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文化系男子部  作者: 華由
第七章 和を以て貴しとなす
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2

 ――始業式二日前――。

「シンちゃん、遅いね」

 完成したサウンドを流しながら火也が呟いて、水城は手を止めた。

 時刻は午後三時。暗黙の了解となっている集合時間は五時間も前に過ぎている。昨日の作業終わりにパソコンを持ち帰って、家でもやると言っていたがどうなったのだろうか。まさか遅くまでやっていて、爆睡でもしてしまったのだろうか。

「確かに遅いな」

「うん。体調崩しちゃったりとかしてたらどうしよう?」

 水城と火也は互いを見合った。その時、部屋のドアが音を立てて開き、二人が急いでそちらへ焦点を合わせると、眠そうな顔でパソコンを持っているシンが「よー」と気の抜けた声で挨拶した。

「シンちゃん!」

 火也が輝いた目で彼の元へと駆け寄った。するとシンは持っていたパソコンを火也へと手渡す。

「ゲーム制作ってフォルダに全部入れてある……。好きに使っていいから、カヤちゃん、あとはよろしく」

「え? もしかして全部描けたの?」

 火也が問いかけるとシンは眠そうな顔で頷く。

「今さっき完成した」

「もしかして一睡もせずにずっとやってたの!」

 高めの声で火也が驚きを口にして、シンは「声が響く……」と少し眉間に皺を寄せつつも再度頷いた。

「シンちゃん、お疲れ様。あとはボクたちに任せて、ゆっくり休んで」

「んー、ありがと。じゃあオレ、ちょっと寝る、から……」

 相当疲れているのか、シンはその場へ倒れ込むように寝転がった。そして数分も経たないうちに寝息を立てて眠り出した。シンを労わるように水城はベッドに置いてあった布団を火也へと渡す。

「かけてやれよ」

 火也はにっこりと頷いて布団を受け取り、そっとシンへかぶせた。その姿を見届けてから水城は静かに立ち上がってキッチンへと向かった。

 まさかシンが完成させてくるとは思ってもなかった、しかも一睡もしないで作業を続けるとは。大した根性だ。外見や話し方だけで人は判断するべきではない。水城は心の中でもう一度、シンを称賛した。シンはすごい、と。

「完成に近づいたわね」

 キッチンに入るなり、そこへ居た日野が口を開けた。どうやらコーヒーを作っていたらしい。

「ああ。背景、サウンド、歌、キャラクターが完成した。今、小柳がそれを一つのパソコンに入れてゲーム制作ソフト使って作業してる」

「そっか。あとはシナリオね」

 日野に言われずとも分かっている。本来なら最初に出来上がった方が良いものが未だ完成していない。まあゲーム制作をするのは初めてなので、それは水城の見解でしかないが。

 でも完成はさせる。自分がやると言ったことだし、何より今は、頑張ってくれているみんなのために。

井岡(いおか)君、何だか楽しそう」

 日野が作ったばかりのコーヒーを水城へ手渡しながら言った。水城はそれを素直に受け取りながら答える。

「まあ、それなりに」

「素直じゃないのね」

「うるせぇよ」

「まあでも楽しいのが一番よ! 和を以て十となすって言うものね」

「違ぇし。アンタ、バカなの?」

 日野が「もう!」と普段通りに食いついて文句を言う。水城は相変わらずの態度でそれを流して相手する。

「私だって、英語ならいっぱい知ってるのよ!」

 もう何度も交わしているはずなのに、最近はこのやり取りも何だか楽しくて仕方がない。あんなに嫌がっていたはずなのに、ゲーム制作も楽しい。シナリオだって、誰かの意見を聞きながら書ける。頑固でいたはずの自分がいつの間にか誰かへと頼るようになっていた。

 でも悪いことじゃない。それを周囲が態度で表してくれるから、無条件でそう信じられる。もっと早く気付けば良かったと思うほどに。

「ちょっと井岡君、聞いてる?」

「聞いてる、聞いてる」

「もう!」

 水城は静かにコーヒーを口に運んだ。今日も味と香りは変わらない。甘ったるいまま。だけど嫌ではなかった。


 ――始業式前日――。

 全員の視線は懸命に鉛筆を走らせる水城にあった。

 今日はいつもより遅めの午後二時集合。シナリオ以外は完成しているので、その時間でもまったく支障ない。そもそも明日から新学期なのだ。普通なら明日のためにゆっくり休む。水城の今までがそうだったので、彼らが遅く来ても納得できる。でも彼らが集合時間を遅くした理由は他にある。きっと少しでも水城が集中を遮らないように気を遣ったが、進行状況が気になって結局来てしまったというところだろう。

 だが間は悪くない。シナリオは最後の文を書けば完結となる。それを見計らったように来た彼らを水城はどこか奇跡的なものを感じて、走らせていた鉛筆をそっと止めて全員に訊く。

「なあ……最後の一文、どうする?」

 突然の問いかけに全員の表情が止まった。それもそうだろう。今までは一人で書くと言っていたやつが最後になって、全員に物語の終わり方を訊いたのだ。現に訊いた本人でさえ驚いているのだ。全員が驚いても仕方ない。

 驚愕に静寂を貫く中、シンが真っ先に答える。

「オレは水城の好きで良いよ。水城の文、なんかいーからさ。水城が思う最高の形で終わらせれば良いんじゃない?」

 シンの意見に火也も大きく頷く。

「うん。ボクもシンちゃんの意見に賛成! 水城君が思う最高の終わり方がボクらにとっても最高の終わりだと思う」

「賛同。井岡先輩、素敵」

「ああ。オレも異論はない。井岡が追求した美のセンスの集大成をそこに魅せればいい」

 ヒカルと海斗も異なる意はないとその旨を伝えた。

 考えるのが面倒だから放棄したわけではない。ただ四人は水城を信じて、認めているからこその意見。それは説明されなくても分かる。

 水城はそっと視線を日野へと移した。

 ――なあ、オマエはどう思う?

 目で問うと、日野はにっこりと笑って頷くだけの返事をした。

 満場一致。その意見に今度は水城が頷き返して、また鉛筆を動かす。

 迷いはなかった。徹夜で一睡も寝てなくて睡魔も酷いが、それすらも忘れそうになった。水城はみんなが見ている中で最後の一文を書き終えた。

 水城は深呼吸をして鉛筆を置く。その瞬間、

「やった、完成じゃん!」

 意外にもシンが間髪入れずに歓喜の声を出した。そして水城の手をぎゅっと握った。その手が当初の謝罪と完成の礼を伝えているように感じて水城は目を見開いた。そこへ気持ちを上乗せるようにヒカルと海斗の手が加わる。

「感動……!」

「頑張ったな、井岡」

 ずっと鉛筆を握りしめていたせいで痛みを感じていた手がだんだんと温かくなる。

「水城君、ありがとう!」

 火也が両手で四人の手を包んだ。その刹那、水城の胸が途端に熱くなった。これまで何度も物語を、文を紡いできた。でもこんなふうに胸が熱くなったことはない。こんな気持ちは初めてだ。

 物語は作者が頭で想像して、それを様々な方法で組み立てていくものだと思っていた、たった一人で。仮に一緒に作業をしたとしても、自己の感性が一番であとは組み合わせるだけの無味な作業だと思っていた。だけど違う。誰かと一緒に物語を作るということは容易ではなく、でも簡単にいかないからこそ、こんな感情を生まれさせる。

 あまりにも温まりすぎて思考回路すら上手く働かないのか、それとも徹夜作業で疲れているのか。水城はそんならしくもないことを考えてしまった。

「……遅くなって悪かったな」

 台詞も自分らしくない。水城は言いながらも、心の中でツッコミを入れた。でも笑う者はいなかったので、その言葉は間違っていないと強く思う。

『物語を作るのが好きなら、そういう作り方も好きになろうよ、ね?』

 日野が言っていたことが水城の頭を廻った。ずっと胸をしめつけていたものが音もなく解けていくのを感じる。

 ――悪くない。

 水城が温かな余韻に浸っていると、日野が目を覚まさせるように両手を合わせて合図を取る。

「あとはシナリオを打ち込んだら完成ね」

 日野に言われて水城たちは慌てて手を離し、大事なことを思い出したようにパソコンへと急いだ。

「水城はタイピングスピード、マジぱない?」

 シンに問いかけられたが水城は期待を裏切って、首を左右に振った。

 水城がデジタルで小説を書いていたら自然と身に付くスキルだろうが、デジタルよりアナログ派の彼にとってタイピングは難敵とも呼べる。

 シンが火也、海斗、ヒカルを見たが、タイピングスピードはイマイチと告げる。

 最後の最後で問題発生かと思われたその時、日野が完成したシナリオを手に取った。

「私がやるわ」

「オマエ、できるのか?」

 水城が全員の意見を代弁すると、日野はびしっと人差し指を立てた。

「先生をなめないの。見てなさい」

 日野はパソコンの前に座ると、火也が丁寧にマウスでクリックを繰り返して、タイピング方法を説明した。日野は了解を口にして、まずは深呼吸。そしてキーボードへと手をかけた。すると驚くほどの速さで文字が打ちこまれていく。この世で一番のタイピングスピードではないかと疑ってしまうほどの腕前に、その速度に五人の生徒は口を半開きにさせたまま、目を見開くしかなかった。


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