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春休みもあと数日で終わる。
いつもなら海斗の家へ泊まったり、遊びに行ったりしていた。だが今回の春休みはほとんど家で過ごしていた。当初の予定なら火也と海斗を連れて、三人で遊び倒す予定だったのだが、廃部危機により計画のままで終わってしまった。
春休み初っ端で火也と口論したことからシンは外出する気になれなくて出かけずにいた。そうしていたところ、いつの間にか海斗も火也たちと楽しくゲーム制作を始めていて、シンは暇を持て余すしかなかった。
でも自分にとってはどうでもいい話だ、そこへ加わる気などない――と思っていた。火也と水城の会話を耳にするまでは。
顧問の先生に言われて軽音部の部室へ荷物を取りに行った時、何故かそこには火也と水城がいて二人で話していた。内容はシンのこと。割って入っても良かったが、それはできなくて、行儀悪いが外で立ち聞きをしていた。
「ボクにとっては大事だから失いたくない――か」
火也が廃部にこだわっていた理由は部活への執着心ではなく、シンとの思い出の場所を失くしたくないという何とも女々しい一言だった。でもその気持ちはシンの胸を温める。
軽く話をしたりする友人もどきや、楽しむだけのデートをする女子はたくさんいる。しかし近くにいるのが自然で、胸を温めてくれる本当の友好関係は火也と海斗にしかない。その友人が自分との思い出を大事にしてくれて、喜ばないものがいるだろうか、いや、ないだろう。嬉しいに決まっている。
できるなら、その中に入りたい。シンはあの時、強くそう思った。だが、自分があの中に入ることでまた関係性が崩れることがあってはいけない。
春休みも今日を含めて残り六日。しかし今日もあと九時間も経てば終わるので、実質言えば六日もない。今、メンバーに加わって邪魔したくない。
シンはそんなことを考えながら自身がいつも使用しているベッドへと身を倒した。
「明日も学校かー……」
結局、軽音部の部室から荷物を持ち帰らなかった。二人が話している途中で、シンは帰宅した。よって明日、もう一度行かなければならない。思うだけで足が重くなる。面倒臭いからか、もっと別の理由があってか。どちらにせよ、シンの足に苦痛を伝えるのは変わりない。
苦痛から逃げるためには寝るのが一番だ。
シンが目をそっと閉じようとした時、ベッドの枕元に置いていた携帯電話がメールですよとうるさく騒いで、仕方なくシンはそれを手に取った。
「……誰ですかー?」
シンは気だるげにメールを開いた。すると目に飛び込んだのは〝カヤちゃん〟という表示と彼が書いた本文だった。
シンは書いてある内容を急いで見た。そこに書いてある文は二十字にも満たない言葉だったが、彼の心意は強く伝わる。
「カヤちゃん……」
小さくメールの送り主の名を呟いて、シンは枕へ顔をうめた。……メールは返さなかった。
今日は珍しく家族の帰りが早く、いつもより早めに夕食を取り終えたので、これまた珍しく水城は外を歩いていた。歩くことに特別意味はない。ただ夜の散歩もたまにはいいかもしれないと思ったからだ。
「らしくねぇな」
一日の感想を述べるならその一言に尽きる。
今日の水城はらくしないことばかりだった。今までは無理だと言っていたことを受け入れたり、日野に関して何かイライラしたり、妙に火也と日野の接触が気になったり。これまでやってこなかったことをすべて一気に始めたような気分だ。しかし不思議と嫌だとは思わない。自分でも吃驚するくらい素直に人の意見が聞ける。
きっとこれが人間の生態なのだ。変な論理をこじつけていくと無駄なほどに納得してしまって少し悔しい。だがそれすらも、まあいっか、の短文で片付けることができる。
「それにしても……、アイツらの意見は支離滅裂だな」
主人公を男にして、男性向け恋愛ゲームにすることは満場一致。問題があるのはその後だった。
攻略対象の女を何歳にするのか、どんな性格にするのか。過去やコンプレックス、その他にも趣味や主人公との関わり。すべての意見がバラバラだった。
火也は格差社会を描きながら音楽を広めるとか言い出すし、ヒカルは影のない少女の実態を暴いたら実は幽霊だったとか言っていた。海斗に関しては美のセンスを生かした人の恋愛の事情とそれにまつわるすべてとか、もう意味が分からない。日野は日野でまた水城のベッドで眠っていた。
個性が強いのは結構だが、ここまで統一性がないとまとめるのも一苦労だ。最終的には教師と生徒の恋愛ゲームにしようと火也が上手く言いまとめてくれたが――海斗は少し不服そうだった――よく考えてみると舞台を学校と仮定して背景やサウンドを作っていたのだ。その主軸を抜いてしまっては元も子もない。
「教師と生徒か」
水城は歩を進めつつも頭の中で情景を描いてみる。
主人公は自分たちと同い年の方がきっと書きやすい。そうなれば必然的に教師の性別は女となる。では次に二人の距離感を――と、水城が考えていると前方から一人の男が俯き歩いてきて、彼の視界がそちらへ動く。シンだ。
「金澤……」
水城が男の名前を呼んでやると相手もやっと水城の存在に気付いたらしく顔をあげた。水城が立ち止まると、同じようにシンも止まる。
言葉のないシンの反応。声をかけたのは良いが話すことが思い浮かばない。会話のストックが少ないのは不憫なことである。水城は黙り込んだ。
会話がないまま互いの目を見合って数分が過ぎて、シンが先に口を切る。
「……オレ、用があるから」
シンは日中とは異なる暗い空へ視線を投げ、水城の横をそのまま通ろうと動く。
彼がどんな用事を抱えているかは興味ないが、このまま何も言わずに横切られては困る気がした。部室で火也の話を聞いているからこそ。
水城はそっと口を開ける。
「オマエ、キャラデザ描けよ」
「んー? なにさ、急にー」
「小柳が言ってた。部室を失いたくないって。その理由はオマエが……」
「知ってる。今日、オレも部室行ったからさぁ」
立ち聞きとは趣味の悪いヤツだ。水城は溜め息をつく。
「オレはオマエが苦手だ。だから仲良くする気がねぇと言えばねぇけど、仲良くしねぇ気も……」
「意味分かんないって、それー」
「オマエが最後まで聞かねぇからだろ」
「はいはい。じゃー、オレ用事あるから。じゃあね」
シンは早々と会話を切り上げて、水城の前から去って行った。少し離れたところで振り返れば、シンも首だけで振り返っていて、手をひらひらとさせてバイバイの仕草をしていた。
さすがに水城は同じ仕草をしなかったが、その代わりに彼の姿が曲がり角に差しかかりその姿が見えなくなるまで見送った。




