ファースト・ミッション
ミレーユと作戦会議をした日の翌朝、俺は学校で宮下に……正確には宮下のオヤジさんに、協力を依頼できないか尋ねてみた。
「うちのオヤジに会って頼みたい事があるだって? う~ん……確かちょうど今日非番だったから家にいるはずだし、会わせる事は出来ると思うけど。」
「そうか! じゃあ今日の放課後にでも是非頼む!」
「わかったよ。じゃあまた放課後にな。」
こうして、俺は宮下のオヤジさんと会う約束を取り付ける事に成功した。
後は昼食の時にでもミレーユに報告して、昨日の作戦についてもう1度話をして整理するか。
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その日のお昼休み。
俺はミレーユと昼食を食べながら、早速今朝の件について報告した。
「そう。上手くいったのね。」
「ああ。信頼できそうな警察内部の人間をこちら側に付ける事が出来れば、俺達も動きやすいだろう。」
「まあ、実際に会って話をしてみないと信頼できるかどうかわからない部分もあると思うけど。特に今回は警察内部の人間……貴方が話をした住田という人が怪しいんじゃないかって事なんだし。」
俺とミレーユは、昨日の作戦会議で通り魔の正体については警察内部の人間、俺に嘘情報を教えた住田さんを疑っている。
思い返せばあの時、俺を見た住田さんは一瞬だけだが動揺していた。
しかしそれも、「通り魔の正体=住田さん」であるならば全て筋が通る。
嘘情報を教えて単に自分が通り魔でないとアピールしたのか、こっちが油断している隙に口封じを図ろうとしているのかはわからないが……。
警察内部の情報を集め、俺の能力で嘘をついているかどうか見極めながら包囲網を狭めていき、動かぬ証拠を手に入れて突き付ける。
それが昨日の作戦会議の結論だった。
放課後、約束通りに俺は宮下の家に向かった。
(当然ながらミレーユも付いてきた)
が、そこで事態は思わぬ急展開を見せた。
「ただいま~。オヤジいるか?」
「お帰りなさい、弘樹。お父さんはさっき急いで家を出たわよ。例の通り魔の件で緊急の呼び出しがかかったんですって。……あら? そちらの二人はお友達?」
そこで俺とミレーユは軽く会釈し、名前を名乗って挨拶した。
挨拶が済んだところで、宮下が先ほどの話について母に質問した。
「それより、緊急の呼び出しって?」
「それがね、ついさっきこの近くで通り魔が出現したらしいんだけど、付近を張り込みしてた警察官がそれを取り逃したみたいで。まだ近くに潜伏している可能性が高いから、警察はこれを逃さずに一気にケリをつけたいんだって。だから家が現場から近いお父さんにも召集がかかったそうよ。」
「その現場って何処かわかりますか!?」
予定とはかなり違うが、これはチャンスだ!
そう思った俺は、宮下のお母さんに尋ねる。
「そこまではわからないけど……でも、さっきサイレンの音があっちの方からしてたから多分そこよ。」
宮下のお母さんがそう言って指差した先を確認し
「ありがとうございました! ちょっと急ぎの用事が出来たのでこれで失礼します!」
俺は宮下のお母さんにお礼を言って会釈した後、ミレーユと一緒に走りだした。
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教えられた現場に辿り着いた俺達は、付近を駆け回るが通り魔らしき人間は見当たらない。
「はぁ、はぁ……。くそっ、一体何処に行ったんだ!?」
「さっきまでこの近くに通り魔がいたのよね? だったら……!」
突然、ミレーユが手をかざして目を閉じた。
「おい、何する気なんだ!?」
「私の能力を使うわ。この場所を対象として、5分前まで遡って見てみる!」
ミレーユはそのままの状態で何かを念じるようにしていたが、20秒ほどで目を開けた。
「見えたわ! あっちよ!」
突然走りだしたミレーユに、俺も走って必死に付いていく。
すると目の前に、見るからに怪しい格好をした男の後ろ姿を見つけた。
「あれか!?」
「ええ、おそらく。この前と服装は違うけど、変装してるっぽい格好だし間違いないわ!」
「よし、取り押さえるぞ!」
「まかせて!」
そう言ってミレーユは一気に加速し、見る間に通り魔との距離を縮める。
あいつ足速すぎだろ。
やっぱり、悪魔と人間の身体能力って全然違うんだな。
通り魔に追いついたミレーユは、そのまま通り魔の背中目がけて飛びかかった。
「つかまえたわ! もう逃げられないわよ!」
取り押さえられた拍子に通り魔は被っていた帽子を落とした。
露わになった顔を、ミレーユに追いついた俺が確認すると
「住田さん! やっぱりあなたが通り魔だったんですね!」
「君は……この前の一ノ瀬君!? 待ってくれ、誤解だ! 私は通り魔じゃない! 一般人を装って通り魔の張り込みをしていただけだ!」
「嘘をついたって無駄よ! 全部お見通しなんだから!」
ミレーユはそう言い切ると、逃げられないように拘束しようとするが……。
おかしい、変だ。
俺の能力は相手が目の前で嘘をついた時、第6感ともいえるような不思議な感覚が働くために、それを嘘だと見破る事が出来るモノ。
だから、おかしいのだ。
「私は通り魔じゃない」という住田さんの言い分に、能力が発動しなかったのは。
「ミレーユ、待て! 住田さんは嘘を言っていない。通り魔じゃないぞ!」
「何ですって?」
俺はそのまま、住田さんに質問をしてみる事にした。
「さっき住田さんは『自分は通り魔じゃない』って仰っていましたが……それなら教えてください。どうしてこの前、警察に行った時に『犯人は学生だ』なんて嘘をついたんですか?」
そう尋ねると、住田さんは驚いた表情を浮かべて口を開いた。
「どうして嘘だとわかったんだ? ……いや、この際それはどうでもいいか。さっきの君の『やっぱり』という発言から察するに、通り魔の正体は警察内部の人間であると思ったんだろう?」
「ええ、教えてもらった情報が嘘だとわかったのでそう思いました。」
「君の推理は当たりだ。だが、その犯人は私じゃない。」
「なら、どうして嘘を?」
俺はもう1度尋ねた。
そして返ってきた答えは、俺達の予想外のものだった。
「通り魔である可能性がある人間の前で、本当の事を言うわけにはいかなかったからだ。せっかく君が通り魔の顔を覚えていないと言っていたのに、その正体に繋がるヒントを与えてしまうと君が口封じの対象にされる可能性があったからね。君を長居させるわけにもいかないし、かと言ってなかなか引き下がってくれるようでもなさそうだったから、やむを得ず嘘をついたというわけだ。」
「ちょっと待ってください! 俺と住田さん以外であの時、あの警察の部屋にいたのは……!」
「そう、最初に君に応対した菊川君だ。通り魔の情報を集め、それを整理した結果、彼が容疑者の候補の一人に挙がったんだよ。そこで警察内部では彼に対して通り魔に関する情報を一部伏せる事になってね。更に、通り魔の可能性がある他の容疑者と同じように菊川の周辺も張り込みするという事になったんだ。菊川は今日非番でね……そこで私や他数人の警察官が朝から張り込みしていたんだが、見ての通り逃げられてしまったというわけだ。面目ない話だよ……。」
俺の能力は発動していないので、今の住田さんの話は全て本当だとわかる。
それならば、あの時住田さんが動揺していたのも納得がいく。
通り魔である張本人に、その通り魔に襲われたという相談をしていたら口封じの対象にされるのは想像に難くない。
「通り魔の顔を覚えているか」と住田さんがその場で俺に聞いたのは、迂闊な質問じゃないのかという気もしないではないが。
住田さんが通り魔でないという話に納得したミレーユは、のしかかったままだった住田さんの上から移動した。
住田さんが立ち上がると、俺はまず謝る事にした。
「すみませんでした、住田さん。大丈夫ですか?」
「気にしなくていいよ。警察官だからね、これくらいは慣れてるさ。」
俺はホッと一息ついたところで、ふと少し離れた所に立っているミレーユの方を見る。
「す、すみませんでした。」
俺の視線に気づき、ミレーユも住田さんに謝罪したところで、俺はミレーユの後ろから誰かがこちらに向かって走ってきているのに気付いた。
あれは……警察官?
誰かを追いかけているのか?
その警察官の前を走っているのは……まさか!?
「危ない!」
そこまで考えが回ったところで、ミレーユのすぐ後ろに来ていた男がナイフを持っているのに気付き叫んだが、一歩遅かった。
ミレーユは後ろから来た通り魔に不意を突かれ、捕まったのだ。
「動くな!」
ミレーユにナイフを突き付けながら、通り魔は威嚇した。
「菊川君! どうして君がそんな事をするんだ!?」
必死に住田さんが呼びかけ、話し合おうとするが
「どうしてかって? 教えてほしいんですかぁ?」
以前会った時とはまるで別人のような顔つき、言動。
だが通り魔の正体は、紛れもなくあの菊川さんだった。
「簡単ですよぉ? 犯人を取り押さえるという名目で堂々と暴力や拳銃が使えると思ったから、僕は警察官になったんですよぉ? でもぉ……僕の考えを、誰も認めてくれませんでしたよねぇ……!? 僕はもっと、自由にしたいだけなのに……。」
「だから、それが出来ない鬱憤を晴らすために、通り魔になったというのか!?」
「その通りですぅ~。まあ、正体がバレちゃった以上はしょうがないですねぇ。この女を人質にして、このまま逃げさせてもらいますよぉ。住田せんぱーい、今までお世話になりましたぁ~。」
くっ、ミレーユが……!
悪魔の身体能力が人間より高いのは確かだ。
だが、ナイフで切られたりしたら一体どうなる?
もしかして、普通の人間と同じように……?
いても立ってもいられなかった俺は、思いっきり叫んだ。
「ミレーユを離せ! もうこれ以上そんな事をするのはやめろ!」
「離せ? 離せ、だってぇ? ハハハハハハハッ、離せと言われて離す奴が何処にいるってんだぁ?」
ぐっと唇を噛み締めるが、どうにもならない。
ナイフはミレーユに突き付けられたままだ。
どうしようか……そう思った、その時。
「くだらないわね。そんな事のために、何人もの人を襲ったの?」
「あぁ!? お前、自分の立場わかってんのかぁ?」
「自分の立場をわかっていないのは……貴方の方よ!」
そう言うとミレーユは、自分を羽交い絞めにしていた菊川の左手からするりと抜け出し、菊川が反応するよりも早く腹パンをかました。
「ぐぅ……っ!」
うめき声をあげて菊川が崩れ落ちたのを見て、住田さんが菊川の方へ駆け寄り、手錠をかけた。
菊川を追いかけてきた警察官はどうやら他の警察官達に連絡しているようだった。
「ミレーユ! 大丈夫か!?」
「見ての通りよ。人間より強い、って前にも言ったでしょう? このくらいでやられるわけないじゃない。」
「そうか……良かった。」
ようやく緊張が解けた俺は、ホッと息を吐き出した。
「そちらのお嬢さん、ケガとかはしてないかい?」
「ええ、大丈夫です。」
「それならいいんだ。一ノ瀬君、お嬢さん、今回は巻き込んですまなかったね。」
そう言って住田さんが頭を下げ、「いえいえ」とこちらが返すと
「さっき他の警察官を呼んだから、もうすぐ駆けつけて来ると思う。今回菊川を無事捕まえる事が出来たのは、君達のおかげだ。ご協力、感謝します!」
そう言って、住田さんは俺達に敬礼を返した。
暫くして、住田さんの連絡で駆けつけてきた警察が菊川を連行し、俺達も事情聴取を受けてから解放された。
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その日の夜。
夕食を終え、風呂から上がった俺はリビングでくつろいでいた。
明日は土曜日。俺の学校は週休二日制で土曜に授業がないので休日だ。
忙しかった今週がようやく終わり、ゆっくり休める。
ソファに腰かけ、ぼんやりとしているとミレーユがリビングに入ってきた。
彼女はテーブルを挟んで対面のソファに腰かけ
「お疲れ様。色々と作戦通りにはいかなかったけど……最初のミッションにしては上出来だったと思うわ。」
「そうだな……。でも、これから毎回こんな感じなのか? これじゃ体が持たないぞ。」
そう言って愚痴る俺に、ミレーユは優しい笑顔を向けながら
「大丈夫よ。貴方ならきっと出来るわ。あと……それから、その……」
ミレーユは少し顔を赤らめ、若干視線を漂わせる。
一体どうしたんだ?
またトンチンカンな事でも言うつもりか?
と俺が訝しんだのも束の間、ミレーユは意を決したようにはっきりと俺を見据えた。
「今日私が通り魔に捕まった時、『離せ!』って言ってくれたり、その後『大丈夫か!?』って心配してくれたわよね? だから……あ、ありがとう、和也。」
それを聞いて俺も、自分の顔が熱くなるのを感じた。
いつものクールな感じとは違うギャップが凄く……そういや、今俺の事を初めて名前で呼ばなかったか!?
「い、いや……こ、こちらこそ、どう致しまして。」
「フフッ、これからもよろしくね♪」
こうして、今回のファースト・ミッションは無事に幕を下ろした。
振り返ってみると、ヒヤッとさせられる展開もあれど、無事に終わって良かったと思う。
これからもこう上手くいくとは限らないが……それでも、ここで立ち止まるわけにはいかない。
これからもよろしくな、ミレーユ。
心の中でそう呟きながら見たミレーユの笑顔は、悪魔というよりもまるで天使のように美しかった。