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――物語の始まりは人が声を発することからだった。人は人に伝えるための言葉を生み出し、それを少しずつ文へと変化させたことで物語が生まれた。きっと物事の始まりも同じ。自らが何かと触れ合うことで生まれる。そしてそれはとても人知では解せない――。
文芸部へと入部してすぐに書き上げた小説。その末尾に水城はそう書いた。
部結成が終わった後、水城たちは結果を報告し合うため、第三校舎の四階――水城とシンの属するクラス――にいた。
生徒五名+教師一名が揃うと、まず火也が興奮した面持ちで手を挙げる。
「軽音部はなんと五人の新入部員!」
火也が頬を紅潮させて言うとシンも喜びをその顔に表した。
「やったじゃぁん、カヤちゃん! ちなみに漫研も三人入ったから廃部ナシだよ」
「ホント? じゃあまたシンちゃんと一緒に部活できるね」
いつもより弾んでいる声は今までのすべてが報われたようで、とても眩しく水城の目に映る。
火也は部活というよりは部室だが、廃部だけは嫌だとおそらくこのメンバーの中で最も頑張っていた。だから彼の望みが叶って本当に良かった。口には出さないが頬を緩めるという仕草で水城はそのメッセージを送った。
そして喜び合う二人に連鎖して、今度はヒカルが口を開ける。
「放送部、三人、確保」
「じゃあヒカルんも廃部ナシだね! やった!」
火也が喜んだ。ヒカルの口元にも笑顔がやどる。
「美術部は四人の新部員がオレの美のセンスに惚れて入った」
「海斗も良かったじゃん! あ、それで水城は?」
海斗の発言に歓喜を見せてからシンが冷静に水城へと問いかけた。それと同時に、全員の視線が水城へと向けられる。その視線が熱くて、水城は目をそらした。
「水城君?」
火也が心配そうに声を出すと、教卓の前に立っていた日野が水城の代わりに答える。
「文芸部は新入部員……いないわ」
水城と日野を除いたメンバーは時が止まったように黙り込んだ。
楽しい雰囲気をぶち壊すことはしたくなかったが事実は事実。どんなにでっち上げても揺るがない現実がそこにある。
華やかに彩られていた空気が急に冷めた温度を感じさせた。きっと全員がそう感じているのだろう。別に誰のせいでもない。だから水城が悪いこともない。ただ結果が罪悪感にも似た思いを水城の胸に広げる。
水城は居たたまれなくなって、ゆっくりと視線を床へ落とした。
「ま、そういうことだ」
言葉にできることはそれだけだった。
ゲーム制作をする前は廃部になっていいと言っていたくせに、いざ現実を押し付けられると上手く受け止められない。
彼らの影響だろうか?
廃部になることがとても淋しく感じる、とても申し訳ない気持ちでいっぱいになる。そして込み上げてくる思いは、部活動を通じてもっと彼らと関わりたい。これまで思いもしなかった感情だった。だが水城は戸惑わなかった。それが自分の望みだと心が強く反応するから。
静まった空気に振動を与えるように日野が教室のドアへと歩を進めた。ふいに水城の感傷も止まり、そちらへと意識を向ける。
「私、校長先生に抗議してくるわ」
凛とした声で日野が言って、水城の表情が一変する。
「は? 何言って……?」
「だって予算なくても、活動場所がなくても文芸部は活動できるわ。井岡君だって、すごく頑張ったんだもの。その頑張りは新入部員を入れるよりも大事なはずよ」
いつもはヘラヘラしている顔が今はとても頼りある顔になって水城の胸を温めた。水城は何も言えなくなった。その代わりにシンが訊く。
「でもさ、抗議とかはまずいでしょ? 最悪の場合、解雇されちゃうかもだしー。だからさー……」
「Nothing ventured, nothing gained.」
日野はたった一言そう口にして教室を飛び出した。
「あ、日野たん!」
シンが彼女の名前を呼んで諌めようとするが走って行ってしまい言葉は届かない。シンは無意識に水城を見た。
それを合図にして水城は日野を追うため、他の四人と一緒に教室を出るが、すでに日野の姿はない。
「足が速い」
「マジだ」
水城の率直な感想にシンが同意すると火也が二人の発言を否定する。
「そんなこと言ってる暇じゃないよ! 早く日野ちゃんを追わないと」
火也に言われて二人はまたきりっとした表情を取り戻し、校長室へと続く道を走った。
校長室はこの第三校舎から一番遠い第一校舎の一階にある。距離を時間で表すなら歩いて約五分の位置。走ればその半分の時間で行ける。
「そう言えばさ、日野たんは何言ってたの? 誰か和訳して」
走りながらシンが訊いた。
真っ先に海斗が目をそらし、ヒカルは首を傾げた。どうやら英語は苦手らしい。実は水城も英語は得意でない。日野が部活の時に教えてくれたりすることもあるが、正直覚えてはいない。
たった一人、首を傾げることをしなかった火也を水城は見る。
「小柳は分かんのか?」
「危険を犯さなければ、何も得られない。〝虎穴に入らずんば虎子を得ず〟ってことだよ」
火也の和訳を聞いて、水城は目を丸くした。
日本語だとあれほど間違えていたくせに英語だと合わせられるとは。英語教師の意地だろうか――さすが教師だ。
水城は日野のもとへと急いだ。




