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――始業式五日前――。
「なに、このキャラデザ! カヤちゃん、絵の才能皆無すぎでしょ!」
「シンちゃんが来ないのが悪いんだよ!」
やっとメンバーに加わったと思ったら、シンは先程からずっと火也のキャラクターデザインを見ながら笑っている。もう残り日数が少ないというのに余裕なやつだ。水城がたまに目の端で全員を確認しながらシナリオを書き進めていると、突如、シンが水城の視界に大きく映った。
「あー、そーだ。オレにもさ、内容教えてよ。水城ー」
鬱陶しいほど近寄ってノートを覗こうとするシンを水城は鉛筆を持っていない方の手で押しのける。
「なにー? もしかしてー、水城はオレにケンカ売ってるんですかぁ?」
「その話し方と外装をやめたら、オレの近くにいることを許してやる」
「はあ? 何、その上から目線。マジ、うざー」
「うるせぇのはオマエの話し方だろ」
水城とシンの視線がばちっと火花を散らす。そこへ慌てて火也が割り込む。
「あー、もう! 二人ともケンカしない。設定やあらすじはボクが説明してあげるから」
「じゃあオレが説明する。生徒のための教師による、美の極みの奥にある、恋愛の」
「海君は黙って! 意味が全然伝わらないし、〝の〟がうるさいから」
火也に止められて、海斗が不服そうな顔を見せた。その隣でヒカルがくすくすと笑い声をあげる。
「小柳君、年下? 違う、年上?」
「ヒカルン、それひどぉ! まるでオレら二年生組が一年生にかなり劣ってるみたいだって。こーなったら新学期始まってから、二年生の意地としてオレがどれだけ頭いいのか教えてあげるしかないな」
シンが嘆き、火也は呆れて返す。
「新学期始まったら三年生になるんだよ。新学期後も二年生の意地だと困るって」
「カヤちゃん、ちょいちょいオレのことバカにしてない?」
「それよりもほら、設定とか説明するからこっち来て」
火也が手招きするとシンは素直にそちらへ向かい、またヒカルが音無く笑った。
水城は乱された集中力を取り戻すために、一つ深呼吸してまたノートへと向かう。たまに聞こえる声は騒がしいけれど悪くはない。笑い声で色付く部屋の中、水城はノートに鉛筆を走らせた。
――始業式四日前――。
今日の作業は学年で分かれていた。水城とシンと海斗は水城の家で各々の制作を進め、火也とヒカルは学校でサウンドや、歌を録音している。ちなみに日野は午前中を水城の家で過ごし、昼食後は学校組の方へと行ってしまった。
水城はあれから何時間が経過しただろうとノートと睨めっこしていた顔をあげた。時計よりもまず窓の外が夕方だと伝え、次に時計を確認と思ったその刹那、シンがこちらをじっと見ているのが目に入った。このまま無視しようと水城は考えたが、あまりにも視線が刺さるので手を止める。
「見んな。……何だよ?」
「えー? なんか水城さー、日野たんが学校行ってから機嫌悪くなーい?」
女子高生みたいな喋り方をするシンの頭よりは悪くない。水城は憎まれ口を胸の内で叩いたあと、頬杖をつきながら訊く。
「機嫌?」
「そーそー。……あー、なあ! もしかしてさ、水城って日野たんが好きなの?」
「はあ? 何言って……」
「だからカヤちゃんたちの方に行ったのが気に食わないとかぁ?」
「違う。……馬鹿なこと言ってないで、金澤も少しは月原みたいに黙って作業しろ」
何を言い出すかと思えば……。水城は自身に言い聞かせるが心臓は大きく高鳴っていて、馬鹿はどっちだと自身に問いかける破目となった。
その時、バタバタと足音がして、水城の心臓が跳ね上がった。噂をすれば影がさす、という言葉があるが、まさにそれだ。
音を立てて開くドアへと水城は無意識に視線を集中させた。
「ただいまー。サウンドはほぼ完成したよ」
一番に顔を見せたのは火也だった。ほっとするような、がっかりのような、不思議な感情が水城の心中をぐるぐると回る。その様子をシンがにやにやして見る。当然、事情を知らない火也たちは首をかしげるが、火也も好奇心旺盛なタイプなので、すぐにそこへと飛びついてきた。
「何かあったの?」
「実はー、水城がぁー」
「だから違うって言ってんだろ!」
水城が声を張った瞬間、ヒカルと日野が驚くように部屋の中に入ってきて、火也と同じ質問を口にした。
シンは日野を見るなり、さっきよりもにやついて水城へ視線をやった。それが気に食わなくて水城が眉間に皺を寄せる。すると火也とヒカルが顔を見合わせて「なるほど」と口を合わせた。海斗は懸命に笑いをこらえていた。その中で日野だけが首を横向きに倒していて、意味の不理解を訴える。
「みんな、どうしたの?」
「何でもないから気にしないで。ね?」
火也は日野の質問に答えながら、ふと水城とシンが作業している机へと目を向けた。机上には何十枚ものキャラデザと一冊のノート。
「すごい、シンちゃん。もうキャラデザ、ほとんどできてる!」
「まーね。あとはパソコンで色塗ったりするだけかな?」
「ただのチャラ男じゃなかった!」
「カヤちゃん、その表現なんかひどぉ!」
火也とシンが毎度の絡みを行なっている中で、ヒカルが海斗の描いた背景を凝視する。
「綺麗、素敵。月原先輩、すごい」
「オマエ、オレのこの美のセンスが分かるのか」
確かに背景に関しては途轍もない美的センスがあるかもしれない。ビビッドな色彩服を着ている姿からは想像もつかないくらいに。水城がぼんやりと考えていると、その横へといつの間にか日野がいて驚いた。しかもノートが奪われていたことに今、気付く。
「勝手に見んなよ」
「すごーい! もう半分以上書いたのね」
日野が感嘆をあげれば、他のメンバーたちも直ちに集まって、そのノートを覗き見た。その情景に、水城は少し背筋を伸ばした。そして自然と発する全員の感想へ耳を傾ける。
「ホントだ! 水城君、すごい」
「完成、近い?」
「だねぇ。いやー、水城すげぇよ。オレらも頑張らねぇとなー?」
「ああ。オレの背景もほんの少しで終わりだ」
「よし! じゃあみんなで頑張りましょ。先生も応援してるわよ」
誰もマイナスのことは言わなかった。批判もなかった。むしろ、水城の書く世界を受け入れて、称賛してくれている。そのことに水城はほっとした。それと同時に、今までになかった類の喜びが胸をゆっくりと包み込んだ。
「一発録りだから変だったら、ごめんね」
水城が胸に感動を抱いていると、火也が突然そう言って海斗にCDを手渡した。しばらくして、パソコンから音楽が流れ始める。
ドラムやキーボード、ギターの音が綺麗に響き、火也の澄んだ歌声がすべてを包みこみ、奏でる。これまでに聴いたことないほど、火也の歌は楽しそうで心の奥を温める。
耳にも胸にも優しい歌声はとても心地よく、いつまでも聴いていたかった。
――始業式三日前――。
「なあー、延長コード使ってコンセント差せばよくね?」
延長コードを振り回しながらシンが言い、水城は溜め息をつく。
「オマエら、何台パソコン使って作業するつもりなんだよ?」
「六台だけど、なにか?」
「オレん家のブレーカーが落ちたら、どうしてくれんだよ? 冷蔵庫が終わるじゃねぇか」
「大丈夫。一秒、二秒で腐るようなプライドのないやつはいないってー」
「そういう問題じゃねーよ」
不毛にも取れる口論を二人が続けていると、その中へと火也が加わる。
「ブレーカーが落ちたらパソコンがおじゃんになるかもしれないよ」
「バックを取れば大丈夫だって」
「バックアップ失敗したら意味ないけどね」
火也の一言にシンが黙りこくった。しかし火也は平然としていて「最低数あればいい」と言いながら三台のパソコンを立ち上げた。シンもしぶしぶ納得して彼に従う。
最近、水城は気付いたのだが、シンは何かと火也に頭が上がらないらしい。でも年下ながらにしっかりとしている火也と年上ながらに子供じみているシンは決して相性が悪くないので不思議だ。
水城は随分と進んだ鉛筆を一度止めて、シンへと目線を合わせる。
「キャラデザの下描きはもう終わったのか?」
「うんうん。あとはーパソコンでペン入れして、色塗りしてー仕上げって感じかなぁ? 水城は?」
「オレは起承転結の転の辺りだから、あと少しだ」
「おー、やるじゃぁん!」
シンが褒めながらノートを覗き込んできた。
最初はシンに物語を見せるのが嫌だったが、ここ数日で水城の心境は大きく変化した。まだ三日しか一緒に作業してないが、シンの制作模様はとても真剣で、絵を描く眼差しはどこか自分に似通っているものを感じた。訊いてみれば「絵はただの暇つぶし」とシンは言った。自分のような執着はないらしい、でも決して好感を下げることはなかった。シンの作業時に見せる集中力は作業中の自分の集中力にとてもよく似ているから。
喋り方や身なりはまだ好きになれないが、それでも認める存在ではあると、水城はこの数日で思った。日野が以前言おうとしていた、案ずるより産むが易しとは上手く言ったものだと水城は感心する。
水城は軽く説明をはさみながらシンにシナリオを見せていると、ふと視線を感じて顔をあげた。すると近くにいた日野と火也がこちらを見ていて、その後は二人で顔を見合わせて微笑んでいた。水城は少しむっとして二人を見つめたが、海斗とヒカルの声がして反射的にそちらへと視線を持って行く。
「完成?」
「ああ、背景はすべて完成だ」
「ボク、できない、絵、下手。月原先輩、すごい」
「ならば今度、背景画の描き方を教えてやる。オレの美のセンスを教えてやる」
「……うん!」
どうやら背景が完成したらしい。
歓喜するヒカルを視界の端へ映しながら水城はパソコン画面が見える位置へとゆっくり移動した。するとは美しい背景がパソコン画面を彩っていた。
ヒカルが興奮する理由も分かる。
「うわぁ、すごくない? 海斗、天才じゃん」
「ホントだ、すごい! さすが海君! ボクもあとちょっとだし、負けてられないね」
水城の代わりにシンと火也が感服した。それを聞いた海斗は天狗になって、自慢そうに背景のポイントを語り出す。しかしそれが減点を招いたのか、褒めていたはずの二人はさらっとその場を離れ、やるべき仕事へと戻った。やや不満を口にするかと思ったが、今回はヒカルが熱心に耳を傾けていて、海斗も上機嫌のままだ。
その姿を少し眺めて、水城もまた持ち場へと戻った。鉛筆を握ってノートの上を走らせると胸が騒いだ。
最初は鈍行。でも今は急行で物事が進んでいる。今日は背景が完成した。サウンドも今日中にできるだろう。画面を動くキャラクターもあと少しで完成する。火也も言っていたが、自分も負けていられない。絶対に完成させたい。いや、完成させる。このメンバーで絶対に。
水城は力強く文を紡いだ。




