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文化系男子部  作者: 華由
第二章 腸が煮えくり返る
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 水城が帰って寸刻。やっとの思いで火也が口を開けた。

「さっきはシンちゃんが悪いよ」

「うわぁー、カヤちゃん。何か言い方、冷たくない?」

 水城を怒らせておきながらまったく反省の色がないシン対し、火也は静かに話す。

「冷たくなる理由、分かってるくせによく言うよ」

「えー? でも水城も悪くない? 昨日も勝手に帰るしー、その前も。しかも無視するしさ」

「確かに無視はダメだけど、ボクらにだって問題はあるよ」

「だからー?」

 遅れてきたこと。どんな理由があれ、それは良くなかった。もし遅れる可能性がある場合は事前に連絡する。それが社会での暗黙ルール。それに火也もシンも、他の者たちも反したのだ。シンの気持ちも分かるが、まずは自分たちの行いを改めるべきである。

 火也はじっとシンを見た。

「……分かるよね、シンちゃん。今、シンちゃんがするべきこと」

 痛いほどの視線で火也が答えを問いつめるとシンは視線をドアへと向けた。静寂の時間が二人の時を止めた。だがドア元にパタパタと二つの足音がそれを破る――海斗とヒカルだ。

「……遅刻、ごめん」

 ヒカルが謝罪を述べた。その傍らで海斗は何食わぬ顔をしていて、遅刻したことへの咎めなどないと表情で訴える。

 海斗は教室の中をざっと見て、水城はいないことを確認するとやっと言葉を出す。

「井岡はいないのか。まあいい。今日のオレのセンスのポイントを述べると」

 またわけの分からない美的センスを語り出した。いつもなら付き合ってあげるが、今はそんな気分でない。

「海君、黙って」

 海斗には本当に悪いと思うが、さっきも言った通り、今は理解に苦しむセンスの話に付き合っている暇ではない。

 火也に注意され、先程の状況を見ていない海斗とヒカルは意味が理解できず首を傾げた。そんな彼らの目線の先でシンが言う。

「それってさーあ、オレが謝れってこと?」

 そのとおり。そう思うだけで火也は何も言わずにシンを見つめた。するとシンもその意味が伝わったのか、不本意そうに眉間の皺を寄せた。

「それじゃあ行くよ。海君とヒカルんもついてきて」

 まったく事情が把握できない二人へ火也は「歩きながら説明する」と口にして、乗り気でないシンの手首を掴んで歩き出そうとした。その瞬間、シンが火也の手を振り払う。

 感じたことのない痛みが手に走り、火也は大きな目をさらに見開いて大きくした。

 苛立ちが抑えきれないといった様子のシンが火也を真っ直ぐと見つめる。

「カヤちゃん、知ってるよねー? オレが短気だってこと」

 それは知っている。出会った頃からシンは自分を包み隠すことが嫌いで、はっきりと物事を言ってはトラブルになることも少なくなかった。現に今だってトラブルが起きている。特に水城のような冷静で一匹狼の人とはあまり合わない。

「知ってるよ」

「知ってたらさ、普通そーゆーこと言わなくない? なに、カヤちゃんはオレに謝らせて楽しいわけ?」

「そんなことない。ただ、みんなでゲームを作るならボクは楽しく作りたい。そのためにもお互いに謝って」

 まだすべてを言い終えていない火也に向けてシンが大息をついた。しかし火也は怯むことなくシンへと視線を注ぐ。

「みんなで作ろうよ、ちゃんと。でないと廃部になっちゃうかもしれないんだよ」

「そーゆーの興味ないし。そもそも、何でゲーム作らないと廃部になるのさ?」

 それは火也も疑問に思っていた。

 どうしてゲーム制作をしなければ廃部になってしまうのか。その理由がいまいち、理解できない。でも日野がゲームを作って部員を入れれば、廃部にならずに済むと話していたと海斗から聞いた。だからそれを信じているだけ。実際の理由は知らない。

「それは分からないけど」

 廃部になることだけは嫌だ。廃部になるということは活動してきた部室はもちろん、部活により与えてもらったものもすべてを無くすことになる。

 それは嫌だ。

「別に廃部になりたくない人だけ、部活宣伝すればいーだけじゃん?」

 シンの意見は道理にかなっている。でも、と火也は心の中で打ち消す。

 一人で宣伝するよりもみんなでゲームを作って、それを新入生に見てもらい入部してもらう。その方が火也は楽しいと思う。一人で作業するよりはいろんな人とする方が楽しいに決まっている。何より、シンたちと作業できるのだ。楽しくないはずがない。

 楽しめてなおかつ、廃部も免れる。こんな最高な話はないだろう。

 火也はもう一度、同意を求めようとシンを見た。

「てか、オレは廃部になってもいいしー」

 同意の言葉を求める以前に、シンがそれを否定する。それにも火也は衝撃を受けたが、それ以上に廃部になっていい。その言葉が頭を殴る。

 ――廃部になっていいはずない。シンちゃんだって。

 戸惑いそうになる火也の心。崩れてしまいそうになるが、嫌だと火也は両足に力をこめた。その瞬間、火也の中で何かがふと切れる。

「良くないよ!」

 大声で火也は言った。

 その声に驚き、海斗とヒカルがビクッと身体を震わせる。そしてシンは先程よりも不快そうに顔を歪めた。

 ――しまった。

 火也が急いで口元へと手を持っていく。でもすでに意味はない。言葉はもう唇から零れている。

 しんと静まった教室内。その凍りついた静寂を断ったのは慌ただしい日野の足音だった。

「どうしたの、貴方たち?」

 理解の把握ができていない日野が全員の顔を見渡しながら訊いた。それに対して火也が説明しなければと一歩前に進むと、その横をシンが通る。

「あー、日野たん。ちょーど良いところに」

「金澤君、その呼び方はやめて」

「はいはーい。それよりさ、大事なこと。オレもゲーム制作やめるからー」

「ちょっと、シンちゃん!」

 日野が驚愕を発するよりも早く、火也がシンを戒めに動く。だがシンはそれを良しとしなかった。

「カヤちゃんには悪いけどさぁ、オレさ、正直ゲーム制作とか興味ないんだよねー。暇つぶし的な? まー、やってもやらなくても、どっちでもとか思ってたけどさ、すげぇストレスたまるしー、そーゆーのイヤだから。やめるわ。水城に謝んのもヤダし」

「謝るのがヤダって、さっきのはシンちゃんが悪いんだよ! 誰だって、あんなことされたらヤダし、あんなこと言われたら腹が立つよ」

 火也はシンに食らいついた。だがシンはうんざりと言わんばかりの表情で溜めた息をはき出す。

「オレもさ、無視されるのとかヤなんだよねー。ってことで、相手が嫌がる態度してきたのは水城が最初。オレが謝んのはおかしくねー?」

「シンちゃん!」

「悪いけどムリだわ、カヤちゃん。オレ、帰るから」

 シンが帰ろうと歩き出して、火也は止めようと手を伸ばす。だが手を掴む寸前でシンに払われる。分かりやすく表された〝拒否〟の行動が火也の眉間に悲しみの皺を寄せた。

 水城と初めて会った時、シンと仲良くなるには時間がかかるかもしれないと火也は思っていた。でもこんなことは予想していなかった。

「小柳君……」

 隣にいる日野が心配そうに火也を呼ぶ。大丈夫と伝えないといけないのが辛くて、代わりに火也はにっこりと笑った。

 シンのことは一先ず置いておこう。怒っている時の彼は何を言っても聞く耳持たず。とりあえずは時間を置いてからきちんと謝罪して、水城にも二人で謝りに行こう。そうすれば今度こそ、全員が顔を合わせて制作ができるはず。

 火也はそう胸の内に思いを秘めると、海斗とヒカルへ焦点を合わせた。

「……みんな、ごめん。ボクがシンちゃんのこと責めちゃったから。シンちゃんの怒りが鎮まったあとに謝るよ。だから今はゲーム制作のこと考えよっか。時間もないし」

 事実だ。春休みの間に作り終えなければならない。何度か作った者たちならすぐにできるかもしれないが、そうでなければ倍の時間がかかる。あくまで火也の見解にしかすぎないが。

 少し暗みを帯びた笑顔で火也が打ち合わせを促すと、海斗が静かに口を開く。

「井岡もシンもやめるのか、ならオレもやめる」

「ちょっと、海君! 何を言って」

 火也が海斗を引き止めるも、海斗はあっさりとシンのあとを追うように教室を出て行った。

 唐突だった。いや、そんなことはない。海斗はシンと幼馴染で仲が良い。実際、クラスが違ってもシンはよく海斗と一緒にいた。そして海斗もまた自分に陶酔する部分があるものの、基本的には受け身に近い形で、シンと気が合わないと言いながらも彼に合わせている。火也は二人の間に居座り始めてまだ一年も経っていないが、それはよく知っている。

 だからシンがやめると言った時点で、海斗がやめるのは目に見えていたことだ。

 ――人数が減っていく。まだ始めてもいないのに。

 火也はうつむいた。その時、彼の横をヒカルもまた静かに横切る。言葉も何もない。振り返ることすらなかった。

 引き止めなければ火也はそう自分に言い聞かせるが、もう止める力がないのか、伸ばそうとした手が空気を掴んでだらりと落ちた。

 結局、去り行く背中を一人たりとも止められず、気が付くと火也と日野だけが廊下にぽつりと残されていた。

「小柳君……。あ、えっと……そのぉ」

 火也をちらりと見ながら何か言おうとする日野。しかし日野の口から出る台詞はもたついたものばかりで焦っていることが火也にも伝わる。沈んだ目では彼女を戸惑わせてしまう。火也はできるかぎりの笑顔で答えようと試みる。

「……残念だなあ。楽しみだったのに」

「小柳君?」

「ボクね、廃部にならなくて、しかもシンちゃんたちと作業できてるって聞いて嬉しかったんだ。だって一石二鳥でしょ? 楽しくて、廃部にもならなくて。それって、ボクにとってはすごく嬉しかったんだ。でもさ、終わっちゃったね」

 語尾に「まだ始まってもないのにね」と火也は付け加えて話を終わらせた。すると日野は胸を痛めたような目で火也を見つめた。

 その様子が痛くて、とても痛くて、もっと火也の胸をきつくしめつける。

 本当は分かっていたのだ、やっていけないかもしれないと。初打ち合わせに行けなくて、その後海斗が連絡をくれた。その時、シンと水城は合わないかもしれないと海斗から聞いていて心配になった。その次の日、遅刻したことで水城は帰ってしまった。その時点でさらにやっていけないかもと思った。

 けれども今日、水城は来てくれた。そして話をして彼がゲーム制作に興味を示してくれて、少しだけ大丈夫かもしれないと安堵した。でもそれは束の間だった。水城はやめると言って帰ってしまい、その後、シンも海斗もヒカルもやめた。

 もう溜め息以外は口から零れない。

 これでは本当に廃部となってしまうかもしれない。部室も何もかもなくなってしまうかもしれない。シンと離れてしまうかもしれない。そしたらまた一人でいることになるかもしれない。

 火也の心が陰った。その時、隣にいた日野が突然、一人で頷く。火也もいきなりのことに何事かと彼女を見れば、その手をぎゅっと日野により握られた。

 日野の手のひらが火也の手を温める。火也は目を見開いた。

「行くわよ、小柳君」

「え? 行くって、どこに?」

 火也が尋ねると日野は満面の笑みを浮かべる。

「井岡君の家。やっぱりシナリオを書いてもらうように頼むのよ」

「でも、みんな居なくなっちゃったから」

「大丈夫よ! 先生が必ずみんなを連れてくるから。それが先生の役目だから。まずは私と小柳君、井岡君でやろう。まあ、私じゃ少し頼りないかもしれないけど。とりあえずは、やれるところまでやってみましょ」

 そのためにもまずは重要な物語制作者を手に入れなければと日野はブツブツ言いつつも、火也の手を引いて歩き出す。

「……日野ちゃん」

 火也が小さく呟いた。でも日野はそれを包みこむように、笑顔を向けた。

「大丈夫! 絶対に廃部になんかさせないから」

「それ、本当?」

 胸の内をさらけ出すような火也の目。日野は彼の頭をそっと撫でた。

「大丈夫! 先生がついてるから安心しなさい。まずはやれるところまでやるわよ」

 頼りなくも力強い日野の手のひらに火也の頬がほころんだ。

 諦めていた心の中に、一筋の光がシュッと過ぎる。そんな不思議な感覚が火也の心情に生まれた。

「そうだね。ボクもやれるところまで、やってみたいな」

「よし! じゃあ井岡君の家へ行きましょ。まずはそこからよ」

 日野は希望に満ちた眼差しを火也へ浴びせると、二人きりの廊下を進んだ。


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