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水城は朝食を取ったあと身支度をして、機嫌悪そうに家の外へ出た。
今日は珍しいことに早く目が覚めた。春休みに入ってから、ここまで早く起きたのは初めてではないかと思う。とは言っても、ゲーム制作のシナリオ作成にうなされて起きたのであまり良い目覚めとは言えなかったが。
でも納得はする。火也に酷く当たるように言ったのだ。これくらいのこと罰当たりにすらならない。あの光景を当事者以外から見れば、水城がわがままを言って足並みを乱しているようにしか見えないのだから。
「シナリオか……」
そう呟くと、日野が昨日言った『そんなこと言ってたら作品ができないでしょ! 物語を作るのが好きなら、そういう作り方も好きになろうよ、ね?』という台詞が脳裏によみがえる。一言一句間違えずに暗記している辺り、胸に痛く響いているのだと水城は思った。でもその言葉をリピートする度に、少しずつ受け入れていけるのではないかと錯覚する。彼女が言うと、すべてを受け入れてしまいそうになる。
「たく……何なんだよ」
水城は乱暴に頭を掻きむしった。
ゲーム制作にうなされて起きて、気分がすぐれないから小説を書こうと思ったが、ゲーム制作に奪われている頭は文章すら紡げない。仕方なく外に出て心を落ち着かせようとしたら日野の言葉が頭を巡る。
今日はとんだ厄日ではないか。
「水城君?」
家の敷地を出てすぐ、左方から声が聞こえてそちらに身体を向ければ火也が立っていた。今日の服は淡い水色の春用セーターと白色の七分丈のカーゴパンツ。首元にはオシャレなアクセサリーがあしらわれている。最近気付いたが、火也のセンスは女に似ていて愛らしい。しかしとても彼に合っている。ちなみに水城の服装はだぶついた水色の七分袖とデニムの長ズボン。対比するまでもなく、火也の方がセンス良い。
「小柳……」
小さく名前を呼んでやると火也はととっと水城との距離をつめた。わずか数十センチの距離。
「あのさ、水城君」
「……何だよ?」
嫌でも目が合ってしまい、昨日の後ろめたさからか、水城は目を横へ伏せた。
「シンちゃん家にピンポンしてきたんだけどさ、何か怖くなって逃げちゃった」
「……は?」
「もう五回もピンポンダッシュしちゃったからシンちゃんは気にしないかもしれないけど、ボクは気にしちゃって。この際だし、ボクもピンポンダッシュしても気にしないようにしようかな?」
困ったようにでも楽しげに言う火也の表情が水城の後ろ暗さをはね飛ばす。決して良い意味ではない。
どう反応しようか戸惑っていると、その背に何か温かいものが飛びついてきて、水城はバランスを崩しそうになった。普段、鍛えていない身体が支えられるか不安だったが、どうやら足腰が耐えきってくれて、水城の身体に安定が戻る。
「井岡君、おはよう!」
日野が背中にぴったりと頬をくっつけて挨拶をする。人を危険な目に遭わせておきながら悠長に何を言っているのか。
「何だよ、アンタは朝っぱらから……!」
水城は不機嫌に言い放ったが、日野の視線はすでに火也へと移っていて、水城のことなど目もくれていない。
「何かあったの、小柳君?」
「実はシンちゃん家に行こうと思ったんだけど、ピンポンダッシュしちゃった」
「なんか懐かしい。私もよくやってたなあ。井岡君はしたことある?」
――ピンポンダッシュ? そんなことやったことあったか?
こういう時、経験上から怒りが湧いてくるかと思ったが、不覚にも水城は日野の質問について考えてしまった。流されている。それに気付いた時点で、もう怒りは消失している。ここからまた怒気を蓄えることは無理がある。
「ねぇよ。そんな傍迷惑なことしねぇから」
「やっぱり? 井岡君は真面目だからしそうにないものね」
「あ、ボクもそう思う!」
「それより金澤君の家って、どこなの?」
「ん? 水城君の隣の隣、海君家はまたその隣。ちなみにボクの家はちょっとここから遠いところ。なんかボクだけ仲間外れって感じだよね」
「へー、そうなのね。井岡君、ご近所さんってこと知ってた?」
「うるせぇな。……知らなかった」
繰り広げられる談笑へ水城は巻きこまれていく。まるで昨日のことなど気にすることもないのだよと笑ってくれているようで、水城の胸が少しだけチクリと痛んだ。




