四話
占地のプレイスタイルは人に見せてはいけない。その方法は褒められたものではく、データ改竄の一歩手前、黒に限りなく近いグレーである。いや、人によっては黒と言われる、そんなプレイスタイルなのだ。
少なくとも見てるのがNPCならまだしも、プレイヤーが近くに居る状態で使って良いプレイスタイルではない。
何より、2体のマガグロが相手では黒芽がいなくとも逃げるしかなかっただろう。
「ッ"!」
マガグロの地団駄を、間一髪でかわす。
さっきのは危なかった。数瞬でも縮地の発動が遅ければ、ノックバック効果が出る前に地団駄のみのダメージでHPがなくなっていた。
いくらアバターレベルが300を越えていようと、このゲームではレベル補正は微々たるものだ。というより、レベル補正以外の補正を前提にしているからレベルの差が当てにならない。
故に、占地のステータスは他の同レベル帯のプレイヤーより軒並低く、中級ボスの牽制攻撃でも受ければバカにならない。それがマガグロなら尚更に、HPが全部削られるのも有り得る。
「変わります!」
「り、了解……っ」
黒芽の言葉で、言葉に詰まりながらも何度目かのターゲット交換をする。
「来いよ、魚類!」
まずは黒芽が抑えていた、口を血に濡らしている最初のマガグロに挑発を向けて少しでも黒芽から意識を逸らし、縮地で今まで相手をしていたマガグロから遠ざかる。
縮地で瞬間的に遠退く視界の端で、黒芽の影手縛りが攻撃モーションに入ろうとしていた二体目のマガグロを行動不能にしたのを見て、最初のマガクロにの勢いのまま突撃を繰り出す。
後は先までと同じだ。相手をしているマガクロの攻撃目標が黒芽に向かないように注意しながら時間を稼ぐだけ。
「クッソ……」
溢れる愚痴はさっきまでと一緒だが、その心境はまったく別物。
そろそろ占地の限界が近い。いや、ゲーム的なスタミナやHPはまだまだ余裕だか、それよりも精神的な所で限界だ。
今でこそまだ集中出来ているからなんとかなっているが、これが切れれば黒芽が居る以上もうどうしようもない。
そもそも完全なソロプレイヤーである占地が、例え二人だけのペアであっても、パーティ戦闘をした事など片手で足りる程度しかないのだ。誰かを意識しながら、意識されながら戦闘し続けるなんて無理がある。
「そろそろ解けます、注意して下さい!」
黒芽からの忠告が飛んでくる。それに合わせ、返事はせずに2体のマガグロを視界に入れ、尚且つに2体のマガグロを離れすぎない様に調整する。
モンスターを行動不能状態にしても、行動不能前に一度何らかのモーションに入っていれば、それが解けた時点でその行動をAIが判断して続行かキャンセルしてくる。
例えば、今黒芽が抑えているマガグロは地団駄を発動する攻撃モーションに入っており、攻撃範囲内にプレイヤーや敵対モンスターが入って入れば地団駄を続行、入っていないなら地団駄をキャンセルして別のモーションに入る、といった様に独自で判断して次の行動を決めるのだ。中には攻撃続行しかしないモンスターもいるが、それは初期の初期に出てくる低AIしか接続されていない雑魚モンスターや、一部の高難易度ボスモンスターくらいで、マガグロは判断行動のAIを搭載している。
これが黒芽が忠告して来た内容であり、なら範囲内入らなければいいだけの占地が何故距離や場所を気にしているのかと言えば、 影手縛りの解けたマガグロが黒芽に向かわない様にするためと、理由はもう一つ。
「抜けますっ! 下がってくださいっ!!」
両方のマガグロの攻撃範囲から抜けない占地にかなり焦った黒芽の警告を聞くが、それに返事をする前に警告とほぼ同時、跳躍・大で後ろ斜めに跳ぶ。
一拍後に、影手縛りが解けたマガグロが地団駄を発動。さらに占地が相手にしていたマガグロの氷雹も発動。
「嘘っ!?」
結果、何が起こるかと言えば、何てことない。お互いのマガグロの攻撃が、向かい合ったお互いにヒットするだけの事。
けれど、その簡単な事実が、上級者に位置する黒芽を驚愕させるには十分な内容だった。
もう一度言うが、パーティ戦を前提にされたこのゲームで敵モンスターの攻撃を、特に範囲攻撃前提のマガグロの攻撃を避けきるだけでも十分に凄いのだ。マガグロに限らず、ボスの攻撃を全パターン戦闘中に全て避けられるだけで充分に自慢できるレベルである。
それそこ攻略サイトや動画サイトで投稿されているソロプレイでの活動やモンスターの撃破報告は、『孤独†哀仰会』や『ぼっちのためのぼっちによるぼっちのぼっちプレイ』など、上位コミュニティーのプレイヤーが占めている。そんな中でも、マガグロの単独挑戦をする動画はあっても、単独討伐見ない。攻略サイトですら、「マガクロを攻略するには最低断続ダメージ持ちの二人パーティ必須」とまで注意書をするほどだ。
その点で言えば、今までの占地は確かに称賛に値できた。マガグロの攻撃を全て避けきり、尚且つ後衛の黒芽にタゲが向かわないように間に挑発や発動速度の高い攻撃スキルを織り混ぜていた。それだけで既にもうトッププレイヤーとして胸を張れるだろう。
けれど、だ。けれど今さっき占地が行った行動はダメだ。ダメなのだ。システム上なら無理ではないだろう、無茶ですらない。誰だって練習すれば同じ事ができるはずだ。
それでも、ダメなのだ。何がダメだって、それは――――
「――――斜めに、跳んだの……!?」
モンスター同士の攻撃をタイミング良く噛み合わせてお互いにダメージを与えるのは上級プレイヤーなら、特に今まで見てきた占地の技術力なら当たり前の事として出来るテクニックだろう。
だから、黒芽が驚いたのその前。占地の回避方法なのだ。
跳躍・大のスキル自体は何て事ない、初期移動系スキル〝跳躍〟の次に覚える〝跳躍・中〟の上位互換だ。初期スキルの例外に漏れず発動速度が速く、スキル事にある冷却時間も短い。更に解放条件も簡単で、下位スキルを一定数使いアバターレベルが150を越えれば自動的に覚えられる程度のスキルであるが、凡庸性はあれど跳躍系スキルはほぼ真上にしか跳べず、習得だけしてあまり使用しない、という事も多い。事実、黒芽も習得だけはしているが使った事は数える程度しかない。