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文化系男子部  作者: 華由
第五章 鳩が豆鉄砲を食ったよう
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 今日もまた水城の家で作業を始めて二時間が経過した。各々、作業している項目は昨日と同じで何の変化もない。作業も変わらない、その上、作業の進み具合も変わらない。そんな思いを感じながら火也はキャラクターデザインを描き殴っていた手を止める。

「あー……。もう描けない。どうやったら、絵って描けるの?」

 頭を机にゴツンと打たせて、火也は同じ机で作業している水城とヒカルを見つめた。毎度のごとく、シナリオへ向き合っている水城は聞く耳持たず、答えるのはいつもヒカルだ。

 ヒカルは火也の声に反応すると、彼の作業していた紙を指差す。

「……猫」

「違うよ、ヒカルん! これは人間だよ」

「……人間?」

 首を傾げるヒカルの横で、やっと水城が応じて火也の絵を覗き込む。

「水城君は人間って分かるよね!」

「……オレには熊に見えんだけど」

 火也は止めを食らったというように項垂れた。

 昔から聴覚には自信があった。音楽が好きだったし、それを究めようと思っていたから絵の才能は驚くほど低くなった。

 どうでもいい弁解を心の中で火也は唱えた。だが二人の反応を見れば、人並み以上に自分は絵が下手という事実が分かってしまい、作業はさらに進まなくなった。

 火也は一つ溜め息をつくと、ゆっくりと立ち上がる。

「ボク、ちょっと気分転換に散歩してくるね」

 当然、止める者はいないので火也はさっさと部屋を出て、玄関へ向かった。

 靴を履いて外へ出れば、温い春の空気が身体を包んで、もう四月ですよと月の移り変わりを火也へと伝えてくれる。火也はこの新鮮な気分になる空気がとても好きなのだが、春休みがあと一週間も経てば終わってしまうと考えれば複雑にならざるを得ない。

 そんな空気を鼻から吸って吐き出せば、さっき描いた絵が目蓋の裏にちらついた。

「シンちゃんがいてくれたらなあ……」

 火也の口からふと本音が零れ出た。

 シンがいてくれれば、こんなふうに苦労しない。シンのキャラクター画力はプロと並べても違和感がない。女の子は可愛いし、男の子はカッコいい。素人から見るには充分すぎる画力だ。ただ背景はまったく描けないらしい。しかし背景が描けなくても戦力になる。むしろ、シンが参加してくれたら自ずと海斗も参加してくれる。そうすればヒカルが背景を描く必要もない。

 火也の画力も酷いが、実のところ、ヒカルの画力も火也といい勝負である。どれが机でどれが木でどれが窓なのか。文字で説明してくれないと分からない。まあ絵が下手な自分が文句を言えた義理ではないが。

 やはりここはあの二人の協力が不可欠だ。と理屈をこねてみるけれど、実際はみんなで作業をしたいという気持ちが強い。あとは廃部になりたくない。その二つが感情の大部分を占める。

「シンちゃん、来てくれるかな?」

 どんなに前向きに考えても人というのは脆いから、ちょっとしたことで不安に陥ることができる。気まぐれ。その言葉が猫以上にぴったりと合う生物かもしれない。

 火也が俯き歩いていると、突然、倒れている老人が視界に映った。火也は普段以上の冷静さで老人の元へと駆け寄って、その老人に声をかける。

「大丈夫? どうしたの」

 優しく訊けば老人は病院に行く途中で体力が尽きてしまったと口にした。

 それを聞いて火也はほっとする。心臓発作や、くも膜下出血などでなくて良かった。命に別状がないことが一番重要だ。

 火也は胸を落ち着かせ、慣れた身のこなしで老人へ背を向けてしゃがむ。

「ほら、乗って。病院まで送るよ」

「良い子だねぇ。坊や、ありがとう」

 よぼよぼの口元を動かす老人に、火也は微笑む。

「お礼言われることじゃないよ。大変な時はお互い様、でしょ?」

 火也は老人を背に乗せて立ち上がり、一歩ずつ病院へと歩き出した。病院への道は随分と日常化していて、数えきれないほどここを通っていることに改めて気付かされる。初めて通ったのはいつだっただろう。

 背中に重みを感じつつ、火也は考えた。

 火也は最初、この道を知らなかった。そう、誰かと一緒に来て、そしてこの道を覚えた。その時も老人をおんぶして病院へと行った。でもあの時、火也はおぶっていない。

 ――あ、シンちゃんか。

 時折話す老人の声に答えながらも、火也は大事にしていた記憶をそっとよみがえらせた。

 初めてこの道を通った時はシンと一緒だった。確か、海斗が珍しく熱で学校を休んだ日、火也はシンと二人で帰ることになった。他愛無い会話をしながら、時たま火也が歌いだして、シンも楽しそうにしていた。そんな中、道端で倒れている老人を見つけた。正直、こんな場面に遭遇したことがなかったので、火也はどうしようかと頭を悩ませる以外できなくて。でもシンは違った。優しく老人へと微笑みかけると老人を背負い、病院へと連れて行った。チャラチャラとした女好きっぽい外見には似合わないほど手早くて、人は見かけではないということと、やっぱりシンは良い人なのだと思った。

 その時だ。倒れている老人を見かけた際には、助けようと心に決めたのは。

「やっぱり、シンちゃんは優しいんだよ」

 ずるいかもしれないけれど、何度も来てほしいと頼めばシンは来てくれるだろう。優しさにつけこむことは良くないかもしれないけど、でもそれが悪いことだとはっきり記述しているものを火也は見たことない。

「どうしたんだい、坊や?」

 心配そうな声で老人が訊いた。

 どんなに後ろ向きだったとしても、人は単純だから人との関わりの中で、安定を取り戻すことができる。人の感情や思考は思いのほか簡単だ。だからやっぱり気まぐれ。それがぴったりと合う。そう考えると何だかおかしくて、

「ん? やっぱりシンちゃんも誘ってみようと思って」

 火也は満面の笑みを浮かべた。


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