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文化系男子部  作者: 華由
第二章 腸が煮えくり返る
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 終業式も終わり、春休みがやってくる。水城(みずき)はこの季節の長期休暇がどの休暇より好きだ。なぜなら夏休みは学園祭準備や休暇の前期と後期にある補習、そして馬鹿みたいに多い宿題に追われ、自由時間がつぶれる。冬休みは年末ということもあって、大掃除や田舎独特の挨拶回り、宿題で時間が奪われる。でも春休みは違う。宿題もなければ、特に大きな行事もない。だから自由な時間がたくさん取れる。そう、春休みは小説を書くには絶好な休暇なのである。

 しかし、それを廃部危機という理由で奪われるとは思ってもいなかった。どうなるのかは分からないが、それでも春休みが日野(ひの)の言っていたゲーム制作に奪われることは予想できる。

 心底面倒くさいと、水城は思う。今だって、放課後の教室に残っている暇があれば、早く帰宅して小説を書きたいという欲求が頭を駆け回っている。しかしながら昨日、日野と約束したことを破るわけにはいかない。嘘をつく、約束を破る。この二つは絶対してはいけないという禁止項目。水城の自己ルールだ。

 水城はあふれ出しそうな不満を理性で止め、机に伏せていた顔をあげた。すると黒いレインコートに身を包んだ人が彼を見下ろしていた。

 まるで物語に出てくるオカルトマニアのような格好に、水城は少々たじろぐも相手を切れ長の目で睨みつける。

「何だよ?」

「……放送部部長、一年、黒木(くろき)ヒカル。部長、ここ、集まる?」

「ああ、……うん?」

 水城が少し困ったように返事すると、ヒカルが首を傾げた。

「……名前?」

「あ、え? 名前?」

「……アナタ、名前?」

 どうやら自己紹介をしろということらしい。

「あー……えっと。井岡(いおか)水城、文芸部部長」

 水城が簡潔に答えると嬉しそうにヒカルの口元が吊りあがった。でもそれだけ。その他の反応や言葉はなく、二人の会話は自然と止まった。そして風の音が二人の間を吹き抜けていく。

 静かな空間が苦手なわけではない。その証拠に小説を書く時は物音の少ない場所を水城は好む。でも誰かといる時の沈黙はあまり慣れていないからか、少し戸惑ってしまう。

 水城は時折、ヒカルへちらりと目を向けるが、ヒカルは窓の外を眺めているのか、こちらの目線には気付いていないように見える。まあフードで隠れて見えないヒカルの目がどこを向いているのかなど断定できないのだが……。

 ずっと続く沈黙をどうにかして打ち消したい。そう水城が思った瞬間、閉まっていたドアが音を立てて開いた。

「おっじゃまぁ! ゲームの打ち合わせってー、こーこでーすかぁ?」

 顔を見せたのは水城がよく知っている顔だった。水城はその顔が見えたと同時に眉間に皺を寄せる。

 彼の名前は金澤(かなざわ)シン。この学校で水城が一番苦手とする人物だ。独特な語尾の響きを用いた言葉遣いと鬱陶しそうなアクセサリー。それは見るからに軽薄さを表していて、正直、好んで近付きたいとは思わない。しかし彼とは何かと縁があるのか、一年の頃からずっと同じクラスで、五回も隣席になったことがある。そのこともあってか、水城は普通以上に彼を苦手として見ている。

 やっと来月まで顔を合わせることはないと思っていたが、まさか彼が廃部危機の部に所属しているとは思ってもいなかった。

 仕方がない。ここはヒカルを全面的に前へ出し、自分はその後ろに隠れていよう。声さえかけられなければいいのだ。水城は早々とシンから視線を外し、そのまま机に突っ伏そうとする。

「あっれー? 水城も廃部危機なのかよぉ。オレら、おそろいじゃぁん?」

 無理だった。

 騒がしい足音を立てて、シンは水城の側へと寄ってくる。

「……勝手に名前で呼ぶんじゃねぇよ」

 不機嫌全開で水城が言った。

「いーじゃん! オレらさ、いろいろ運命的みたいな感じ的な?」

 軽くシンが笑う。

「オレは思ってねぇ」

「えー? 水城ってば、マジノリわりぃ! ここはさー、嘘でも〝そうだねぇ〟とか言うところじゃん? 分かってないねー、水城はぁ」

 これ以上、言葉を交わすと堪忍袋の緒が切れそうだ。水城が苛立ちに唇を噛みしめようとした時、その空気を絶つように一人の男が教室内へと足を踏み入れた。

「オレの美のセンスを欲しいと言ったのは誰だ?」

 長い髪を風に遊ばせている長身の男。初めて見る。水城は彼を知らない。まあ、同じクラスなどといった関わりがなければ、大半の人間は顔を合わせる機会もない。知らないことの方が多いのは当然である。

「あれー、海斗(かいと)だけかよ? カヤちゃんはどうしたのさぁ。カヤちゃんが居ないと始まんないじゃーん?」

火也(かや)は別件で帰った」

「マジでぇ! じゃあ、今日は作業できなくなぁい?」

「明日は来るらしい。だから明日の集合時間を連絡してほしいと火也からの伝言だ」

 鬱陶しく絡むシンを煩わしそうな素振りを示すことなく関わっているのは海斗という男らしい。シンとの会話を絶ってくれたのはありがたいが、あの会話を平然と繰り広げるあたり、彼もまた変人のカテゴリーに入っているに違いない。水城は仲良く対話している二人を視界に入れながら、そう思考を巡らせると大きな溜め息をついた。

 シンと海斗の会話から一人が欠席ということが分かった。ということは、今日、打ち合わせに参加するメンバーはそろった。とりあえずは打ち合わせを始めたい。

「あぁ! もしかして、これ全員そろった感じー?」

 水城の思いをくみ取るように、シンは教室にいるメンバーを数えた。

 彼に気持ちを察知されたような気がして、水城は少し癪に思うも、ここで口論をする気はない。むしろ関わりたくないのだ。自分から声をあげるのは馬鹿馬鹿しい。

「まずはー自己紹介からしますかー」

 シンが近くの机に座りながら言うと、海斗が適当な席へ座り、ヒカルは外へ向けていた顔を声の中心であるシンへと移す。

「じゃあオレからなぁ。漫画研究部部長、金澤シン。学年は二年、組は三組。好きなものは特にナシ的な? よろしくー」

 笑いながら元気よく自己紹介すると、海斗が小さな溜め息をついた。

「美術部部長、二年の月原(つきはら)海斗。趣味は絵とオレ観察。ちなみに今日のオレのポイントを述べると、寝起きの時についた右脳側の髪の寝癖の良さと、ポケットの中の微かに見えるバラ柄のハンカチのセンスの良さ。それに加え……」

「あははは! 海斗、今日もバラ柄のハンカチって! 女の子みたいじゃんかぁ」

「オレの話の腰を折るな」

 シンが力強く海斗の背中を叩き、彼の自己紹介を止める。まだ話し足りない言わんばかりの顔を海斗はするが、すぐにヒカルが口を開き、致し方ないと口を止めた。

 ヒカルが先程の調子で同じように名前を言うと、「じゃあヒカルンって呼ぼう」とシンが感想を述べて、ヒカルの紹介が終わる。そして全ての視線は水城へと集中する。

「……文芸部部長、井岡水城。二年だ」

 淡々とした紹介文に、シンが不満の声を出すかと思ったが、彼はすぐに水城から視線をそらした。

「じゃあ、どういうゲーム作るか決めようぜー。オレ的には世界中の女の子がオレだけを見てるぜーゲームとかどぉよ、的な?」

「ダメだ、オレが許さん。作るなら世界中のアイテムを使い、オレの美のセンスを磨いていくゲームがいい」

「なんだよぉ、それー。〝誰得? 海斗得!〟的な意見じゃん」

「ボク……影、追うゲーム、推す」

 水城はまったくと言っていいほど意見が合っていない三人をよそ目で見る。

「ちょちょちょ。ヒカルン、それ何? なんか怖いんですけどぉ。てかさ、腹減らない? オレ、今日の昼ご飯食べてないんだよねー」

 話がそれていく。

「オレは美のセンスを磨くゲームを推す」

「だーかーらぁー。それは海斗得なだけじゃん? ああ、腹減ったー。やっぱり昼ご飯、食べないと持たないよなー」

「……ボク、おにぎり、食べた」

「オレはパスタだ」

 完全に話がそれた。

 意見がバラバラ、それに関してはどうということはない。水城が最も嫌なのは誰も真面目に考えているように見えないこと。自分も日野に言われて、打ち合わせに参加しているだけだから真面目とは言えないが。まあ何にしても、この様子では話はまともに進まない。きっと馬鹿な雑談に付き合うだけになってしまうだろう。

 時間がもったいない。

 水城はそう心の中で呟くと、静かに立ち上がって鞄を手にした。するとすかさずシンが鬱陶しく反応する。

「あれぇー? 水城、なに帰る準備しちゃってんのさぁー」

「明日の十時、弁当持ちでここに集合しろ。それまでに、どういうゲームを作りたいのか、各自考えればいい。オレは帰る」

 重要なことだけを早口でまとめて言うと、水城はそのままドアへと向かった。その間に、シンが何度か名前を呼んできたが、答える気はなく、水城は無視した。



 水城が家へ帰ると、すでに時計は午後二時を示していた。

 終業式が終わったのは午前十一時半。あの教室では最後となるホームルームが終わったのが正午ちょっと過ぎ。そしてヒカルが教室に現れたのは午後一時頃。全員が集まったのが午後一時半を過ぎていた。学校から家までは約十分の道のり。単純計算にしても、二時間ほど時間をムダにしていることは明確だ。

 水城は親がいないことを確認すると、キッチンへと向かった。

「……カップ麺にするか」

 健康には口喧しい母が聞いたら何と言うだろうか。水城は思うも、買いだめされている時点で、カップ麺はこの家で食べて良い物と見なされる。もし食べてはいけない物なら買う必要がないのだから。

 水城は数あるカップ麺の中から適当に選び、すでに沸かしてあるポットのお湯を注ぐと、そのままキッチンにもたれかかった。

 たった数十分。その短時間でここまで疲れることがあっただろうか。もともと人と触れ合ったりするのは得意でない。だから普通の人よりも倍疲れる。しかも苦手な人物との関わり。二倍、三倍どころの話ではない。

 水城はふいに大息をついた。あのメンバーと共にやっていくことは無理かもしれない。水城の胸に不安が広がる。

「作りたいゲーム、か……。そんなもの」

 ――水城にはない。

 けれども日野と約束したのだ。やるしかない。

「どんなゲーム……」

 ゲームを制作するとして労するならシナリオがいい。水城はそう思う。文を書くことがいい。でもそこには少々問題が生じる。制作することは確かに好きだ。けれどもそれは小説限定での話。ゲームにも物語はあるが小説とは違う。文字の系列も、描く情景もすべて。まあでもそこは良いとする。新しい経験はきっと小説に関してもプラスと働くだろうから。

 水城が何よりも心配するのは、仮に文を主とするゲームを制作するとして、そこに誰かが口をはさんでくることだ。水城はそれが一番我慢できない。誰かが自分の作る物語に異見をして、その物語が自分の描くものと変わっていく。それだけは許せないのだ。しかし誰かと共に物語を作るということはそういうことなのである、きっと。

「断れば良かった」

 後悔の言葉を吐き、水城はカップ麺のフタをシンクに投げ捨てた。



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