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文化系男子部  作者: 華由
第六章 案ずるより産むが易し
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7

 携帯電話で時刻を見ると、もうすぐ約束の九時になろうとしている。火也は学校の校門にもたれつつ、それを確認すると辺りを見渡した。

 空は暗く染まり、風はまだ時折寒さを感じさせながら吹いている。今日はすでに学校も閉まっているようで、人気はまったくない。近くに設置されている街頭と学校に隣接している家だけが光を灯していて、その他は不気味な黒色を保っていた。また背景に灯りのない学校が加われば、それはよりいっそう引き立てられる。そんな中、火也は一人でシンを待っていた。

 怖くないのかと問われれば怖いかもしれないが、こんな光景は日常茶飯事なのでもう慣れつつある。田舎の午後九時など何か特別な理由がないかぎり多くの人は歩いていない。すれ違うことがあったとしても数えるほど。あとは車くらいだ。どちらかといえば、人とすれ違うより車とすれ違う方が多い。現に、火也がここへ来るまでの三十分、すれ違ったのは仕事帰りのおじさん一人と車二台だった。

「シンちゃん、遅いなあ……」

 首を何度も左右に振ってシンの姿を探す。すると学校へ着いた時にはまだ灯りがついていたはずの家の電気が消えているのを火也は発見した。それがすでに時間が遅いことを告げられたようで少し焦る。

 火也の家は十分ほど二車線車道の通りを歩いた後、車が一台ぎりぎり通れる細い道へと入り、その先を二十分ほど歩いたところにある。しかもここより極端に街頭が少なく、数百メートル先にあるかないかの確率。そこで頼りになるのは家の灯りで、夜はそれを頼りに帰宅する。しかし時間が経てば経つほど灯りは消えていく。午後十一時にはほとんどの家が灯りを消しているので、それ以降の帰宅は危険となる。

 火也はさらに周囲を見渡した。その時、右方向から足音が聞こえ、火也はそっちへと目を向けた。すると街頭の光に照らされたシンの顔が見える。

「シンちゃん、来てくれたんだ!」

 火也は笑顔を浮かべて、そちらへと駆けた。そして互いの顔がよく見える位置まで行くと、火也は足を止める。

「一緒にやろうよ、シンちゃん」

 言った後に、〝ゲーム制作を〟という主語を付け忘れていたことに火也は気付いたが、意味が十分伝わっているようで、シンは目をそらす。

「シンちゃん、覚えてる? ボクとシンちゃんが出会ったのって」

「軽音部の部室」

 まだ話そうとしていた火也の言葉を遮って、シンが言葉をはさむ。

「オレが荷物置き場探してて、それで軽音部行ってカヤちゃんと会った。気が付いたら、そこで作業するのが普通になってた」

「うん。だからボク、廃部になってあの部室がなくなるのが嫌なんだ」

「……知ってる。水城と話してるのを聞いてたから」

 火也の頭の中で今日話していたことがよみがえる。あの言葉、すべてを聞かれていたかと思うと恥ずかしくて、火也は視線をアスファルトに落とす。

「ボク、シンちゃんも一緒の方が楽しい。だから一緒に作りたい」

「水城と仲良くできないかもよ?」

「いいよ。そしたら今みたいにボクがまた二人の間に入って頑張るから」

「ずいぶんと時間かかってるけどぉ?」

「そこは言わないでよ!」

 火也は下へ落としていた視線を再びシンへ戻した。そこでシンと目が合う。シンの顔は少し微笑んでいて、火也がいつも見ている表情に近い。それにつられて火也の顔も綻んだ。

「シンちゃん、一緒に作ろう。ボクはみんなで作って、廃部を免れたい。その〝みんな〟の中にはシンちゃんも入ってるんだ。入っててほしい。大丈夫だよ、水城君にも『シンちゃんと仲良くしてあげてね?』って言ったから」

「あー、だから水城が変なこと言ってたんだ」

「変なこと?」

 何かを納得するシンに火也が訊く。

「んー? さっき会った。何か仲良くしてくれるのか嫌なのか、いまいち分かんなかったけどさ。……てかさ、その言い方じゃ、オレ、友達いないみたいじゃん!」

「えー? でも実際、友達少ないよね」

「……カヤちゃん、ひどぉ」

 じゃれるように言葉を重ね合わせて、火也がその波に乗って、もう一度「シンちゃんも一緒に作って」と頼みを口にする。ずっと何日も考えていたはずの言葉が予想以上にすらりと唇を通り抜けて、火也は思わず笑いそうになった。悩んでいたことさえ懐かしい。

「……オレさ、友達いらないよ?」

「え?」

「カヤちゃんと海斗以外に友達いらないけどさーあ、仕方ないから水城とヒカルン、あと日野たんも友達カテゴリーに入れてあげよっかなあ……なんて」

 上や下へとなかなか定まらない目線でシンは言った。照れていた。

 もっと素直に言えばいいのにと火也は思うも、それ以上に一緒にゲーム制作をするという言葉が嬉しくて、

「シンちゃん!」

「カヤちゃん……!」

 火也がこれまでにない満面の笑みでシンを見た。そしたら何を思ったのか、シンが両手を広げる。

「え? 腕の中には飛び込まないよ?」

「あれ? そーゆーシーンじゃないの?」

「うん、違う。そういうのは女の子としてよ、気持ち悪い」

 火也がさらりと言ってのけると、シンが耐え切れないと言わんばかりに吹き出す。

「いつものカヤちゃんだ」

「いつも通りじゃなかったのはシンちゃんでしょ? ボクはずっといつも通りだったから」

 火也がそう言い返せば、どちらともなく笑い声がこぼれた。

 何がおかしいとかはない。ただ、今まで耐えていた痛みが消えて、互いの視線が胸を癒す。その温もりが何故か、くすぐったくて笑うしかなかった。

 辺りは暗く、風も冷たい。だが紅潮する頬にはすべてがちょうど良かった。寒くもないし、気持ちも、もう暗くない。

 二人はしばらく笑い続けた後、携帯電話で時刻を確認して驚く。会ってから三十分が経過していた。

「カヤちゃん、早く帰らないとヤバいんじゃない?」

「うん、帰る」

 シンの気遣いを受け取って、火也は帰路へと急ぐ。

「じゃあね、カヤちゃん」

 背を向けて帰ろうとした時、聞こえた別れの挨拶。それを聞いた瞬間、火也はふと一つのことを思いだす。火也は来た道を小走りで戻り、シンの近くへと足を止める。

「何か忘れもの?」と首をかしげてシンが訊くと、火也は持ち前の笑みを浮かべながら、シンの腹に思いっきり拳を入れた。

 痛々しい音が夜の空気中に響き、シンも痛覚の伝達により声を出す。

「ちょっ、カヤちゃん! 急になに? ひどくないっ!」

 拳の当たった腹をさすり言うシンは、攻撃した火也から見ても痛々しく見えるがそこは気にしてはいけない。なぜなら。

「メールを無視した恨み」

 火也がにやりと笑ってみせるとシンもそれなら仕方ないと項垂れた。

「それは確かにオレが悪いわ、ごめん」

 別に謝罪が欲しかったわけではないけど。

「じゃあまた明日、水城君家でね。バイバイ!」

 火也は優しく微笑んで、今度こそ帰宅する道へと足を向けた。

 夜空に包まれた道は暗く、十分も歩けば街頭の灯りも少なくなっていく。でも怖くはなかった。道はきらきらと光っていた。


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