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校長室の前まで来ると室内から荒立った日野の声が聞こえた。
「……大丈夫かよ?」
水城は頭を掻きながら呟くと校長室のドアを軽くノックした。すると男の声が返事をする。校長先生の声だ。
それなりに身なりを整えてから水城はゆっくりとドアを開けた。すると日野が校長先生と向き合って、宣言通り抗議していた。
「失礼します」
一礼して水城は校長室へと入ると迷わず日野の側へと歩を進める。
「何やってんだよ?」
「だって学校は生徒のためにあるのよ。教師のためでも親のためでもない、生徒のために。なのに、その生徒が懸命に努力しているものを学校が奪ってどうするのよ! 私はそんなことしたくない。……何より井岡君の物語が好きだから、文芸部の顧問でいたいの」
真っ直ぐな日野の瞳。
嬉しいとか感動とか、そんな安っぽい言葉では言い表せない。なんと伝えればいいのだろう、この胸の内を。きちんと伝えなければと思うも涙腺が緩んで水城は口を閉ざした。何かを言えば、ふいに涙がこぼれそうだ。
固まってしまった水城の背を火也がそっと手で触れた。泣きたくないという気持ちは火也にもよく分かる。火也はにっこりと水城に微笑みかけると、シンの方をちらっと見た。するとシンも理解したように頷く。
「日野たん、ちょっと落ち着いて。オレら話あるからさぁ、聞いてくれない?」
シンが言うと日野も少し落ち着いた様子を取り戻したのか、小さく深呼吸をした。
ヒカルが小首をかしげて訊く。
「金澤先輩、話、途中。日野先生、聞かない、脱走。……慌てん坊?」
海斗が呆れ顔になる。
「話は最後まで聞くのが基本だ。美のセンスの皆無さもそこからか?」
「海君、意味不明な文はくっつけないで」
さらっと火也はツッコミを入れ、日野へと優しく微笑みかける。
「安心して。文芸部は絶対廃部にならないよ」
火也の断定された言葉に日野は目を丸くした。意味が分かっていない様子が妙におかしいのか、シンが吹き出しながら言う。
「まあ小説にちょーっと興味あるのはマジだしー? オレらも文芸部に入部しちゃおうかなー的な?」
シンの意見にヒカルと海斗も賛同の声を出す。
日野も驚いたが、それ以上に水城が驚いて、潤いを帯びた瞳で順番に四人を見た。シンも海斗もヒカルも笑っていて、最後に火也がそっと水城の顔を覗き込む。
「これかも一緒に部活しようよ。またみんなで作品完成させよう。ボク、すっごく楽しかったから、またやりたい! だから文芸部に入部させてくれないかな?」
校長室に火也の声が響いた。学校内では一番偉いとされている人の部屋で言っていいことか否かは分からない。でもそれがここにいる火也たち四人の心だった。
いや、違う。火也たちだけではない。水城も彼らと同じ気持ち。この世に自分たちだけしか知らない、自分たちだけしか作れない物語を、この仲間たちで生み出したい。
水城の顔が綻んだ。
「オレも一緒に作りたい。だから、入部してほしい」
水城が必死で涙をこらえて言うと火也が大きく頷いて、水城の肩に飛びついた。その瞬間、ふらついて水城はその場にうつ伏せる形で倒れる。
「あー、ごめん。痛かった?」
「いてぇに決まってんだろ、腹部強打した」
校長室で騒がしくしてはいけないとは分かっていても、この状態を見ると便乗せずにはいられず、シンが二人の上にえいっと乗った。また一つ重さが加わり水城は声を上げるが、そこにまた海斗が乗り、最後にヒカルが乗って、さらに身体に圧力が加わる。
「テメェら、ふざけんなよ!」
水城が力を振り絞って言うとシンがひょうきんな声を出す。
「えー、だってさ。こういうの見ると乗りたくなるじゃん? てか、定義でしょ?」
少し前までは腹を立てていたはずの言葉はすっかりと耳に馴染んでいて、怒る気にもなれず水城は溜め息をついた。
どうするかと水城は考えつつも、顔を上げて辺りを見渡すと口元を両手で覆っている日野が視界へと入った。彼女の目には涙が浮かんでいて、不謹慎にもそれが少しだけ嬉しく思えた。
このメンバーで一緒に作業できて良かった。水城がそう思うと共に、校長先生がようやく口を開ける。
「君達、いい加減下りなさい。下から二番目の子が窒息するぞ」
「うわ! ちょっとカヤちゃん、白目向いてる、ヤバいって!」
シンが大声を出し、ヒカルと海斗とシンが急いで避け、火也を救出した。火也には失礼だが、この空気が妙に生温くて場所も構わず水城たちは笑った。




