子だったのに、今じゃ、一人前の大人の男だ。
「よっ。」
美王と美姫が並んでこちらに歩いてくる。
結婚式は会社の関係者だけで、友人関係は二次会からの出席。と言うので、私達も友達という名目で料理を食べに来た。
「おめでとう。」
「ありがとう。」
六人の声が重なり、美王と美姫は幸せそうな笑みを零した。
この二人、一応、凰士の従兄妹に当たるんだけど、これまた綺麗な顔立ち。美姫の性格は最悪だけど。
「ごめんなさいね、足元の悪い中、わざわざ来てもらっちゃって。」
「本当にね。普段の行いが良くない人がいるんじゃないの?」
美人は美姫に引っかかる率が高い。やっぱり美王を狙っていたからだろうか?いや、それは関係ないな。凰士を狙っていたからって、私とは上手くやっている、と思う。美姫の性格が闘争本能を煽るのだろう。
「そうなのかしらね。」
美姫も慣れたモノ。笑顔で交わした。
「まぁ、そんな事はどうでもいいわ。はい、白雪。次は貴女の番よ。」
手元に持っていたピンクを基調としたブーケを私に差し出し、とびきりの笑顔。
「えっ?」
「凰士、頑張ってね。」
無理矢理、私に握らせ、凰士にウインク。
「こういう場合、一番年上の私にくれるんじゃないの?」
再び、美人が不満顔。
「だって、美人にはそんな相手いないでしょう。それに、沙菜恵と道路くんは付き合いが浅いし、となると白雪でしょう。」
「私だって、恋人くらいいるわよ。」
「あぁ、あのカリスマ美容師とか持ち上げられて、ナルシスト気味になっている男?」
相変わらず容赦ないな。
「美姫。」
止めに入ったのは、美王。美姫は舌を出し、可愛い顔ではにかむ。それに笑い返し、美王は私と凰士を交互に見つめた。
「次は二人の番だからな。楽しみにしているよ。」
余計なプレッシャーを掛けるな。
そう言いたいが、この場で言うのはどうなのだろう?
ふと横を見ると、吹雪達が興味を隠さないにやけ顔で私達を見ている。
「ご期待に添えましょう。」
凰士が胸を張り、嬉しそうに私の肩を抱き寄せる。
ねぇ、それって、そのつもりって事?私はこのままでいたいのに……。
「じゃあ、ゆっくりしていってくれよ。他の方にも挨拶してこないといけないから。」
美王が美姫の肩を抱き、歩き出す。私は皆の視界に入らなように小さく溜息を吐き出した。
どうして、結婚なんて存在するんだろう?確かに結婚に憧れる気持ちもあるよ。
でも、凰士と私じゃ釣り合うはずがない。だって、あの白馬家の跡取り息子だよ。私の家は本当に普通の中流家庭。当人達の問題だと言うけど、結局、家同士の問題も発生する。
だから、ムリなんだよ。結婚しないで一緒にいられる答えってないかな?
「白雪がぐずぐずしているから、美姫に先を越されるのよ。まったく。」
美人が腕組みをして、綺麗な顔に不機嫌な表情を貼り付けている。
「へっ?何が?」
「結婚よ。凰士くんとなら三か月位の形だけの付き合いをして、さっさとゴールインかと思っていたのに、何をぐずぐずしているの?凰士くんほどの男はなかなかいないんだから、さっさと結婚してしまいなさいよ。」
筋の通らない文句を素直に受け入れなければならないんでしょうか?私は。
「美人らしくない言い草ね。」
「何が?」
「もし、私と凰士が結婚しちゃったら、玉の輿を狙える男が一人減ってしまうのよ。もしかしたら、まだチャンスがあるかもしれないでしょう。」
「ないわね。」
即答する美人。横で見守っていた沙菜恵が口を出してきた。
「アンタも自分の立場っているか、わかってないわね。凰士くんが白雪を手放すと思う?他の女との結婚こそ有り得ないわね。もう二人の結婚は決まっているのよ。」
決まっているはずないじゃない。どう考えても身分違い。今の時代でも存在するものよ。
「白雪?」
急に黙り込んだ私の顔を心配そうに覗き込む二人。やっぱり友達なんだね。
「ねぇ、そんなおしゃべりより元を取る方が先じゃない?」
「あっ、そうね。おしゃべりならいつでも出来るけど、ここの料理を食べるのは今しか出来ない。」
そう行き先が決まると、男達にも声を掛け、料理の並ぶテーブルに向かう。さすが超一流料理人が作り出した物。色合いも飾り付けも綺麗で美味しそう。
「迷っちゃうわね。」
「本当。どれも美味しそう。」
「じゃあ、少しずつ全品ください。」
迷っている私達を尻目に、シェフに平然と言い放ったのは、道路くん。ポカンと道路くんの顔を見上げる私達。
「それ、賛成。私も。」
沙菜恵までそう言い出す始末。
どう考えてもこの料理を少しずつだろうが全品食べたら、お腹が破裂してしまう。余程の大食いではない限り。
「沙菜恵、ダイエットしているんじゃなかったの?今までろくろく食べなかったじゃない。大丈夫なの?」
「今日のためのダイエットよ。元を取らなければ、損でしょう。」
残りの四人で視線を合わせ、呆れた溜息。
「じゃあ、凰士。私達は、全品を二人で分け合って食べない?もっと少量を美味しくいただけると思うけど。」
「いいよ。」
「ズルイなぁ、白雪。」
吹雪が不満顔を零した後、美人に視線を向ける。出方を見ている様子。無言の数秒が過ぎると、美人がシェフに視線を向けた。
「私には、五品頂戴。これとこれとあれとこれとそれ。」
吹雪は簡単に振られてしまったらしい。ご愁傷様と思いながら、片隅のソファーに座った。
もちろん、私と凰士は隣同士。二人で二皿に分けられた料理を食べる。
「ねぇ、白雪。」
「うん?」
すぐ隣に座っている皆に気を使うように、耳元に話し掛けられる。息が掛かり、少しくすぐったい。
「今夜、泊まらない?」
「えっ?」
大きな声を上げそうになるのを飲み込み、小さな声で驚きを表現した。
言葉を探す私は瞳が泳いでいるかもしれない。
「だって、今日の白雪の格好があまりに可愛くて、すごくドキドキする。」
「ごめんね。今日は、疲れたから真っ直ぐに帰りたいの。それに、明日、仕事だし。」
「そうか。じゃあ、仕方がないね。」
残念そうな顔で頷く凰士。こういう表情、詐欺だと思う。私が悪い事をしている錯覚に駆られてしまうじゃないか。
「じゃあ、明日、仕事が終わったら、部屋に来ない?夕食を一緒に食べよう。」
「明日なら平気だと思う。」
右手の小指を私の目の前に差し出し、微笑む凰士。首を捻る私。
「約束。」
「子供みたいね。」
照れ笑いを零し、小指を絡める。
ねぇ、凰士、この小指の赤い糸は誰と繋がっているんだろうね?
声に出来ない気持ちをそっと押し殺し、笑みを作り出した。
「あぁ、美味しかった。」
「お腹一杯。もう食べられない。」
隣から満足そうな声。凰士と二人同時に振り向くと、沙菜恵と道路くんのお皿は空っぽ。
「俺、春巻きと唐揚げ、おかわりしよう。」
「えぇ、未だ入るの?」
「沙菜恵も食べるなら、多めに貰ってくるけど。どうする?」
「じゃあ、少しだけ。」
四人の呆れた溜息が合唱する。
「未だ、食べられるの?」
「少しだけだってば。」
沙菜恵が言い訳がましく言葉を吐き出す。
まぁ、いいけど。後でダイエットしなくちゃとか言って、私達を巻き込まないでよ。
「さぁ、帰るか。」
二時間後、テーブルの料理はほとんどカラになり、終わりの挨拶もあった事だし、私達は帰路に着く事にする。駅前まで六人の団体さんで賑やかに歩き、それぞれ別れる。
美人は一人で彼の部屋に行くと言い、沙菜恵と道路くんは少し飲むと言っていた。
残された三人で電車に乗り込み、自宅に向かう。
「凰士の部屋で少し飲む?」
「私はパス。何か疲れちゃった。」
「うげぇ、若者らしくない発言。あっ、ごめん。白雪は、オバサンだったな。」
「吹雪、本気で言っている?」
「すみません、冗談です。」
吹雪が首を竦めながら、呟く。私の隣で凰士が楽しそうに笑っている。
「白雪がオバサンのはずがないだろう。誰よりも綺麗で魅力的なんだから。今日の結婚式でも一番輝いていたよ。」
いつもの事ながら、凰士の感覚には呆れさせられる。
平安時代なら未だしも現代で私は綺麗の部類には入らない。凹凸の少ない日本顔、癖のない真っ黒な髪。気も強いし、女らしさの欠片もないとそんな言葉を頂いた事もあった。そんな私が・・・。
「白雪?」
大きな溜息を零してしまった私の顔を心配そうに覗き込む凰士。
「やっぱり疲れているみたい。」
「じゃあ、早く休まないと、ね。送って行こうか?」
「何を言っているのよ。同じ家に帰る吹雪が一緒なのよ。心配しないで。」
「そう?」
「白雪と一緒にいたい気持ちもわからないでもないけど、な。」
吹雪がおどけた笑みを覗かせる。
「うん、そうだね。じゃあ、またね。おやすみなさい。」
「おやすみ。」
「おやすみ。」
「白雪、明日ね。」
「はい、はい。」
ホームで私達を見送る凰士は淋しそう。両手を大きく振り、笑みを浮かべているにも関わらず。
あぁ、私が淋しいのかな?
「何か遭った?」
電車の中で並んで座っている吹雪が前を向いたまま、口を開いた。
普段から生意気で口の減らない弟だけど、私を気遣ってくれる優しさがある。
ついそれに甘え、何度か痛い言葉の襲撃を受けた事か。
「何が?」
「何となく、凰士と上手くいっていない気がする。凰士の問題じゃなく、白雪がぎこちないと言うか、そんな感じ。」
「気のせい、じゃない?」
「俺は、二人の応援者だよ。」
「それは知っている。小さな頃から、凰士と付き合えって煩かったのは、吹雪だもん。」
「凰士が何かした?」
「凰士が、私の嫌がる事をすると思う?」
「それはそうだけど。」
「だから、吹雪の気のせい。」
ガラスの先の風景を見ていた吹雪が、私に真っ直ぐな視線を向けた。
「じゃあ、白雪の心境に何か遭った?」
私は無言で自分の靴の先を見つめた。
「いつも言っているでしょう。お姉様と呼びなさいと。まったく。」
「はい、はい。」
話を逸らす事に成功したと思っている私に、流すような返事の吹雪。
この態度がむかつくのよね。
「まぁ、何を悩んでいるか知らないけど、もう少し、凰士を頼ってもいいんじゃないか?自分一人で悩んでいないで。もう凰士は頼りない子供じゃない。白雪一人を守れる位は出来るはずだよ。」
「そうね・・・。」
わかっている。でも、これは誰にもどうにも出来ない事なんだよ。
「白雪は結局うじうじと悩むんだな。」
吹雪が楽しそうに笑い出す。
あぁ、私も能天気な性格になりたい。えっ?充分、能天気だって?確かにそうだけど、主人公なる者、少しは悩まないと話が成り立たないでしょう。って、私、誰と話している?