タイムリミット
―――火曜日。
学校に登校してきた俺は、今回の事件解決のための情報収集に当たって、数少ない友人の一人である高橋 隆二に話を聞く事にした。
高橋はクラス内で所謂ムードメーカー的な存在で、宮下と同じく友達が多い。
いつも髪を逆立てていて、のほほんとした顔立ちをしており、身長や体格は平均的で見た目は平凡といえる。
関西出身でうさんくさい喋りが特徴的なのだが、情報収集能力はズバ抜けていて校内の噂などはほぼ全てを網羅しているほどだ。
六角の疑いを晴らすための情報が不足している今、コイツの情報網は頼りになるだろう。
昨日手に入れた六角と陸上部に関する情報についても、詳細な情報を知っているかもしれない。
教室に入って荷物を席に置いてから、俺は早速高橋に声をかけた。
「なあ高橋、六角と陸上部の噂で何か知ってる事ないか?」
「ん? 一ノ瀬の方から声かけてくるなんて珍しいな~。もしかして、例の窃盗の事で聞きたい事でもあるんか?」
「ああ。六角と陸上部女子は仲が悪いって聞いたんだが。」
「よう知ってるな~。お前そういう噂とかにあまり関心ないんかと思っとったわ。もしかして……ミレーユちゃんがおんのに朱音ちゃんの事が気になるんか? この浮気者ぉ~!」
俺をからかう高橋。
大体、朱音ちゃんって誰……ああ、そういや六角の下の名前か。
それはさておき、とりあえず誤解を解いておかないと。
「違うって! そもそも俺とミレーユはそういう関係じゃないって前にも言ったろ!」
「冗談や冗談~。でもまあ、お前が気になんのもわかるで。朱音ちゃん可愛いし結構人気あるからなぁ~。」
「そうなのか?」
「おう。この前なんかも教育実習で来てる森先生から告られたとかゆー噂があったんやで。ちなみに森先生は振られてしもたらしいけどな~!」
今話に出てきた森先生というのは、今月(5月)から大学の教育実習で来ている若い男の先生の事だ。
見た目は爽やかなイケメンで、授業では主に数学を担当しており、サッカー部の方にも顧問の先生の下につく形で参加している。
女子生徒からの人気も高く、人当たりも良いと評判だ。
実際、昨日の陸上部の窃盗騒ぎの際も、「六角は犯人じゃない!」という俺達の主張を女子達はまるで聞く耳を持ってくれなかったのだが、たまたま近くにいた森先生が仲介してくれたおかげで金曜日までという猶予を貰えたのだ。
「そんな事があったなんて知らなかったな……。」
「まあ知らんやろとは思っとったわ。そんで、陸上部女子が朱音ちゃんと仲良くないってゆー件の方やけど……。」
「ああ、教えてくれ。」
「なんでも、朱音ちゃんは一年の時から他の一年部員とあまり仲よーなかったみたいやけど、二年になってからますます悪化したらしいわ。部活にあまり出れへんようになったのに三年の現部長らから次期部長やと目ぇかけられてた事が他の女子達からすると気に食わへんかったらしいで? あとな、女子部員の中にさっきの森先生の事が好きな奴が何人かおって、朱音ちゃんが先生から告られたゆー噂が出てからは嫌がらせもされとったみたいや。」
どうやら今回六角が窃盗を疑われたのは、単純にアリバイがないだけでなく窃盗という形で仕返ししてもおかしくない理由があったから、という部分も大きいのだろう。
そう考えた俺は、高橋に更に聞いてみた。
「ちなみに、その森先生の事が好きな女子部員の中に谷野っていう子は?」
「おっ、よーわかったな。今回窃盗にあった谷野もその一人や。あと、まだ面白い情報あるんやけど……」
「何だ? 教えてくれ?」
「実はな~……」
………………。
「なるほど、それは確かに面白い情報だな。色々教えてくれて助かったよ、ありがとう高橋。」
「気にすんなや~。俺も朱音ちゃんみたいなええ子が窃盗なんかするわけないって思うとるし、ちゃんと助けたれよ~!」
何とか目的通り情報収集に成功した俺は、早速今日の昼食時にでもミレーユ達に報告する事にした。
――――――――――――――――――
昼食時、人がいない空き教室を探し、そこに俺・ミレーユ・六角は弁当を持ち寄って昼食を食べながら話し合いを始めた。
まずは高橋から聞いた情報の裏付けを取るため、六角に幾つか質問をしてみた。
それに対して六角は
「……全部本当だよ。他の女子部員と元々仲が良くなかったのも、森先生から告白されて断った事も。」
「そうか……。」
とりあえず高橋の情報の信ぴょう性は確かである事が確認出来たところで、ミレーユが口を開いた。
「ねえ、その森先生って、あの数学を担当している教育実習生の事よね?」
「そうだが、どうかしたのか?」
なんだかミレーユが若干気まずそうな感じで何かを言うべきか言わないべきか悩んでいるような……。
しかしどうやら決心がついたのか、あまり気が進まない様子ながらも続きを話してくれた。
「実は……貴方が気を悪くするかもと思って黙っていたのだけど。その森先生という人に、私も告白されたの。」
「なんだって!? それっていつだ?」
「昨日のお昼休みよ。一応言っておくけど、もちろん断ったわよ。だって私には貴方がいるんだもの。」
昨日といえば、ミレーユは午前中の数学の授業の後、森先生から昼休みに来るようにと呼び出しを受けていたようで、そのために俺は一人で昼食を食べていたのだ。
俺はてっきり、転校生であるミレーユに対して授業について行けているかどうかの確認、もしくは何かの手続きの呼び出しだと思っていたのだが。
まさかそんな事になっていたとは……というか、不意打ちで俺にアピールするのはやめてくれ。
そこで、ふと気になった事を六角に尋ねる事にした。
「そういや、六角が森先生に告白されたのっていつなんだ?」
「先週の火曜日の放課後だよ。でもまさか、先生がそんな人だったなんて思わなかったなぁ……。」
確かに、森先生が六角に告白したのが先週の火曜日、ミレーユに告白したのが昨日とは節操がなさ過ぎるだろう。
普段の爽やかで人当たりの良いイメージからは程遠い。
俺は更に、今回窃盗にあった谷野について六角に聞いてみた。
「ところで、あの谷野っていう子なんだが、森先生の事が好きらしいというのは本当か?」
「本当みたいだよ。部活中に本人が友達に話していたのが聞こえてたから間違いないと思う。」
「そうか……。」
これで高橋から聞いた情報は最後の「面白い」情報を除いてほぼ確認が取れたと言っていいだろう。
俺は午前中、ずっとこれらの情報が合っていた場合について推理し、一つの結論を導いていた。
こうして裏が取れた事で、俺の中では犯人の正体・何故六角が窃盗犯に仕立てられたのかもハッキリさせられた。
しかし、肝心の証拠がない。
今の考えはあくまでも机上の空論に過ぎないので、明確な証拠が必要なわけだが……盗まれた物を教えてもらえない以上、これは難しいだろう。
関係者を集めて問い詰めたとしても、シラを切られるだけだ。
でも。
六角の場合を例にして考えれば、奴は近いうちに何処かで尻尾を出すのでは?
そう考えた俺は、ミレーユと六角に自分の考えを話した。
「確かにそう考えれば筋は通るけど……。」
「でも一ノ瀬君、その方法だと証拠を出すには相手が動くまで待つしかないんでしょ? 今週の金曜日までに向こうが動かなかったら、あたしは……」
俺の考えに対しそれぞれに意見を述べるミレーユと六角。
特に六角は最悪の事態を思い浮かべてしまったようで、泣きそうな表情になっている。
「今週の金曜日までに相手が動かなければ、証拠なしでやるしかない。そうなれば、確かに最悪の可能性はありうる……だけど! 絶対何とかしてみせるから……俺達を信じてくれないか?」
「……。」
やっぱりダメだろうか。
しかし他に方法が思いつかない。
六角がここで決断を躊躇うのは当然だ。
何せこれは一種の賭けでもある。
それも取り返しのつかない大きな代償が賭かっているのだ。
そういえば、俺が六角と関わるきっかけになったのも、ミレーユと六角の賭け勝負だったよな。
あの賭けは結局有耶無耶になってしまったけれど。
今回の賭けは、あの賭け勝負と同じ……いや、それ以上に負けられないんだ!
だから。
「頼む! 絶対に何とかしてみせるから、信じてくれ!」
俺は六角に頭を下げた。
すると六角は
「……一ノ瀬君が頭下げる必要なんかないよ。だってあたしのために頑張ってくれてるんでしょ? 昨日も、あたしがみんなに疑われてた時に、あたしの事信じてくれたよね。だから、あたしも……一ノ瀬君の事、信じるよ!」
そう言って笑顔を見せてくれたのだった。
――――――――――――――――――
しかし現実はそう上手くいくものではなかった。
今日、火曜日は結局何事も起きずに終わってしまった。
水曜日も。
木曜日も。
そして、ついに金曜日を迎え、何事もなく午前中の授業は終わってしまった。
タイムリミットは今日の放課後、下校時刻を迎えるまでの間だけだ。
昼休みに俺達は再び集まったが
「どうしよう……結局何も起こらなかった。このままじゃあたし……」
またも泣きそうな表情になる六角。
俺とミレーユはそれをなだめつつ、今日の放課後に一か八かの勝負に出る事にした。
もし失敗したら……いや、そうはさせない!
証拠すらない最悪の状況だが、やるしかない!
――――――――――――――――――
放課後、ミレーユはある人物を屋上に呼び出した。
屋上には人が影に隠れられる程のサイズのタンクのようなものが幾つか並んでいて、殺風景なためか人が来る事はほとんどない。
だから、今回のような呼び出しをする際には非常に好都合なのだ。
屋上から空を見上げて、ある人物の到着を待つミレーユ。
ひときわ強い風に彼女の鮮やかな金髪がなびき、風が収まったのとほぼ同時に、屋上へと続く校舎の扉は開いた。