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コミュ障がコミュニケーション前提のゲームにリアル乱入しました。  作者: 六桜
一章、導入は王道だからこそ外れない、間違い。
3/6

二話

「うっ、ェ……」


 リアル過ぎる。喉を競り上がって来る内容物を、占地は何とか口を押さえて飲み込んだ。

 "鷹の目"を発動したままだったため、マガグロが女性の上半身を噛み千切った瞬間を、恰も至近距離で見たかのような鮮明さで目撃してしまった。

 飛び散る朱色。生命そのものの原色が女性の下半身から噴水のように溢れて、辺りの草を赤く染め上げる。赤い沼地のようになった女性の周囲、否。この表現には語弊がある。元女性、今は人体の下半身が有る場所でマガグロはさっき口で噛みきった女性の上半身を美味しそうに粗食している。


「おかしい……」


 何がおかしいって、今の現状全ておかしい。

 ゲームではなく現実的な視覚に胃液が逆流して刺激する喉の痛みと味蕾を刺激する酸っぱさ。即死攻撃を受けても残るユーザーアバターに、アバターから流れる朱色の液体……鮮血。どれもがゲーム的でなく、『world communication』の廃プレイヤーである占地すら()らない現象と、状況の数々。


「ふざけるなよ……こんなのって……」


 そんなバカな。いやでも。これはゲームじゃない。だから夢で。でも感覚はリアルだから。有り得ない。

 ゲームプレイでは味わった事の無い、現実ですら居合わせる事のない現場(人死)に、占地の思考はひたすら空回りし続ける。

 正直に言おう。正直になろう。正直に、認めよう。

 占地は必死に混乱する思考を纏めあげて、一つの可能性にたどり着いた。その可能性は一番最初に思いつい、そして心の中でツッコミを入れて笑った可能性。


「まさか、まさか――――リアル(現実)、なのか…………?」


 理性は有り得ないと理論的に一蹴し、感覚はそうなんだと脳に伝達してくる。

 バカみたいに棒立ちになって、一人ブツブツと呟く占地に、しかし現状は冷静になる時間を与えてくれなかった。


 ――ズシン!


 小さな地震かと思うほどの揺れと轟音が、占地のすぐ側から響いた。

 俯けていた顔を上げれば、そこには先までかなりの距離があったはずのマガグロの姿が。どうやら女性の下半身には見向きもせず、静かに近づいて来ていたようだ。

 こんな巨体の接近に気付けないなど、普段の占地なら絶対に有り得ない失態。しかし、こんな訳の分からない状況で混乱していた占地に、周囲を警戒しておけなど無理な話だ。

 そして、無理な話だからこそ、マガグロは大口を開いて占地を丸のみに出来る距離にいる。


「ゥ、ァ」


 本能的な死への恐怖が、足を竦ませる。真っ白になった頭が次の行動を遅らせる。血に濡れたマガグロの鋭い歯がギラリと光り、占地の視線を引き付ける。


「ッ、アアアァァーーー!!」


 そして、次の瞬間に戻った意識では、到底回避には間に合わなかった。






「動かないで下さい!」


 占地の絶叫を掻き消すほどの怒号が聞こえた時には、目の前一面が黒ずんだ。


「早くこちらへ!」


 またも同じ怒号。荒立てたその声は、それでも心に染みるような凛として清んだ、耳に心地良いものだったが占地はその声に意識を向ける前に、"縮地"のスキルで無意識に声の方向に跳んでいた。

 距離が空いて気付いたが、黒ずんでいたのは視界ではなく今にも占地の頭部を口に入れようとしていたマガグロだった。

 マガグロはその全身を黒く変色し、目の前で逃げた占地を追うことなくその体を硬直させている。

 占地はこのマガグロの状態に覚えがある。黒属性に属する初級魔法の影縛りだ。効果は指定した相手の動きを短時間止めるだけの単純なものだが、そこは魔法使いのジョブLVが300を超えなければ扱えない黒属性魔法だけあって、魔法が決まりさえすれば完全に効果時間中、身動ぎすら出来なくなる。耐性持ちでも元の効果時間の4分の3は行動不能に出来る優れた魔法である。


「大丈夫でした?」

「うァっい!?」


 マガグロの様子を確認している最中、突然背後から声を掛けられて驚きと〝恐怖〟で文字通り占地の体が飛び跳ねた。


「危なかったですね。もう少しで即死でしたよ」


 声が掛けられた後ろを振り返れば、そこには一人の女性が居た。その服装は見るからにお伽噺(とぎばなし)に出てくる黒ずくめの魔女であり、その身を包む装備品は魔法使いでない占地も知っているほどの一級品である。

 上級以上の町や国で買える一点(ユーニーク)装備を除いて最高位の黒属性プラス補正を与える代わりに白属性の耐性を著しく下げる漆黒のローブ"(からす)の庇護"を羽織り、効果は全く一緒だが"鴉の庇護"と同時装備で相乗的に効果を上げる先端に鴉の翼を模した装飾がなされた黒い魔法杖"鴉の援護"、これまた黒い縁の大きい三角帽子"鴉の擁護"の三点装備した女性。

 顔が帽子のせいで見えないのが唯一の救いではあるが、しかし占地にしてみれば最悪極まりない。何故ならば、この女性は間違いなくプレイヤーなのだ。


「さっきのは"縮地"のスキルですよね? あなたも緊急クエストでこのフィールドに大量発生したマガグロを討伐に来たのですか?」

「え、あ、や、そ……その」


 決死の危機を救ってくれた女性に、しかし占地は言葉を詰まらせる。意味の無い発音ばかりする占地に何を思ったのか、女性は一つ頷いて何やら納得した。


「自己紹介がまだでしたね。失礼しました」


 なるほど、この女性は占地が警戒していると思っているのだ。

 その超多目的プレイ方法で、日本に限らず全世界中で最大限のユーザー数を誇る『world communication』だが、そのプレイヤーの数が多くなるにつれ、やはりMMOゲームに定番と言って良い詐欺プレイヤーやPKプレイヤーも多くなる。

 手の込んだPKになれば、今のようにモンスターから助けておきながら油断した所に即死級の攻撃を食らわせるなんてのも、残念な事にザラにあるのだ。

 故に、一定までプレイしているプレイヤー達の間では、自己紹介が終わるまで警戒を解くな、という暗黙の了解がある。まあでも、自己紹介をした所でPKプレイヤーは攻撃してくるので、あくまで目安程度なのだが。


「私は黒芽(くろめ)です。メインコミュニティは『クロノス』、見ての通りRPGプレイでジョブは魔法使いです」


 女性、黒芽が自己紹介を終えると同時に占地の視界の右上、HPバーとMPバーに並んでいるメニューアイコンがぴこん、と光った。素早くメニューを開いて確認するのは一種条件反射であり、メニューウインドには確かに、黒芽のステータスが表示されている。

 このステータス画面は、ユーザー名とメインコミュニティ、プレイスタイルを指定した相手に口上で述べる事により出現する。フレンド登録せずに相手にステータスを見せ、それを相手のVRサーバー『world communication』のセーブデータに記録させるのだ。フレンド登録していないので他人には見せれないが、PK記録や装備品などの売買記録、クエスト発注記録などをこと細かく書かれているので、これがあるだけで抑止力にはなる。

 黒芽のステータスをザッと流し読みで確認する。LV312、ジョブLV303、スキルポイントは魔力関係に全振りしてる根っからの魔法使いタイプ。 PK回数は17とあるが、これはLVから考えれば少ない方だ。現にLV381の占地は32回正当防衛でPKしている。高LVになればそれだけ装備や所持品も豪華になるので、どうしてもPKに狙われてしまうのだが、黒芽が魔法使いなのを考えればパーティーを組んでいるだろうから、PK迎撃は基本的に前衛が行っていたのだろう。


「それでお名前をお訊きしても宜しいですか?」

「…………」

「どうかしましたか?」


 メニューウインドから目を離したのに気付いたのか、占地が黒芽のステータスを閉じたと丁度に訊ねて来るが、しかし占地からの反応はない。

 この反応に流石に怪訝に思ったのか、黒芽から僅かに警戒し始めた。占地としても自己紹介したいのは山々たが、しかしこの心を多い尽くさんばかりの、ついさっき感じた死の恐怖と同じくらいの〝恐怖心〟はどうしようない。

 どうにか一言も喋らず無難にやり過ごせないものかと、だが助けて貰いながらお礼すら言わないのは人間としてどうなのかと、突然の事続きでマトモに機能しない脳で考えて、すぐ後ろで響いた物理的に大きいな足音にやはり考えを放棄する他無い。


「っ、やはり全属性半減は伊達では有りませんね。もう少しくらいは動けないと思っていましたが……」


 占地の後ろ、足音の主であるマガグロに向かって黒芽がその綺麗に透き通る声で苦く呟きを溢した。

 その呟きには占地も同意である。確認はしていないが、多分アクセサリーや靴も含めて鴉系統で統一して黒属性の底上げをしているのに、マガグロは1分ほどで自由に動けるようになったのだ。

 占地がその色を取り戻して動けるようになったマガグロを視界に入れた時に、また別の場所から同じ足音が聞こえた。


 ――ズシン! ズシン!


「なっ、そんな……」


 最初からいたマガグロとは別に、足音を響かせながらこちらに走って来るのは、目の前にいる個体と全く同じ姿をした、唯一の違いは口元が血に濡れているかいないか程度の、紛れもないもう一体のマガグロだった。

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