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文化系男子部  作者: 華由
第四章 三人寄れば文殊の知恵
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「何?」

「そうだなあ……ボクがキャラデザ描いて、水城君がシナリオ書いてるから。じゃあヒカルんは背景描いて。学園ものだから、学校の風景とか」

 火也とヒカルがそう会話をしたのが今からちょうど一時間前。一時間もあれば、三人のうちの誰か一人は作業が進むと思っていたのだが――。

「ダメだ……描けない。難しい……、輪郭ってどう描けば正解なの?」

「……学校……不明」

 火也とヒカルが顔を伏せた。水城も嘆きを口にはしないが、二人と同じ気持ちだ。発言から分かるように、この一時間誰も何も進められていない。つまり今の状況は一時間前と何も変わらない。

 もし一時間前との変化を問うなら、日野がベッドで寝てしまったことくらいだ。

「あのさ、水城君。提案があるんだ」

 火也が真剣な目で水城を見る。それだけで充分、彼が何を言いたいのかは分かった。背景やキャラクターデザインは良いとして、シナリオが仕上がらないのは問題がある。すべての主軸はシナリオにあるのだから。

「水城君の心は分かるよ。ボクだって作詞作曲とか、一人でやりたいって思うから。でも期日あるしさ、やっぱりみんなで考えようよ」

 何度聞いてもその言葉は不服でしかない。水城は後ろめたく視線を誰もいない方へと向ける。

「ただ女性向けとか言うから、それが分からないだけだ」

「だからそれを一緒に考えようよ」

 シナリオを書くのは自分の仕事だと水城が目で訴える。絶対に誰かの意見を聞く気はない。その態度が火也に怒気を感じさせた。

「水城君、みんなで作ってるんだよ! だから少しくらい合わせてよ。これじゃあ完成しない。一週間しかないんだよ、分かってる?」

「だからそれまでには書くって言ってんだろ」

「廃部になっちゃったら、どうするの? そんなの嫌でしょ」

 二人の言い合いが部屋に響く。火也がこの間のように引いてくれるかと思ったが、そうもいかず食いついてくる。

 悪くなっていく空気。ヒカルが和ませるように訊く。

「男性向け、する?」

 火也の瞳の中心がヒカルへと移り変わった。

「主人公、男。ボク達、男」

「ボクたちが男だから女性向けじゃなくて、男性向けの方が作りやすいってこと?」

 ヒカルが頷いた。その意見に火也は怒りを忘れた様子で納得する。

「確かにそれなら水城君も書きやすいかも」

 ――水城君もそれくらいなら納得してくれる?

 一人で納得しているはずなのに、火也の目がそう水城に訊いてくる。その目に憤りを感じる。自分のやり方を覆すということは我慢ならない、水城の中にあるプライドや物語に対する思いを否定された気がして。

 気を抜けば酷く当り散らしてしまうと糸のように細い理性が脳へ伝える。それにより水城は持っている鉛筆を投げ捨てて、作業している机を力いっぱい叩きたいという衝動を懸命に抑えた。

 水城はできるだけ音を立てないように鉛筆を机に置くと二人を見る。

「今日はもう帰れ」

 平常に近い音質で言うと、火也は荷物をまとめて立ち上がる。

「分かった。今日は帰るね」

 火也は笑顔で答えた。でもその口はずっと水城に問いかけている。

 ――もっと協力して。シナリオはみんなで書こう、と。

 答える気はない。水城は何も言わずにノートを見つめた。今は火也の目を見たくなかった。火也もそれを察してくれたのか、ヒカルを呼んで颯爽に部屋を出て行った。

 しんと静まった部屋の中、水城は両手で顔を覆った。

 火也はみんなで作ろうと言葉にする。誰かと一緒に何かをすることが好きな人には容易なことかもしれない。でもそれは誰に対しても簡単なことではない。水城は今まで誰かと一緒に文章を紡いだことなどない。いつも一人。両親が不在時の家でたった一人、小説を書いてきたのが始まり。それが大きくなって、学校生活や家での生活、日常の中心となった。ずっと一人。ただ一人で書く。

 一文字ずつ大事にして、時間をかけて文章にして、神秘的な空間に入っていく。だがそこは一人しか入れない空間。他者が踏み込んでくると、必要以上の重みがかかり、それに耐えられず空間は消滅していく。彼らがいきたいところにすら導けないまま。

 いや、違う。本当は知っている。一人以上でもきっと入れることを。でも水城がいつも感じられる神秘の空間は一人しか入れないように作られている。だから難しいのだ、誰かと一緒にそこで気持ちを昇華させていくのは。

 そんな複雑な思考や経験、時間を積み上げた空間に生み出されたのが、水城独特の物語への執着心やプライド。積み上げられた年月を壊すなんて、そんな簡単にはできない。それはまるで自分自身を無くしてしまうような気がする。

 突然込み上げてくる底なし沼のような感情に足を取られ、ふいに水城の胸がしめつけられる。

「くそっ……」

 水城の声が冷たい部屋の中を漂う。

「井岡君」

 背後のベッドから日野が起き上がり、水城を見ていた。

 彼女がいることをすっかり忘れていた。

「……いつまで寝てんだ、帰れよ」

 優しくは言えない。今は自分のことで必死だった。しかし日野は何も気にしてないのか、笑顔を浮かべる。

「今日の晩ご飯、何がいい?」

 こんな時に何が言いたいのだろう。苛立たせたいだけなのか。水城は奥歯を強く噛みしめる。

「今はそんな気分じゃねぇ」

「うん、知ってるわよ」

「じゃあ何で訊くんだよ、うぜぇ」

「だって私、井岡君の顧問だもの。当然でしょ?」

 まったく答えになってない。水城が顔を歪ませて不快度を表せば、それに比例して日野は笑った。

「三人寄れば数珠の知恵。だから少しだけ聞いてみようよ」

 ――それが嫌だって言ってんだろ。てか、数珠って何だよ?

 水城はぐっと拳を握る。

「合わせすぎるのはツラいから一つだけ合わせる。それなら平気でしょ?」

 日野がベッドから下りて、水城の前へと正座した。

「大丈夫よ、井岡君なら。だって、学校で勉強しましょうっていう時間はちゃんとみんなに合わせて勉強してるんだもの。だから小説も、ね?」

 勉強と小説は違う。そもそも、今書いているものは小説でなくてシナリオだ。本来なら訂正すべきところだが、それすらもできない。怒りが胸にふつふつと湧くから。

 もう帰れ。そう水城が言おうとした時、日野が天井に視線を投げた。

「何でゲーム制作するか、知ってる?」

 急に何だとは思うも、そのまま話を聞かずに外へ投げ飛ばすほど女性に対して冷たくする性分ではない。その代わりに水城は沈黙した。

「知らないよね、急に言ったわけだし。一応、話しておきます」

 語尾が丁寧になった時は教師モードを表す。そうなれば生徒である水城はそちらを見ざるを得ない。水城は怒りの情へ一時的に蓋をしめる。

「実は廃部にならない条件は二つあって。二人以上の新入部員を確保すること。それともう一つ、廃部候補の部活動と協力して何か作品を一つ完成させること。それが校長先生の出した条件なのよ」

「……ゲーム制作は仮入部で使うためじゃないのかよ」

「だから、それもふまえての作戦よ。五つの部活動の特化を活かして作ると言ったら、これしかないって思って」

 理由をつらつらと述べる日野。それが事実なら、廃部候補の部活動が協力して制作してない時点で、廃部は免れないだろうと水城は考える。

 結論を言ってしまえば、どんなに頑張っても廃部になる。それなら制作しても意味がない。その一方で別の思考が水城へ問いかけた。

 火也が廃部になりたくないと言っていた。もしかしたら火也はそれを知っていたのだろうか。だから今日もヒカルを迎えに行ったりしたのだろうか。分からない。でもそうだとすれば、ここでやめるのは可哀想だ。でもだからと言って、彼らと一緒に文章を紡げるか。そう訊かれたら、依然として拒否の一言だ。

 どんなに大変でもそこだけは譲れない。あくまで物語は一人で書きたい。自分だけの力で。

「でもオレは、物語は自分で書きたい」

「もう頭が固いわね、井岡君は。だから案だけはみんなで出す、それを井岡君なりにまとめればいいのよ」

「まとめる?」

「そう。設定はみんなで考えて、シナリオ自体は井岡君が書けばいいの」

 言っておくが、設定だって物語制作の中の一つ。これも小説だけでなく、すべての散文作品に共通している物語制作の魅力だ。それですら譲る気はない。

「設定も物語の一部だ」

 そう強い口で水城が言い放つと、日野がむっとする。

「そんなこと言ってたら作品ができないでしょ! 物語を作るのが好きなら、そういう作り方も好きになろうよ、ね?」

 怒鳴るか諭すか、どっちかにしろ。起伏の激しい日野の言い分をそんなふうにツッコミながら水城は溜め息をついた。

 もしできるなら日野の言うとおりにしたい。でもできないのだ。無意識的に働く拒否反応が邪魔をして。

 ――ムリだ。

 水城は口に出せない言葉を喉の裏側で静かに転がした。


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